ツイッターの診断メーカーより。
空乱の銀土銀の新刊は「悪魔にでもなりたい」です。書き出しは「『たまには俺がおごってやるよ。』」

「たまには俺がおごってやるよ」
スナックお登勢のカウンター席。ほろ酔い加減の銀時は、そう言って空のグラスをこんと置いた。
季節の移ろいを色濃く感じる冷え込みのせいか、今夜の客足は芳しくない。
「私も一緒にいいかい?」
カウンターの内から筑前煮を出して女将が加われば、
「一昨日払ったのが最後ですー」
強引に取り立てられた家賃を理由に断られてしまう。
「あれは先月分じゃないか」
「今月はちーっと厳しくてね……あ、同じの」
悪びれもせず、グラスを振ってお代わりを要求する銀時。飲む金があるなら家賃を払えという、女将兼大家の至極当然な反応には、キープしている酒だからタダだと返ってきた。
視線の先には名札付きの一升瓶。
[あれは土方様のものですよ?]
機械(からくり)家政婦が札の名前を読み上げるも、酔っ払いは「いーの」を繰り返すのみ。
「何で寂しく一人酒してると思う?」
[遂にフラれたのですか?]
「違ぇよ!」
野郎は俺にべた惚れだからと自慢げに笑う銀時には悪いが、恋愛をしたことのない彼女には羨ましくも何ともなかった。しかも相手はお登勢が丹精込めて作った料理を、大量のマヨネーズで台無しにする男であるし。
「アンタの方こそべた惚れじゃないか」
「今は俺の話じゃねぇんだよ。空気読めババァ」
これまで見てきた二人の関係からして咎められはしまいと、お登勢は恋人のキープボトルから酒を注いでやる。にもかかわらず素っ気なくあしらう銀時は、自分達が相思相愛であると宣言したことに気付かない程に酔っていた。
とはいえ、彼女らにとってそんなことは分かりきっているのだが。
[土方様はお仕事ですか?]
「そう。……これで延期三回目。だから絶対ェ今夜は来るよ」
遅くなっても滞在時間が短くとも、必ず詫びを入れに万事屋へやって来るのだと自信たっぷり。ゆえに家を空けているのだと笑う顔は悪戯っ子のよう。
それでもすぐ下で飲んでいる辺り、仕事の忙しい男を本気で待ち惚けさせるつもりはないらしい。
[銀時様はお優しいのですね]
「だろ? もしかして俺、神か仏なんじゃねーの」
「何言ってんだい」
神様が他人の酒を勝手に飲むものかという店主の尤もなツッコミには、供え物だと正当化した。
だがそうして神仏を装ってみたところで銀時は紛うことなき人間。高潔な精神など持ち合わせてはいなかった。

ゆえに来店から二時間、直に日付が変わろうという頃になれば、淋しさと怒りが優勢になってしまう。
「もっと飲めよ、たまぁ〜」
カウンターに伏しながらもオイル缶を揺らし、ストローの要領で挿したポンプを差し出した。
[もう空ですから]
充分ご馳走になりましたと席を立ちかけた機械家政婦を、一人にするなと引き留める。
「銀さんが奢ってやるの、たまだけだよ?」
[ですがもう……]
「まだあるから。ちょーっと待ってて」
ふらつく足取りで銀時は店を出ようとする。自宅にたま向けのオイルがあるらしく、それを取りに行こうとしているのだ。

今日、銀時達万事屋は廃工場の片付けの依頼を受けた。そして、そこにあった機械油を「土産」と称して押し付けられてしまったのである。依頼料を些か割増ししてもらったものの、転売は禁じられたし川に流すわけにもいかないしと処分に困っていたところ、これが主食の知人がいると思い至る。
そこで半分は源外の元にいる金時へ新八と神楽が届け、もう半分を銀時がたまに「プレゼント」している最中という事情であった。

[銀時様……]
「放っておきな」
オイルなどなくとも話し相手になるものを――たまの気遣いはお登勢が止めた。
家族同然の付き合いをしているから分かる。今夜の銀時は珍しく奢りたい気分なのだ。それも本心ではスナックの従業員ではなく、恋人に。偶々懐が温かいからか、ここのところずっと奢らせてしまった負い目か、はたまた別の理由があるのかまでは流石に分からないけれど、とにもかくにも土方へご馳走することができなくて不貞腐れているのだというのが、お登勢の見立て。
しかもその金、今やすっかり使い果たしているであろう。
「仕事だと連絡もらった時もどうせ、ああそうの一言で済ませちまったんだろうよ。本当は文句の一つでも言ってやりたかったろうに」
[それが銀時様の優しさなのでしょうか?]
「進んでいい子になる玉じゃないけど……惚れた相手の前じゃ、いい子を演じちまうってところかねェ」
[何だか可愛いですね]
「大の男が情けないったらないよ」
ふふふと笑い合って二人は、僅かに残る他の客への対応に戻った。
店の外ではここからが本番とばかりに賑わいを見せているが、今宵のここは静かなもの。うつらうつらとしながら飲み食いする人々が疎らにいるのみ。

[銀時様、遅いですね]
穏やかな空気の流れ。気付いてみれば万事屋へ上がって大分経っていた。
悪酔いしていた様子であったし、この短い距離でも行き倒れている可能性もなくはない。
[ちょっと見て来ます]
「……アンタは本当にいい子だね」
がらりと扉を開けたたまはしかし、上階を見上げただけで引き返してしまった。
二階の玄関前で抱き合う影。悪魔になれない自称・神のごとき男へ、幸せを与えられる存在が漸くお出まし。

(16.11.01)


ツイッターの診断で遊んでいたら、ありがたくも「いいね」して下さった方がいまして、絶対に書こうと決めました。
でも銀土銀なのに、たまが主役です^^; だって、書き出しが「たま」だったので。おそらく今の本誌の展開(第六百九訓あたり)の影響もあると思います。
そして書き出しを意識するあまり、タイトルに合わせるのが大変でした。ここまでお読みくださりありがとうございました。
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