※「死人を想う」および「土方家と坂田家」の続きです。
※大学生の坂田銀時は歴史上の人物である土方十四郎を理想の男と思っています。
※大学生の二人は知りませんが、実は原作の銀さん・土方さんの子孫です。
※後半は18禁になる予定です。攻受はどちらとも取れる感じです。




茹だるような猛暑の続く季節。ジワジワと鳴く蝉が暑さに拍車をかける中、大学二年生の坂田銀時は、構内のパソコンルームで涼みがてら情報検索を行っていた。試験は二日前に終えている。調べ物なら手持ちのタブレット端末で充分。だが今日は、恋人の試験最終日だから大学へ来ていた。
これから二ヶ月間の夏休み。交際開始から半年、二人で過ごす初めての夏休み。身も心も開放的になる季節に、あわよくばキス止まりの関係を進められたらと胸躍らせて。

「そこ行くのか?」
「え?」
後からの声に振り返れば愛しい人――三年生の土方トシ。待たせたなと言う今の時刻は試験終了の十五分前だった。
「テストは?」
「終わったから先に出て来た」
もしかして自分が待っているから急いでくれたのだろうか……坂田の心に嬉しさと申し訳なさが入り混じる。
空いていた隣のイスに腰を下ろし、土方は坂田のモニターを指差した。
「そこ、行きたいんだろ?」
「えっええ、まあ」
坂田が見ていたのは江戸時代の町並みを再現した史料館のホームページ。普段は地元の小学生が社会科見学に訪れるような、こじんまりとした規模で、史学科の坂田には些か物足りない場所。だが現在、夏休み企画とやらで衣装の貸し出しを行っており、当時の人の気分に浸れるとか。
「課題か?」
「いえ。ただちょっと、楽しそうだなぁと……」
今の画面には表示されていないが、貸し出し衣装の中には真選組の制服もあった。坂田の心酔する真選組副長と顔貌がそっくりな先輩に着てもらいたい気持ちはある。だが二人で楽しめなければ意味はないと、ここに限らず出会ってからのこの一年、土方と真選組関連の場所へ赴くことは避けていた。
そんな恋人の迷いを眼鏡越しに捉え、土方は口元を緩める。
「一緒に行くか?」
「えっ!で、でも……」
「俺と一緒じゃ嫌なのか?」
「そんなことありません!寧ろすっごく行きたいです!」
立ち上がり叫ぶ坂田を、周りの迷惑も考えろと嗜める土方だって浮かれ気味であった。特別歴史に興味があるわけではない。けれど、好きな人の好きなものは理解したいし共有したいものだから。

猪から蛇へ

二日後。気温は朝から三十度を超し、日陰の有り難さが骨身に沁みる晴天の中、二人は件の史料館へ向かい歩いていた。最寄駅から徒歩十五分。電車内のクーラーで冷えた体もすぐに汗だく。好きで来ている自分はともかく、付き合いで来た土方はきついだろうと気に病む坂田。
「その辺で涼んでいきます?」
休憩を提案するも、平気だと断られてしまった。
「お前は疲れたか?」
「いや別に」
「なら行こうぜ。向こうは涼しいんだろ」
「多分……」
町を模しているとはいえ設置そのものは屋内。空調管理はなされているはず。
汗を拭いながらも鼻歌が聞こえてきそうな程に足取り軽い土方。機嫌の良い理由は分からないけれど、これなら頼んでみてもいいだろうかと、坂田は意を決した。
「あの、今日行く所って衣装のレンタルもしていてですね……」
「知ってる。真選組の服もあるんだろ?」
「あ、知ってましたか……」
テメーの魂胆は読めてんだよ真選組オタクが――と蔑まれたような気がしてしまう。
だが幸い、本当に単なる気のせいであった。
「それを着ればいいのか?」
「え……」
「お前も何か着るなら着てやるよ」
「マジでか!さっ撮影もアリですかっ?」
ならばと更に一歩進んで希望を述べてみる。それにはやや呆れた様子で、
「撮影って大袈裟だな……写真くらい、出掛ける時はいつも撮ってるじゃねーか」
と返ってきた。
「ありがとうございます!」
「はいはい」
こんな幸福があるのだろうか。まるで夢のようだ。実は夢なのではないか。体温を超える外気にやられ幻聴が聞こえているのかもしれない。猛暑でトシさんが変になった可能性も……思い通りになりすぎて未だに現実が信じられない坂田。その姿を横目で見遣り、土方はふっと笑った。服装くらいでこんなにも喜んでくれる恋人が愛しくて仕方ないのだ。


史料館へ到着した二人は、入館料を払うと一直線に貸し出し衣装コーナーへ向かった。期間限定の真選組の制服は人気があるようで残り僅か。辛うじて土方に合うサイズのものが一着だけ残っていた。
一方、坂田は着るのが楽そうだからという理由で、白地に薄青色の流線模様が描かれた着流しを選択。ただし、帯の結び方がよく分からず元々していた細目のベルトを上から巻き、歩きやすいように足元も黒のスニーカーのままで。
一眼レフカメラとスマートフォン、撮影機材以外をロッカーへ押し込み、愛する人を待った。

「うおおおおっ!」
更衣室から出てきた土方の隊服姿に思わず雄叫びを上げる坂田。静かにしろと窘められたくらいでは止まらない。
「すっげぇ!本物降臨!あ、眼鏡外してもらってもいいですか?」
「ああ」
とにかく言う通りにして大人しくさせようと土方は己の視界を犠牲にした。それが擦れ違いの始まりになるとも知らずに。
「ふおおおおっ……!一枚いいっスか!」
「おい」
「あーその顔最高!」
許可を出す前に焚かれたフラッシュ。眩しさに目を細めれば、睨みの利いた表情がより「鬼の副長」らしいと喜ばれてしまうから始末に負えない。
「そのまま行きましょう!」
「ちょっ……」
眼鏡を奪われ、荷物と共にロッカーに片付けられてしまった。これでは碌に展示物も見えない。文句を言おうとした土方であったが、
「こっちです。足元、段差あるから気を付けて」
「あ、ああ」
坂田に右手を取られ、とりわけて歴史が好きなわけでもないからいいかと、あっさり立ち直る。古い時代を学ぶことよりも、遠慮がちで奥手な恋人が進んで手を繋いでくれることの方が重要だった。

「やっぱり混んでんなァ……」
連れて来られたのは「真選組屯所」の看板が掲げてある門の前。貸し出し衣装の効果もあって、黒い制服を着た者達を中心に撮影目当てのメンバーが集っている。一番人気の看板前には撮影待ちの行列まで出来ていた。
「先に中を見ましょうか」
「ああ」
屯所の門を潜った先は真選組史料館となっている。ショーケースの中には、実際に真選組隊士らが使用したとされる武器や桎梏、書簡など。壁にはパネル写真も展示されていた。
「トシさん、ここに立ってみて」
そのうちの一つ、制服姿の土方十四郎が座っている写真の横に恋人を立たせ、坂田は一歩後退して感嘆する。
「隣に並んでもそっくり……」
ここは撮影禁止なのが悔やまれる。脳内フィルムに焼き付けるしかないと、パネルと現実の土方を穴が開くほど見詰める坂田であった。
その間、他の来場者からもじろじろと見られて、土方は非常に居心地の悪さを感じる。自分と土方十四郎の顔は確かに似ていると思うものの、それを指摘したのは坂田を含めて数人のみ。高校までの授業では殆ど扱われないだけに、そのことを意識して生活したことなどなかった。しかし今、この場にいるのは真選組に関心のある人達ばかり。しかも最も比較しやすい位置にいるものだから、坂田の後方からも瓜二つだなんだとひそひそ聞こえてきた。
「もう行くぞ」
「あ、待って」
居た堪れなくなった土方は展示品閲覧の波に紛れていく。坂田もすぐに後を追った。
「これは土方十四郎直属の部下の監察日誌で、こっちは土方十四郎の小姓が土方十四郎の兄に宛てた手紙で、あれは土方十四郎の……」
「土方十四郎ばかりじゃねーか」
眼鏡がないせいで解説文が読めない土方に代わり、坂田が独自の説明を施していく。
「ここは土方十四郎とその関係者の史料館なんです」
「はいはい」
坂田にとって真選組は土方十四郎のいた組織であり、江戸時代は土方十四郎の生きた時代なのだ。
土方十四郎の偉大さを語りだしたのを流して土方は順路を進んでいく。
「あ、これは土方十四郎の刀です」
「えっ!」
刀と聞いて土方が足を止めた。
「村麻紗という名刀だけど呪われた妖刀でもあって、使い熟せたのは土方十四郎だけだったとか。まあ、ここにあるのは精巧なレプリカですけどね」
「本物じゃないのか?」
「捨てたとか盗まれたとか譲ったとか諸説あって、本当のところはよく分からないんですよ」
「へぇ……」
食い入るように刀を凝視する土方。近視のせいで目元が険しくなるのを、土方十四郎が刀を吟味しているようだと坂田はこの光景も脳内フィルムに収めるのだった。違うじゃねーか――恋人の残念そうな呟きは耳に入らずに。

それからも坂田に手を引かれる形で、長屋風の建物の中や橋の袂へ土方は連れて行かれた。指示通りに立ったり座ったりして写真を撮られ、今は「甘味処」で休憩中。真紅の布で覆った二、三人で座れる腰掛けと野点傘が並ぶ喫茶コーナー。ここも撮影は可能だからと土方に湯呑みや団子を持たせてはカシャカシャとシャッターを切っていく。
「おい」
「あのー、すみません……」
真選組の貸衣装を纏った三人組の女性が声を掛けてきたのは、土方が「撮影会」にうんざりしかけた時であった。
「土方十四郎そっくりですね」
「はあ」
だからどうしたと無愛想に対応する彼は今や、歴史上の人物へ嫉妬心に近い感情を抱き始めている。けれどそんな重たい空気を散らすように、
「そうでしょう!いつか隊服着せたいと思ってたんですよ!」
土方十四郎ファン仲間だと言わんばかりに坂田がフレンドリーに割って入った。
「一緒に写真撮ってもいいですか?」
「や……」
「いいですよ!」
デートに来ておきながら、今日はまだ恋人との写真は一枚もない。あるのは恋人が写した己一人の写真のみ。そんな状況で見知らぬ人となど――断ろうとした土方を遮り、坂田は快諾してしまった。初対面の人からも恋人の魅力を認められたのが誇らしくて。
「シャッター押しましょう」
「ありがとうございます」
ぼやけた視界で坂田の顔つきは判別できないものの、三人からそれぞれカメラを受け取る声から楽しんでいるのは感じ取れる。土方の胸の内に燻っていたものが、くっきりと黒い陰を落としていった。
「いきますよー。ほら、トシさんも笑って……いや、笑わない方が鬼の副長らしいですね。じゃあそのままー……」
撮影を終えた女性達が礼を述べるのも取り合わず、土方は湯呑みを空にして立ち上がる。坂田はここで漸く様子が変だと気付いたものの後の祭り。黒地に銀縁の上着を脱ぎ、スカーフを外しながら無言で更衣室へと戻ってしまうのだった。

(15.08.10)


まさか五年振りに続きを書くとは思いませんでしたが、この二人のその後を思い付いてしまったもので^^;
トシさんとオタ気質の銀時くんの恋模様、お付き合いいただきましたら幸いです。続きは少々お待ち下さいませ。

追記:続きはこちら(温いですが18禁です)