ファンからの依頼
「あの…こちらでは本当に何でもして下さるのですか?」
その日、万事屋を訪れたのは若い―二十代前半くらいに見える―女性であった。
それなりに値の張りそうな着物と丁寧な言葉使いから、育ちの良さを感じる女性である。
玄関で対応した新八が、彼女を事務所に通す。
彼女を一方の長椅子に座らせると、新八はお茶を入れるために台所へ向かった。
銀時と神楽が向かいの長椅子に掛けて依頼内容を聞く。
「で、依頼内容は?」
「実は…ある方にお会いしたいのです。いつも、テレビや新聞でその方の活躍を見ていました。
ずっと陰ながら応援させていただいていたのですが、先月その方がお仕事でうちに宿泊されて…
あっ、私の家は旅館なんです。…その時、酔ったお客様に絡まれているところを助けていただいたんです。
それなのに私は、憧れのあの方が目の前にいることで錯乱してしまって、お礼も言わず走り去ってしまいました。
何て失礼なことをしてしまったのだろうと、すぐに謝って改めてお礼を言いたかったのですが…」
「結局、言えず仕舞いだったと…」
「はい…。お詫びのお手紙を出そうかとも思ったのですが、やはり直接お会いしてお詫びをしようと
こうしてお詫びの品も用意して…」
彼女は風呂敷包みを取り出した。
「何アルか?」
「羊羹です。うちの地域の土産物として一番人気のある物を持ってきたんです。ただ…」
「会えなかったんですか?」
「ええ。やはり簡単に会えるわけもなく、門前払いでした。そんな時、ここの看板を見て…」
「そうですか…。銀さん、どうします?」
「会って羊羹渡して礼を言うくらいできんだろ…芸能関係には知り合い多いしな」
「あ、…芸能人ではないのですが…」
「「「…へっ?」」」
依頼人の言葉に、万事屋三人は揃って間の抜けた声を上げた。
「芸能人じゃないって…だって、先程テレビで見ていたって言いましたよね?」
「ええ。確かにテレビに出るほどの有名人ではあるのですが、芸能人ではないんです」
「じゃあスポーツ選手アルか?」
「いいえ」
「もしかして官僚?」
「近いです。…その方、警察官なんです」
「「「警察!?」」」
またしても三人の台詞が揃った。
「やはり…無理でしょうか?」
「いや、警官なら芸能人よりも会うの簡単じゃね?」
「そうですよね。巡回とかで外に出ることもあるでしょうし…」
「いざとなったら銀ちゃんの恋人に頼めばいいネ」
「ちょっ神楽、テメー…依頼人の前で余計なこと言うんじゃねェよ!」
「あの…警察関係者の方とお付き合いされてるんですか?」
「ま、まあ、一応…」
「それは頼りになります。それで、会いたい方というのは真選組の副長さんなんですが…」
「「「………はい?」」」
今しがた神楽が口を滑らせた「銀時の恋人」の名が依頼人から上がり、三人は耳を疑った。
念のため新八が確認をする。
「あ、あの…今、真選組の副長って言いました?」
「はい。真選組の副長、土方十四郎様です」
「そ、そうですか…。…銀さん、どうします?」
「…どうするもこうするもねェだろ」
「あの…やはり難しいでしょうか?警察と言っても武装警察ですから、普通のお巡りさんのようにはお会いできないですよね…
」
「そんなことないネ。トッシーは銀ちゃんのこっ…」
余計なことを言わないよう、銀時が慌てて神楽の口を塞いだ。
「あー…真選組の副長さんね。大丈夫。アイツとはちょっとした知り合いだから」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
彼女は椅子から立ち上がって深く一礼した。
「…じゃあ善は急げだ、出発すっか?確かアイツ、今日は一日屯所にいるって言ってたし…」
「銀さん…本当にいいんですか?」
「あぁ?仕事中ったって、会って羊羹渡してちょっと話すくらいいいだろ?」
「いや、そういうことじゃなくて…」
「警官が市民助けるなんざ当然のことだってのに、このお嬢さんはわざわざ礼をしたいって言ってんだぜ?
そんな健気なお嬢さんの願い、聞き入れてやんのが男ってモンだろ?」
「まあ、銀さんがいいならいいですけど…」
「じゃあ俺、ちょっくら屯所まで行ってくるわ。…三人で行かなくてもいいだろ?」
「そうですね。僕たちは留守番してます」
「いってらっしゃいアル」
新八と神楽に見送られ、銀時は依頼人と万事屋を出た。
銀時はスクーターの後ろに依頼人を乗せると、屯所を目指してエンジンを掛けた。
「神楽ちゃん…行かせちゃってよかったのかな?」
「銀ちゃんが自分で行くって言ったんだから大丈夫ヨ」
「そうかなぁー。銀さん、何だか様子がおかしかった気がするんだけど…」
「当然ネ。自分の彼氏の浮気相手目の前にして平気でいられるワケないアル」
「浮気じゃないよね?土方さんはただ人助けしただけだよね?」
「でも銀ちゃんはそう思ってないネ。それに、あのコはマヨラーのこと好きアル」
「そうだよねー。土方十四郎『様』なんて呼んでるくらいだから、よっぽど好きなんだろうね。
やっぱり…僕らも付いていった方がよかったんじゃない?」
「心配いらないネ。マヨラーは銀ちゃんにベタ惚れアル。銀ちゃんの前で女といちゃつくわけないアル」
「いちゃつくって…まあ、でも神楽ちゃんの言いたいことは分かるよ。
土方さんは女性にデレデレするような人じゃないもんね。凄くモテるみたいだからこういうの、慣れてるだろうし」
「だから私たちは銀ちゃんが依頼料もらって来るのを待ってればいいアル」
* * * * *
真選組副長室。
ピタリと閉じた襖の前で山崎は中に向かって声をかけた。
「副長、お客様です」
「山崎テメー、今日は誰も通すなと…」
襖越しでも分かる機嫌の悪さに、山崎はヒッ!と短い悲鳴を上げた。
「すすすいません!でも……あっ、ちょっと、勝手に開けちゃ…」
「どぉも〜。万事屋で〜す」
「ぎ、銀時!?」
山崎が事情を説明する前に、銀時はガラリと襖を開けた。
部屋の中の土方は、上着を脱いだベスト姿で机に向かっていた。その机の上には積み重なった書類の山。
その隣には吸殻が溢れかえった灰皿。タバコの煙をふんだんに含んだ室内の空気は、廊下よりもくすんで見えた。
急ぎの用ではないと勝手に判断した土方は机に向き直り、書類に筆を走らせ始める。
「おいおい客が来たってんのに仕事すんなよ…」
「…何の用だ」
視線は書類に落としたまま銀時に返事をしする。
銀時は小さく溜息を吐いて、襖の陰で怯えたままの山崎に仕事へ戻るよう言うと土方の近くに腰を下ろす。
それでも土方は仕事の手を止めようとはしない。
銀時は未だ廊下にいる依頼人に呼びかけた。
「おーい、隠れてねェで中に入れよ」
「あ、あの、お忙しいのなら出直して…」
「大丈夫だって。ほら、こっち来て…」
ポンポンと銀時は自分の横の畳を叩く。
銀時が女性と一緒に来たのだと分かり、漸く土方の手が止まった。
「おい、そいつァ何モンだ?」
ジロリと彼女を睨むように見てから土方は銀時に問う。
彼女は銀時の傍まで来たものの、土方に睨まれて立ちすくんでしまった。
「ンな怖い顔すんなよ…彼女、怯えてんじゃねェか」
「これが俺の顔なんだよ!…で、その女は一体…」
「だから睨むなって。お前にお礼がしたくてわざわざ江戸に出て来たんだってさ…」
「礼?」
「ほら、言いなよ」
銀時に促され、意を決したように彼女が口を開く。
「あ、あの…酔っ払いに、絡まれてるところを助けていただいて…。それなのに何のお礼もせず、大変失礼を…」
「そんなことは頻繁にあるからいちいち覚えてねェし、それも仕事のうちだ。…礼なんざいらねェ」
「い、いえ…その、先月、うちの旅館にご宿泊いただいた折に…」
「先月?ああ…お前、あの旅館の娘か…」
「は、はい!」
相変わらず土方の機嫌は最悪でそっけない態度をとっているが、自分の旅館を覚えていたことだけで彼女は嬉しそうだった。
そんな彼女の様子を、銀時はぼんやりと無表情で眺めていた。
土方は銀時をちらりと見てから、筆を置くと急に穏やかな口調で話し出した。
「あんな遠くから一人で来たのか?」
「は、はい」
「大変だっただろ?俺も上京したての頃は人の多さに驚いたもんだ…」
「はい。本当に人がたくさんいてビックリしました。あっ…そ、それで…これは、あの時のお礼とお詫びに…」
「わざわざ悪ィな…何なんだ?」
「羊羹です。お店で一番人気のものを持ってきたのですが…お口に合いますかどうか」
「…開けていいか?」
「は、はい」
包装を丁寧に解くと、土方は箱の蓋を開ける。
中には一口サイズの羊羹が一つずつ小さな袋に入って並んでいた。
「微妙に色が違うな。…何種類か入ってるのか?」
「はい。小豆の他に、ゴマや抹茶、栗など色々な種類の羊羹が少しずつ入っています」
「そうか…旨そうだな。ひとつ食ってみてもいいか?」
「ど、どうぞ」
土方は一番端にあった小袋をつまみ上げ、中から小さな羊羹を取り出して口に放り入れた。
「うん、うまいな…」
「ほ、本当ですか?良かった…」
彼女は頬を赤く染め、感激のあまり涙ぐんで声も震えていたがとても嬉しそうであった。
一方、銀時は一言もしゃべらずに二人のやりとりを冷めた目で見ていた。
ふと土方が銀時に声を掛ける。
「…おい、テメーも食うか?」
「いらね」
「そうか…。あー、今日はよく来てくれたな。またそっちに行く機会があればアンタの宿を利用させてもらう」
「あっありがとうございます!あ、あの…あの時は本当に失礼いたしました。助けていただいて嬉しかったです。
あの…お仕事頑張ってください。応援してます!」
「ああ、ありがとな。で、悪いんだが今日は仕事が立て込んでてな…」
「あっ、お忙しいところすみません。それでは、お邪魔いたしました」
深々と頭を下げ、彼女は副長室を後にした。
銀時も無言で彼女の後に続いた。
「あの…ありがとうございました。万事屋さんに頼んで良かったです」
「あー別にいいよ。俺は屯所まで連れて来ただけだし…」
「そんなことはありません。万事屋さんと一緒だったから中へ通してもらえたんです」
「それはまあ、ね…」
「土方様にお会いできただけでも嬉しかったのに、うちの旅館のことを覚えて下さっていたなんて…」
「まあ先月のことだからね…」
「こんな田舎者のためにお仕事の手を止めて下さって、羊羹もおいしいって…」
「あー、良かったね…」
「はい!私、今日のことは一生忘れません!本当にありがとうございました!」
彼女は銀時に何度も礼を言って田舎へ帰っていった。
依頼料も弾んでくれたため、その日は久々に肉が食べられて新八と神楽にも喜ばれた。
だが、銀時の心の中にはずっと何かが燻っていた。
* * * * *
その日、深夜近くになって仕事を終えた土方は万事屋を訪れた。実は前から会う約束をしていたのだ。
邪魔するぜ―そう言いながら鍵のかかっていない玄関を開け、静まり返った室内に入っていく。
居間に辿り着くと、銀時がソファに座っていた。
何をするでもなく、ただボーっと座っている銀時の横に土方も腰を下ろす。
「…何しに来たんだよ」
「何って…前から今日行くって言ってあったじゃねェか」
「あー、そーでしたっけ?」
「…覚えてっからガキ共いねェんだろ?」
「違いますぅ。神楽はたまたまお妙んトコに行っただけですぅ」
「ンだよ…まだ機嫌直ってねェのか?あの女は帰ったんだろ?」
あの女―その言葉に銀時の肩がピクリと反応した。
「お前さ…あーゆーコが好みなワケ?」
「あん?ナニ言って…」
「だってそうだろ?いつもなら、書類仕事が続いてる時のお前って身体動かせねェとかでイラついてんじゃん。
お前が取り締まられる方だろ?ってくらい凶悪なツラで、タバコ吸い過ぎで声も怖くなっててよ…
俺だって初めて見た時はちょっとビビったくらいだったぜ」
「…だから何だよ」
「それなのにあのコにはニコニコしてよー…タイプだったんだろ?」
「そんなんじゃねェよ。あの女は、わざわざ遠くから礼を言いに来たんだろ?だったら…」
「でもお前、いつもならそんなん気にしねェじゃん。仕事優先じゃん。
なのに手を休めてまであのコに…。最初に俺だけが入った時は無視して仕事してたのによォ」
「…じゃあ女も無視して仕事してればよかったのか?」
「そうじゃねェけど…でも、羊羹まで食ったじゃん」
「俺にくれたモンを食っちゃまずかったか?」
「お前、甘いモン食わねェじゃん。なのにあのコの目の前で食って『うまい』とか言っちゃってさ…
いつものお前ならただの客相手にそこまでしねェよ。…ナニ、そんなにあのコのこと気に入っちゃった?」
拗ねる銀時を宥めるように、土方は銀時の肩を抱き寄せた。
「ヤキモチか?可愛いトコあんじゃねェか…」
「そんなんじゃねェよバーカ」
「…オメー、もしかして無自覚か?」
「あん?何のことだよ」
「なあ銀時。俺が書類仕事続きで機嫌悪ィってこと、分かってたんだろ?じゃあ何であの女を連れてきたんだよ」
「そ、それは、あのコがオメーに会いたいって言ったから…」
「今夜、仕事が終わったら万事屋に行く約束してたよな?だったら女を万事屋で待たせとけば良かっただろ?」
「で、でも、あのコはオメーに夢見ちゃってるし、土方が野郎とデキてるなんて知ったらショック受けるかと…。
それに…今日会ったばかりのコに俺たちのこと知られるってのも何だか…その…」
「なら事前に電話でも寄越せばいいだろ?連絡もせずにいきなり、しかも仕事中に来たら俺がイラつくって分かってんだろ?」
「そ、それは…」
「土産の羊羹だってそうだ。お前、中身知ってたんだろ?何でそん時、俺が甘いモン食わねェって教えてやらなかった?」
「そっそれは…」
「そんで、俺がお前にも羊羹勧めたのに何で食わなかった?オメーは俺と違って甘いモン好きだろ?」
「だってアレは彼女がお前のために…」
「あの量は明らかに一人分じゃねェだろ?ああいう場面で食わない方が失礼だとは思わねェか?」
「あっ…」
言われて初めて、銀時は彼女に悪いことをしてしまったと気付いた。そしてその理由も…。
土方も分かっているのか、いつの間にかニヤニヤと笑っていた。
「オメーの言うことをまとめると…オメーは俺の機嫌が悪ィのを知ってて、俺の嫌いな甘いモンを持った女を連れて来たと。
…随分と不親切な万事屋だな」
「あ、いや、その…」
「そんで、女に優しくして文句言うってこたァ、冷たくすれば良かったのか?
土産の羊羹も突っぱねれば良かったのか?」
「そんな、ことは…」
「じゃあ何でテメーはそんなに不満そうなんだ?」
「………」
理由は分かっている。自覚はなかったが、土方に憧れているという彼女の存在が何となく面白くなかったのだ。
だから普段と違って気が回らなかった。
それどころか、依頼人である彼女が喜んでいるのを見て依頼を断ればよかったとすら思ってしまった。
だが、そんなことを土方に言えるはずもなく、銀時はギュッと口を閉じた。
「なあ、銀時…何が不満なんだ?」
「うううるせェ!不満なんかねェよ!」
「そんなことねェだろ?俺が悪かったのか?だったら謝るからよ…」
「べっ別に悪くねェ。…つーかお前、気付いてんだろ?さっきから顔ニヤケっぱなしだぞ!」
「あん?俺が何に気付いてるって?さっぱり分からねェな…」
そう言いながら土方は銀時を抱く腕に力を込める。
「絶っっっ対に分かってる!」
「分からねェよ。…なあ、教えてくれよ銀時ィー」
「ひっ!みみみ耳に息吹きかけんな!」
「…教えてくれねェってんなら、その口塞いでもいいか?」
「へっ?…んんっ!?」
銀時が言葉の意味を理解するより早く、土方は顎を捕えて唇を重ねた。
「ちょっ、テメーいきなりなにすんだよ!」
「あん?じゃあ言う気になったのか?」
「言うって何を…」
「だからテメーがあの女に意地悪した理由だよ」
「そっそれは…」
「それは?」
「…言わねェ!だってオメー、絶対に分かってる!」
「分かんねェって言ったろ?…じゃあ身体に聞くか?」
「もう勝手にしろ!」
今度は銀時から土方の首に腕を回して口付けを仕掛ける。
このあと、銀時が土方に本当のことを告げたかどうかは二人だけの秘密。
(10.01.08)
10,000HIT記念アンケートより「土方さんにヤキモチを焼くかわいい銀さん」でした。…あまり銀さんが可愛く書けなかった気がします^^;
いらないとは思いますが、リクエスト下さったraita様のみお持ち帰り可です。もしサイトをお持ちで「仕方ないから載せてやるよ」って時は拍手からでもご一報くださいませ。
日記に後書きとraita様へのメッセージを載せております。
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