「トーシ……あれっ?」

近藤が副長室を訪ねると、そこには誰もいなかった。必要最低限の物しか置いていない部屋は
仄かに香る煙草のにおいだけが人の気配を感じさせて、ちょっと厠へといった程度の離席では
ないことを物語っている。

「どうしたんですかィ?」
「おお総悟……」

通り掛かった沖田へ近藤は土方の居場所を聞いてみた。

「さあ?あの野郎が勤務後にどこ行くかとか興味ないんでね……」
「ハハッ、そうか……。久しぶりに飲みに行こうと思ったんだがな」
「ああ……今日の会合、延期になったんでしたねィ」
「そうなんだ。……総悟、お前も来るか?」
「へい。そういうことなら、あの野郎が戻ってくる前に行きやしょう」
「まあ待て。きっとすぐ帰って来るさ。折角だから三人で行こう」
「ちぇっ……。早く帰って来やがれ土方コノヤロー……」

だが一時間待っても土方は戻って来ず、結局、近藤は沖田と二人で出掛けることになった。



*  *  *  *  *



「トシ、ここに居たのか!」
「こっ近藤さん……」

偶には知らない店で飲むのも悪くないといつもより遠くまで足を延ばした近藤と沖田。
一軒の居酒屋を見付けその暖簾をくぐった先にいたのは、カウンター席に一人で座る土方であった。

「なんだなんだ……一人酒か?」
「カッコ付けやがって……」
「そんなんじゃねェよ」

土方は店員に一言告げて近藤・沖田と共にテーブル席へ移動した。

「俺達は初めて来たんだが、トシ、この店はよく来るのか?」
「いや……」
「飲みに行くなら言ってくれよな。一緒に行こうと待ってたんだぞ」
「すまねェな。煙草買いに出たついでに散歩してたら、ふと飲みたくなってな……」
「カッコ付けやがって……」
「そんなんじゃねェよ」

つい先程と全く同じやりとりを沖田として、土方は一旦席を立ち厠へ。



「あの……」
「ん?」

土方が離席して間もなく、店員が申し訳なさそうに近藤らの元へやって来た。

「どうしました?」
「お連れの方が、その……言い争いを……」
「え!……厠ですか?」
「はい……」
「民間人に迷惑掛けるたァ、不逞ェ野郎だ。近藤さん、とっちめてやりましょう」
「もしかしたら酔っ払いに絡まれたのかもしれんな」

二人は足早に厠へ向かった。



「だから早く行けって言ってんだろ!!」
「言われなくても行ってやらァァァ!!」
「行け!そして煙草の吸い過ぎで死ね!!」
「テメーこそ糖分の摂り過ぎで死ね!!」
「旦那……」
「トシ……」

土方の喧嘩相手とは、万事屋銀ちゃんこと坂田銀時であった。常識人の土方が何故、と思っていたが
相手が銀時であれば納得である。二人は顔を合わせる度にどうでもいいことで喧嘩していた。
互いの襟を掴んで罵り合う二人に呆れつつ、近藤は仲裁に入る。

「トシ、店に迷惑だぞ」
「そうでさァ。死んで詫びろ土方コノヤロー」
「沖田くん、いいこと言うねぇ」
「ンだとコラ!!」
「落ち着け、トシ!」
「死ね土方」
「死ね土方ぁ〜」
「黙れドSコンビ!」
「ちょっ……総悟も煽るようなこと言わない!」

二人の喧嘩に面白半分の沖田も加わり、事態は収拾がつかなくなってくる。
そしてとうとう、四人揃って店を追い出されてしまった。

寒空の下、四人は横並びになり飲み屋街を歩く。

「あ〜あ……誰かさんのせいで気楽な一人酒が台無しだぜ」

一番端の銀時があてつけがましく言うと、反対端の土方が米神に青筋を浮かべる。

「じゃあ一人で何処へでも行け。なるべく遠くに行け」
「あ?」
「まあまあ……」

再び喧嘩になりそうな雰囲気は近藤がすかさず止めた。

「こうして会ったのも何かの縁だ。今夜は四人で飲もうじゃないか!」
「近藤さん……悪いが俺はパスするぜ。今日はもう飲む気分じゃねェ」
「と、トシ……?」
「あ〜らら……ヘソ曲げてらァ」
「…………」

くるりと踵を返して三人と逆方向に歩き始めた土方を銀時はちらりと見る。

「……俺もパス。ムサい野郎と飲むくらいなら帰って寝るわ」

そう言って銀時は路地を曲がり、再び近藤と沖田の二人だけになった。



いいません〜秘密の二人〜



「おはようございまーす」

翌朝の万事屋銀ちゃん。いつもの時刻に新八が出勤したものの、出迎える声すらない。
また惰眠を貪っているのかと溜め息を吐きつつ玄関を入ると、銀時のブーツがないことに気付く。
新八は真っ直ぐ神楽の部屋―押し入れ―に向かった。

「神楽ちゃん、朝だよー」
「ん〜……」

神楽は重たい瞼を擦りながら押し入れから出てくる。

「おはよう神楽ちゃん」
「おはおーあう……」

欠伸をしながら辛うじて挨拶を返して神楽は洗面台へ向かった。新八は念のため和室の襖を
開けてみたが、やはり銀時の姿はなかった。

「神楽ちゃん、銀さんは?」
「いないアルか?じゃあ、朝までコースだったアルな……」
「また飲みに行ったの?まったくもう……」
「きっとその辺で寝てるアルよ」
「流石にそれはないんじゃない?真冬に外で寝たら凍死しちゃうよ」
「ゴミ捨て場のゴミを布団代わりに寝てるアル」
「ハハハ……そんなことないって言い切れない辺りが、銀さんの困ったところだよね」
「ご飯の準備してないところが一番困ったところネ!」
「ああ……今日、銀さんが食事当番だったね」

新八が仕方なしに台所へ行くと炊飯器からは湯気が上がっていた。どうやら食事当番のことは
覚えていたらしく、昨夜のうちにセットしておいたようだ。そして、

「ただいま帰りましたよー……」

神楽が身支度を終えた頃、銀時が外から帰って来た。

「銀ちゃん、ご飯!」
「わーってる……」

挨拶もなく食事の催促をする神楽と、それを適当に受け流して玄関に腰を下ろし、のんびりと
ブーツを脱ぐ銀時。素足になった銀時は漸く神楽の方を向いた。

「メシ、炊けてんだろ?とりあえず一杯目は卵で食っとけ」
「アイアイサー!」

銀時の許しを得て、神楽は台所へ飛び込んでいった。



「また朝まで飲んでたんですか?」
「いや……夜明け前には寝たよ。……多分」

神楽と入れ違いで出迎えに来た新八へは曖昧な返答をする。

「多分って……。ていうか、何処で寝たんですか?まさか外じゃないでしょうね……」
「真冬に外で寝るなんて馬鹿な真似するわけねーだろ。店の中だよ、中」
「もう……居酒屋はホテルじゃないんですから、迷惑かけちゃだめですよ」
「はいはい、新八くんの言うとーり……」

反省しているのかいないのか―おそらくは後者であろう―銀時は朝食の支度をすべく、大きな欠伸を
しながら台所へ入っていった。



「いっただっきまーす!」
「もう食ってんだろ……」

今日の朝食は、ご飯に焼鮭、豆腐とわかめの味噌汁、茹で小豆(銀時のみ)、生卵(神楽のみ)。
一足先に卵かけご飯を一杯平らげていた神楽は、いただきますと言うなりおかわりを装う。
自宅で食事を済ませてきた新八は、洗濯機を回しに行った。


*  *  *  *  *


「銀さん、そろそろ出ないと……」
「は?」

食事を終え、テレビの天気予報を食い入るように見ていた銀時に新八が時間だと告げる。

「今日、何かあったっけ?……タイムセール?」
「仕事ですよ、仕事」
「仕事ォ?ンなもんいつ決まったんだよ」
「言ってませんでしたっけ?」
「聞いてねーよ……」

昨夜の睡眠不足解消のため、これから昼寝に勤しむ予定であった銀時は酷く億劫そうに、
けれど、仕事があるのに休んでいられる程の金銭的余裕はないからと立ち上がった。

「……で、何するんだ?」
「屋根の修理です。道具や材料なんかは向こうで用意してくれるみたいですよ」
「ハァ〜……かったりぃな……。場所は?」
「真選組の屯所です」
「はぁ!?」

本日の仕事先を聞いた銀時は思い切り顔を顰めた。何であんな所に行かなくてはならないのか……

「それ、誰からの依頼だ?」
「近藤さんです。ウチに忍び込んだ時に、仕事があったらお願いしますって伝えてあったんですよ」
「おいおい……そういう時は直接迷惑料せしめろよ」
「いや……その時は姉上がかなりボコボコにしてて、そんなこと言える雰囲気じゃ……」

そう言う割にちゃっかり営業はしてきていて、コイツも姉とは違う面で強いんだなと妙に感心していた。

「行く気しねェな〜……」
「遅いアル!」

先に表へ出て定春と戯れていた神楽であったが、いつまで経っても出て来ない男達に痺れを切らして
戻ってきた。

「ごめんね神楽ちゃん。銀さんが駄々捏ねるから……」
「おい、誰が駄々っ子だ!俺はチンピラ警察の巣に行きたくねーだけだ!」
「ご飯食べ放題アルよ!何が不満ネ!」
「そんなもんに釣られるのはテメーだけだ。つーか、チンピラ警察で何かあったよーな……」

銀時は険しい表情で頭を抱えた。

「仕事したくないからってそんな……」
「ちっげぇよ!マジで何か……つい最近……」

腕を組み、むむむと唸って考え込む銀時の様子に、新八と神楽も何があったのかと銀時を見詰める。

「う〜ん…………あ!」
「思い出したんですか?」
「何があったネ!」
「昨日のことなんだけどよ……」

銀時は昨夜の出来事―居酒屋で真選組の三人と会い、土方と喧嘩して店を追い出されたこと―を
二人に話して聞かせた。

「……なっ、ひでぇ話だろ?」
「別に……」
「当然の報いですね」

同意を得られるとばかり思っていたのに窘められ、結局、銀時は嫌々ながらも真選組の屯所へ
出向くこととなってしまった。


*  *  *  *  *


「ちはー、万事屋でーす……」
「おや旦那、昨日はどうも」

屯所の門前で、銀時は鼻をほじりながらやる気のない挨拶をした。
けれど出迎えた沖田はいつも通りに応対する。

「はいはい、どーもお世話になりマシタ……」
「今日はどのようなご用件で?」
「依頼だよ、依頼」
「ウチから旦那に……ですかィ?」
「あっ、聞いてないならいいや……」
「近藤さんから屋根の修繕を頼まれたんです!」

銀時に任せていては久しぶりの仕事がなくなりかねないと、新八が慌てて説明した。

「屋根の……あぁ、あれか!」
「はい!」
「そういうことならどうぞ。現場まで案内しやしょう」
「ありがとうございます。……ほら銀さん、いい加減やる気出して下さいよ」
「チッ……」

こうなったらさっさと終わらせて帰ろう……いや、むしろダラダラと長引かせてその間の食事を
もらい続けた方が得か……何と言ってもウチには桁外れの胃袋を持つ一人と一匹がいる。
食費が浮くのなら多少のことには目を瞑って……どうせアイツだって、俺と顔合わせないように
色々準備してんだろ。そうじゃなきゃウチに依頼が来るわけねェ。……よし、そうしよう!
銀時に一応やる気らしいものが出てきた頃、一行は今回の現場となる一室へ辿り着いた。

「さあ、どうぞ」
「え……」
「あ?」

恐ろしいくらいに爽やかな笑みで沖田が開けた襖の先には、咥え煙草で書類と格闘する土方の姿。
銀時のやる気は一瞬にして萎え、土方はいきなりの訪問者に眉を顰めた。

「総悟、部外者を勝手に入れるんじゃねェ」
「屋根の修繕に来たらしいですぜィ」
「あ?」
「こっ近藤さんからの依頼で来ました」

土方の睨みに竦み上がりながらも、新八は何とか訪問の正当性を主張した。

「……近藤さんの?」
「ほら、この部屋の屋根、雨漏りがするって言ってたでしょう?」
「この部屋っつーか、縁側な……」
「縁側だったんですね。じゃあ僕ら、庭の方から回りますんで……」
「そんなの面倒アル。ここを通ればいいネ」
「あっ、神楽ちゃん……」

神楽はずかずかと部屋の中に入っていき、新八からは助けを請うような視線を送られて、
銀時は溜息を吐きつつ腹を括った。

「とっとと現場へ行こうぜ」
「あ、はい……土方さん、お邪魔します」
「チッ……」

折角した挨拶への返事もせず舌打をして部屋を出て行く土方に、新八は依頼を受けてしまったことを
後悔し始めていた。



「近藤さん」
「トシ、すまんが例の書類はまだ……」
「そのことじゃねェよ」

局長室を訪ねた土方の苛ついた様子に仕事の催促かと思った近藤であったが、そうではないと
言われてしまう。
土方は立ったまま、座っている近藤に話す。

「屋根の修繕の件だ」
「ああ、あれな。とても信頼できる業者に頼んでおいたぞ!」
「何が『信頼できる業者』だ。万事屋じゃねーか……」
「おっ、よく分かったな」
「今さっき、総悟が連れて来た」

気に食わない相手が突然訪問してきたことを思い出したのか、土方は苦々しい表情になって
煙草のフィルターを噛んだ。土方と銀時が会えば喧嘩しかしない仲だというのを重々承知している
近藤は、将来の義弟の頼みとはいえまずかったかと苦笑する。

「まあ、作業自体は外なんだし、トシの邪魔にはならないさ」
「ったく……どうせメガネにでも仕事くれって頼まれたんだろ」
「ハハッ……流石だな……」

褒められるまでもなく明らかなことだった。近藤と接点があるとすれば想い人の弟である新八で、
しかも他の二人なら仕事を頼むなどという回りくどいことはせず、難癖つけて食料を買わせるくらい
やりそうだ。だいたい、アイツが率先してここへ来るわけないのだから……
しかしながら来てしまったものを今更帰すわけにもいかない。
土方は「次からは相談してくれ」とだけ言って副長室へ戻った。



自室に戻った土方は、トンテンカンと天井の上から降る音を聞きながら書類仕事を再開させた。
集中していれば屋根の音も然程気にならないなと思っていられたのも三十分が限界で、

「銀ちゃーん、瓦が割れたアル」
「テメーが力いっぱい叩くからだろーが!お前は金鎚禁止!下から板運んで来い!」
「嫌アル!私もカンカンやりたいネ!」
「神楽ちゃん、そういうのは銀さんに任せようよ」
「新八も銀ちゃんの味方するアルか!そうやってか弱い少女を男二人でいじめて……」
「か弱い少女は瓦割らねーよ!いいから板持って来い!」
「絶対に嫌アル!!」
「まあまあ神楽ちゃん……」

トンテンカン以上に三人の会話が耳障りに感じ、土方は「うるせェ!」と怒鳴りながら縁側へ出た。

「もっと静かにできねーのかテメーら!!」
「あぁ!?」

金鎚をもった銀時が屋根の上から顔を覗かせる。

「バカかオメーは!静かに釘が打てるわけねーだろ!!」
「ベラベラくっちゃべってんのがうるせーっつってんだよ!仕事の邪魔だ!!」
「こっちこそ、やりたくもねー仕事やってやってんだ!ごちゃごちゃ言うんじゃねェ!!」
「やりたくねーなら帰れ!!」
「テメーの言うことなんか誰が聞くか!!」
「ンだとコラ……下りて来い!勝負だ!!」
「上等だ。返り討ちにしてやるぜ!!」

梯子に足を掛けた銀時の腕を新八が掴んで止めた。

「止めて下さい銀さん!……土方さん、すいまっせーん!!なるべく静かに、なるべく早く
終わらせますんで、すいまっせーんんん!!」
「チッ……」

新八の介入で何とかその場は収まり、土方も銀時も其々の仕事に戻っていった。

(12.01.19)


111,000HITキリリク作品です。タイトルは、11万千ヒットの語呂合わせで「いいません」です。リクエスト内容はネタバレになるので後編の後書きで。

……というか、後編まだできてません。すみません。なるべく早く書きますのでもう暫くお待ち下さい。

追記:後編はこちら