受験勉強で知る世界


顔と成績と運動神経は良い方で、目付きと口と愛想は悪い方――坂田銀時の持つ土方十四郎の情報とは、凡そこの程度である。
高校一年の時に当時のクラスメイト・沖田総悟の中学からの友人として顔見知りになり、三年になった今年初めて同じクラスになった。
一対一で話したことなど皆無。気心の知れた間柄とは言い難いが、かといって全く関わりがないという程でもない。知人以上友達未満。つまりは普通の同級生の一人であった。

少なくとも一学期の終わりまでは。

「好きです」
夏休み直前、多くの三年生は受験に備えて部活動を引退する時期。無所属の坂田には関係のないことで、この日は珍しく気が向いたため図書室で勉強をしていた。
窓の外が橙色に染まり、そろそろ帰るかと伸びをして問題集とノートをバッグへ放る。踵を踏んだ上履きをぺたぺた引き摺りながら階段を下りていき、あと数段で一階という頃、下から響いた女性の声に思わず足を止めた。
この真下、階段の裏側で今まさに愛の告白が行われているようだ。興味本位で手摺の向こうをそっと覗いてみたものの、どちらの姿も見えなかった。
「悪ぃけど、アンタとは付き合えねぇ」
だが相手の男は声で判明。クラスメイトの土方だ。
「彼女、いるんですか?」
「……いや」
「だったら、あの、受験の邪魔にはならないようにしますから」
食い下がるのか……口調からすると後輩だろうに、なかなか強かじゃねぇの。それだけ土方に惚れてるってことかね。
これはOKするしかないなと坂田なりの返事が決まったところで、土方も決定打を放った。
「俺、ゲイだから」
「え?」
「受験とか関係なく、女と付き合う気はねぇ」
「そう、ですか……」
分かりましたと言う声はこれまでと比較にならないほどか細い。次いで、小走りに去る小さな足音。驚愕の事実は坂田の足をその場に縫い付けている。溜息とともに別の足音が近付くのに、慌てて一歩を踏み出すも時すでに遅し。
「坂田……?」
「あ、えーっと……」
階段を横切ろうとした袴姿の土方に見付かってしまった。剣道部に属する彼は今日が部活の最終日。
「聞いてたのか?」
「いや、たまたま、通りかかってね……ハハッ」
笑ってごまかす作戦も、聞いていたのかと先より強めに尋ねられれば頭を下げるしかない。
「ごめん」
「そうか」
あっさり受け入れられた謝罪に面食らい、平然と歩き出した土方を追いかける坂田。
「あのさ……誰にも言わねぇから」
「ああ」
「…………」
「まだ何か用か?」
「えっと……」
ただの顔見知りに近い関係で何を拘っているのか自分でも不明。しかし坂田はまだ、土方と話したいことがあると感じていた。
「相手は誰?」
「ウチのマネージャー」
「タイプじゃなかった?」
「は?」
「だって結構粘ってたじゃん。俺だったらとりあえず付き合っちゃうけどなァ……あ、実は彼女がいるとか?」
「……聞いてたんじゃねぇのかよ」
どうして分からないのだという苛立ちを言外に滲ませる土方。
「おっ女の子だから無理、とか……?」
「分かってんじゃねーか」
こちらを向いて目を細めた土方は、よくできましたと生徒を褒める教師のようで、同い年とは思えぬ余裕を感じる。土方とはこんなヤツだったかと考えて、そもそも大して知らない存在だったと思い至り、もっと知りたいという結論に達した。
これまでの自分の周りにはいないタイプ。未知との遭遇気分で単純にワクワクした。
「彼女じゃなくて、彼氏はいんの?」
「今はいねぇ」
「前はいたんだ……」
「ああ。友達付き合いにまで口出してきて、ウザいから別れた」
「あ、そう……」
告白された時に偶々一人だったから付き合ってみたという口ぶりからするに、他にも交際経験があるらしい。その上で先程マネージャーからも告白を受けて……まだ誰とも付き合ったことのない坂田にとっては羨ましい限り。
「坂田」
「ん?」
「何処までついて来る気だ?」
「えっと……」
「見てぇならそれでもいいけどよ」
妖艶な笑みを湛えて胸元をはだけた土方。ここは剣道部の部室兼更衣室であった。
「ししっ失礼しましたァァァ!」
よくよく考えれば男同士、慌てて逃げるようなことではない。話に集中していて周りを気にしていなかっただけ。笑って部屋を出れば済むことなのに。
だがこの時の坂田はどういうわけか、土方の着替えを見てはいけないものと認識してしまっていた。


「待っててくれたのか」
「まあ……」
これ以上親しくするのは危険だと、何処からか警鐘の鳴る音が聞こえた。しかし黙っていなくなるわけにもいかず、土方が出て来るのを待っていたのだ。挨拶だけしてすぐに帰ろうと。
「今日は悪かったな」
「いいって。それに、俺がゲイだってことも仲間内なら皆知ってるしな」
「そうなんだ」
先に行くタイミングを逃し、土方と並び校門を通る坂田。電車通学かと問われて正直に頷けば、駅前のコーヒー屋に寄らないかと誘われて断れなくなった。
もしや自分は狙われているのだろうか。だとしたら二人きりで行動するのはマズイのでは……でも単なる友達としてなら普通のこと。あまり関わりのなかった同級生と、この機会に交友を深めたいと思うのはおかしいことではない。
恋愛対象が男というだけで変に避けるのは失礼だ。今のところ何もアプローチ的なものはないのだし、あったらその時に拒めばいいだけ。
土方が友人となることに何ら異論はない――坂田は寄り道をすることにした。


「いらっしゃいませぇ」
全国にチェーン展開するセルフサービス式のコーヒー店。アイスコーヒーを注文し、さっさと席の確保に取りかかる土方を横目で追いつつ、銀時はメニューの端からじっくり吟味していく。最終的に、フローズンドリンクいちごミルク味(シロップ増量)に決定。ピンク色のプラカップを手に級友を探せば、外の見えるガラスの壁に面したイスに座っていた。
人目に付きにくい奥の席などではないことに、坂田の警戒心は一気に霧散する。寧ろ、口説かれたら困るなどと僅かでも友情を疑った己を恥じた。
「お前、甘いもの好きなのか?」
「そういうお前はブラック?信じらんねぇ……」
互いに互いの品の感想を述べ合ったあとは無難に学校の話題などを。受験は憂鬱だ、夏休みなのに遊べないなんて、去年は良かった……十分も話した頃、ふいに土方が坂田の肩に触れ、顔を寄せた。
「なあ、あそこにいるヤツ知ってるか?」
やけに近いと感じたものの、これが土方の距離感なのだろうと一先ず受け入れる。
「どこ?」
「向かいの通りの、青いTシャツ着た……」
声を潜め、楽しそうに微笑む土方に心臓がざわついた。友達が笑っているだけだと自分に言い聞かせ、辛うじて平静を装っている状態。人探しに集中すれば問題ないはずと、坂田は店の外へ視線を送った。
「何処かで見たような……えーっと……」
「去年卒業した先輩」
肩に手は置いたまま目線だけをちらりと外にやり、またこちらを向いてにっこり。回答を得ても坂田には「そういえばそうかもしれない」という程度の存在。それよりも、土方が言葉を発する度に耳へかかる吐息がこそばゆくて落ち着かなかった。
「こ、こっち見てない?」
「見てるな」
「土方に、用があるんじゃ……」
「だろうな」
土方とあちらの態度からして、単純な先輩・後輩関係でないのは明白。口に出すのは憚られるけれど、疑惑を抱えたままでいるのも耐えられない。
坂田は思い切って聞いてみた。
「もしかして……元彼?」
「正解」
くつくつと笑う土方は妖しい色を纏っていて、坂田は身の危険を感じ立ち上がる。
「おっ俺、塾があんの忘れてた!」
「いいから」
まあまあと腕を取られて座らされてしまった。そのまま腕を組むような体勢で土方が逆の手を数度振れば、件の先輩は走り去っていく。その瞬間、土方の空気が変わった。
「ありがとよ」
「へ?」
腕を解放し、元の位置に座り直してアイスコーヒーを啜る。外を眺めたまま、土方は事情の説明を始めた。
「やり直したいってしつこいから、新しい恋人ができたって嘘吐いた」
「その『恋人』ってのが、俺?」
「坂田だとは言ってねぇよ。そこまで迷惑かけらんねぇし」
「でも先輩が来るって知ってて俺を誘ったんだろ?」
「まあな」
「だったら絶対ェそうだと思うだろ!」
「かもな」
「おいおい……」
先輩に襲撃されたらどうするんだという坂田の訴えには、その度胸があるなら今ここへ乗り込んでくるはずだと尤もらしい答え。相手の性格を熟知しているらしい言い草に鼓動が早まる。
「俺が一人になるのを待って攻撃してくるかもしれないじゃねーか」
「坂田の方が力あると思うぜ」
「武器を使ってきたら……」
「そういうヤツじゃねぇけどな。……まあ、もしもん時は本当のことを言ってくれ」
「え、いいの?」
「つーか、そこまでされても俺の嘘に付き合うつもりだったのか?お前、いいヤツだな」
頬杖をついてニッと笑う様はまたしてもあの色を含んでいた。
「おおっ俺は、老若男女全てに対して優しい男だ!」
友情を超えた感情を持たれては厄介だと、土方は大勢のうちの一人であることを殊更に強調してみる。それが正しい反応であったのか、実のところ、この時の坂田には判断できなかったのだけれども。

(16.01.05)


あけましておめでとうございます!2016年最初の話はツイッターで予告した通り、同級生馴初め話です。
実はまだ、どう馴初めるか決めてません^^; なのでどの程度の長さになるかも分かりません。
カップリングはどうとでも取れる感じで書こうと思っています。 まずはここまでお読み下さりありがとうございました。

追記:続きはこちら(注意書きに飛びます)