後編
その頃万事屋では、早めに出勤した新八と早起きした神楽によって例のポスター探しが行われていた。
昨晩も明け方近くまで飲み歩いていた銀時は、事務所のソファで眠っている。
「やっぱり和室かなぁ…」
「きっとそうアル」
「じゃあ僕はタンスの中を見てみるから、神楽ちゃんは押入れをよろしく」
「了解ネ」
男の着替えが入っているタンスを神楽に探させるのはマズイと、新八は自らその役目を買って出た。
二人は暫くの間、黙々とタンスと押入れの中を調べていた。
そして遂に…
「新八ィ、あったネ!」
「本当!?」
「ほらっ!」
「やったね、神楽ちゃん!」
神楽が押入れの奥から小さく畳まれた二人のキスポスターを見付けた。
「こんな小さく畳んでたのかァ」
「全く…世話の焼けるヤツらアル」
「ハハハ…じゃあ、どこに貼る?」
「目立つところがいいアル!」
「さすがに事務所はマズイから和室だよね…」
「それならここはどうアルか?」
神楽は窓の横を指す。
「いいんじゃないかな…襖を開けたらすぐ見えるし」
「じゃあ早速貼るネ!」
二人は壁にしっかりとポスターを貼り付けた。
「メインのポスターが終わったから、後はこれを色んな所に貼っていこう」
「おうネ」
新八と神楽は山崎が作ってくれた切手大のキス写真シールを、仕事に差し支える所は避けて貼っていく。
和室のテーブル、タンス、窓枠、襖、いちご牛乳の掛け軸、銀時の歯ブラシや木刀…
銀時に全て剥がされないよう、神楽と新八の持ち物にもシールを貼った。
「これで全部アルか?」
「うん。山崎さんに作ってもらったのは全部貼れたよ」
「じゃあ銀ちゃんを起こすアル」
「どんな反応するか楽しみだね」
二人は銀時を揺り動かして起こす。
「銀ちゃーん、起きるアルー」
「銀さん、いい加減起きて下さいよ」
「んだよ…今日は午前中、仕事ねェんだからゆっくり寝かせろよ…」
「もう充分ゆっくりしたネ。ほら、ご飯できてるアル!」
「ご飯ったって、どうせ卵かけご飯だろ…あ゛ー」
銀時はのっそりと体を起こし、ボリボリと頭を掻く。
すると、新八と神楽は銀時の目の前にわざとらしく自分の木刀や傘を翳した。
「…傘と木刀がどうかしたのかよ」
「ちょっとイメチェンしてみたアル」
「イメチェンって…ああ、またシール貼ったのか?何だ、新八まで貼ってんのか…。武士の魂にお前よー…」
「いや…お二人の写真を貼れば、お二人みたいに強くなれるんじゃないかと思いまして…」
「あ?二人ィ?………なっ!!」
眠い目を擦りながら新八の木刀を見つめた銀時は、漸くシールの正体を知り驚愕する。
「おまっ…なんっ、ひじ…はぁ!?」
「銀さん、何言ってるかサッパリ分からないんですけど…」
「シール…だって、それ…はぁ!?」
「いやだから…何言ってるか、分かりませんって」
「新八ィ…きっと銀ちゃんもシールが欲しいアルよ」
「大丈夫ですよ。ちゃんと銀さんのにも貼ってありますから」
「くぁwせdrftgyふじこ!!」
意味不明の言語を叫ぶ銀時の視線の先には、キスシールの貼られた洞爺湖。
「そんなに喜んでもらえるとは思いませんでしたよ」
「銀ちゃん、マヨラーといつでも一緒で嬉しいアルか?」
「てめっ、はが、シー…」
「ワケ分かんないネ」
「きっと言葉にならないくらい嬉しいんだよ」
銀時が困惑しているのは分かっているが、新八と神楽は敢えて気付かないフリをする。
「それは良かったアル。じゃあ私、ご飯の用意してくるネ」
「僕も手伝うよ。…銀さんは顔洗って着替えて下さいよ」
「…お、おう」
子ども達に押し切られ、銀時は渋々洗面台に向かう。
「ぎゃあああ〜!!」
「銀さん!?」
「どうしたアル!?」
銀時の叫び声が聞こえ、新八と神楽は急いで洗面台に駆け付ける。
するとそこには、腰を抜かしてへたり込んでいる銀時がいた。
「はぶっ、はぶ、はぶっ…」
「はぶ?はぶって何ですか?」
「らしっ、はぶ…」
「今度は、らしですか?らし、はぶ……あぁ!歯ブラシ!」
「あう…」
銀時は新八に縋りつき、コクコクと頷いた。
神楽が銀時の歯ブラシを手に取り、こちらへ持ってくる。
「歯ブラシがどうしたネ?何もなってないアルよ。…ほらっ」
「ぎゃあああ〜!!」
「銀さん!?…もう、別にいつもの歯ブラシじゃないですか」
「しっ、ししっ、しー…」
「もしかして、シールですか?」
「あう、あう…」
涙目になりながら銀時は必死に訴える。
だが新八と神楽はあくまでも「何で慌てるのか分からない」という態度を取る。
「ただの銀ちゃんとマヨラーのシールアル」
「まったく…驚かさないで下さいよ」
「あ、う…」
「遊んでないで、さっさと仕度して下さいね」
銀時を残し、新八と神楽は去っていった。
その後、銀時は何とか顔を洗い、ぐったりとした様子で居間に戻った。
「じゃあ行ってきます」
「行ってくるアル」
朝食を終えると、新八と神楽は定春の散歩がてら買い出しに出かける。
留守番に残された銀時はチラリと愛刀を見て、また視線を逸らした。
(…このシール、作ったのは沖田くんか?ったく、下らねェことばっかやりやがって…。
人のモンに勝手にシール貼るとか…幼児じゃねェんだからよー…)
心の中で文句を言ったところで事態は改善しない。
とりあえず日常身に付ける木刀は元に戻さねばと、シールを剥がすことを決意した。
銀時は二、三度深呼吸して、木刀を握りしめた。
そして、シールの部分を片手で覆って端の部分だけ露出させ、もう片方の手でカリカリと剥がしていく。
(…これくらいでいいかな?)
ある程度シールの角が捲れた段階で、銀時は捲れた部分をつまみ、目を閉じて一気に剥がした。
剥がしたシールは手の中で丸め、銀時は恐る恐る目を開ける。
「ああっ!」
シールは三分の一ほど残っていた。ただし、問題の口元は剥がれているので一安心なのだが…
(土方の顔が…。ごめん。ごめんね…)
シールは、向き合っている二人の顔の、銀時の頭から土方の頬にかけて斜めに裂けていた。
本人が傷付いたわけではないのだが、銀時は心の中で土方に何度も謝りながらシールの残りを剥がしていった。
シール一枚はがすだけで心身ともに衰弱しきった銀時は、もう一度寝ようと和室への襖に手を掛ける。
そこには隠しておいたはずのポスターをはじめ、先程死闘(?)を演じたばかりのシールが
大量に貼りつけられている事をまだ知らない。
襖を開けた銀時は暫しショックで固まってしまう。
そして我に返った時には、再び対シール、対ポスターとの死闘を繰り広げることになる。
銀時が我が家で寛げるまでには、まだまだ時間がかかるのであった。
* * * * *
十日後。非番前夜の土方は万事屋を訪れた。
「い、いらっしゃい」
「お、おう…」
相変わらずはにかみながら挨拶を終え、土方が草履を脱いで玄関を上がろうとした時
壁の下―床に近い位置―に小さなシールが貼ってあるのを見付けた。
「坂田、あれ…」
「ん?…あっ、アイツら、こんな所にも貼ってたのかよ…。客が見るところには貼るなっつったのによー…」
ぶつぶつ言いながら銀時はしゃがみ込んでシールを剥がしていく。
「それって…俺達の、その…」
「ああ。多分、沖田くんあたりがシールにしたんだと思う。剥がしても剥がしても次々貼るもんだから
とりあえず、仕事に支障がない所になら貼っていいってことにしたんだ。…もしかして、土方も?」
「俺は…こっちだ」
「あっ!」
土方が懐から携帯電話を取り出して開いて見せると、そこには二人のキス画像。
「何度設定し直してもいつの間にかコレになってるもんだから、もうこのままにすることにした」
「そうなんだ…。まったく…アイツらまだまだガキだよなァ」
「本当にな。こんなことして何が楽しいんだか…」
この十日間ですっかりキス写真を見るのに慣れた二人は、それが狙いであることなど思いもせず
子どものイタズラに手を焼く保護者同士、互いの苦労話に花を咲かせるのであった。
(10.06.11)
というわけで、キス写真を見るのは平気になりました。…だからと言って、本人達はキスしませんけど^^; 部下や子ども達に「早く大人の関係になってほしい」と
思われていることに全く気付かず「アイツらお子さまだよな〜」と保護者ぶってる二人が何気にツボです(笑)。ちなみに二人はまだ、山崎がイタズラ(作戦)に
関わっていることにも気付いていません。沖田に使われてるとしか思っていないようです。…そういう意味では、山崎が一番厄介かもしれませんね(笑)
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
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