※「純情な二人がホテルに一泊」の続きとなります。
そちらをお読みになってからお進み下さい↓



純情な二人の呼び方呼ばれ方



銀時・新八・神楽の万事屋一行は依頼からの帰り道を歩いていた。

「いやー、今回の依頼はまとまったお金が入ってきて良かったですね。これで家賃も払えますね」
「そうだな…。じゃあ新八、帰る前にババァんとこ寄って払っといてくれや」
「えっ…銀さんは?」
「俺はちょっと、その…」
「新八ィ、銀ちゃんはマヨラーの所に行くアルよ」
「えっ、そうなんですか?」
「そ、そうだけど…神楽、何でテメーが知ってんだよ」
「今朝電話してたの聞こえたアル」
「そっそうか…。じゃあ、そういうことだから…」
「分かりました…土方さんによろしく」
「お、おう…」

依頼料から家賃と生活費に回す分を新八に渡し、銀時はそそくさと真選組の屯所へ向かっていった。



「楽しそうだったね、銀さん」
「でも、相変わらずキモイまんまアル」

新八と神楽は、銀時と恋人のことについて話しながら帰っていた。

「ははっ…ホテルに泊まっても何も変わらなかったんでしょ?もう無理なんじゃ…」
「そんなことないネ!もう少し長期計画で進めば何とかなるって…」
「…沖田さんが言ってたの?」
「そうアル」
「確かに、あの二人の仲を進展させるには長い時間がかかりそうだよね」
「何もしないよりは、私たちがサポートした方が早く進展するはずネ」
「それもそうだね。…じゃあ、まずは手を繋ぐところからかな?」
「甘いアルな…。あの二人にはもっと低〜いハードルを用意しなきゃだめヨ」
「手を繋ぐより低いっていうと?」
「名前を呼ぶことアル!」
「えっ?そんなこと?」

あまりに低すぎるハードルに新八は面食らう。そんな新八に、神楽は目標設定の経緯を説明する。

「銀ちゃんが屯所に行った時マヨラーの名前出すのを恥ずかしがって『アイツだよアイツ』とか言ってたって
前にドS野郎が言ってたアル」
「そういえば、そんなことを言ってたような…」
「しかもドS野郎の話だとマヨラーは更に酷くて、今までで一度しか銀ちゃんの名前を呼んでないらしいアル」
「えぇっ!!…でも、そういえば土方さんって元々銀さんのこと『万事屋』って呼んでたよね?」
「そうネ。だからまずは、お互い名前で呼び合えるようになるところから始めるアル」
「なるほど…。まあ、銀さんは僕らの前でもたまに『土方』って言ってるから頑張れば何とかなるかな?」
「問題はマヨラーアル。まあ…今日は向こうに行ってるから、ドS野郎が色々やってくれるはずネ」
「そうだね。沖田さんなら色々やってくれるね…ちょっと可哀相な気もするけど…」

土方に対しては特に遺憾なくドSの本領を発揮する沖田を想起し、新八は少し二人が可哀相に思えた。

「そんなことじゃ何時まで経っても二人はキモイままアル!ここは心を鬼にして…」
「ていうか、今回色々するのは沖田さんだよね?」
「だから私は銀ちゃんがドS野郎に甚振られるの分かってて送り出したアル」
「ああ、そういうことね…」

納得した新八は神楽とともに二人の関係が進展することを祈った。


*  *  *  *  *


一方、屯所に到着した銀時は門前で沖田に足止めされていた。

「だーかーら、アイツと約束してんだって言ってんだろ?通してくれよ!」
「アイツなんて名前のヤツはここにはいませんぜ、旦那」
「…沖田くんさァ、分かってて言ってんだろ?」
「いや、全く分かりませんねィ。…旦那の言う『アイツ』って誰なんですかィ?」
「だっだから……ふっ副長さんだよ!」
「ふくちょーさん…そんな名前のヤツいたかなぁ」

かれこれ三十分もこんな会話が続けられている。
最初に対応したのは山崎で、彼は銀時を見るなり「副長ですよね?お待ちですよ」と中に入れようとした。
そこを沖田が見付け「旦那にちゃんと用件を聞いてからご案内しろィ」と言って山崎と交代し、今に至る。

名前を出すまで何が何でも通さないつもりの沖田に、銀時はふぅっと深呼吸して言った。

「だから…ひっひじ、かたと、約束してんだよ…」
「ひじかた…下の名前は何というんですかィ?」
「はぁっ!?」

頬を染めながら漸く「土方」と発した銀時に、容赦ない沖田の言葉が突き刺さる。

「ここで、ひっ土方っつったら…一人しかいねェだろ?」
「そうとは限らないかもしれませんぜ?さあ…どこの土方さんと約束してるんですかィ?」
「………ひ、土方…………とっ、とぅし、ろう…だよ!」
「ああ!土方十四郎さんとお約束でしたか。それはそれは…ささっどうぞお入りなせェ」

白々しい芝居を打ちながら、沖田は銀時を漸く屯所の中へ招き入れた。



「旦那はちょっとここで待っててくだせェ。部外者には見せられない書類とかもあるんで…」
「あ、ああ…」

副長室の少し手前の廊下で銀時を待たせ、沖田は一人で副長室に入っていった。

「土方さん、旦那が来やしたぜ」
「そっ、そうか…」
「はい」
「…ん?どこにいるんだ?」
「誰がですかィ?」
「お前、さっき旦那が来たって…」
「確かに言いやしたが…誰のことですかねィ」
「誰って…お前が連れて来てくれたんじゃねェのか?」
「そこまでは連れてきたんですが、一応土方さんに確認しておこうと思いまして」
「確認?」

土方は沖田の言わんとしてることが全く分からず、首を傾げた。

「ええ。そこで待ってもらってる旦那は土方さんと約束してると仰ってまして…」
「その通りだ。だから入ってもらって…」
「で、誰と約束してるんです?」
「誰って…だからそこにいるヤツと…」
「…名前は?」
「はぁ!?」

ニヤけながら名前を言えという沖田に、土方は漸く何がしたいのか分かった。

「なっ名前って…お前だって知ってるだろ?」
「そうはいきやせん。もし間違ってお連れしたとなれば大変ですからねィ」
「お前が…旦那って呼んでるヤツで間違いねェよ」
「おやぁ?客人が年上の男だから旦那とお呼びしてるだけですぜィ」
「普段からアイツのこと、旦那って呼んでるじゃねェか!」
「アイツって誰ですかねィ?」
「だから…そこで待ってるヤツだっ!」

(書類片付けるにしちゃ、時間がかかり過ぎてると思ったらこういうことね…。
土方にも俺の名前言わせようとしてんのか?沖田くんも人が悪いね…。
普段、本人相手に名前を呼んでる俺だって人前でアイツの名前出すの恥ずかしいのに
普段から呼んでないアイツが沖田くんの前で言うなんてよー…もう勝手に入っちまうか?
でも、土方に名前呼んでもらいたい気も……もうちょっとだけ様子を見てよう)

廊下に残されたまま沖田も土方も迎えに来ないことを訝しんだ銀時は、そっと副長室を覗き事態を把握した。
銀時が(こっそり)見守る中、土方と沖田の攻防は続いている。

「だから…そこで待ってる人の名前を言えってんだ、土方コノヤロー」
「………よっよろ、ずや…だ」
「万事屋は三人いるんで…そのうちの誰ですかィ?」
「…社長」
「名前は?」
「………」
「もしかしてアンタ…旦那の名前知らないんじゃないでしょうねィ?」
「しっ知ってるぞ!」
「じゃあ…何ていうんで?」
「うぅっ……」

一向に名前を出さない土方に沖田はハァと深い溜息を吐く。
このままだと業を煮やした銀時が部屋に入って来かねないと思った沖田は、僅かに譲歩することにした。

「分かりやした…じゃあ、万事屋の正式名称を言って下せェ。それで旦那を連れてきやす」
「正式、名称?」
「万事屋で終わりじゃなかったでしょう?万事屋の後に何とかって…」
「…そっ、それは名前と同じだろーが!」
「違いやす。あれは会社名ですぜィ?…まあ、普通に名前を言えるならそっちでもいいですがね」
「うぅ……」
「万事屋…次の文字は?」
「………
「正解です!分かってるじゃないですか…さぁ、この勢いでさらっと言っちまいやしょう」
「………」

土方は正座した膝の上で拳をギュッと握り、口を固く引き結び、今にも泣き出しそうな貌をしている。
そこで、遂に見かねた銀時が副長室へ入った。

「もう、その辺でいいだろ?」
「「あっ…」」

銀時は沖田の脇を通り過ぎ、土方の隣にしゃがむ。土方の表情は安堵で綻んだ。

「ごめんな土方…もっと早く来れば良かった」
「俺の方こそ悪かった…。俺、お前の名前…」
「いいって。普段呼んでないんだから仕方ねェよ」
「ちょいと旦那ァ…待っててくれって言ったじゃねーですか」
「土方が苛められてんのに黙ってられるワケねーだろ!」

自分を庇う銀時を恋する乙女の瞳で見つめている土方を見て、沖田はこの空間に長居したくないと思った。

「あーはいはい、すみませんでしたねィ…邪魔者は退散するとしやしょう」
「そ、総悟?」
「ああそうだ…旦那ならここに泊まってもいいって近藤さんが言ってやした。まあ、お好きにどうぞ」

ひらひらと手を振って沖田は副長室を後にした。


「総悟のヤツ、何だったんだ?急に態度を変えて…」
「やり過ぎたと思ったんじゃねェの?」
「そんなヤツじゃねェけど…まあ、いいか」
「うん」
「あの…い、いらっしゃい」
「へへっ…お邪魔します」

正座して向き合い、俯き加減で会話する二人は本当に幸せそうである。

だが土方には、先程のことが気にかかっていた。

「あっ、あのよー…やっぱり、ちゃんと…呼んだ方がいいよな?」
「えっ?ちゃんとって…名前で?」
「お前は、呼んでくれてんのに、俺は…」
「そっそりゃあ、ちょっとは…呼んでほしいと、思ったけど…」
「けど?」
「多分…実際に呼ばれたら…はっ恥ずかしくて、しょうがないと思う…」
「じゃあ…まだ、いいのか?」
「うっうん。土方が、呼びたくなったらでいいよ…」

その時、土方の表情がみるみるうちに暗くなり、銀時は何が起こったか分からずうろたえた。

「ど、どうした?俺…何かマズいこと言ったか?」
「いや…お前は悪くねェ。…悪いのは俺だ」
「えっ、でも、だって今…」
「今…お前に『土方』って呼ばれて、その…やっぱり、すっ好きなヤツから名前、呼ばれんのって、いいなと…」
「あっ…」
「だから…お前も、呼ばれたいんじゃないかと思って…」
「そりゃあ、まあ…」
「だろ?なのに、俺は…」

沈んでいく土方を何とか慰められないかと、銀時は必死になって考える。

「…おっ俺は元々、お前のこと『土方』って呼んでたじゃん!そんでお前は『万事屋』だっただろ?」
「でも…つつ付き合ってんのに、万事屋は…」
「かといって、急に呼び方変えるのは大変だよな?
俺だって、お前のこと…下の名前で呼べって言われたら、無理だもんよー…」
「下の名前…」

銀時から「十四郎」と呼ばれるところを想像し、土方の頬がポッと染まる。

「あっそうだよ!いきなり下の名前だから、難しいんじゃねェ?名字だったら…」
「名字?」
「そういえば…トッシーなった時呼んでたじゃん」
「そ、それもそうだな。じゃあ…」

土方はトッシーになった時のことを思い返しながら、スゥッと深呼吸して言った。

「さ…さか、たし………あっ!」
「はははっ…『氏』は、いらねェだろ」
「トッシーのこと思い出したら、つい…」
「でも…言えたじゃん」
「ああ…言えたな」
「やっぱ…名前、呼ばれると…嬉しいな。ちょっと、恥ずかしいけど…」
「うん。これからも…呼べるように頑張る」
「ありがと…。でも、無理しなくていいからね」
「ああ…」


子ども達が勝手に設定した名前を呼ぶという目標は、こうして何とか達成されたのだった。


(09.12.15)


何だか二人の関係がどんどん後退していっているような…い、いや、大丈夫。目標クリアできたし、進展してます(笑)!実は土方さん、告白される直前に「銀時」と呼んで以来、「万事屋」とも呼んでいません。

恋人同士なのに万事屋はないだろう、と思ってはいるものの名前でも呼べなかったんです。というわけで、今後はたまに「坂田」と呼ぶと思います。 ここまでお読み下さり、ありがとうございました。


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