アイツの想いを拒絶するだけじゃ足りなかった。
俺なんかと一緒にいてェと思っちまった時点でアイツの不幸は確定したんだ。
心から幸せを願っていた女が、独り身のまま短い生涯を終えた時、俺は誰からも愛されちゃならねェんだと悟った。
恋も二度目なら…
いい気なモンだ、散々アイツを苦しめておいて…。
俺はまた人を好きになった。
だが今度こそ大丈夫だ。それほど近所に住んでるわけじゃねェし、仕事上の付き合いもねェ。
普通に過ごしてたってヤツと関わることは少ない。…しかも、ヤツは俺と同じ男だ。
例え関わることがあったって、ヤツが俺を好きになることなんざ有り得ねェ。
大丈夫…今度こそ、惚れた相手が幸せになるのを見届けられる。
アイツの名は坂田銀時―そう、万事屋だ。いつからなんてのは分からねェ…気付いたら惚れてた。
万が一にでも俺に好意を抱かねェよう、会うたびに酷いこと言ってケンカして…
それでもアイツは何度も俺の前に現れた。
いや…たまたま会っちまうだけで、俺に会いに来てるわけじゃねェ。
毎回ケンカになるから、アイツだってできれば会いたくねェと思ってるはずだ。
その証拠に、俺以外のヤツといる時のアイツはとても楽しそうにしている。
俺には向けない穏やかな笑顔―これでいい。これでいいんだ。
そう、思っていたのに…。
* * * * *
「おや、旦那じゃねーですかィ」
「あっ…」
銀時が馴染みの居酒屋を訪れると、真選組の一番隊隊長・沖田総悟に声を掛けられた。
テーブル席に座る沖田の向かいには局長の近藤の姿。
「おたくら二人?珍しいこともあるんだな…」
「そうでもありやせんぜ。まあ旦那には俺ら二人じゃ物足りないんでしょうが、よかったらご一緒しやせんか?」
「…奢ってくれんなら」
「お前にはいつも世話になってるしな、いいぞ」
「おっ、マジでか?いやー、さすがゴリラ。気前がいいな」
「…ゴリラ、関係ないよね」
「まあまあ」
こうして三人での飲み会が始まった。
「それにしても旦那…意外とてこずってますねィ」
「…何のこと?」
「旦那の想い人のことでさァ」
「なになに?万事屋、好きなヤツいんの?」
沖田はニヤニヤしながら銀時を見つめ、近藤は訳が分からないといった風に沖田と銀時の顔を交互に見やる。
銀時はハァと溜息を吐いた。
「てこずってんのが分かってるならさ…ちょっとは協力してよ」
「そうはいきやせん。こういうのは本人たちの問題ですから」
「総悟、そんなこと言わずに協力してやろう。…で、相手はどこのお嬢さんなんだ?」
「お嬢さん、ねェ?」
意味深な笑みを浮かべながら「お嬢さん」と繰り返す沖田に近藤が訊ねる。
「総悟が知ってるってことは…俺も知ってる人なのか?」
「知ってやすねィ」
「ちょっと沖田くん?」
「万事屋、協力者は多い方がいいぞ。自称愛の狩人の俺も協力してやるって!」
「確かに…あの人を落とすんだったら近藤さんの存在は大きいと思いやすぜ?」
「そりゃあそうだけどよー…ゴリラに協力してもらうっつーのもなァ」
「でも今のままじゃ進展は望めませんねィ」
「…嫌われてはないと思うんだけどなァ」
「嫌われてないどころか、向こうも旦那に惚れてると思いやす」
「えっ、なになに?両想いなの?いいなぁ〜」
「近藤さん聞いてやしたか?てこずってるって…」
「えっ、でも向こうも万事屋のことが好きなんだろ?」
「それはそうなんですけどねィ…」
「どういうことだよ、総悟ー」
言葉を濁す沖田に近藤が詰め寄る。
隠し通せないと感じた銀時は想い人の名を口にした。
「土方だよ」
「えっ?」
「俺の好きなヤツ。土方十四郎くん。おたくの副長さん」
「ト、シ…?」
「そう、トシ」
「……ええーっ!!だ、だってお前ら会うたんびにケンカして…あっあれか?好きなコはいじめたくなるってヤツか?」
「…土方さんの場合はそんな単純なコトじゃないと思いやすけどねィ」
「単純じゃないって…もしかして、まだミツバ殿のことを想って?」
「…だったら野郎は旦那に惚れませんぜ」
姉の名が出たことで沖田の貌にやや蔭りが見えた。
「…トシが万事屋を、というのは確かなのか?」
「確かでさァ。見てれば分かります」
「そうか…。じゃあ、きっとミツバ殿に遠慮してるんだな。…よし、俺からトシに話してみる。
あっ、安心していいぞ。万事屋のことは言わない。こういうことは本人から伝えた方がいいからな」
「お、おう…」
* * * * *
三人の飲み会から数日後の屯所。
「トシ…これからちょっと飲みに行かないか?」
「近藤さん…いいぜ。何だ?またあの女のことか?」
「はははっ、まあ…そんなところだ」
「仕方ねェな…じゃあ、行くか」
「おう」
近藤と土方は連れ立って屯所を出た。
* * * * *
居酒屋に着き、酒を飲みながら当たり障りのない会話を一つ二つしたところで近藤が切り出す。
「なあ…トシは好きな人から告白されたらどうする?」
「なんだ、遂に告白されたのか?良かったじゃねェか」
「あっ、いやそういうことじゃなく…」
「じゃあ一体…」
「だから、トシはどうするのかなぁーと…」
「近藤さんは俺と違って想いに応えられるから、俺の意見は参考にならないぜ?」
「何言ってるんだ。トシだっていい人がいれば…」
「いや、俺はダメだ。俺は…」
「トシ、もしかしてミツバ殿の…」
「近藤さん!」
酷く悲しげな表情で土方は近藤の言葉を遮る。
近藤は土方の肩に手を置き、ゆっくりと話を続けた。
「やはりそうなんだな…。もう、誰も好きにならないつもりか?」
「………」
「トシ」
「…アイツを、拒絶すれば、アイツは、幸せになれると…思ってた」
ポツリポツリと土方は話し始める。
「でも…アイツは結局……。だから、俺は…好かれちゃなんねェんだ。誰からも…」
「…それは違うぞ、トシ。確かにお前とミツバ殿の間には悲しいすれ違いがあったとは思う。
だがな、俺はミツバ殿が不幸だったとは思えん」
「………」
「だから、お前だって好きな人がいたら…」
「ダメだ!アイツを苦しめておいて俺だけ幸せになろうなんざ…」
「トシ、ミツバ殿だってきっとお前の幸せを願って…」
「それでもっ!俺じゃダメなんだ。
万が一ソイツが俺のことを好きになっちまったら、今度はソイツが不幸になる…」
「万事屋はそんなヤワな男じゃないぞ!」
「…っ!」
眼を見開いて固まった土方に近藤は「しまった」と思った。
だが一度発してしまった言葉は取り消せない。
近藤が何とかしようと次の言葉を考えているうちに、「帰る」とだけ言い土方は近藤を置いて店を出た。
* * * * *
深夜、万事屋銀ちゃんの電話が鳴った。
寝床から這い出た銀時は面倒そうに受話器を取る。
「ったく誰だよこんな夜中に…。もしもーし、本日の営業は終了して…」
『トシがいなくなった!』
「……はぁっ?」
『すまない。トシと恋愛の話をしてて、ついお前の名を…。そしたらトシが一人で店を出ちまって、それで…』
「…屯所に戻ってねェのか?」
『ああ…』
「携帯は?」
『電源を切ってるらしい』
「そうか…」
『すまない』
「とにかく、土方を探そうぜ…俺も行く」
『ああ…』
受話器を置き、急いでいつもの服に着替えると、銀時は万事屋を飛び出した。
と同時に近くの路地に黒い人影が隠れるのを見た。…その路地は袋小路になっていて逃げ場はない。
銀時はそっと人影に近付く。
「土方…」
「…っ!」
「良かった…無事だったんだな。ウチ、来るか?」
土方は頭を振る。銀時が一歩また一歩と近付くと土方から「来るな」と声が上がる。
「じゃあ、そこでいいから聞いて。俺さ、お前のことが好きなんだ」
「…っ!!」
突然の告白に土方の顔が一瞬にして絶望に染まったかと思うと、その場に倒れこんだ。
「土方!」
慌てて銀時が駆け寄ったが土方は意識を失っていた。
銀時は土方を抱えて自宅へ戻った。
* * * * *
「ここは…?」
翌朝、目覚めた土方の眼に見慣れぬ天井が映る。
「よう、目が覚めたか?」
「…万事屋っ!?な、なんで…」
「何でってココ俺ん家。つーか、昨日のこと覚えてねェ?」
「昨日(昨日は…そうだ。近藤さんと飲みに行ったら俺が万事屋のことを好きだって知られてて…
恐らく総悟辺りから聞いたんだろうな。そんで居辛くなって一人で店を出て、もう万事屋のことは諦めようと思って
最後に家だけでも見ようとしてこっちに来たら、コイツが家から出てきて、慌てて隠れたけど見付かって、それで…)…っ!!
い、いや、覚えてねェ。…邪魔したな」
「待って」
布団から出てすぐに帰ろうとする土方の手首を掴み、銀時が引き止めた。
「昨日のこと、覚えてないならもう一回言う。俺、お前のこと…」
「言うなっ!」
「…言うなってことは俺が昨日言ったこと覚えてんの?」
「お、覚えてねェ!けど…言うな!」
「…好きだ」
「言うなっ!」
「好きだ」
「やめろ!」
「俺は土方が好きだ」
「やめっ…」
銀時の手を振り払って両耳を塞ぐと、土方はその場に蹲った。
土方の隣に跪き、顔を覗き込むようにして銀時が訊ねる。
「なあ…何で?俺はお前を好きになっちゃダメなの?」
震える声でゆっくりと土方は話し出した。
「お前には…もっと、相応しい、相手が…」
「俺はお前がいいの」
「ダメだっ」
「何で?」
「お前は…ちゃんと、所帯を持って、ガキ作って、そんで…」
「ガキならもう、新八と神楽がいるから…」
「アイツらは、お前のガキじゃ…」
「でも家族同然だ。それに…子どもがどうとかより俺は、土方とお付き合いがしたい」
「ダメだっ!」
「俺のこと嫌い?」
「………き、きらい、だ」
今にも泣き出しそうな顔をして「きらい」という土方は、どう見ても嘘を吐いているようにしか見えない。
「嘘でしょ?」
「う、嘘じゃねぇ!」
「…でも、俺は土方のこと好きだよ」
「…っ!!言うなっ!」
「言うのやめたら、俺と付き合ってくれる?」
土方は頭を横に振る。
「じゃあ…付き合ってくれるまで言う。…好きだよ」
「やめろっ!」
「好きだ好きだ好きだ好きだ」
「…っ頼むから、やめてくれ…。俺は、お前にっ、幸せになって、ほしいんだ…」
「だったら俺と付き合って?俺は…土方と一緒にいられれば幸せだから」
「…そんな、ことはねェ。お前は、ちゃんと…」
「女と結婚してガキ作って、その方が幸せ?」
「そうだ」
「……何で分かるんだよ」
「えっ…」
堂々巡りの会話が続き、遂に銀時がキレた。
急にトーンの落ちた声に、土方は一瞬恐怖を感じた。
「オメーの基準で決めんじゃねェ!俺が幸せかどうかは俺が決める!」
「よ、ろず…」
「だからオメーは四の五の言わず俺が好きなら俺と付き合え!」
「あ…」
「分かったか!?」
「あ、う…」
「分かったな!?」
「………」
コクリ―迫力に圧倒され土方が頷いた瞬間、銀時は土方を抱き締めた。
「や、やめっ…」
「何で?お付き合いしてくれるんでしょ?」
もういつもの穏やかな声に戻っていた。
「そっそれは…」
「武士に二言はねェよな?」
「うぅ…」
「いい加減、腹括れ。俺は絶対にお前を諦めねェ」
「でも…」
「お前と幸せになってやるからな!」
銀時はしっかりと土方を抱き締めた。
(10.01.18)
タイトルは昔の歌から。後編は18禁となります→★