「リバタマワンダーランドWEB」第三期寄稿作品です。
さいしょのけんか
銀魂保育園のバラ組――三歳児クラス――の園児は個性派揃い。赴任してきて早々このクラスを
任された志村新八先生は、とんでもない所に来てしまったと嘆いたものでした。
けれど同じクラス担任の先輩に励まされ、何とか一ヶ月が過ぎたところ。ゴールデンウイークを
終えていつも以上に元気いっぱいの子ども達をお出迎えです。
「おはよーしんぱち!」
「しんぱちー!」
「新八『先生』でしょ」
何度注意しても「先生」と呼べないのは銀時くんと神楽ちゃん。でも二人とも新八先生と遊ぶのが
大好きで、登園して一番に「おはよう」と言いに来てくれます。そんな二人が可愛くて新八先生も
自然と笑顔になりました。こんな嬉しいことがあるのも、先生を続けていく力になっています。
「しんぱちせんせいどの、おはよう」
銀時くん達とは反対に、言葉遣いが丁寧過ぎておかしな挨拶になっているのは小太郎くん。
毎日家からぬいぐるみを連れて来る子です。小太郎くんはロッカーの中にぬいぐるみをしまい
ながら言いました。
「エリザベス、しごとがおわったらすぐ、むかえにいくからな」
保育園で遊ぶのが「仕事」かとツッコミたいのを新八先生は我慢します。エリザベスの胸元に
「ステファン」と書かれた名札が付いているのにも敢えて触れません。これくらいでツッコんで
いては喉がもちませんから。
「おはようございます志村先生。男ばかりで相変わらず華のないクラスですね」
「ハハッ……おはようございます」
次にやって来たのは晋助くんでした。大手レコード会社社長の息子である晋助くん。今朝は
久しぶりにじいやさんと登園してきたようですが、新八先生はこの人のことが少し苦手です。
見上げるような厳つい体にぎょろりとした目、人をバカにしたような話し方、そして何より、
「担任が全員男というのは珍しいですよね」
「先生のことじゃありません、園児のことですよ。この年頃の娘だってあと十五年もすれば……
ねえ?」
「はあ……」
女児を見る目付きが明らかに変質者ですから、新八先生は警戒していました。そんなじいやさん
だからか、晋助くんは一人でさっさとお友達のところへ行って遊び始めています。
「私、ロリコンじゃありませんよ。フェミニストです」
「……分かりましたから早くお引き取り下さい」
新八先生が危険人物を見送って、その後も続々と保護者に連れられて園児が登園してきました。
九時過ぎ。クラスの子どもが全員そろうと、大抵ここでひと騒動起こります。
「くろのブロックはぜんぶオレのものでィ」
「オレのものだ。くろいけものをつくる」
総悟くんと晋助くんでブロックの取り合いをしている横で、
「きいろのブロックをよこせ。エリザベスのあしをつくる」
「やだ。マヨネーズをつくるんだ」
小太郎くんと十四郎くんも奪い合いをしています。十四郎くんのために、数あるブロックの中から
黄色いものだけを選り分けていた退くん。自分も巻き込まれるかとビクビクしていましたが、
小太郎くんは退くんの握る黄色いブロックには見向きもしません。それどころか、退くんがいるの
にも気付いていない様子で、十四郎くんに「ブロックをよこせ」と言い続けていました。
初めにブロックで遊んでいたのは総悟くんと十四郎くん達ですが、後から来た子に使わせて
あげないのはいけません。けれどどういうわけかこの子達は仲良く遊べないのです。
赤ちゃんの時から彼らを見ている近藤先生が仲裁に駆け付けました。
「こらこら、みんなで遊ばなきゃダメだぞ」
「こんどーせんせー、たかいたかいしてくだせェ」
「仲良く遊べる子にはやってあげるよ」
「なかよくします!」
総悟くんは近藤先生が大好きで、先生の言うことなら何でも聞きます。総悟くんは晋助くんに
ブロックを貸してあげました。その様子をちらりと見て、十四郎くんも小太郎くんにブロックを
貸してあげます。
「おっ、トシくんも偉いぞ」
「えへへ」
近藤先生にほめられて十四郎くんも嬉しそうです。その横で退くんはまだ、黙々と黄色の
ブロックを探し集めていました。
* * * * *
午後になりました。天気がいいので、バラ組のみんなはお庭で遊ぶことにしました。
風薫る五月。澄み渡る青空の下、胸いっぱいに空気を吸い込めば、爽やかな緑の……なんてことを
感じる暇もなく、給食とお昼寝でエネルギーを補充した子ども達は、わっと園庭に飛び出して
いきます。新八先生も急いで靴を履き替えて外に出ました。
既に他のクラスの子達が遊んでいます。この時間、園庭で遊べるのは三歳児クラスから。それより
小さい子はお部屋で遊んでいます。つまりバラ組さんはこの中で一番年下のクラスということに
なりますが、臆することなく思い思いの遊具に突進していきます。
「エリザベスとのとっくんのせいか、みせてやる!」
「はっはっはー、きょうもまけんぞー」
「ふっ……」
小太郎くんと辰馬くん、それに晋助くんが鉄棒に向かうと、先に遊んでいた子達は黙って別の
場所へ行きました。小さいくせに歯向かってきて、生意気だと手を出せば仲間を集めて反撃される。
そのうえ、小さい子をいじめちゃダメだと先生に怒られるから、バラ組の子が来たら上のクラスの
子は譲るしかないのです。広いお庭には他にも遊ぶ所がたくさんありますから。
小太郎くん、辰馬くん、晋助くんの三人は両手で鉄棒にぶら下がっています。そして「せーの」の
掛け声で両足も鉄棒に巻き付けました。いわゆる「豚の丸焼き」。一番長く掴まっていられた子が
優勝のようです。
「うぬぬぬぬ……」
「ははははは……」
「ふっ……」
負けてなるものかと両手両足にありったけの力を込める三人。その時、
「ぶふっ!」
小太郎くんの足に泥団子が命中し、鉄棒から足が外れてしまいました。それを見て辰馬くんと
晋助くんも鉄棒から下ります。
「ヅラのまけじゃー」
「ヅラじゃない、こたろーくんだ」
「とにかくテメーのまけだ」
「ちがう。だれかがじゃまをしたのだ」
泥で汚れた足を見せ、これが証拠だと言う小太郎くん。実はこの時、砂場で総悟くんと
神楽ちゃんが取っ組み合いをしていたのです。
「いけー、かぐらー!」
「まかせるネ!」
「このやろー!」
「うぷっ!」
銀時くんの応援を受け、総悟くんを押し倒した神楽ちゃん。けれど総悟くんは砂を投げ付けて
応戦します。それから取っ組み合いは砂の掛け合いにと変化しました。
当然、すぐに新八先生が駆け付けてきます。
「ケンカはダメだよ!」
「じゃまするな、しんぱち!」
「新八先生だって!」
銀時くんは新八先生の足にがっしりしがみつき、砂場から出そうとします。
「ちょっと銀時くん離しわっぷ!」
神楽ちゃんの投げた砂が新八先生にかかりました。
「へたくそー!」
「なにおぅ!」
総悟くんの挑発で神楽ちゃんは次々に砂を投げ付けます。総悟くんは新八先生の陰に隠れて素早く
泥団子を作り、神楽ちゃんに向けて投げました。神楽ちゃんの服は泥だらけ。怒った神楽ちゃんも
泥団子で仕返しをして、砂場の戦いはますます収拾がつかなくなってしまいました。
「何やってるのよ、新ちゃん」
と、そこへやって来たのは志村妙先生。ユリ組――五歳児クラス――の担任で新八先生のお姉さん
でもあります。
「すいません。ウチのクラスの子がケンカを……」
「審判が選手の邪魔をしちゃダメじゃない」
「はい?」
ケンカを止めに来てくれたかに思えた妙先生ですが、そうではないようです。選手と審判以外は
フィールドに入らないようにと「応援」の子ども達を砂場の外へ出し、にっこりと笑いました。
「これでいいわね。はいっ始め!」
妙先生の合図で再び総悟くんと神楽ちゃんは戦いを始めます。
「ちょっと姉……じゃなかった妙先生。何してるんですか!」
「お礼なんていいわよ」
「そうじゃなくて! ケンカは止めないと!」
「他人との衝突を恐れていては立派な大人になれないのよ」
「敢えて衝突させる必要はありませんよ!」
「新ちゃん避けて!」
「え……痛ァ!」
神楽ちゃんに押された総悟くんは新八先生にぶつかりました。それを見た妙先生、
「何度言ったら分かるの? 審判は選手に接触しちゃダメよ」
「いやだから……」
しっかりやるのよと言い残し、妙先生は元いた場所へ戻ってしまいました。新八先生はどうしたら
いいんだと頭を抱えます。そんな時、十四郎くんが一人の女の子を連れて来ました。女の子は
砂場に向かって声を張り上げます。
「そうちゃん、やめなさい!」
「あ……」
女の子の名前はミツバちゃん。ユリ組にいる総悟くんのお姉さんです。総悟くんは大好きな
お姉さんの前ではとても良い子になるのです。「ごめんなさい」とミツバちゃんに謝って、
総悟くんはケンカをやめました。相手がいなくては神楽ちゃんもケンカはできませんから、
砂場の戦いはこれにて終了です。
総悟くんと神楽ちゃんに微笑みかけて、ミツバちゃんはポンと手を打ち鳴らしました。
「みんなで、おだんごをつくらない?」
「はい、つくります!」
ミツバちゃんの提案に総悟くんはとてもいいお返事で賛成しました。神楽ちゃんも砂団子作りを
始め、周りで二人のケンカを見ていた子達も、十四郎くんも次々に砂場へ入ります。
新八先生は十四郎くんの横にしゃがんで言いました。
「ミツバちゃんを呼んで来てくれてありがとうね」
「どういたしまして」
「十四郎くんもケンカは嫌だった?」
「だって、マヨネーズつくれないし」
「ああ、そういうこと」
十四郎くんは砂山をマヨネーズボトル型に整えています。どうやら自分が砂場を使うため、二人の
ケンカを終わらせてくれたようです。
何はともあれ、仲良く遊んでくれるようになって良かったと胸を撫で下ろす新八先生でした。
* * * * *
夜六時過ぎ。多くの園児は帰宅して、賑やかだったバラ組も大分静かになりました。ここからは
延長保育の時間です。まだお迎えの人が来ていない子はみんな、ホールに集まって遊ぶのです。
教室のおもちゃを片付けた子からホールに向かっていました。
「ぎんくん、いくよ」
「まってトシくん」
散らかした積み木を走って集める銀時くん。自分の片付けを終えて入口で待っていた十四郎くんは
手伝ってあげることにしました。その様子を新八先生は微笑ましく見守っています。
日中は別のお友達と遊んでいる二人ですが、共に赤ちゃんの頃からここに通い、ほぼ毎日延長組で
お迎えの時間もだいたい一緒、しかも同じマンションに住んでいて、実はとても仲良しなのです。
誕生日が五ヶ月早い十四郎くんは、銀時くんにとってお兄さんのような存在にも見えます。
ケンカの絶えないバラ組で、新八先生の数少ない安心できる時間でした。
なのにどうして昼間は別々に遊ぶのでしょうか。
新八先生は以前、二人に聞いてみたことがありました。すると、総悟くんや神楽ちゃんの名前を
出し「アイツらケンカするから」という答えが返ってきたのです。友達の友達同士が仲良くない
から、彼らがいるうちは距離を置いているというのです。そんなことを言いながら、十四郎くん
だって、銀時くんと仲良しの小太郎くんとはケンカをしたり、銀時くんも神楽ちゃんと総悟くんの
ケンカをけしかけたりしているのですけれど。
そんなわけで、夜間限定の仲良し二人組。いつものように手をつないでホールまで歩いていきます。
その途中、銀時くんが十四郎くんに尋ねました。
「トシくん4さいになったの?」
「4さいになったよ」
ゴールデンウィーク中に誕生日を迎え、十四郎くんは一つお兄さんになりました。
「ケーキたべた?」
「たべたよ」
「イチゴケーキ?」
「ちがうよ」
それを聞いた銀時くんは、誕生日ケーキにイチゴがないなんて可哀想だと思いました。銀時くんは
イチゴが大好物なのですが、十四郎くんはマヨネーズが大好き。ケーキにだってマヨネーズを
かけるのでイチゴがなくてもへっちゃらなのです。だけどそうとは知らない銀時くんは考えました。
「ぎんくん、なにしてあそぶ?」
「おえかき!」
「いいよ」
ホールに到着し、二人はお絵かきをすることに決めました。先生にクレヨンを一セット出して
もらい、白い紙に好きなものを描いていきます。十四郎くんは黄色いクレヨンでマヨネーズを。
赤いクレヨンを握った銀時くんはイチゴを描くようです。
実は銀時くん、たくさんイチゴを描いて十四郎くんにプレゼントしようとしていました。誕生日に
イチゴケーキが食べられなかった十四郎くんに。
そうして暫くの間、二人はそれぞれ赤と黄色のクレヨンをぐるぐる動かしていました。
「あか、かして」
あらかた描き終えた十四郎くん。仕上げに赤いキャップを描きたくて、赤いクレヨン使用中の
銀時くんに貸してほしいと言いました。それに対して銀時くんは「やだ」と断わりました。
「ちょっとだけ」
「だめ」
「ぎんくん、みどりかいてるでしょ」
「あかもかくの!」
銀時くんは左手に赤、右手に「ヘタ」用の緑色のクレヨンと二本も持っていて、今使っているのは
緑色の方です。
「ぎんくんのケチ」
「ケチじゃない!」
「じゃあ、かして」
「やだ!」
「いじわる!」
「つかってるの!」
「つかってない!」
「つかってる! トシくんのバカ!」
「バカっていうほうがバカ!」
「バカバカバカ!」
「十四郎くん銀時くん、どうしたの!?」
二人の言い争う声を聞き、新八先生が駆け付けた時には、十四郎くんが「もういい」と言って
テーブルから離れていくところでした。新八先生が引き止めてケンカの訳を聞くと、十四郎くんは
クレヨンを貸してもらえなかったことを話し、銀時くんも自分が先に使っていたと反論します。
「よく分かりました。だけどケンカはいけないよ」
「もうトシくんとあそばないから、いいもん」
「オレも、ぎんくんとあそばない!」
「ちょっと二人とも……」
新八先生の言うことも聞かず、二人はお絵かきをやめてしまいました。
結局その日、十四郎くんと銀時くんは仲直りすることができませんでした。
それから二人の「夜間限定」が見られなくなり、新八先生は何とかして元通りの関係に
戻せないかと密かに様子を気にかけていました。
(13.01.03)
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