後編
1LDKのマンションが今の坂田の城。意外にも片付いていると素直に感心すれば、独り身が長く時間だけはあるのだと苦笑い。恋人もいないらしい台詞で綻びそうになった口元を引き締め、土方は敬愛する教師の部屋へ足を踏み入れた。 「テレビでも見てて」 「手伝います」 「大丈夫。あ、ビール飲んでてもいいよ」 手ぶらで訪ねるのも失礼だと、帰宅途中スーパーに寄りビールとタバコ、ついでにマヨネーズも購入していた。 「遠慮します」 「そう?じゃあテレビね」 坂田はテレビのスイッチを入れ、リモコンを座卓の中央に置いてキッチンへ向かう。土方は渋々そこに腰を下ろすのだった。
程なくして炒飯の完成。器に丸く盛られたそれに、土方は万遍なくマヨネーズを回しかけた。 「相変わらずだね」 「マヨネーズは何にでも合うんです」 「はいはい。つーか土方くん……」 「何ですか」 「二人でいる時くらい敬語やめない?もう同僚なんだし、昔だって皆タメ口だったじゃん」 「それは先生の……アンタの態度が緩いせいで全然教師らしくなかったからだよ」 「ハハッ、その割に土方くんの言葉遣いは丁寧だったよね」 「……余所余所しくしてた方が迷惑掛からないと思って」 「なるほどね……本来ならそういう気遣いすんのは先生の役目だよな。悪ィ」 「俺が好きでやってたことなんで。つーか自分で『タメ口』つっといて先生面すんなよ」 「今の『先生』は『俺』と同義だからセーフ。土方くんも先生なんだから自分のこと『先生』って言ってもいいよ」 「そういう意味不明な理論で言い包めようとすんのも変わらねぇな」 「酷っ!でもそんな所も好きだったとか?」 「…………」 土方は押し黙り、ただ口の中の炒飯土方スペシャルを咀嚼し続ける。 「そんなに睨まないで。学校では言わないし、それに、甘酸っぱい青春の思い出ってやつでしょ?」 「まあ、な」 「やっぱりそうだよね……」 「あ?」 「あん時の土方くんは、十七歳だっけ?」 「はい」 「もう十年前か。先せ……俺も若かったなァ」 「そうだな」 「おいおいそこは『まだまだ若いよ』って励ますところじゃねぇ?」 「誰だって十年前と比べたら老けてるだろ」 「十年、だもんね……」 「ああ」 思わせぶりな視線を送られて、飲み込んだ炒飯土方スペシャルは全く味が分からなかった。 「何だよ」 「んー……流石に十年は長すぎたかなって」 「は?」 「いや、こっちの話。でもなァ……五年じゃ社会に出たてだろ?かといって八年っつーのも半端な感じがするし……」 「何ぶつぶつ言ってんだ?」 「ああ気にしないで。とっところで土方くんは、今お付き合いしてる人とかいるの?」 「何だよ唐突に」 徐々に自宅へ招かれた意図を察し始める土方。炒飯土方スペシャルの旨味が口内に広がっていった。 「アンタの方こそどうなんだ?」 「俺?えっと……今は……いない、かな?」 「ちゃんと別れてねぇのか」 「いやっ、いない。全然いない!ずっといない!」 「ふっ……自慢することじゃねーよ」 「……随分と男臭く笑うようになって」 「何?」 「何でもない。ほら、俺が言ったんだからお前も言えよ」 「あー……多分、先月別れた」 「たっ多分、て……?」 「そいつと結婚するつもりはない、つったら連絡来なくなった」 「あ、女の子なんだ」 「いや、男。一部でパートナーシップ条例ができただろ?だからって結婚を申し込まれた」 「へー……じゃあ、プロポーズしてこなきゃ今でも付き合ってた感じ?」 「だとしても今日までの付き合いだな」 「何で?」 「アンタに会えたから」 「えっ!あっあの、実はね……」 「俺が教師になるきっかけを作ったのがアンタだからな」 決定的な告白が聞けるのに気付いた上で素知らぬフリして遮ってみる。炒飯土方スペシャルは腹の中に美味しく収めさせてもらった。 「そうなの?」 「ああ。いい加減に見えていざという時は煌めくし、俺に対しても他のヤツらと同じように接してくれたし……そんな恩師の前で、軽い恋愛なんて続けてらんねぇだろ」 「ああ、そう……」 「そういやぁさっき何か言いかけてなかったか?」 「ななな何もっ!」 「言えよ。気になるじゃねーか」 「本当、大した話じゃないから!」 「その話するために呼んだんじゃねぇのか?」 「……鋭いね。でも、もう大丈夫」 「何が大丈夫なんだよ」 「俺も、土方くんの前ではいい先生でいることにする」 からかうのもここまで。十年前の、苦しくも純粋に恋をしていた頃の気持ちを思い出す。 「……来月末、またここに来ていいか?」 「へ?え、ああどうぞ」 「あれは確か、五月の終わり頃だったよな」 「なっ何が?」 「アンタに告白した日」 「そそっそー言われてみれば、二十九日だったね」 「……そこまで覚えてんのか」 「ちっ違うから!たまたま……あの日は妹の誕生日で、プレゼントの催促された日だったから……」 「じゃあ来月、二十九日にまた来る」 「あの……」 「十年経っても同じ気持ちなら、来ていいんだろ?」 ここで漸く土方の思いを知ることができた。そうと決まれば坂田のやることは一つ。 「俺、アバウトな性格だから……だいたい十年なら、それで……」 「だいたい十年前から、ずっと?」 「うん」 自分の思いを告げて、二人の未来に向かうだけ。 「それでも生徒(おれ)のために……アンタには敵わねぇな」 「過大評価だよ。勿論お前のためもあったけど半分は自分のため。ゲイだと知らずに出会った人と両想いになる確率なんてゼロに近いじゃん」 「そうかもな」 少数者ゆえ――同じ指向の人々が集まるコミュニティでなくては――おいそれとモーションをかけられないのが悩みどころ。 「だから手放したくなかったんだよ」 「でも俺は完全にフラれたと思ったぞ」 「あれが精一杯だったの。土方くん、男好きになったの初めてみたいだったし……」 「人を好きになったこと自体、アンタが初めてだったよ」 「うん。だから『次』も保障してやりたかった。恋愛でも何でも色んな経験して大人になって……この辺は『先生』としての意見ね」 「こりゃ当分、追い付けそうにねぇな」 「一応、土方先生より十五年も長く教師やってますから」 「今後ともご指導の程よろしくお願いします、坂田先生」 「こちらこそよろしくお願いします。……学校以外でも」 「はい」 フローリングに正座して向かい合う二人は、深々と頭を下げた。
(15.09.15)
遅くなりましたが3Zその後、W教師編終了です。……といっても全然学校のシーンがないですけど^^; 気が向いたらそのうち続きを書くかもです。職場では二人の関係を秘密にして素っ気ない態度を取っちゃうとか。 で、その反動で放課後は甘々になっちゃうとか。こっそりキスくらいは校内でしちゃうとか。 なにはともあれ、ここまでお読み下さりありがとうございました。
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