「やーっと来てくれた。パー子、待ってたんだからね!」

土方がかまっ娘倶楽部を訪れたのは二十二時を過ぎた頃。新八と神楽は既に帰宅していた。
笑顔の「パー子」に腕を組まれながら席に着く。

「何飲む?昨日のお礼にパー子、サービスしちゃう」
「……お前、金時だろ?」
「あらま……この格好でも分かっちゃうのね」

残念と言いつつ嬉しそうに水割りを作る。その後ろから、本物のパー子が現れた。

「ちょっと銀子……人の名前を勝手に使わないでちょうだい」

口調こそ穏やかであるが蟀谷に青筋を浮かべ、力の限り握られた拳が震えている。

「あらパー子姉さん、ちょっとしたジョークじゃない。怒らないでよ〜」
「アンタねぇ……」
「それに、一目で見抜かれちゃったわよ」
「えっ……」

パー子と目が合うと、土方はぷいと顔を背けて言った。

「テメーがあんな愛想振り撒くわけねェからな」
「パー子姉さんだって接客の時くらい笑顔になるわよ。ねぇ?」
「銀子、アンタもうどっか行ってなさい」

今夜の金時は何故かハイだ。客を楽しませるためかもしれないが、昨夜―ホストをしていた時―と
比べても浮き足立っているように見える。この調子で土方に妙なことを吹き込まれでもしたら……
そう思い追い払おうとしたのが裏目に出た。

「あらパー子姉さん、土方さんと二人っきりになりたいの〜?独り占めはズルイわ〜」
「違ェよ!アンタ酔ってるみたいだから裏で休んでなさいっ」
「やーだー……私も土方さんと飲みたい〜。ねぇいいでしょ、土方さぁん」
「あの……」
「はいこれ、銀子のよ!」

土方に凭れ掛かる銀子を引き剥がしつつ強めの酒を手渡す。こうなれば早めに潰れていただこう。

「いらっしゃいませ……」
「おう……あ?」

パー子と銀子の作った一種殺伐とした空気は、新たなホステスの登場で緩和された。
だが「彼女」の顔を見た土方は思わず「誰だ?」と聞きそうになってしまう。ここへ来る人物など
トシーニョに決まっている。自分と似た男が女装――ある程度は覚悟を決めて来店した。
だというのに目の前のホステスは……

「凄いでしょ、トシ子」
「あ、ああ……」

パー子の言葉に頷くのが精一杯であった。
この状態でも自分と似ているとは思う。だが黙っていれば女にしか見えない。薄暗い店内なら
なおのこと。自分と似ているはずの男が……

「あの、すみません。こんな格好……」
「いや……」
「そうよー。こーんなに可愛いんだから自信持って!」

大分酔いの回った銀子はトシ子に絡み始める。

「私も結構イケてるかなぁと思ったんだけど、やっぱりトシ子ちゃんには敵わないわ〜」
「それはどうも」

その時、別のテーブルからトシ子を呼ぶ男性の声が上がった。

「トシ子ちゃーん、まだー?」

トシ子がこれまで着いていた席の客である。
それを皮切りに、その他の客からもトシ子コールが上がる。

「土方さん、すみません」
「ずいぶん人気なんだな。俺は気にしなくていいから行ってやれよ」

もう一度土方に頭を下げ、トシ子は元いた席へ。



「待ってたよトシ子ちゃん。ドンペリで乾杯しよう!」
「はい」

高級シャンパンの注がれたグラスをカチャリと合わせれば、男は相好を崩してそのグラスに
口を付ける。そこへ別の客がやって来た。

「おい、そろそろトシ子ちゃんを解放してやれよ」
「何言ってやがる。トシ子ちゃんは俺と楽しく飲んでるんだよ」
「トシ子ちゃん、俺とロマネコンティ飲まない?」

更に別の客もやって来て、勝手にトシ子の取り合いを始めてしまった。けれど、

「皆さん、ケンカはやめて下さい」
「「「はい」」」

トシ子の一声で男達は争いを止めた。

「皆で仲良く飲めばいいよね」
「じゃあトシ子ちゃんは真ん中に座って」
「あの……僕も仲間に入れてもらえますか?」
「わしも!」
「どうぞどうぞ……美人は皆で平等に」

次々にトシ子目当ての客が集まり、トシ子を持て成す俄ホストとなっていく。

「トシ子ちゃん、何か食べる?」
「お、お任せします」
「特上寿司大至急ー!」
「タバコは吸うの?」
「あ、はい」
「どうぞ」
「ど、どうも」

差し出された火に戸惑いつつもタバコを咥えるトシ子――その様子を、離れた席から
パー子と土方が感心しつつ見ていた。

「凄い人気だな……」
「化け物軍団の中にあれじゃあな……つーか土方くんも頑張ればああなるんじゃね?」
「そういう頑張りはしたくねェ」
「ハハハハハ……」

因みに銀子は酔い潰されて控え室で寝ている。
トシ子を中心に盛り上がる店内で、二人はその輪から外れ穏やかに酒を酌み交わしていた。


*  *  *  *  *


「トシ子ちゃん大丈夫?」
「はい……」

その美貌ゆえ、本日のナンバーワンとなったトシ子。代わる代わる来る客に飲まされて、
閉店時刻が近付く頃には、辛うじて意識があるものの立ち上がることすらできなくなっていた。

「ちょっと休んだ方がいいんじゃない?」
「んっ……」
「俺、いいとこ知ってるからさ……」
「おい、抜け駆けは禁止だぞ」
「ンなこと何時決まったんだよ」
「はいそこまでー」

誰がトシ子を「介抱」するか、本人の了解も得ずに争い始めた男達の間にパー子が割って入る。
酒の力で気の大きくなった客達はパー子を睨み上げた。

「何だテメー」
「化け物は引っ込んでろ」
「はいはい、トシ子と一緒に引っ込みますよー……」
「やめろ!」
「トシ子ちゃんは渡さん!」

自分の体をバリケードにしてパー子をトシ子に近付けまいとする客達。

「王子様は俺が潰しちゃったんでね……代わりに護ってやらなきゃ後でこっちが殺されちまう」
「何ワケ分かんねーこと言ってんだ!」
「はいはい、どいたどいた……」

酔っ払いの束などものともせず、パー子はトシ子を抱え上げた。

「ママ〜、トシ子と私……あと銀子も早退するから」
「了解。残ったお客様はこっちで何とかするわ」
「よろしく〜」

トシ子を抱えたまま控え室へ向かうパー子の後を土方が追う。その後ろで、先程トシ子を
囲んでいた客達は、西郷を始めとするホステス軍団に囲まれて悲鳴を上げていた。



「一人、手伝うぜ」
「どーも」

未だ眠ったままの銀子を土方が背負い、パー子もトシ子を背負い直して二人は裏口から外へ。



*  *  *  *  *



「今日はここで寝な、お二人さん」

万事屋の和室。敷きっ放しの布団に酔い潰れた二人を転がせば、銀子は薄らと目を開けて、

「としこちゃん……」

寝ているトシ子にきゅうと抱き着く。どうやら周りは見えていないようである。
その様子を目撃してしまった二人は無言で和室を出た。

「…………」
「…………」

ここに留まる理由を考える土方と、留める理由を探す銀時と……実のところ二人の気持ちは
一致しているのに、それには気付けず、ただ黙って立ち尽くす二人。
暫くの間ぴたりと閉じた襖を意味もなく見詰めていて、それから銀時が口を開いた。

「茶、飲む?」
「……ああ」

今夜は下らない意地の張り合いも子どもじみた喧嘩もしたくない……土方は短く返事をして
ソファーに腰を下ろす。
ちょっと待ってて、銀時はそう言って台所へ向かった。



「どうぞ」
「どうも」

二人分の湯呑みを持って戻った銀時は、甚平に着替え化粧も落としていた。
土方の向かいに腰掛け、ずずっと茶を啜る。土方もそれに続いた。

「あー、その……あれだな」

沈黙は避けたいと何でもいいから言葉を発してみたものの、あまりに意味不明で土方の首を
傾げただけ。それでも何とか話し続けていく。

「アイツら、仲良いな」
「そうだな」
「…………」
「…………」

またすぐに沈黙。けれどこのままただ茶を飲んで「はいさよなら」は勿体ないと感じる。
今夜を逃したら、こうして二人で静かに過ごすことなどできそうもない。もう言ってしまおうか……

「あのな」

銀時の声がやけにハッキリと聞こえた。

「俺も、さぁ……」
「おう」
「土方くんと、お付き合いしたいなァ……なんて」

羞恥に耐えかね、語尾は茶化してしまう。土方の顔は見られず、頭を掻くフリをして視線を
斜め下へ。そんな銀時への応えは、

「その……しっ仕方ねーから付き合ってやるよ」

何とも尊大な、しかしいつもの土方らしいもの。だけどその顔は真っ赤に染まり、ちらちらとしか
銀時の方を見ようとしないから、恥ずかしいのはお互い様のようだ。

「おいおい土方くん……何でそんなに上から目線?」

土方に倣い、いつもどおりケンカ腰に返してみる。

「テメーが付き合ってくれっつったから返事してやったんだろ……喜べ、万事屋」
「ナニ言ってんの?告白する勇気もない土方くんのために、俺が言ってやったんだよ?」
「あ?それは悪かったな……。じゃあ、テメーがくたばるまで一緒にいてやるからありがたく思え」
「だから何で上から目線?ていうか、先にくたばりそうなのはソッチでしょ?武装警察の副長さん」
「テメーの方こそ色んな事に首突っ込みやがって……。先に逝ったら盛大な葬式してやるよ」
「じゃあオメーが先に逝ったら、立派な墓立てて毎日墓参りしてやるから。……ありがたく思え」
「そんなら俺は、生まれ変わってもテメーと一緒にいてやるからありがたく思え!」
「あ?俺なんか更にもう一回生まれ変わっても一緒にいてあげるからね!」
「あ?だったら俺ァ、更に更に生まれ変わっても……」
「俺は更に更に更に……」

カタッ

「「!!」」

襖の向こうから聞こえた物音で、告白合戦は一時休止。

「アイツら、起きた?」
「……さあ?」

まさか今の会話を聞かれたのだろうか……一旦目配せしてから左右それぞれの襖に手を掛け、
もう一度目を合わせて頷いて、二人同時に襖を開けた。

「…………」
「…………」

そこには誰もいなかった。銀子とトシ子の着物が、鬘が、二人の寝ていた位置にあるのみ。
まるで体だけが消えてしまったように、銀子の着物の袖はトシ子の着物を抱いていた。

「消え、た……?」

人が消えるなどということは有り得ない。有り得ないことであるが消えたとしか思えず、
土方はつい口を吐いて出てしまった。

「……帰った、とか?」
「何処に?」
「未来の世界?」
「聞いてたのか……」
「ああ」
「……土方くん」
「何だ?」
「生まれ変わりって、あると思う?」
「……ない、と思ってた」
「俺も」

結局、二人が何者で何処から来たのか、何一つ確証はないまま。本当に未来から来たのかも、
元の世界に戻ったのかも分からない。今、確実に言えることは、

「ところで万事屋」
「何?」
「その空いた布団、使っていいか?」
「……どーぞ」

彼らのおかげで、一組のカップルが誕生したということだけ。

(12.12.14)


万事屋さんと副長さんも漸くくっ付きました!告白のシーンは「生まれ変わっても…」冒頭とリンクしてます。原作設定の二人の出番はここまで。
デキてからのあれこれは皆さま既にご存知だと思いますので^^ 次回(最終話)はホスト二人のその後になります(18禁予定)。
アップまで暫くお待ち下さいませ。

追記:最終話はこちら!注意書きに飛びます