弘法も筆の誤り河童の川流れ猿も木から落ちる……言い方は色々あるが簡単に言うと
俺、坂田銀八は国語科準備室のソファーから転がり落ちた。



人類皆ジャスタウェイ



「……というわけで、先生は明日も見えなくなったためこの時間は自習にしまーす」
「先生、というわけでじゃ分かりません」
「察しろよ。ていうかお前は誰だ?」
「志村新八ですけど……先生、見えないんですか?」
「新八か……お前なら眼鏡がいかに偉大か分かるだろ」

そう、今の俺には眼鏡がない。これじゃあただの白衣着た銀さんだ。

「眼鏡、どうしたんですか?」
「不慮の事故により負傷中だ。で、お前は誰だ?」
「新八ですよ」
「お前、しゃべりすぎじゃね?そろそろ他のやつに譲ってやれよ。読んでる人に誰がいるか
伝わらねーだろ」
「読んでる人って……」
「それで、先生の眼鏡はどうして壊れたんですか?」
「だから不慮の事故だ。えーっと……近藤?」
「先生は人とゴリラの見分けもつかないんですか!」
「だから眼鏡がねぇと見えないんだって」

ゴリラはゴリラでもメスゴリラの方だったか。

「不慮の事故って何なんですか?」
「眼鏡が負傷する程の大事故だ。つーか誰だ、お前」
「長谷川です」
「これからしゃべるやつは最初に名乗れ。いちいち聞くの面倒だから」
「阿音です、先生。私と百音の見分けはつきますか?」
「それは眼鏡があっても分かりませーん。つーかお前ら自習しろ自習」

ったく、眼鏡がないくらいで騒ぐんじゃねーよ。……ん?上からなんか……

「せんせ〜!」
「うおっ!」

上から降ってきたのはさっちゃん……ではなく猿飛だった。

「可哀相な先生……私の眼鏡でよければ一緒に掛けましょう!」
「よくないし無理だから。つーかお前、ここ3Zの世界だぞ。忍者設定は忘れろ」
「ごめんなさい。先生が銀さんに見えてつい……さあ、そんな私におしおきを!」
「『先生』はそんなことしません」

原作設定持ち出すんじゃねーよ。世界が崩壊するじゃねーか。
……あれ?俺も少し前に「銀さん」とか言ったっけ?言ってないよね?大丈夫だよね?

「いいから席に着け。そして自習しろ」
「先生あの山崎ですけど……」
「何でも先生に聞くな。自分で考えろ」
「ちょっ、まだ何も言ってないじゃないですか!」
「もうしゃべるの疲れたんだよ。先生、お前らの見えないとこでもしゃべってるからね。
ナレーさんだからね」
「意味分からないんですけど……」
「沖田でーす。ちょいと教科書一ページ目から読んでくれませんかね。読み方分からないんで」
「嘘だろ。お前、絶対嘘だろ」
「先生、近藤です。すぐに嘘だと決め付けては総悟が可哀相です!」
「まあ、嘘なんですけどねィ」
「ほらな。ていうか、自習しろよ」
「皆さん!先生を困らせるのは止めましょう!」

地を這うような声にクラス中が静まり返る。

「あ、私の名前は……」
「大丈夫ですキミだけは分かります屁怒絽くん、いや、屁怒絽様、皆を注意してくれてありがとう」

緑色のデカいヤツ……周りの人間全員ジャスタウェイみたいに見える今の俺の世界で、
唯一名乗らなくても分かるヤツ。つーかコイツはこの世界にいちゃダメだろ……と使い古された
ツッコミをしたくなる程に俺は疲れていた。眼鏡なしで過ごすのは結構きついんだよ。

「先せ「マヨネーズの妖精にでも聞け土方」

せっかく屁怒絽伯爵が黙らせてくれたってのにまたざわざわざわざわ……土方のせいだ。
一人がうるさくすると周りもつられてうるさくなるんだよ。

「先生ェー」
「はいはい誰ですかー」

あー、またこのパターンか……なんかさ、こんなんで物語として成立してんの?
それと、今更だけど眼鏡が割れた経緯って、きちんと説明した方がよくない?
……まあ、大した経緯ではないんだけどね。

眼鏡掛けたまま昼寝しててソファーから転がり落ちた――それだけ。

……で、何だっけ?あー、はいはい……誰だか分かんねェけど呼ばれたってところからね。

「沖田ですけど先生、土方さんは名乗る前に分かりましたよね」
「!!」

思わずイスから転がり落ちそうになり、持ち前の反射神経で教卓に手をついて凌いだ。
危ない危ない……一日に二度も転がり落ちるところだったというのもあるが、それは流石の
運動神経で回避できたからよしとしよう。
それより危ないのは沖田の発言だ。これではまるで、俺が土方を特別気にかけているみたい
じゃないか。……かけてるけど。かけてるしかけられてるけど。

でもそれは最重要機密事項だ。

「土方くんは語尾にマヨが付くから分かったんですー。同じ理由で神楽も声だけで分かりまーす」
「土方はマヨなんて言ってないアル」
「お前は食い物のことしか考えてないから気付かねェんだよ」
「先生、今の私じゃなくてドS野郎アルよ」
「え?」
「私の声はあんなダミ声じゃないネ!間違うなんて酷いアル!」
「おい……この鈴村ボイスのどこがダミ声でィ」
「この釘宮プリティボイスに比べたらお前なんかダミ声アル!」

いやいや一番はやはりこの杉田ボイス……とか言ってる場合じゃねーけどとりあえず話が
逸れてラッキー。

「やんのかテメー!」
「返り討ちにしてやるネ!」
「二人ともー授業中は静かにしなさーい」
「今はホームルームの時間ですけど」
「……え?」

ガタガタとイスから立ち上がる二人を一応止めていたら中井ボイスでツッコミが……

「えっと……誰だか分かんねーけど今、結構重要なこと言わなかった?」
「土方です」
「ああ土方くんね……。って、え?」
「だから今はホームルームの時間です。自習は無理です」
「おまっ、そういうことは早く言えよ!」
「聞いてくれなかったじゃないですか。……ちなみに俺の前に山崎も言おうとしてました」
「マジでか!……えっと、じゃあ、そういうことで終わりまーす。日直……」
「きりーつ……」

日直の号令で俺は教室を後にした。


疲れた。早く帰……眼鏡なしじゃ原チャリ乗れねーよ!電車かチクショー!
……俺ん家、電車でどう帰るんだっけ?つーか金持って来てたっけ?今朝、ギリギリに
起きて鞄も忘れたからなァ……

ポケットを漁ってみたが案の定財布はない。辛うじて入っていた小銭をかき集めてみても
100円にしかならなかった。これじゃあ一駅も乗れねェ。あーあ……

「おばちゃん、これちょーだい」
「はい100円」

なけなしの100円でいちご牛乳を買って一服……と思ったらピーチジュースだった。
パッケージがピンクで紛らわしいんだよ!あー疲れた……もう今日は帰るのやめようかな……

そんな馬鹿なことを考えていると準備室のドアがガラリと開いた。

「先生……」
「…………」

入って来たのは眼鏡なしでも誰だか分かってしまうやつ。

「土方お前さ、金持ってない?」
「えっ?すいません。今日は千円くらいしか……」
「じゅーぶん。いちご牛乳買って。それと、ウチまでの電車賃貸してくれる?」
「……まだ給料日から一週間も経ってませんよ」
「財布忘れちまったんだよ。家に着いたら金はすぐ返すからよ」
「は、はい!」


というわけで、いちご牛乳と土方くんと一緒に家に帰りました。
めでたしめでたし。

(12.11.05)


ついったーでたまに140字作文をしてるのですが、そこでド近眼な銀八先生ネタを書いたところ、その設定に萌えて下さった方がいまして、

「銀八先生がド近眼な何かをサイトで書きます!」と宣言して今に至ります。いちご牛乳と桃ジュースを間違えるのもその時に書いた140字作文より。

銀八先生は眼鏡外したって土方くんが分かると思うよ!声がなくとも匂いとか足音とかでも分かるよきっと!もちろん土方くんもね^^

そんな思いを詰め込んでみました。ここまでお読みくださりありがとうございます。 読んだよ (拍手)

 

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