W副長と万事屋金ちゃん
対テロ特別武装警察真選組。
そこでは今、局長の近藤が金髪のホストと女を取り合い、汚い手を使われて負けたという話でもちきりだった。
話を広めたのは一番隊隊長の沖田。だが、沖田は近藤から聞いたわけでも、直接現場を見たわけでもない。
近藤が副長である土方にそのことを話し、土方から坂田に、坂田から沖田に伝わり、組中に広まったのだ。
坂田というのは、真選組のもう一人の副長・坂田銀時のことである。
土方と坂田は単なる仕事仲間というだけでなく、いわゆる恋人同士という関係だ。
それゆえに土方は、近藤から聞いたことを坂田に話してしまったのだ。
坂田から沖田に伝わるというのは想定外のことであったが、自分が火種になったことに土方は少なからず責任を感じていた。
隊士達は「局長の敵をとる」と殺気立っている。
近藤に汚い手を使ったというのは土方も許せなかったが、相手は攘夷浪士等ではなくホスト、つまりは民間人である。
そのため、頭に血の上った隊士たちが刀を抜く前に、彼と話をつける必要があると思っていた。
そんな折、沖田と共に巡回中の土方はついに件のホストらしき人物と出会った。
近藤からはホストだと聞いていたが「集英建設」とロゴの入った作業着を着て、屋根の修理をしていた。
だが、ホストなのか土建屋なのかとかいう問題以前に、土方と沖田が驚いたのは彼の顔であった。
資材を取りに屋根から下りた彼を見て、二人とも目を丸くした。
「ぎ、銀…時?」
「…えーと、君、誰?俺、男の顔覚えんの苦手なんだよね。あっ…もしかして多串君か?」
「誰が多串君だ。テメーと俺は初対面だよっ!」
「あっ、そうなの?」
「テメー…名前は?」
「えっ、ナニ?おたく警察だよね?えっ、コレ職務質問?」
「そんなんじゃねェよ。テメーとよく似た顔の男を知ってるってだけだ」
「俺と?ふーん…俺に兄弟とかはいねェと思うんだけど…まあ、いいか。俺は坂田金時」
「金、時?」
「へぇー、名前まで旦那とそっくりでさァ」
名前を聞いて言葉を失った土方に代わり、沖田が金時と話し始める。
「…旦那って?」
「ウチのもう一人の副長、坂田銀時の旦那でさァ」
「ぎ、銀時!?何そのパクリっぽい名前…」
「パクリって…アンタ、真選組の坂田副長を知らないんで?」
「あー、だから俺、男のこと覚えんの苦手なんだって。女の子のことなら即座に覚えられるんだけどねー」
「根っからのホスト気質ですねィ」
「よく間違えられっけど、俺ホストじゃないから。確かに手伝いでホストもしたことあるけど、万事屋だから」
「んっ?万事屋?ホストじゃねーのか?」
万事屋と聞いて漸く土方も復活した。近藤を汚い手で負かしたというのは金髪のホストだったはず。
ということは、目の前の男は件のホストとは別人なのだろうか?
「お前、近藤さんと女取り合ったっつーホストじゃねェのか?」
「近藤さん?そんなヤツと会ったっけかなぁ…」
「男のことは覚えてないんだったな…。あー、確かお妙さんとかいう女を取り合ったって…」
「お妙って、あぁ!お前、あのゴリラの知り合い?」
「やっぱりお前だったのか…。実は、ウチの組のヤツらが近藤さんの敵をとると躍起になっていてな…」
「えぇっ!?ちょっ、勘弁してくれよ…。俺はお妙に頼まれただけで本当は恋人でも何でも…」
「安心しろ。お前が悪くないことは分かってる。連中にもよく言って聞かせるからな」
「あっマジで?サンキュー」
「仕事の邪魔して悪かったな。屋根の修理、頑張れよ」
「お巡りさんもお仕事頑張ってねー」
こうして土方と沖田は巡回に、金時は屋根の上に戻っていった。
「土方さん、団子奢って下せェ」
「あぁ?食いたきゃ自分で買えよ」
「いいんですかィ?旦那に浮気のこと言っても…」
「浮気って何だよ!」
「金時の旦那のことでさァ。大した話も聞かず無罪放免たァ、鬼副長の名が泣きますぜィ」
「何言ってやがる。俺は総合的に判断してアイツは安全だと…」
「総合的ね…じゃあ、旦那に今日のこと話してもいいんですねィ?」
「あっ、いや、それはちょっと…」
「やっぱり浮気じゃねェか、土方コノヤロー」
「浮気じゃねェ!浮気じゃねェが…アイツのこと、銀時には黙っていた方が…。
ほ、ほら…銀時、身内はいねェって言ってたがもしかしたら今日のアイツが身内かもしれねェだろ?
でも、下手に期待持たせておいて実は違ったとなればショックも大きいだろ?だからハッキリしたことが分かるまでは…」
「まあ、一応筋は通ってますねィ。…でも団子は奢れよコノヤロー」
「チッ、分かった。…今日だけだぞ?」
結局、その日沖田は土方の金でたらふく団子を食べて屯所に帰った。
* * * * *
春。花見の場所取りに行かせた山崎がミントンしてサボっていたせいで
真選組の場所は万事屋一行―金時、新八、神楽、定春、そして新八の姉・お妙―に取られていた。
近藤は既に、勝手に混ざろうとしてお妙に殴り飛ばされ、金時を初めて見る隊士達は、坂田副長そっくりの容姿に驚いている。
土方は場所取りをしていなかった山崎を殴ってから、金時の隣に腰を下ろした。
「ムサイ連中がぞろぞろと…何の用ですか?キノコ狩りですか?」
「いやすまねェ。能ナシの部下のせいで花見の場所が取れなくてな…。アンタらの隣に邪魔させてもらってもいいか?」
「まあ、そういうことなら…」
「悪ィな…。そのかわりと言っちゃあ何だが、こっちの料理も遠慮なく食ってくれ」
「いやァ助かったぜ!…新八、神楽、まともなメシにありつけるぞ!」
「きゃっほーぅ!」
「金さん、あの…随分親しそうですけど、そちらの方は?」
新八はどこかで見たことある顔だと思いながら金時に聞いた。
「えーと、こちら多串君」
「だから誰が多串君だ!俺は土方だ。土方十四郎!」
「ひひひ土方って…まさか、真選組の!?」
「真選組?ああ、そういえばそんなこと言ってたよーな…」
「新八ィ、真選組って何アルか?」
「真選組は凶悪犯に対抗する特別武装警察で、土方十四郎と言えば鬼の副長と言われる人だと…」
「じゃあ金ちゃんは鬼に脅されてるアルか?…おい鬼のお前、私と勝負するネ!私が勝ったら金ちゃん解放するアル」
「違うよ神楽ちゃん!鬼って言うのはそういう意味じゃなくて…」
「おい、そこのチャイナ。土方さん殺るのはこの俺でィ」
「…お前も鬼の手下アルか?上等ネ…」
沖田と神楽は桜の木の下で取っ組み合いのケンカを始めてしまった。
「ホゥ…総悟と互角にやりあうたァ何者だ、あの娘?」
「ウチの神楽は『夜兎』っつー絶滅寸前の戦闘種族で…」
いつの間にやら金時と土方は仲良く酒を酌み交わしていた。
噂に聞く程怖い人達ではなさそうだと、新八も彼らと花見を楽しむことにした。
「何、アレ…」
一時間ほど遅れて花見会場に着いた銀時は、目の前の光景に呆然と立ち尽くす。
自分の恋人である土方が、金髪の男の隣で酒を飲んでいる。男と酒を飲むこと自体は構わない。
しかも二人きりではなく周りには他の隊士達や男の知り合いらしい子どももいるのだ。
銀時が気にくわないのは、男に対する土方の態度である。「鬼」と称される凶悪さは成りを潜め、楽しそうに笑っている。
しかも男の肩を抱き寄せるようにして。
二人はこちらに背を向けているので、まだ銀時には気付いていない。
土方より先に沖田が銀時に気付き、そっと近付いていった。
「どうしたんでさァ、旦那…」
「あっ、沖田くん。あのさー、アイツ…いや、アイツら、何?」
アイツ、と金髪の男のことだけを聞きそうになり、慌てて「アイツら」と言い直した。土方と仲の良い男が気になるのではなく
あくまで知らない連中が真選組の花見に混じっている理由を訊ねている体を装った。
「例の近藤さんの想い人と、かぶき町の万事屋御一行でさァ」
「あっ、もしかして金髪のホスト?」
「えぇ。…実はホストじゃなくてホストっぽい万事屋だったんですがね?」
「万事屋?ふーん…」
「…土方さん、随分楽しそうに見えませんかィ?」
「さ、さぁ、どうなんだろうね?まあ、花見は皆、楽しいんじゃないかな?」
明らかに土方と金時の関係を気にしている様子の銀時を見て、沖田は心の中だけでニヤリと笑った。
「まったく…旦那がいないと思って土方さんはハメ外しすぎなんでさァ」
「は、ハメって…アイツ、何かやったの?」
「実は土方さん、あの金髪の男に…おっと、いけねェ。これ以上は言えませんねィ」
「ちょっ、沖田くん?ここまで思わせぶりなことしといて、そりゃないでしょ?」
「いやァー、土方さんに口止めされてるんでさァ。…旦那に言ったら殺すって」
「何ソレ!?俺に知られちゃマズいことでもあんの?」
「俺の口からは何とも…。どうしても気になるんなら土方さんに直接聞いて下せェ」
「土方のヤロー…」
沖田に騙されたとも知らず、銀時は怒りにまかせて土方の元に走っていった。
「土方ァァァ!!」
「うぉっ!…なっ何だ、銀時か。どうしたんだ、んなデケー声出して?」
「どうしたんだ、じゃねーよ!この浮気者!俺というものがありながらこの金髪ヤローと何を…えっ?」
土方の胸倉に掴みかかった銀時は、ここで初めて金髪の男の顔を見る。
見覚えがありすぎる彼の顔を見て、銀時は一瞬、何が起きたのか分からなかった。
「あ、あのー…土方くん?この男前な金髪の方はどちら様でしょう?」
「男前って、あのなー…。つーか、浮気者って何だ?俺ァ浮気なんざした覚えは…」
「えっ、だって沖田くんが…」
「オメーな、総悟の言うこと真に受けんなよ…」
「じゃあ浮気は?」
「するわけねーだろ!」
「マジで?…でもさァ、この金髪のおにーさん、かなりイケメンじゃねェ?コイツなら浮気したくなる気持ちも分かるような…
」
「アホなこと言うな。俺にはお前が一番なんだからよ…」
土方と銀時を邪魔してはいけないと、金時はそっと土方の隣を離れた。
一方で神楽と新八も銀時を見て驚いていた。
「双子カ?金ちゃん、双子だったアルか!?」
「あぁ?んなの聞いたことねェよ…」
「本当に金さんそっくりなんですね…」
「そっくりなんてモンじゃないネ!色が違うだけで全く同じ顔ネ。…スタッフの手抜きアルな」
「スタッフって神楽ちゃん…。あ、あのー…ぎ、銀時、さん?」
恐る恐る新八が銀時に声をかけた。
「何?…つーか、お前、誰?」
「あっ、すいません。僕はかぶき町の万事屋で働いている志村新八といいます」
「お妙さんの弟だ」
土方が新八の説明に付け加えた。
「あぁ、ゴリラの!…おたくのお姉さんも大変だねェ。ゴリラなんかに好かれちゃって…」
「は、はぁ…。あっ、それで、そのー…あの、金さんとは兄弟か何かじゃないんですか?」
「…金さんって?」
「そこの金髪の男だよ。…坂田金時というんだと」
「き、金時!?何そのパクリっぽい名前…」
「…反応も同じかよ。お前ら、本当に兄弟とかじゃねェのか?」
「知らね」
「お、おい銀時…そんなんでいいのかよ?」
「別にいいだろ?兄弟だろーが他人の空似だろーが、俺は俺で何が変わるってわけでも…」
「金さんは、それでいいんですか?」
「俺?俺も別にいいよ。似てるっつっても髪の色が違うんだから、間違えて攘夷浪士に襲われる心配もなさそうだし…」
二人がいいなら周りがとやかく言う問題ではないと、その後、二人の関係が話題に上ることはなかった。
* * * * *
「おーい、起きろよ。このまま死なれたら俺の責任っぽくなんだろ…」
「…アレ?ここどこ?」
何故か自動販売機の商品取り出し口に頭を突っ込んで眠っていた銀時は、体を揺すられて目を覚ます。
のんびりとした動作で自動販売機から抜け出すと、焦点の合っていない視界が金色に光る。
「まぶしいなァおい…んー?」
「大丈夫か?しっかりしろよ…アンタ真選組の副長なんだろ?こんなトコで酔い潰れてちゃ…」
「あぁ?俺ァ酔っちゃいねェよ…」
「…それ、完全に酔っ払いのセリフだろ」
「あぁ?いちいちうるせェな…テメー何モンだコラ?」
「金さんですよー。万事屋金さん」
「金さん…?あっ…」
徐々に定まってきた視線に金時は安堵の溜息を吐く。
銀時はキョロキョロと辺りを見回すが、花見をしていたはずの公園は真っ暗で、自分たち以外に人の気配もない。
「漸く目覚めた?」
「あー、悪ィ。えっ、他のヤツらは?」
「とっくに帰っちまったよ。それなのにアンタらいつまでも飲み比べなんかしてっから…」
「アンタ…ら?」
「そこの上。アンタの彼氏乗っかってっから下ろしてやれば?」
そう言われて銀時が上を見れば、自動販売機の屋根の上に見慣れ過ぎた黒い男が乗っていた。
「えっ…アイツ、なんであんなトコ乗ってんの?」
「知らねェよ。新八たち送ってった後、戻ってみたらアンタと彼氏が自販機で寝てたんだからよ…」
「あー、そうなの。悪かったね。…つーか、それならお前が下ろしてくれてもよくね?」
「…アンタらじゃあるまいし、大の男を運ぶ腕力なんかありませんー。
つーか、それができるなら先ずアンタを自販機から抜いてるっつーの」
「それもそうか…」
よっこいせ、と言って銀時は立ち上がり土方の上着に手を掛けると…
一気に引きずり下ろした。
ドスンと大きな音を立てて土方が地上に落ちる。
「ええぇぇっ!おまっ、何やっ…ええぇぇぇ!それなら俺でもできんだろォォォ!」
「んだよ…大丈夫だって。コイツ頑丈だからこんぐれェじゃ死なねェよ」
「死ななくてもケガすんだろ!?お前の彼氏なんだからもっと大事に扱えよ!」
「さっきから彼氏彼氏ってよー…コイツには土方っつー名前があんの!俺の付属品みたいな言い方、失礼だろ?」
「いやお前の方が酷いよね?名前呼ばないより確実に酷いことしてるよね?」
「るせェな…」
金時と銀時がそんな言い争いをしていると、土方がムクリと起き上がった。
「おっ、目が覚めたか?」
「んん?天使 が二人…」
「…お前今、何て書いてぎんときって読んだ?寒いこと言ってんじゃねェよ!」
「おー、天使その一…」
「その一も二もねェよ!銀時は俺だけだ!ほら、よく見ろ!暗くて分かりずれェかもしれねーが、あっちは金時だ!」
「きん…?」
「ほら、立てるか?屯所に帰るぞ」
銀時は土方の腕を肩に掛けて土方を立たせた。
二人のやり取りを黙って見ていた金時は何故か面白くないと感じながらも、その感情がどこから来るのか分からなかった。
「じゃあ俺帰るから。お二人さんも気を付けて帰れよ」
「ああ、世話になったな」
「気にすんなって。…報酬は一週間以内にお願いしまーす」
「はぁ!?金取んのかよ!」
「当たり前だろ?俺ァ万事屋だぜ?」
「別に依頼したわけじゃ…」
「真選組の副長、二人セットで酔い潰れてるのを放っておいて良かったのかなー」
「銀時、いいじゃねェか。世話になったんだ。礼くらい…」
「土方…。分かったよ。後で金持って行ってやるから…お前ん家教えろ」
「じゃあコレ…」
金時は銀時に名刺を渡して去っていった。
(10.01.06)
金さんの出番終わりです。この後は18禁になります→★