はじめてのおかいもの


銀魂保育園四歳児クラスの銀時くん。今日は大好きな十四郎くんの家へ遊びに来ています。
庭にビニールプールを出し、水着に着替えてバシャバシャちゃぷん。実はちょっぴり水が苦手な銀時くんですが、十四郎くんと一緒なら大丈夫。
「とーしろー、みてて」
プールの底にぺたんと座り、口を大きく開けて息を吸い込み頬っぺたを膨らませます。それからぎゅっと目をつぶり、素早く頭を下に落とせばぴちゃっとおでこが水面につきました。
顔を上げると濡れた前髪から目の方へ水が滴り落ちます。それをささっと両手で払いながらも、銀時くんは満足げでした。
「よくできました」
十四郎くんは銀時くんの頭を撫でてあげます。去年まで、水に顔をつけることもできなかった銀時くん。クラスの子に負けたと悔しがっていたのを知っているから、頑張ったね、偉いねと褒めてあげたのです。
「かんたんだよ」
本当はとっても大変なことでしたが、銀時くんは何でもないふうを装いました。十四郎くんはとっくにできることだと分かっているからです。

そうしてしばらく二人で水遊びを楽しんでいたところ、銀時くんのお父さんと十四郎くんのお母さんがやって来ました。お父さんは言います。
「銀時、今日のおやつはプリンでいいか?」
「プリン! プリン!」
大好物のおやつが食べられると銀時くんはプールの中で飛び跳ねました。十四郎くんに水しぶきがかかりましたが、銀時くんが喜ぶ姿をみて十四郎くんも嬉しそうです。
しかし、お父さんの話には続きがありました。
「でも今、プリンがないんだよ」
「かって!」
「お父さんは忙しくて行けないんだよなぁ」
「かって! かって!」
プリンと聞いてしまったら食べたくて仕方ありません。買って来てほしいと、銀時くんは何回も言いました。
次に、お母さんが十四郎くんに話し掛けます。
「十四郎ごめんね。今日、マヨネーズないの」
「いいよ」
「え?」
ごめんねと謝られたら、いいよと許してあげる――十四郎くんは教わったとおりに振る舞いました。しかも、プリンが食べたいと言い続ける銀時くんを「プリンは明日ね」となだめたのです。これにはお父さんとお母さんもビックリです。
けれども二人には違う目的がありました。
気を取り直してお母さんが十四郎くんに言います。
「マヨネーズ買いに行ってくれない?」
「えっ!」
一人で買い物などしたこともない十四郎くん。さすがにこれは「いいよ」とは答えられませんでした。隣では銀時くんがお父さんに頼まれています。
「プリン買って来てくれるか?」
「うん!」
銀時くんも買い物は初めてでしたが、大好きなプリンのためとあれば、すぐに行く気になりました。それを聞いて、十四郎くんのお母さんは言います。
「銀時くん、お買い物行くの?」
「プリンかうの!」
「そう。十四郎、銀時くんと一緒なら行ける?」
「う、ん……」
まだまだ不安はいっぱいですが、二人でなら何とかできそうな気もしました。子ども達は水遊びをやめて体を拭いてもらい、着替えて髪の毛を乾かしてもらいます。

それから二人とも、十四郎くんのお母さんから買い物の仕方を教わりました。

行き先はここから歩いて五分のところにあるコンビニエンスストアー。十四郎くんはお母さんと何度も行ったことがありますし、銀時くんも、ここへ来る時に通る道にあるので知っている店です。二人は少し安心しました。
そして買ってくるのはプリンを四つとマヨネーズ。これは紙に絵を描いてもらいます。十四郎くんがボトルに入ったマヨネーズの絵を、銀時くんが小さなプリン四つの絵を持てば、いよいよ子どもだけで行くのだという気分が高まりました。
お揃いのポシェットに五百円玉が一つ入った財布と「買う物カード」をしまい、靴を履いたらしっかり手をつなぎます。
最後に、お父さんから大切なお話がありました。
「買えなくてもいいから、必ず二人一緒にいること。いいね?」
「はい」
「はい」
今日のチャレンジは、お父さんとお母さんが前もって話し合い決めていたことでした。一人では難しいことでも、二人で力を合わせたらやり遂げられるはずと考えたのです。
それに、バラバラになれば危ないことも起きやすくなりますから。

いってきますと振られた二つの手は、少し緊張しているようでした。
送り出された二つの麦藁帽子が、どんどん小さくなっていきます。お父さんとお母さんは、それが見えなくなってもずっとずっとそちらの方を見ていました。


一方、十四郎くんと銀時くんは、初めて経験する二人っきりのお出掛けを楽しみだしていました。つないでいた手を離して腕を組み、もうすっかりデート感覚のようです。
「ねえ、とーしろー」
銀時くんに呼ばれて、十四郎くんは「なあに?」と応えました。
「オレのおかねで、マヨネーズかってあげるね」
「え……」
マヨネーズを買ってもらえるのは嬉しいけれど、それではプリンが買えません。十四郎くんは困ってしまいました。
実は、銀時くんからもう一つ提案があるのです。
「とーしろーは、プリンかってくれない?」
「いいよ」
ようやく十四郎くんにも銀時くんのやりたいことが分かりました。相手のほしい物を買い、プレゼントするのです。
ただ買い物をするだけでなく、大好きな人に贈る物を買うことになれば、そのワクワクはより大きくなりました。


「あ、ジミー!」
目的のコンビニエンスストアーに着くと、銀時くんは雑誌コーナーによく見知った人を見付けました。
「ジミー」と指をさされた男の人は、ぎこちない笑顔でこんにちはと挨拶をします。
「やまざきせんせーこんにちは」
十四郎くんがおじぎをしたので、組んだ腕に引っ張られて銀時くんも頭が下がりました。
この人は銀魂保育園で二人の担任をしている山崎退先生です。近所に住んでいる先生もよくこの店を利用していますが、今日は偶然会ったわけではありません。
山崎先生は、初めてお使いに行くテレビ番組が大好きでした。あの番組を見て保育士を志したと言っても過言ではないくらいです。
だから保護者の話を耳にして、自ら見守り係に立候補したのです。普段から地味だと言われている自分には、こっそり様子を伺う仕事も向いているはずだと思いました。その油断がターゲットへの接触という失態につながったのです。
しかし、全く問題はありませんでした。
「とーしろー、いこう」
「さよーなら」
「あ、うん」
小さなカップルがすぐに二人の世界へ入ってくれたからです。
「とーしろー、どのマヨネーズがいーい?」
「えっとー……これ!」
「わかった」
「つぎはプリンのとこいこう」
「うん!」
幼児二人がくっついて商品を探す姿はとても微笑ましい光景です。
「ぎんとき、どれがいーい?」
「これ!」
「わかった」
それから揃ってレジに進み、それぞれ会計を済ませて商品を袋に入れてもらい、後は気を付けて帰るだけ。

けれどもこの二人に限って、それで終わらないことを山崎先生は知っていました。
「とーしろー、はい」
「ありがとう。ぎんときも、どーぞ」
「ありがとう!」
「んっ」
店を出たばかりでプレゼント交換が始まり、そしてお決まりのキス。向かい合って両手を握り、ちゅっちゅと何度も唇同士をくっつけます。キスをするたびに帽子のつばがぶつかるため、脱げないように片手で頭を押さえ、買い物袋を持った手を相手の肩に添えて。
山崎先生はその写真を撮り、家で帰りを待っているお父さんとお母さんに、帰りが遅くなりそうだとメールを送りました。


十四郎くんと銀時くんの初めてのお買い物改め、初めてのデートの話は、これにておしまい。

(16.07.25)


いつか書きたいと思っていた幼児パロで「はじめてのおつかい」でした。ラブラブぷちカップルの前では買い物もデートに早変わりです。
ここまでお読みくださりありがとうございました。


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