思い返すと切欠は、少女が何気なく発した一言だった。
「銀ちゃんは、トッシーのどこが好きアルか?」
愛することに疲れてしまった
ある朝の万事屋銀ちゃん。
本日の当番である銀時が作った食事の並ぶテーブルを神楽と、前夜から泊まっていた土方の三人で
囲んでいる。銀時と土方が恋仲になって数年経ち、こうして三人で―日によっては新八も含めた四人で―
食卓を囲むのも日常の一コマになっていたそんな何の変哲もないある朝、神楽が白米を口いっぱいに
頬張りながら発した質問に、銀時も土方も一瞬、時が止まったかのように動けなくなった。
「どうしたアルか?ねぇ銀ちゃん、銀ちゃんはトッシーの……」
「おおお前、なに言ってんの!?」
「銀ちゃんこそナニ慌ててるネ?ちょっと気になったから聞いてみただけアル。」
「きっ気になったって何だよ!ガキが色気付きやがって!」
「どこが好きかも言えないアルか?もしかして二人は、ただのセフレか?爛れた大人アルな……」
「はっ?」
銀時と神楽のやりとりを見守っていた―というより、口を挟めなかった―土方も流石に身体だけの
関係などと疑われては黙ってられなかった。
「おいチャイナ、ふざけんなよ。コイツはともかく俺はそんな爛れた男じゃねェ。」
「おいコラ土方、『コイツはともかく』ってどういうことだ。あ?」
「そのまんま言葉の通りだコラ。まあ俺は、そんな爛れたお前も包み込む懐の深い男だけどな。」
「なに言ってやがる……どう見てもお前の方が遊んでそうだろ。女泣かせの副長さんよォ。
まっ、でも銀さんは過去には拘らない広〜い心の持ち主だからな。」
「あ?テメー前に『仕事と俺とどっちが大事なんだ』って拗ねてたじゃねーか。どこが広い心だ。」
「そっそれは付き合いたての頃だろ!そもそも拗ねてねェし。確認しただけだし……」
「素直になれよ。俺は爛れてねェから、そういうお前のいじらしい所もちゃんと好きだからな。」
「ハッ……俺なんか、デート中断して仕事行くとこも好きだから。」
「よく言うぜ……」
「後はァ……金持ってるとことか、気前よく奢ってくれるとことか、結構面倒見いいとことかも
好きだから。むしろ、大好きだから!」
「俺なんかなァ……テメーなりの武士道貫き通す所とか、全部背負い込んで見捨てない所とか
大好きだ。むしろ、愛してるぞコラ!」
「……今、好きなトコ一個少なかった。」
「あぁ?」
「俺は、金持ちと奢りと面倒見、三個挙げたけどお前は二個だった。やっぱり俺の方がちゃんと
相手を見てるな。『愛してる』なんて言葉でごまかしても無駄だぜ?」
「はぁ?テメーの金持ちと奢るのだって似たようなもんじゃねーか。」
「違いますぅ。ケチな金持ちだっていますぅ。」
「チッ……だいたい、好きな所が金って何だよ。その点、俺の挙げたのはオメーの生き様とか
内面とか……どう考えても俺の方が純粋に愛してるだろ。」
「金……つまりはオメーの仕事まで好きだっつー俺の愛……まだ土方くんには分からないかねェ?」
「上等だコラ!テメーこそ俺の愛の深さを思い知れ!」
「思い知るのはテメーだ!」
バンッとテーブルを叩くように箸を置いて二人は立ち上がった。睨み合う二人の前で神楽は、
黙々と御櫃の白飯を口に運んでいた。神楽は二人の様子を伺いつつ、土方の皿にも箸を伸ばす。
「オメーの仕事が理由で、何回デートが中止になったと思ってんだ!?そんでも付き合い続けてる
俺の方が愛してるに決まってんだろ!」
「あ?そもそも俺が『好きだ』つって始まった付き合いだろ!?ってことは俺の思いの方が強いって
ことじゃねーか!」
「違ェよ!あれはえっと……俺が言わせたんだ!」
「バカ言え!俺の意志に決まってんだろ!」
「そう思わせる作戦だったんだよ!土方くんのこと前から好きだったから、お前も俺に惚れるよう
仕向けたんだ!」
「俺の方が先にお前のこと好きになったから告白したんだよ!テメーにオトされた覚えはねェ!」
「いーや!それを気付かせないようにオトしたんだよ!何たって、俺の方が早く惚れてたから
準備期間は充分にあったんだ!」
「俺の方が先だ!」
「俺だ!」
「俺だ!」
「テメー……そんなに言うならいつ惚れたか言ってみやがれ!」
「土方くんが言ったら言ってやるよ。」
「ンなこと言ってテメー、俺が言った日より前からだって言うつもりだろ!その手には乗らねぇ……」
「あーあ……そんなに銀さんが信じらんねェのか。やっぱ、愛が足りねェな。まっ、俺はそれでも
土方くんのこと愛してるけど。」
「だからそれはこっちの台詞だって言ってんだろ!そんな可愛くねェ所も愛してるぜ万事屋。」
「ほら、その『万事屋』って……恋人の呼び方としてどうよ?その点俺はちゃんと名前で呼んでる
からねっ、土方くん。」
「付き合う前からの癖だアホ。テメーだって付き合う前からそう呼んでただけだろーが。」
「ンなことねェよ。めちゃくちゃ愛情込めて呼んでるから!」
「俺の方が込めてる!」
「俺だって!」
「俺だ!!」
こういう大人にだけはなるまいと肝に銘じながら神楽は銀時の茶碗の中身を自分の丼に移し、
土方の茶碗からマヨネーズを除けてこれも自分の丼へ移した。
二人の前にマヨネーズしか残らなくなった頃、玄関の扉が開いてメガネの従業員が「おはよう
ございます」と挨拶をして居間へ入ってきた。
けれど二人は言い合いに夢中で新八の存在に気付きもしない。
「だから俺の方が先で、今でも上だって言ってんだろ!」
「だからそれは間違ってるって……いい加減認めろ土方ァ!」
「認めるのはそっちだ万事屋ァ!」
「ちょっちょっと神楽ちゃん、一体何事?」
出勤したらいきなり喧嘩に遭遇し、訳が分からない新八は事の次第を知っているであろう少女に
説明を求めた。神楽は平然とした顔で食事を続け、最後の一口を飲み込んでから新八に言った。
「じゃれてるだけアル。」
「いやでも……かなりヒートアップしてない?原因は何なの?」
「説明するのもバカバカしいネ……」
「そんなぁ……」
オロオロする新八に溜息一つ吐いてみせて、神楽は両手で湯呑みを持ち、ずずっと啜った。
その間も二人の言い合いは続く。
「俺の方が愛してるって言ってんだろ!」
「いいや!俺の愛の方がデカイ!」
「俺の愛の方が深い!」
「俺の愛の方が重い!」
「えっ……なにこれ?何でこんなことで喧嘩してんの?ていうかこれは喧嘩なの?」
目の前で飛び交う言葉の応酬に耳を傾けてみれば、新八はますます混乱する。
「新八ィ、お茶おかわり。」
「神楽ちゃん、今はそんなことしてる場合じゃ……」
「愛してるって言ってんだろ!」
「俺の方が愛してるって言ってんだろ!」
「……お茶、淹れてくるよ。」
喧嘩は止めるべきものだと新八が常識的に考えていられたのもこれまで。神楽に言われるがままに
新八は台所へ向かい、神楽の分とついでに自分の分の茶も淹れて持って来た。
「朝から大変だね。」
「まあな。」
「愛してる!」
「愛してる!!」
「愛してる愛してる!」
「愛してる愛してる愛してる!」
「愛してる愛してる愛してる愛してる!」
「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる!」
「愛してる愛してる愛してる愛して「愛してる愛してる愛してる愛し「愛してる愛してる愛……
最早「愛してる」しか言わなくなった二人を前に、神楽と新八はハァと息を吐いて茶を啜った。
「「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してるあぃ…………」」
愛してるの連呼に疲れた二人が大きく息を吸い込んだ時、神楽がコトンと湯呑を置いた。
「「っ!!」」
その音で二人はほぼ同時に我に返った。
見詰め合い、ゼーハーと肩で息をしながら何でこうなったのかと冷めてきた頭で必死に考える。
そう、切欠は少女が何気なく発した一言だった。
興奮して上気していた二人の顔がみるみるうちに蒼褪めていく。
それでも二人は切欠を作った少女のことを確かめずにはいられなかった。ゆっくり、ゆっくり、
できれば居なくなっていてほしいと無茶な希望を抱きながらゆっくりと顔を向かいのソファに向けた。
「ごちそーさまアル。」
これは少女が平らげた食事に対するものなのか、それとも愛を叫び続けた自分達に対するものなのか、
少女の表情からは何も読み取れない。そうこうしているうちに少女は愛犬と何処かへ行ってしまい、
そこで彼らは漸くもう一人の存在に気付いた。
少年は彼らと目が合うと気まずげに笑い、少女の名を呼んで外へ出ていった。
今この家にいるのは、深い愛情で結ばれた空腹な恋人同士だけ。
(11.12.09)
10万打記念リクより「どっちが好きかでケンカして仲直りする」でした。ケンカはこの二人になくてはならないものですよね^^ 最近、原作ではあまりケンカもせず
仲良しカップルになりつつありますが(?)やはりケンカは二人の原点!傍から見ればくだらないことで、ぎゃあぎゃあ言い合う二人にはニヤニヤが止まりません。
そんなケンカップルぶりがこの話しで少しでも伝わればいいな・・。愛してる争いに疲れた二人はこの後、気まずくなりながらも朝ごはんを仕切り直と思います。
素敵なリクエストをくださったミカサ様、ありがとうございます!気に入ったところがありましたら幸いです。ミカサ様のみお持ち帰り可ですので、よろしければどうぞ。
もしサイトをお持ちで「載せてやってもいいよ」という時は拍手からでもご一報くださいませ。
それでは、ここまでお読み下さった全ての皆様ありがとうございました。
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