※当サイトに同じ設定の話はありますが、これだけでも読めます。
とうしろうのうわき
四月。入進学の季節。
坂田銀時くんは昨日からユリ組に進級しました。
ユリ組とは、銀時くんの通う保育園の年長クラスの名前。昨日、仕事が休みのお父さんと
お出かけだった銀時くんは、今日はじめてユリ組の教室に入ります。
進級といってもクラス替えはありませんから、お友達の顔ぶれは同じ。でも、担任の先生が
一人代わっていました。
「おはよう!銀時くんだね」
「!!」
お父さんよりも大きな男の先生に大きな声で挨拶されて、銀時くんはちょっぴり怖くなり返事が
できませんでした。代わりにお父さんが「よろしくお願いします」と頭を下げます。
「こちらこそよろしくお願いします」
背中に一人、両腕に二人ずつ子どもにしがみつかれて尚、すたすたと出迎えに来れるくらい
とっても力持ちな先生。名前は近藤勲先生と言うそうです。銀時くんは「ゴリラに似てるな」と
思いましたが、怒られそうなので口には出しませんでした。
「それでは」
「いってらっしゃい!」
子ども達をぶら下げた腕を振り、近藤先生は銀時くんのお父さんをお見送りしました。
先生の腕にいる子ども達がきゃっきゃとはしゃいでいます。
その頃、銀時くんは近藤先生から離れて人探しをしていました。もちろん、一番仲良しの
土方十四郎くんを探しているのです。お隣り同士の二人のロッカー。十四郎くんのロッカーには
カバンが入っていましたから、もう登園して来ているはずです。けれど、教室の中にも園庭にも
十四郎くんの姿が見えません。
銀時くんはもう一人の担任の先生――志村新八先生――に聞いてみることにしました。
「しんぱちー、とうしろうは?」
「銀時くん、新八『先生』でしょ」
原作設定はどうであれ今は園児と保育士、子どもと大人なのです。銀時くんは唇を尖らせながら、
「しんぱちせんせー、とうしろうはどこ?」
と聞き直しました。新八先生はにっこり笑って、
「近藤先生と遊んでるよ」
と教えてくれました。その答えに銀時くんはビックリです。自分が少しだけ怖いと感じてしまった
あの大男……いや、大ゴリラと十四郎が遊んでいるだなんて。
もしかしたら無理矢理連れて行かれたのかもしれない。銀時くんは勇気を振り絞って近藤先生の
元へ駆けていきました。
銀時くんが教室に戻ると、近藤先生は「疲れたから休憩」と言って床に座っていました。
これはチャンスだと銀時くんは思いました。座っているなら大きくないから怖くありません。
「とうしろうはどこだ!」
「どうしたんだい、銀時くん?」
近藤先生の前に立ち、銀時くんは叫びました。
すると近藤先生の背中から、ひょっこり十四郎くんが顔を出したではありませんか。
「あ、ぎんときだ」
「とうしろう!」
十四郎くんが無事なようで、銀時くんはホッとしました。けれどいつまでもここにいては危険だと
思っている銀時くん。近藤先生が動く前に、十四郎くんを連れて逃げなくてはなりません。
「とうしろう、オレといっしょに「こんどうせんせー、たってー」
銀時くんの言葉を遮って、十四郎くんは近藤先生におねだりを始めました。
あと一回だけだよ――そう言って近藤先生は十四郎くんが背中にしがみついたまま立ち上がり、
危なくないよう確りと首に掴まらせてから体を左右に捻ります。遠心力で足が浮き上がった
十四郎くんはとても楽しそう。ぼくもわたしもと近藤先生の周りに子ども達が集まり、銀時くんは
輪の外に弾き出されてしまいました。
「とうしろう……」
銀時くんの力ない呼びかけは他の子ども達の元気な声に掻き消され、十四郎くんには届きません。
近藤先生にしがみ付き、十四郎くんはとても楽しそうに笑っています。十四郎くんは近藤先生の
方が好きになってしまったのでしょうか。たった一日銀時くんが保育園をお休みしたうちに、
心変わりしてしまったのでしょうか。
十四郎くんと銀時くんは去年、大人になったら結婚する約束をし、お互いの親に挨拶も済ませた
ほどの仲だったはずです。
挨拶といっても、お迎えに来た相手のお父さんお母さんに「こんばんは」と言っただけですが。
たとえ「こんばんは」でも、二人にとっては「息子さんを僕にください」と同じ意味を持ちます。
結婚する時は親に挨拶をするのだとテレビで聞いた銀時くん。十四郎くんにそのことを教え、
実行したのでした。
だとするとこの関係は、片方の気持ちだけで容易く解消できるものではありません。二人で充分に
話し合い、それでも結婚しないと決めたなら、相手の親にも頭を下げなくてはなりません。
だからまだ二人は婚約者同士。何の断りもなくゴリラのような大男と楽しく遊ぶ十四郎くんに、
銀時くんはだんだんと腹が立ってきました。
そこで銀時くんも他のお友達と遊ぶことにしました。お部屋をぐるりと見回して、ぬいぐるみで
遊んでいる子に近付いていきます。
「しんすけー」
「よう」
ぬいぐるみで遊んでいたのは高杉晋助くん。十四郎くんと仲良くなる前、銀時くんがよく遊んで
いた子です。久しぶりに晋助くんと遊ぼうと、銀時くんもおもちゃの棚から白い犬のぬいぐるみを
取り出しました。
「こいつのなまえは、さだはる。すっごいつよくて、きょうぼうなんだ」
「フッ……このくろいけものには、だれもかてないぞ」
晋助くんはスカーフを巻いた黒い猫のぬいぐるみを持っています。
銀時くんと晋助くんによって、白犬VS黒猫の種族を越えた戦いが始まりました。
「わん!ネコにはまけないぞー」
「ネコじゃない。ネコににてる、くろいけものだ!」
「戦いごっこかー……先生とトシくんも混ぜてくれ」
「いいぞ」
「!!」
やって来たのは近藤先生と十四郎くんです。銀時くんの事情など知らない晋助くんはすぐ、
仲間に入れてあげました。
実は近藤先生、自分の背中から下りた後ぬいぐるみ遊びを遠巻きに見ていた十四郎くんに気付き、
一緒に遊びたいのに言えないのだと思って連れて来たのです。
十四郎くんは先程、近藤先生と遊ぶのは楽しいのだと銀時くんに見せてあげたつもりでした。
それなのにいつの間にか他のお友達と遊んでいるから寂しかったのです。
晋助くんは近藤先生にゴリラの、十四郎くんには少し眠たそうな目の白猫のぬいぐるみを渡して
あげました。
「これ、ぎんときににてるね」
「にてない」
十四郎くんと近藤先生が一緒にいるから、銀時くんは怒ったような声で答えます。銀時くんは虫の
居所が悪いようだと考えた近藤先生は、二人の仲を取り持つことにしました。
「どこが似てると思う?」
「ふわふわで、かわいいとこ」
「かわいくない!」
「ハハハ、トシくんは銀時くんが好きなんだなー」
「うん」
「…………」
十四郎くんの様子を伺いながら、もじもじし始めた銀時くん。近藤先生は二人の様子を微笑ましく
見ていました。
銀時くんと十四郎くんの「婚約」の話は、昨年度もこのクラスの担任だった新八先生から聞いて
知っています。二人の純粋な気持ちを近藤先生も応援しているのです。
「銀時くんもトシくんのこと好きだよね?」
「トシくんじゃなくて、とうしろうだし」
不貞腐れたように言いながらも銀時くんはちょっと嬉しそうです。
「そうだな、ごめんごめん」
近藤先生が謝って、漸くぬいぐるみ遊び再開です。大人しく待っていた晋助くんを近藤先生は
偉かったな、と褒めました。
「先生、ゴリラ役は得意だぞー。ウッホウッホ」
「くろいけものはゴリラにもまけない」
ゴリラVS黒猫の戦いが始まる中、銀時くんはつつ、と十四郎くんに近付きます。
「ねえ、とうしろう」
「なに?」
「あっちであそぼう?」
「やだ」
「えっ……」
晋助くんと遊びながら、近藤先生は二人のことも見守っていました。すると十四郎くんは、
近藤先生と一緒に遊びたいと言ったのです。
「こんどうせんせいがいいの?」
「うん」
銀時くんよりも、という意図はありませんでしたが、銀時くんにはそう聞こえてしまいました。
ショックを受けている銀時くんに気付いた近藤先生はすぐに十四郎くんの言葉を補います。
「十四郎くんは、『銀時くんと』先生と遊びたいんだよね?」
「うん」
「ほら、十四郎くんは銀時くんと一緒がいいって」
銀時くんが元気を取り戻せるよう、近藤先生は励ましました。
「銀時くんと十四郎くんは、ずっと前から仲良しなんでしょ?先生は昨日からだから、銀時くんの
方が十四郎くんと仲良しだよー」
「えー……」
銀時くんは考えました。
十四郎は近藤先生のことを気に入っている。きっと好きなんだ。だけど、俺のことも好きだから
一緒に遊びたいって言ってる。十四郎は二人とも好きなのか?
結婚する約束をしたのは俺だけだけど、でも――
* * * * *
「思えばあれが最初の浮気だったよなー……」
「あ?なに言ってんだオメー」
一つのベッドに十四郎と横になり、銀時がしみじみと語ったのは十年以上前の出来事。
二人は今年、学部は異なるものの同じ大学に進学し、念願の同棲生活をスタートさせた。
昼間はツクツクボウシが最後の力を振り絞り、夜はスズムシが羽音を響かせ始めるこの頃。
彼らにとっては二ヶ月に渡る夏休みの折り返し地点であった。
互いに一人しかいない親になるべく負担をかけぬよう、朝から晩までアルバイトに勤しみつつも、
週に一度は揃って休みを取って朝から晩まで「同棲」らしい行為に勤しむ、そんな夏休み。
心地好い疲労感に微睡みながら銀時は急に昔の話を始めたのだ。
「昨日バイトの先輩に……あ、先輩もゲイなんだけど……十五年も一緒にいてよく飽きないなって
言われてよー」
「へえ……」
それについては十四郎もよく驚かれることなので特段珍しい反応ではない。幼児期の「婚約」が
本物になるなんてそうそうないことだ。
この生活を始める前、二人は相手の親に本当の「挨拶」をした。この国では未だ認められないこと
だけれど、大学を卒業したら「結婚」したいと。
いつだって一番の理解者だった親達は、二人の門出を大いに祝福してくれたのだった。
「でな、浮気したとかされたとか一回もないのかって先輩が聞くから、ないって言ったのに
絶対あるはずだって……」
「で、無理矢理浮気話を捏造してみたわけか」
「捏造じゃねーよ。あん時ゃマジで正体不明のもやもやに包まれたからね。浮気なんて言葉も
知らないピュアな時代に、可哀相な俺」
「つーか浮気じゃねーし」
先生と楽しく遊んでいただけだという尤もな反論は無視して、銀時は過去を振り返る。
「お前とゴリ先生はやたらと仲良し。でも俺のことも嫌いにはなっていない……本当に好きなのは
どっちなのか、どっちと結婚したいのか、聞きたいけど聞きたくない」
「……そういやお前さっき、『初めての浮気』とか言わなかったか?」
「話を逸らすな。因みに二回目は中学ん時な。地味な後輩に告られたやつ」
「山崎な……」
眠たさも手伝って、告白されただけで浮気なのかとツッコむ気力も失せた十四郎。
しかし銀時はどの辺りを浮気と見做したのか解説しだす。
「どう返事するか悩んでた。あれはきっと、断わっちまうのが惜しいと思って……」
「はいはい……」
部活の後輩で今後も顔を合わせる相手だからどう断ろうかと、他でもない、銀時に相談したのだ。
同性に思いを伝えるのが如何に勇気のいることか、それを讃えてやりたい気持ちもあったから。
結局、付き合っている男がいると伝えたのだったか。
「三回目の浮気は……」
「分かった分かった……」
どうせまた次も取るに足らぬこと。自分達の間には、その程度の波風しか立ちはしないのだ。
「銀時……」
「なに?」
「幸せにしてやるからな」
「……たび重なる浮気のお詫び?」
「そういうことにしておくか」
「では……期待してるぜ、ダーリン」
ごろりと十四郎の上へ転がって、銀時はむちゅっと唇を合わせる。離れようとすれば後頭部を
押さえ込まれ、十四郎の舌が侵入してきた。
残暑厳しい八月の終わり。十代最後の夏休みを共に過ごすのは、いつもと同じ最愛の人。
(13.08.31)
リクエスト内容は「モテる土方さんと切ない銀さんが好きなので、土銀で土方の浮気疑惑(シリアス)から最終的に甘」でした。
どの辺がシリアスかといいますと……「銀時くんの力ない呼びかけは(略)十四郎くんには届きません」←この辺^^;
リクエスト下さったチョコ様、すいまっせーんんんんん!!私の書く物を気に入って、毎日のようにいらして下さっているというのにこの有様……
「出来れば最後はラブラブ裏で」とのことだったので、この後おまけの18禁付けます!なるべく早くアップしたいと思いますので見捨てないで下さい〜。
追記:おまけの18禁はこちら(注意書きに飛びます)→★