後編


食事を済ませた二人はなるべく人通りの少ない道を選んで万事屋に辿り着いた。

「おいおい何だよ。新八も神楽もいねェじゃねーか…」
「でも、昼メシは用意してくれたみたいだぜ」

土方の視線の先には皿の上に乗ったおにぎり。その隣には新八からの書置きがあった。
書置きには「手を繋いだままでも食べられるようにおにぎりを作りました。今日は仕事どころじゃないようなので
神楽ちゃんを連れて帰ります。 新八」と書いてある。

「まあ、昼メシ用意してくれたのはありがたいけどよ…」
「それに…こんな状態だと、誰もいない方が楽でいいだろ?」
「…それもそうだな。じゃあテレビでも見るか?」
「ああ…」

屯所から万事屋に来るまで数時間が経過し、さすがの二人も手を繋ぐという状態に慣れてきていた。
テレビを見ながら何気ない会話をし、穏やかな時が流れる。

こうして万事屋でのんびりと過ごしている時に玄関の呼び鈴が鳴った。だが、銀時は動こうとしない。
それを見た土方が繋いでいる手を引き、訊ねる。

「おい、いいのか?」
「いいよ。どうせ大した用じゃねェだろ…」
「でも、仕事の依頼だったら…」
「仕事だったらますます出られねェだろ?こんな状態で…」
「それも、そうか…」
「そっ、今日は万事屋休業日」

その時「銀時ー、いるのは分かってんだよ!」と怒鳴り声が聞こえた。

「げっ、ババァかよ…」
「ババァって下にいる大家の…」
「そっ。多分家賃の取立てだぜ…居留守使っといて正解だったな」
「お前…また滞納してんのか?」

テレビを消し、小声で会話をして居留守を決め込んでいると、「たま、後は頼んだよ」という声がした。

「やべっ!たまがいるんじゃ玄関ぶっ壊される!」
「はぁ?たまって…ちょっ!」

銀時は土方を引っ張り、慌てて玄関へ向かった。

[銀時様、家賃の回収に参りました。扉を開けてくださらないなら実力行使に…]
「ああああ開ける!今開けるから、玄関破壊すんなよ!!」
「やれやれ、最初から素直にそうしていれば…おや?」

ガラリと扉を開けた銀時の姿を見て、お登勢は目を丸くした。

[銀時様、そちらはどなたですか?]
「そちらって?…あっ!」

たまに家を破壊されまいと慌てていた銀時は、土方と手を繋いでいたことをすっかり失念していた。
真っ赤になりながら、咄嗟に繋いでいる手を後ろに隠したが時既に遅し。ニヤニヤとした笑みのお登勢がたまに説明する。

「たま、こいつは土方って言って銀時の恋人だよ」
[恋人…そうですか。では、今銀時様はデートというものをなさっているのですか?]
「デート?そうだねぇ…家の中だけど恋人同士で二人っきりなら、デートって言っていいかもしれないね」
「おい、ババァ勝手なこと言ってんじゃ…」
「いやぁ〜、アンタが鬼の副長と付き合ってるって子ども達から聞いた時は驚いたもんだが…
随分仲がいいみたいだね。どこへ行くにも一緒ってワケかィ?アンタにもそんな純真さが残っていたんだねぇ」
「うううるせェよ、ババァ!…家賃は後で払うから、今日は帰れ!」
「はいはい、分かったよ」
[家賃を回収しなくてよろしいのですか?]
「今日は許してやるよ。…恋人同士のデートは邪魔しちゃいけないのさ」
[そうでしたか…。デートは邪魔しちゃいけない…覚えました]
「じゃあ家に帰るとするか。…ちょいとアンタ」
「えっ…」

銀時の影に隠れるようにしていた土方へ、お登勢が声をかけた。

「銀時のこと、よろしく頼んだよ」
「あ、はい…」
「それじゃあね」

温かな笑みを浮かべて、お登勢はたまと共に階下へ戻っていった。


*  *  *  *  *


お登勢達が帰った後も付近の住人が次々に万事屋を訪れた。おそらく、お登勢から話を聞いて来たのだろう。
その度にからかわれ、銀時が「見世物じゃねェ!」と怒鳴り、土方は「銀さんをよろしく」と頼まれた。

来客が途切れる頃にはすっかり日が暮れていた。
昼食を食べ損ねていた二人は、夕飯に新八が作ったおにぎりを食べ、漸く訪れた安らかな時間にホッとしていた。

「あー…すっげェ疲れた」
「お前、愛されてんだな…」
「どこが?アイツら次から次に俺をからかいに来たんだぜ?しかも誰一人として俺の話を聞きゃしねェし…。
本気で俺達が一日中手ェ繋いでるバカップルだと思ってるよ、絶対ェ…」
「でも…皆『お前をよろしく』って…」
「あー、まあ、それは…」
「本当に、俺なんかがお前と一緒にいていいのかな…」
「土方!何言ってんの?」

土方の表情は次第に暗くなっていく。

「だって、お前は皆に愛されてて…。それなのに、俺なんかと…」
「お前だって真選組の連中とかに大事にされてんじゃねーか」
「俺は、ただ、仕事だから…。でも、お前は…」
「仕事ってだけじゃねェと思うけどな。そっそれに、俺は……そのー…えっと…」
「坂田?」

急に言い淀む銀時に土方が首を傾げる。

「だっ、だからさ…えっと、その…あれだよ」
「…あれって何だ?」
「だから…皆から愛されてる、とか…そんなん、じゃなくて…」
「…お前は、皆から愛されてると思うぞ」
「だから、そうじゃなくて……おっ俺は、ひひ土方を、その…あ…あ…あぃ…あぃ…あい…………すっ、すきだ、から!」
「…っ!?」
「だからっ、皆とか、関係なく…土方が、いいんだ…」
「坂、田……」
「………」

俯いてしまって銀時の表情は伺えないが、繋がった手から銀時の熱が伝わり、沈んでいた土方の心も温かくなった。

「あ、あの…」
「俺の気持ち、分かったか?もう…恥ずかしいんだから、言わせんなよ…」
「ご、ゴメン…。あの、でも…嬉し、かった…」
「でっ、でも、もう言わないからなっ!」
「うん…。大丈夫、もう、分かったから…」

銀時に好きだと言われて、土方も心臓が止まる思いだった。
嬉しかったのは確かだが、そう何度も聞いては心臓が持たないと感じていた。

思わぬところで愛の告白をしてしまった銀時が、早くなった鼓動を落ち着けるようにふぅっと大きく息を吐いて言った。

「じゃあ…ちょっと早いけど、風呂入って寝るか?」
「そうだな…ん?風呂?」
「えっ?…あっ、そうか、このままじゃ無理だな」
「ああ…厠と同じってワケにはいかねェよな」

厠に関しては、扉を少し開けて繋いでいる方の手を差し入れるという方法で切り抜けていた。

「手が繋がった状態じゃ、服も脱げねェよな?どうしよう、土方…」
「どうしようって…一日くらい入らなくても問題ないだろ?」
「それもそうだな。じゃあ、布団敷くか」
「ああ。…い、いつもより…くっ付けて敷かねェとダメだよ、な」
「あっ!そ、そうか…しっ仕方ねェよ、な」
「あ、ああ…」


二人で協力して二組の布団を並べて敷き、眠りついた。



*  *  *  *  *



「おい、総悟!中和剤よこせ!」

翌朝、屯所に戻った二人は沖田の部屋へと駆け込んだ。
ちなみに、万事屋から屯所まではタクシーを使った。

「中和剤?何のことです?それよりお二人さん、仲がよろしいことで…。
でも土方さん、いくら旦那とラブラブでも、職場にまで手を繋いで来るってのはいただけねェや」

素知らぬ貌の沖田に、土方はピキリと青筋を浮かべた。

「…テメーは記憶力がねェのか?これは昨日テメーが貼り付けて…」
「昨日?…ああ!あの接着剤ならとっくに効果が切れてるはずですぜィ」
「「……………えっ?」」
「効果が…切れて、る?」
「はい」

にっこり笑う沖田を前に、二人は何が起きたのか分からず呆然と立ち尽くす。

「い、いや、だって沖田くんが中和剤ないと絶対に剥がれないって…」
「そう思ってたんですけどねィ、よくよく調べてみたら効果は一時間限定らしいんでさァ。
一時間以内に剥がす時にだけ、中和剤が必要みたいで…」
「「いっ一時間!?」」
「ええ。俺がそれを知ったのは、お二人の手をくっ付けて大分経ってからだったんで
もう気付いて離れてるとばかり…。だいたい…その手の繋ぎ方、昨日貼り付けた時と違うじゃないですかィ」
「「えっ…あっ!」」

沖田に言われて初めて二人は気付く。昨日貼り付けられた時は、土方が銀時の甲を握るように繋がっていた。
だが今は互いの掌を付けてしっかりと握っている。…寝ている時、無意識に握りなおしていたのだろう。
二人は恐る恐る手を離してみた。

「「はな、れた…」」

丸一日繋がっていた手を離して、二人はやっと自由になれた。
そこで、ドSな笑みを湛えた沖田が屯所中に聞こえるのではないかという程の大声で言った。

「いやァ、土方さんと旦那は本当に仲が良いですねィ。一日中、手を繋いで過ごすなんて…」
「ちょっ…沖田くん!?」
「総悟テメー…」
「わざわざ手を繋いでご出勤たァ、いい身分だぜ土方コノヤロー」
「おまっ…もう、黙れ!」
「どうした?一体何の騒ぎだ?」
「あっ、近藤さん。聞いてくだせェ、土方さんが旦那と…」
「ああああ何でもねェ!近藤さん、騒いで悪かったな」

騒ぎを聞いて様子を見に来た近藤に沖田が近付こうとするのを、土方が必死で阻止する。
しかし、それくらいで止まる沖田ではなかった。

「土方さん…近藤さんには秘密ですかィ?」
「何?トシ、俺に秘密にしてることがあるのか?」
「ちっ違う!そんなんじゃねェ!」
「じゃあ言ってもいいですよねィ。土方さんは旦那と…」
「もっ、もう仕事始まる時間だぞ!ほら、行こう近藤さん!」
「…そういえば、何で万事屋がいるんだ?」
「だからそれは土方さんと手を…」
「ああああ…ちょっと用があったんだが、もう終わったから!なっ?」
「お、おう…」

急に話を振られた銀時は焦りながらも土方に合わせる。

「用?用って何の…」
「だからそれは旦那と手をつ…」
「わーわーわー!さっ、早く仕事に行こうぜ近藤さん!」
「何だかよく分からんが…随分はりきってるな、トシ」
「そりゃあそうでしょう。何てったって昨日一日旦那と…」
「きっ昨日は休みだったからな!今日は頑張って働くぞ!」
「あ、あの、土方…俺、帰るなっ。仕事、頑張って!」
「お、おう!じゃあなっ!」


銀時は逃げるように屯所を後にし、土方はこの日から暫くの間、このネタで沖田にからかわれることになった。


不自由な手繋ぎ生活から解放されたはずなのに、二人は何故か物足りないような気分になっていた。
騙されていようが、自分の意思に反していようが、とにかく丸一日触れていた温もりがなくなったのだ。

この日から、二人で会う時は、この温もりを思い出して手を繋ぐようになったとか。

(09.12.28)


……繋ぐようにならなかったとか(笑)。い、いや、繋ぐようになりましたよ?今回童謡のタイトルをそのまま小説のタイトルにしたのですが、この二人のテーマソングは童謡くらいで

丁度いいのでは、と思いました。個人的萌えポイントは銀さんが土方さんに「愛してる」と言えなくて、結局「好きだ」と言ったところです^^

そういえば今まで書いてこなかったのですが、この二人の関係は周囲に公認です。公認というか、二人の態度があまりに変なので隠しきれません(笑)。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

追記:続きを書きました→

 

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