知ってて気付かないフリをした
「新八くーん、神楽ちゃーん、みんなの銀さんが帰ってきましたよ〜」
夜遅く、どしゃ降りの雨の中を銀ちゃんはごきげんで帰宅した。
お酒をいっぱい飲んで、一人だけ楽しそうで、近所迷惑なんか気にしないで、そのくせ朝に
なったら二日酔いで寝込む困った大人。そんな困った銀ちゃんに、歩くメガネ掛けこと新八が
世話を焼き始めた。
「銀さん、そんな所に座ってないで……ほら、扉閉めないと雨が吹き込んできますよ」
「へーきへーき。水も滴るいい男って言うだろ?」
「いや……」
いい男の基準は人それぞれだと思うけど、お酒と雨でグダグダになった銀ちゃんをいい男だと
思う人なんているのかな。
「とにかく、中に入ってくださいよっ……」
「おー……新八くん力持ちぃ〜」
新八は銀ちゃんを引き摺り込んで、玄関の扉を閉めた。
「まったく……最近飲みに行くこと多くないですか?支払いは大丈夫なんでしょうね……
生活費から飲み代は出しませんよ。だいたい銀さんはいつも……」
オカンモードになった新八は小言が止まらない。酔っ払い銀ちゃんに説教しても無駄なのに。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。今日はイケメンくんが奢ってくれたから」
「は?誰のことですか?まさかその辺の人に集ったんじゃないでしょうね……」
「イケメンくんはボーナス出たんだって。いいよねーボーナス。銀さんもボーナスほしいな〜」
「そんなことより誰なんですか、イケメンさんって」
「イケメン?イケメンといえば銀さんしかいないだろ〜」
「違いますよ!今日、奢ってくれたのは誰なんです?会ったらお礼を言っとかないと」
「んじゃ、よろしく〜」
「だから誰……ちょっと銀さーん?」
遂に銀ちゃんは寝てしまった。こうなったら朝まで……いや、昼まで起きない。
本当に困った人なんだから。
「ハァ〜……仕方ない。朝起きてから聞くか……。銀さん、覚えてるといいけど」
「大丈夫ヨ。向こうも好きで奢ってるアル」
「えっ……神楽ちゃん、銀さんが誰と飲んでたか知ってるの?」
「知らないネ。……ほら新八、銀ちゃんのクツ脱がせるアル」
「あ、うん……」
私が銀ちゃんを持ち上げて、その間に新八がブーツを脱がせる。
それから私が銀ちゃんを担いでいって、新八の敷いた布団の上に寝かせてあげた。
銀ちゃんは雨でびちょびちょだから布団もびちょびちょになるけど、銀ちゃんの布団だから
別にびちょびちょになっても構わないでしょ。それより私の手が濡れてしまった方が問題。
私は銀ちゃんのタオルケットで手を拭いてから部屋の襖を閉めた。
「ねえ神楽ちゃん、本当は何か知ってるんじゃないの?」
「知らないネ。……じゃあ、おやすみアル」
「え、でもさっき……」
「知らないネ」
「……そっか。じゃあ、おやすみ」
新八はまだ納得してなかったみたいだけど、私はさっさと自分の部屋に戻った。
夜更かしは美容の大敵だから。
私は何も知らないネ。
銀ちゃんがいつも誰と飲んでるのかなんて、酒臭いだけじゃなくタバコ臭くなったなんて、
お天気お姉さん見るフリしてニュースもチェックするようになったなんて、見えにくい所に
赤い痕付けて帰ってきてるなんて……
もう少ししたら銀ちゃんから説明させるってアイツが言ってたから、酢こんぶ買ってもらったから、
銀ちゃんが嬉しそうに出かけるから、だから、私は何も知らないネ。
(12.07.09)
付き合い始めたばかりの二人(って銀さんしか出てませんが)を神楽ちゃん視点で。思いを通わせ合って、いざお付き合いが始まったら、
次は周りに自分達の関係をどう伝えるか/伝えないかが課題になってくるのではないかと。この話の銀さんはそのタイミングを見計らっている時期のようです。
こうやって、銀さんが子どもを気遣っているようで気遣われているような関係が好きです。子どもは大人が思っている以上に大人な面もあるんですよね^^
ここまでお読みくださりありがとうございました。
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