ホストの国。俺達の街がそう呼ばれていたのは今は昔の話だ。
かつて和製ホストが夢を馳せた新宿の空には、今は異国ホスト達の言葉が飛び交う。
しかしそこに男が二人。
謎のプー太郎・坂田金時と、かつてのナンバー1ホストだったケツあご新八。今二人は、汚れた夜の街を駆け抜ける。
純情なホストと刑事
「おーっす」
「おはようございます。金さん」
今日も金時はいつも通り昼過ぎに出勤すると、先に来ていた同僚ホストの新八が挨拶を返す。
「…神楽は?」
金時が店内を見回してみたがオーナーの姿が見えない。開店準備にオーナーがいないのは珍しくないと
思われるかもしれないが、この店にはオーナーとホスト二人しかいないため、普段は三人で準備をしている。
外国人ホストに客を奪われ、日本人ホストクラブの多くは閉店したり、別の商売を始めたりしている。
そんな中、この店は細々とホストクラブを続けているのだ。
そして、ホストクラブらしからぬ小ぢんまりとした雰囲気が功を奏したのか、それなりに常連客もおり
お世辞にも「繁盛している」とは言えないが、何とか潰れない程度には儲けを出していた。
「オーナーなら奥にいますよ。来客中なんです」
「来客?…誰?」
「さあ…?スーツを着てて、歳は金さんと同じくらいで、なかなかカッコイイ人でしたよ」
「ってことは遂に新しいヤツ入れんのか?」
「分からないですけど、もしかしたら…」
「ふーん…」
そんな話をしていると奥の部屋から店のオーナーと件の男が出てきた。
とりあえず金時はいつものようにオーナーに挨拶をする。
「おはよー」
「あ、金ちゃん来てたアルか。丁度よかった。紹介するネ…トシちゃん、この金髪のもじゃもじゃが金ちゃん。
ウチのナンバー1ネ。それから、隣のケツあごメガネがナンバー2の新八ヨ」
「土方といいます。はじめまして」
神楽に「トシちゃん」と呼ばれた男は会釈して土方と名乗った。新八が一歩前に進み出る。
「はじめまして。ナンバー2の新八です。…といっても、ウチにはナンバー1と2しかいないんですけど」
「この時代に店を続けられるだけでも立派ですよ。大変なことも多いんでしょう?」
「まあ、それなりに…。でも土方さんみたいな人が来てくれたらお客さんも増えると思いますよ」
「あ、私はその…」
「新八、トシちゃんは仕事でここに来たアル。残念だけどウチでは働けないネ」
「そうなんですか?てっきり新しく入る方なんだと…お仕事って何をされてるんですか?」
「刑事です」
「えぇっ!!」
土方の職業を聞き、新八は思わず大声を上げた。
土方は仕事で来たと言っていた。つまり、警察が店に来たということだ。
「ウチは健全営業ですよ!法に触れるようなことは何もしてません!」
「そういうことではないんです。この近くで事件があったので目撃者がいないか聞いて回っているんです」
「そ、そうだったんですか…」
「驚かせてしまってすみません」
「いえ…。それにしても神楽さん、刑事さんと随分親しそうにしてたけど…」
「トシちゃんは幼馴染アル。子どもの頃、上手く日本語が話せなくていじめられてた私を助けてくれたネ」
神楽は十歳の頃に親の仕事で中国から日本へやって来た。神楽の親は中国でも名立たるマフィアという噂だが
本当のところはよく分からなかった。
「へぇー…土方さんは子どもの頃から正義感が強かったんですね」
「そんな…」
「ところで金ちゃん、なにボーっとしてるアル!金ちゃんもトシちゃんに挨拶するネ」
「あ、ああ…」
全く会話に参加してこない金時に、神楽が挨拶をするよう促す。
「あああ…えっと……ど、どうも、金時です」
「はじめまして」
「………」
「金ちゃん、どうしたネ?」
普段から口数の多い金時とは思えない態度に神楽は不審に思う。
「なっなんでもねェよ…」
「ふぅ〜ん…」
神楽は含みを持った笑みを浮かべると土方に向かって言った。
「ねえトシちゃん、今日、仕事が終わったら飲みに来てヨ」
「えっ…でもここってホストクラブじゃ…」
「大丈夫ヨ。こんな小さな店だから普通のホストクラブとは違うアル。男のお客さんも来るネ」
「そうなのか?」
「そもそも、お客さん自体少ないアル。だから遊びに来てヨ、トシちゃん」
「…分かった」
「ありがとうネ」
「じゃあまたな」
「待ってるアル〜」
土方は最後に金時と新八に会釈をして仕事に戻っていった。
「よかったネ、金ちゃん」
「あ、ああ…これで今日は客がゼロってことはなくなったな…」
「そんなことじゃないネ」
「なんのことだよ…」
「私は金ちゃんの味方ヨ。頑張ってネ」
神楽は金時の肩に手を置いてウインクをした。
* * * * *
夜になり、仕事を終えた土方は約束通り店を訪れた。部下を一人連れて。
「すまない神楽。遅くなっちまった」
「いいのヨ。お疲れ様。そっちの人は誰アルか?」
「こいつは山崎っつって、俺の部下だ」
「どうも。…俺、ホストクラブなんて初めて来ました。意外と狭いんですねー」
「おい山崎、失礼だろーが!」
「気にしないで。この狭さがウチの売りだから…さあ、どうぞ」
神楽は土方と山崎をそれぞれ席へ案内する。土方を一番隅のテーブル席に座らせると
山崎を連れてそこから最も遠いテーブルへ行く。店内に他の客はいなかった。
「な、なあ神楽…なんで俺だけこんな離れた席なんだ?」
「他にお客さんいないから、わざわざ小さくまとまる必要ないネ」
「でもよー…」
「トシちゃんにはナンバー1をつけるから安心して」
「えっ…」
「ほら金ちゃん、新八、もたもたしないで!お客さんがお待ちアル!」
「待ってくださいよ神楽さん…僕ら、料理もしなきゃいけないんですから…」
「言い訳はいいから早くするネ!」
少しして、エプロン姿の新八が顔を見せた。オーナーとホスト二人だけのこの店は、ホストといえども
接客以外の仕事もこなさなければならない。新八はエプロンをはずして山崎のテーブルに向かう。
「初めまして、新八です」
「どうも…山崎です」
「何か飲みます?」
「あの、こういうところ初めてなんで、お任せします。…あっ、でも、そんなにお金持ってないんで…」
「気にしなくていいアル。トシちゃんの知り合いなら私の奢りネ」
「えっ!それは悪いですよ」
「それじゃあ、水割りでいいですか?山崎さん」
「あ、はい…」
「…金ちゃんはどうしたネ?」
「金さんなら、まだ厨房じゃないですか?」
新八は山崎の水割りを作りながら答える。
「全く…金ちゃーん、早く来るアル!」
神楽が大声で呼ぶと、金時が顔だけ覗かせる。
「あ、あの、もうちょい待って。それまで新八に…」
「ナニ言ってるネ!トシちゃんは私の恩人アル。ナンバー1の金ちゃんが接客するのが礼儀ネ!」
「で、でも俺、今、すっげぇ忙しくて…」
「ホストが接客より優先することなんてないアル!早く来るヨロシ!」
「あ、あのよー神楽、俺もそっちに行くから…」
隅のテーブルで一人待たされていた土方が、神楽達のテーブルに向かってくる。神楽はそれを止めた。
「ダメ!トシちゃんはそっち!金ちゃんはトシちゃんの隣!さ、早く!」
「お、おう…」
金時は漸く厨房から出て土方の席に向かう…と思われたが、神楽達のテーブルの横で止まった。
「どっどうも…えっと、ジミーさんでしたっけ?」
「山崎です」
「ああ!山崎さんね。…俺は金時」
「金ちゃん…こっちは新八と私がいるから、早くトシちゃんの方に行って!」
「…分かった。じゃあ、行こうぜ」
「聞いてなかったアルか?私はここにいるネ」
「いやだって、お前の恩人なんだろ?」
「トシちゃんとは昼間いっぱい話したから大丈夫アル。それより金ちゃんがトシちゃんを楽しませてあげてほしいネ」
「で、でもよー…」
「金ちゃん…今月の給料、なくてもいいアルか?」
「わ、分かったよ!」
すうっと深呼吸して、金時は今度こそ土方の席に向かった。その歩き方はぎこちなく
右手と右足、左手と左足を同時に出していた。金時の不自然な振る舞いに新八が神楽に耳打ちする。
「金さん、どうしちゃったんですか?土方さんを避けてるような…」
「好きなコの前で緊張してるだけネ」
「えぇっ!!」
「どうしたんですか?」
驚いて声を上げた新八に山崎が尋ねる。
「あ、いや、何でもないです」
「この際だから山崎さんにも協力してもらうアル」
「協力って?」
「実は金ちゃんがトシちゃんに一目惚れしたネ」
「えぇっ!金時さんってホストなのに、その…そっち系なんですか?」
「私が知る限り、金ちゃんは本気で誰かを好きになったことなんてなかったアル。だから分からないネ」
「でも副ちょ…じゃなかった、土方さんじゃあ相手が悪いですよ」
「もしかして、恋人がいらっしゃるんですか?」
「あ、いえ、特定の相手はいませんけど、土方さんを狙ってる人、多いんですよね…」
「とにかくまずはお友達からネ!トシちゃんの仕事の疲れを金ちゃんが癒してあげて…」
「そういうのは金さん得意ですもんね。……あれっ?」
土方と金時の方を見た新八は目を疑った。
金時は何もせず、ただ土方の隣―というか、ソファの端の落ちそうなくらいの所―に座っていた。
「金ちゃん、何やってるネ!お酒ヨ、お酒!」
「あっ…えっ…」
神楽が怒鳴っても金時はキョロキョロするだけであった。見かねた新八が立ち上がる。
「とりあえず二人分のお酒、持って行きますよ」
「でも…」
「金さん、手ぶらで座っちゃったみたいですし…」
「困った金ちゃんネ。せっかくお膳立てしてあげてるのに…」
「ハハッ…こんな大人しい金さん初めて見ましたよ。なんか、微笑ましいじゃないですか」
新八は水割りを二つ持って金時の方へ向かった。
「土方さん、金さん、どうぞ…」
「お、おう…」
「あ、ありがとうございます」
「……金さん、何かお話しなきゃ」
「あ、あー…ご指名ありがとうございます」
「金さん…土方さんは指名してません。そうじゃなくて、仕事の話とか…」
「え、えっと…きょっ今日は、お仕事だったんですかっ?」
「あ、はい、まあ…」
「…昼間ウチに来たでしょ?」
新八は溜息を吐きながら神楽達のテーブルに戻った。
「ダメですね…土方さんを楽しませるどころか、ロクに会話もできてませんよ」
「ハァー…しょうがないアルな…」
「あっ、山崎さんすいません。せっかく来ていただいたのに向こうのことばかり…」
「いいですよ。俺だって付き添いで来ただけですから」
「付き添い?」
「ええ。土方さんにどうしてもって頼まれて…。多分、ホストクラブに一人でってのは厳しかったんじゃないですか?
いくら知り合いの店だって言っても…」
「そうですよね。まあ、ウチはこんな感じであまりお客さんいないんで、今後は山崎さんも気軽に来て下さい」
「ありがとうございます」
山崎の相手を新八に任せ、神楽は睨みつけるように金時を見ていた。
「神楽さん、金さん達どうですか?」
「全っ然、だめアル。金ちゃん、一言も話してないネ。それにお酒にも手を付けてないし…
トシちゃんも黙って俯いて…きっと、金ちゃんが何もしないからどうしたらいいか分からないアル」
「こうなったら神楽さんも向こうに行って、金さんを動かしたらどうですか?」
「できれば二人きりで仲良くなってもらいたいアル…そうだ!煙草…金ちゃん!トシちゃんは煙草吸うアル!
火を付けてあげるネ!」
「えっ…ぁ…」
「たーばーこ!ほら、ポケットに入ってるライターで!」
「あ、ああ…」
神楽は大声で店の端の席から反対側の端の席へ指示を出す。
こうなると同じテーブルにいた方がいいのではないかと新八は思ったが、好きにさせておくことにした。
新八は山崎にツマミは何がいいか聞こうとして、山崎も金時達を気にしていることに気付く。
「…山崎さんも向こうが気になります?」
「あっ、まあ、ちょっと…」
「もしかして…上司がホストと仲良くなるのって反対ですか?」
「いや別に…土方さんの交友関係に口出しするつもりはないですよ。ただ…土方さんが大人しく座ってるのって
あまり見たことないんで、珍しいなァと…」
「普段はどんな感じなんですか?」
「とにかく厳しいんですよ。俺なんか毎日のように怒鳴られてて…」
「へぇ…そんな怖い人には見えませんね」
「きっと、知り合いの店だから大人しくしてるんじゃないですか?本心ではイライラしてると思いますよ…
煙草も吸ってなかったから特に」
「そうなんですか。金さん、上手く火ィ付けられたかな?」
「まだネ。ライター取り出したけど、ずーーーーっとカチカチやってるだけネ」
ずっと金時へ指示を出していた神楽が、呆れたようにソファに凭れかかった。
「まだって…金さんのライター、調子悪いんですか?」
「違うアル。手が震えてるネ…」
「うわぁ…土方さん、怒鳴り出さないかなァ」
神楽、新八、山崎の三人はそろって向こうの二人を観察しだした。
そこではまだ金時がライターに火を灯せないでいる。
すると、土方が自分のポケットからライターを取り出した。
「あ、あのっ…俺、自分でつけますから…」
「あ…」
「金ちゃんのバカ!トシちゃんに気を遣わせてどうするアル!」
「神楽さん落ち着いて。…土方さんのライター、変わってますね。マヨネーズですか?」
「ええ。土方さんはかなりのマヨラーで、あのライターも特注みたいですよ」
「へぇ…。金さん!土方さんのライター褒めて下さい!拘りの一品らしいです!」
「えっ…あ…」
新八の指示にも金時はうろたえるだけで言葉が出てこない。
「もうっ…これじゃあトシちゃんが一人でお酒飲んで煙草吸ってるだけアル」
「あれ?なんか変だな…土方さんもライターをカチカチカチカチ…」
「「えっ」」
山崎に言われて神楽と新八も土方に目を向ける。
「本当ネ。トシちゃん、何やってるアルか?」
「土方さんの方は本当にライターの調子が悪いんでしょうか?…あっ、火がついた」
漸くライターの火を灯すことができ、土方は咥えていた煙草にライターを近付けた。しかし…
「…今度は煙草に火がつかないみたいですね」
「煙草、逆に咥えてません?」
「トシちゃーん!逆アル!煙草、反対になってるヨ!…ほら、金ちゃん!新しい煙草渡して!」
「えっ…あ…どどっどうぞ…」
「ど、どうも…」
アタフタしながらも、金時は何とかテーブルの上に置いてあった煙草の箱を手に取り、土方に差し出す。
土方は間違えて火をつけた煙草を灰皿に入れて、金時から煙草を受け取った。
「フー…何とか成功ネ」
「煙草渡しただけですけどね。でも…土方さんって案外おっちょこちょいなんですね」
「仕事の時以外は、結構抜けてることもあるんですよ。…あっ、これ土方さんに言わないで下さいよ。
言ったらまた怒鳴られちゃいますんで…」
「分かってますよ。…あれっ?また火がつかないみたいですね」
「……また逆に咥えてるネ。まさかトシちゃん…」
「えっ、まさか…」
「そんなことは…」
三人が見つめる中、土方は再び煙草を灰皿に入れた。それを見て金時が言う。
「あ、あのっ…煙草、いいんですか?」
「え、ええ…。何となく、そんな気分じゃないので…」
「えーっと…きょっ今日は、お仕事だったんですか?」
「あ、はい、まあ…」
金時が少し前と同じことを聞き、土方も全く同じように答える。二人は俯いたまま目を合わせることなく会話していた。
「え、えっと、その…おっお仕事は、何をされてるんですか?」
「あ…けけけ刑事です」
「すすっすごいですね」
「そそそんな…」
分かりきっていることを聞かれているにもかかわらず、土方は何の疑問も持っていないようである。
「…どうやらその『まさか』みたいですね」
「もしかして…土方さんが俺に付いてきてくれって言ったのは一人じゃ恥ずかしいから?」
「そのようアルな。全く…私を助けてくれた時のカッコイイトシちゃんはどこ行ったアル」
「ハハハ…」
三人は再び金時と土方の会話に耳を欹てる。
「えっと…きょっ今日は、いいお天気ですね」
「そっそうですね」
「…外、雨ですよね」
「そうですね」
「そうアルな」
神楽達は二人に指示を出すのをやめ、好きにさせておくことにした。
その後も金時と土方は内容のない会話をぽつりぽつりと交わしていく。けれど二人はとても幸せそうであった。
(10.08.11)
一周年記念リクエストより「パラレルでも純情な二人」でした。「パラレル」と聞いて真っ先に「一周年お題でできなかった金魂にしよう!」と思いました。ホストなのに純情っていい感じかも、と^^
そして土方さんはアニメ設定の外国人ホストにするか、刑事にするかで迷い、結局刑事にしました。…刑事という設定を活かしきれていないのはいつものことです^^;
タイトルは「純情なホストと純情な刑事」にしたかったのですが、土方さんの気持ちは終わりの方まで謎にしたかったのでこの形にしました。このタイトルだと「純情な」が
ホストだけにかかるのか、「ホストと刑事」にかかるのか曖昧なのでいいかと思って。それから、冒頭のセリフはアニメで新八が言っていたセリフです。
こんな感じになりましたが、リクエスト下さった日野原緋乃さまのみお持ち帰り可ですのでよろしければどうぞ。この度はリクエストありがとうございました。
そして、ここまでお読み下さった方々、ありがとうございました!
ブラウザを閉じてお戻りください