<十四>
「ハッ、う、ぁ……」
「ふぅ……」
トシの部屋。自身のベッドで四つん這いになり、後ろから銀時を受け入れている。腰に添えられて
いた銀時の手がトシの胸に伸びた。
「そこ、やめろっ……」
「気持ちイイくせに」
「んんんっ……」
カリカリと乳首を引っ掻かれ、トシは背を丸めて唇を噛み締める。
「一度だけ」の約束で繋がった十月以降、案の定、会う度に関係を迫られ、断り切れずにほぼ毎回
セックスまで至っている。
ほぼ、つまり至らない時もあるということ。しかしそれはトシが毅然とした態度で拒めたからでも
銀時が諦めたからでもなく、予定より早く家族が帰ってきたからに他ならない。
「くっ……ぅ!!」
「っ……ハァ〜」
トシが銀時の手の中に、銀時はトシの中に放精。シーツへ突っ伏した拍子に結合が解けた。
愛する人の身体から、とろりと流れる己の体液。その艶に煽られて銀時はトシの腹に腕を回して
引き上げ、硬度を保ったままの先端を擦り付ける。
「待、て……もう……」
「あと一回だけ」
今日は既に三度貫かれた。体力の限界を訴えるトシに、お決まりの「一回だけ」。
「ひっ……」
入口を押し広げられる感覚に体が震える。感じたくないのに感じてしまう。こうなれば一秒でも
早く銀時が果てるのを祈るのみ――
ピンポーン
玄関の呼び鈴が鳴り、次いで鍵を開ける音。
誰かが帰って来た。現実に引き戻された二人は慌てて体を拭い、身仕度を整える。
ガンッ
ドアが僅かに開いてチェーンに阻まれた音。その直後、呼び鈴が連打される。
ピンポンピンポンピンポンピンポン……
「十四郎か」
苛立ち紛れにこんなことをするのは、自分達の関係を知っている幼馴染みしか有り得ない。
一足先に服を着終えた銀時が部屋を出ようとしたところ、半裸のトシに手首を掴まれた。
「待て」
「え、でも……」
早く出ないと怪しまれてしまうと焦る銀時に、自分が出ない方が怪しまれるとトシは制止しつつ
急いで身なりを正す。そうしている間にも呼び鈴は鳴り続けていた。
「今行く!」
部屋の扉を開けて階下に向かって叫び、トシは銀時を伴って十四郎を出迎える。
仏頂面した弟を殊更に持て成す様は誰が客人だか分からない。かつての銀時であれば嫉妬していた
ところ。しかし恋人と大きな秘密を共有した今となっては、トシと同じ気持ちで未来の「義弟」の
ご機嫌取りに勤しむ所存。
「ごめんな十四郎。キリのいい所まで教えてくれって俺がトシさん引き止めたから」
「……チェーンまで掛けることないだろ」
不満を述べながらも、明らかに十四郎の溜飲は下がっている。逢い引きの邪魔になるので
閉め出されたのだとばかり思っていたが、勉強ならば仕方ない。将来の「義兄」として密かに
銀時の進路を心配していた十四郎は、胸を撫で下ろすのだった。
* * * * *
「ただいま……」
「お帰り。今日も隣か?お前な……おい銀時!」
「…………」
帰宅した銀時は兄の小言に耳もくれず、自室のある二階へ上がっていく。その背中を黙って
見送るしかない、銀八はリビングに踵を返した。
「ハァー……」
部屋に鞄を投げ入れて、息を吐きながらベッドへ蹲る銀時。未だ腹の下が熱い――掛け布団を
被り、ベルトを外した。
「んっ……」
あそこで呼び鈴が鳴らなければもう一度くらいできたはず。どくどくと脈打つモノは最愛の人の
名残が微かに残っていた。
「ハッ、トシさん……」
先走りのぬめりを借りて後孔に指を挿入。ここだけは触れてもらえない。新たな「一線」がここに
できてしまったらしい。
「ハァ、ハァ……!」
幾度も口に含み掌で包んだアレをここに埋めてみたい。己がトシに与えているように与えられたい。
「あ、ん!」
指で届かぬ奥の奥まで愛する人で満たされたら、一体どんな気分になるのだろう――想像と、
自身と繋がったトシの反応とを織り交ぜつつ内部の快楽点を押し上げた。
「あっ……んんっ!!」
* * * * *
その頃、土方家の電話が鳴った。母は食事の支度、兄は入浴中。渋々といった体で十四郎が二階
から下り、受話器を取る。
「はい土方です……あ、先生……」
電話の主は銀八。出て良かったと十四郎の心は躍る。
野球部を引退し、受験勉強に専念して三ヶ月。久しく声も聞いていなかった。
「え?ああ今風呂に……あ、出て来ました。代わります」
少々お待ち下さいと保留ボタンを押して、浴室に向かい大声でトシを呼び付ける。
「兄さん電話ァ!」
「……誰からだ?」
髪をタオルで拭き拭き眼鏡を半分曇らせて、電話のある廊下へ出て来たトシ。銀八先生――受話器を
差し出す十四郎の頬が赤く見えたのは気のせいではないだろう。
この程度のことで幸せを感じている弟の純愛に、トシの胸はチクリと痛んだ。
「待たせたな」
部屋へは戻らずリビングへ向かう十四郎を目で追いながら、耳は電話に集中する。
「……今日?……いや、構わねぇよ。……ああ、ああ分かった。じゃあまた」
受話器を置いて再び髪を拭きつつリビングへ。母さん悪い――開口一番母に詫びて、今日の夕食は
不要になったと続けた。
「そういうことは早く言ってよね」
「悪い。今から銀八と飲みに行ってくる」
「さっきの電話?」
「ああ。話があるんだと」
弟の問いには端的に答えて、トシは濡れたままの髪を乾かすため浴室へ戻った。
珍しいこともあるものだ――幼馴染みとはいえ弟達のように同級生ではない。示し合せて行動を
共にしたことなど皆無。そんな銀八がわざわざ誘ってきたのだ。余程重要な話に違いない。
おそらくはどちらかの弟のことであろう。
何にせよ速やかに対処する必要があると判断し、急な申し出を受けることにした。
しんと冷たい空気の中、煙草を咥えてトシが玄関を開ければ、目的の人物も紫煙を燻らせ佇んで
いる。視線だけで挨拶を交わし、二人並んで飲み屋へ歩いていった。
* * * * *
駅に程近い大衆居酒屋。賑わう店内の奥に位置する個室座敷へ銀八が先導する。予め、連絡を
入れておいたらしい。
「まずは一杯」
「おう」
着席と同時に出て来た瓶ビールとグラスが二つ。招いた側から瓶を差し出せば、トシは手前の
グラスを手に取った。
「どうも」
「おう」
琥珀と白で満ちたグラスを一旦置いて掌を向ければ、そこに瓶が乗せられる。長年隣同士で
暮らしてきて、親も交えてなら酒を飲むこともしばしば。教師陣の飲み会で一緒になることだって
今年はあった。
だが銀八から注がれることはあっても注いだことはない。注ごうとすれば激しく遠慮されて
敵わなかったのだ。
それなのに今宵。
己にとって都合の悪い話なのだとトシは確信した。
「で?」
呼び出しで良い話などあるわけがない。開き直りグラスに口を付けつつ尋ねれば、あーとか
うーとか何とも歯切れの悪い反応。
「そんなことないとは思うんですけどね……」
「何が?」
「ウチの愚弟と、その……」
グラスを殆ど空にして正面からトシを見据える。気怠げな態度を装ってはいるものの、その瞳は
真剣そのものであった。
「一線越えたりとか……してませんよね?」
「!?」
吃驚のあまりカッと見開き黙りこくってしまったトシ。それ即ち「然り」ということ。
飲み込んだビールまで出しかねない勢いで、銀八は腹の底から息を吐いた。
「何やってんですか……」
「……すまない」
謝って済む問題ではないことくらい重々承知しているが他に言葉が見当たらない。先よりは浅く、
銀八は今夜二度目の溜め息を吐いて持論を展開していく。
「俺はね、バレなきゃ別にいいと思ってるんですよ。未成年つっても十八なら自分のすることに
責任くらい持てる歳でしょ」
「…………」
「真剣に惚れた相手と交わりたいってのは、人として当然の感情じゃないですか。教師だって
人間ですからね」
「…………」
手酌で追加したビールを流し込み、間違ったことはしていないとトシを擁護するような発言。
しかし感情の読めない表情から淡々と発せられるそれは、字面通りに受け取れないことを暗に
示している。その言葉をトシはひたすら黙って聞いていた。
「銀時はヤりたい盛りだし、それが究極の愛情表現だとか信じる年頃だし拒むのも大変でしょうね。
だから別にいいと思いますよ。ただ、」
レンズ越しの鋭い視線がトシを射抜く。
銀八のこの眼を向けられたのは二度目。銀時との交際を決めたあの日以来のこと。
「最初に言いましたけど、バレなきゃいいんですよ。バレなきゃね」
「…………」
バレなければいいこと。しかし銀八にバレてしまった。二人の交際を知っているとか身内とか
同僚とか、最も気付きやすい立場ではあるものの、露見したこと自体が問題なのだ。
「金時くんとトシーニョくんのこともあって、世間から色々言われても四人で励まし合って
頑張ろうと決めたじゃないですか。覚えてますよね?」
「……ああ」
「なのにアンタら、自滅する気ですか?」
「…………」
こんな関係が明るみに出れば「未成年」の健全育成のため引き離されるのは必至。どんなに愛し
合っていても、それを証明するのは困難を極める。男同士では結婚してみせることもできない。
「何で気付いたか教えましょうか?」
「いや……」
「聞いといて下さいよ。弟さんに気付かれないためにも」
「…………」
十四郎の名前を出して銀八の眼光は鋭さを増した。
「夏以降、成績が下がり続けてるんですよ」
「えっ……」
「知りませんでした?そもそもアイツが勉強するのは『大好きな先生』に褒めてもらうためです
からね。でもそんな口実がなくても会えるようになったんで勉強しなくなったんですよ」
「…………」
「勉強してないくせに部屋に篭るわ、やたらと寝るのが早いわで、ああ発情しているなと」
「…………」
「で、極め付けは今日。ぽけーっとした顔で帰って来て、こっちの話に返事もせず部屋に行っち
まいまして……途中で邪魔でも入りました?」
「…………」
グラスを呷り空にして、銀八は五千円札を置き立ち上がる。
「話はこれだけです。じゃあお先に」
「お、おい……」
「どうすればいいかなんて俺にも分かりませんよ。まあ、成績が落ちたのはアイツの責任だし、
二人が何をしようと二人の自由です」
突き放すようでいてそれが真実。自分で、そして銀時と二人で決めるしかないのだ。
けれど弱々しいトシの姿を見るのは忍びない。三度目の溜息と共に銀八は再び腰を下ろした。
「……トシさんは昔から怖い先輩でしたけど、憧れの存在でもあったんですよ」
「銀八……?」
「上にも下にも自分にも厳しくて、でもその分け隔てのなさが清々しくて。……銀時はそういう
所に惚れたんでしょうね」
十四郎が銀八の何処に惚れたのか、トシは唐突に理解する。同時に、この男となら弟は幸せに
なれるとも。
「すまない。ありがとう」
「どういたしまして」
己はまだ銀八の域に達せていない。最愛の人を自ら不幸にしてなるものか――
トシの腹は決まった。
(14.09.04)
あと四、五話で終わる予定です。まずはここまでお読み下さりありがとうございました。
追記:続きはこちら→★