「いいか?今年は絶対だかんな!」
『わーったよ』
「…本当に分かってんのか?」
『分かってる。…満開の桜の下で花見すんだろ?』
「そう!忘れんじゃねェぞ」
『ああ』
「よしっ」

銀時は満足そうな顔で受話器を置いた。



もう一度酔ったふりして上司のヅラ取れ



今年こそ…今年こそ土方と花見ができる!
アイツと付き合って何年も経つが、満開の桜の下で花見したのなんてあの時以外ねェもんな。

俺が土方との花見に拘るのには理由がある。…俺達の馴れ初めが花見だからだ。
あの日は志村家と合同で花見をしていた。そしたらアイツがいちゃもん付けてきた。
そんで、叩いてかぶってジャンケンポンとか、斬ってかわしてジャンケンポンとかして
気付いたら俺とアイツだけになってた。

自販機の上で寝ていたアイツを引き摺り下ろしてやったが、フラフラでまともに歩くこともできねェ。
…まあ、コッチも似たような状態だった。だから手近な宿に泊まることにしたんだ。
この時点でやましい気持ちは全くなかった。本当に!
一緒の部屋に泊まったのだって、別々に泊まるより安かったから、それだけだ。

でもどういうわけか一発キメちゃって…気付けば裸で抱き合って眠るっつー、寒い状況になってた。
…酔った勢いにしたってこれはナイだろ。
しかも、お互い全部覚えてたからタチが悪ィ。ここはフツー、朝起きたら記憶がないってパターンだろ?
まあ覚えてなかったとしても、目ェ覚めた時に裸で抱き合ってたら一発で思い出すだろうけどね。

そんなこんなで新八達にゃテキトーに誤魔化してるけど、俺と土方は花見がきっかけで付き合うようになった。

そんで、話は最初に戻る。
忙しいアイツのせいで、そん時以来一度もちゃんとした花見をしてねェんだ。
でも今年は大丈夫だと思う。結野アナが花見に最適って言ってた日に土方は休みを取ってくれたし
前倒しでできる仕事も極力やってくれたみたいで、万が一結野アナの予想がズレたとしても
花見の時間くらいはいつでも取れる状態にしてくれた。
俺の方は…いつでもOKだ(つまり仕事がない)。と、思ったのに・・・


*  *  *  *  *


「嫌だー!絶対ェに行かねー!」
「何言ってるんですか!久々の依頼なんですよ!」
「そうネ。これで暫く卵かけご飯食べ放題アル!」
「だったらお前ら二人で行けばいいだろ!俺は留守番してる!」
「人手は多い方がいいと先方が仰ってるんです!もう三人で行くと言ってありますから」
「いーやーだー!」

嫌がる銀時の襟首を神楽が掴み、駅まで引きずっていった。



「くそっ…何でこんなことに…」

銀時は膝を抱えて電車の座席に座り、尚もうじうじしている。

「いい加減気持ちを入れ替えたらどうですか?タダで旅館に泊まれるなんていいじゃないですか」

今回の依頼はとある温泉宿の手伝いである。
旅館のベテラン従業員がぎっくり腰になったため十日間住み込みで働いてほしいと言われたのだ。
住み込みということは当然、食事も寝る場所も提供される。
暫く依頼がなく、食費も切り詰めていた万事屋としては願ったり叶ったりの依頼である。

「今回ばかりはタダでも嬉しくねェよ」

土方との約束は一週間後。今回の依頼が終わり江戸に戻れるのは十日後。
つまり、土方と会うのが予定より三日遅くなってしまうのだ。
先述した通り、土方は十日後でも会うことができるだろう。しかし…

「花の命は短ェんだよ…」
「今は花より卵かけご飯ネ。温泉卵も楽しみアル」
「神楽ちゃん…一応仕事だってこと分かってる?」
「ハァー…」
「今年に限って、何でそんなに花見がしたいんですか?」

銀時は子ども達に「酔った勢いでヤっちゃって付き合うことになった」とは言えないために
土方との馴れ初めを話していない。だから新八には銀時が花見に拘る理由が分からないのだ。

「…最近、やってなかったから」
「えっ?去年だって姉上やお登勢さん達と一緒にお花見したじゃないですか」
「新八ィ、銀ちゃんはマヨと一緒がいいアルヨ」

馴れ初めは知らないものの、銀時が土方と花見をしたがっているというのに神楽は気付いていた。

「ああ、そういうことですか。じゃあ土方さんには何かお土産買って行きましょうね」
「るせっ…」

銀時は不貞腐れたように目を瞑り、目的地に着くまでそのまま寝たフリをした。



*  *  *  *  *



「やっぱ、結野アナはすげェよ。予想ピッタリだもんな…。あ゛ー…」

十日間の仕事を終えて江戸に戻ると、桜は満開を過ぎ、小さな葉がちらほらと生えていた。
おそらく三日前は葉もなく、見事な満開だったのであろう。

「でもまだ充分花は残ってますし、大丈夫ですよ」
「いい天気だし、お花見してる人いっぱいヨ。ほら、早くマヨを誘ってくるネ」
「うー…」
「早く行かないと会えないですよ。…土方さん、三時から仕事なんでしょ?」
「そうだけどよ…」

本日土方はどうしても外せない会議があるらしい。
現在の時刻は一時過ぎ。新八の言うように早く行かなければ土方と会うこともできなくなる。
銀時は溜息混じりに屯所へ向かった。


*  *  *  *  *


「よう…」
「シケたツラしてやがんな…。タダで温泉旅行ができたんだろ?良かったじゃねーか」
「あー、そうですね。…これ、オミヤゲ」

抑揚のない声で言って銀時は土方に温泉饅頭を渡した。

「これ…饅頭か?」
「ああ」
「せっかくだからこれも持って行くか。…会議が入っちまって、ゆっくりできねェが…」
「いいよ。…元はといえば俺の仕事のせいなんだし」

銀時は浮かない表情で土方と共に公園へ歩いて行った。

*  *  *  *  *

二人は初めて花見をした公園に着き、空いているベンチに座る。
土方は桜を眺めながら煙草を吹かしているが、銀時は俯いたままだ。

「お前な…いい加減、顔上げて見てみろよ。確かに満開は過ぎちまったが、それでも見事なモンだぜ」
「そりゃあ…まだほとんど散ってねェし、俺達以外にも花見してるヤツらは大勢いるけどよ…
でも俺は…今年こそは、満開の桜の下で花見がしたかったんだ」
「そうかよ…。でもな…実を言うと俺ァ、この時季の桜が一番好きなんだ」
「お気遣いどーもアリガトウゴザイマス。さっすがフォロ方くん…」

全く心の籠っていない礼を言い、銀時は自分が持ってきた温泉饅頭を一つ口に放り込んだ。

「違ェよ。俺ァ本当に今の桜が…」
「はいはい、ありがとな。オメーは本当に優しいな。モテる野郎は違うね…」
「だから聞けって。…まずは花を見ろ」
「あん?」

銀時は気怠げに顔を上げて桜を見た。

「桜色と萌黄色が、空色に映えると思わねェか?」
「は?」

土方が何を言っているのか、銀時にはいまいち理解できなかった。
そこで土方はもう一度言った。

「だから…花の桜色と葉の萌黄色が、空の青に映えると思わねェかって聞いてんだよ」
「そう言われれば、まあ…」
「だろ?この三色が揃うことは滅多にないんだぞ」
「そうかァ?毎年、満開のちょっと後はこうなんじゃねェの?」
「ところがそうでもねェんだ。桜がこの状態の時にちょうど晴れねェと三色揃わねェんだぞ」
「まあ、そうだね…」
「もう少し後になると葉も成長してくるし、花ももっと散って紅色が目立ってくんだよ」
「紅色?」
「花と枝の間の、茎みてェなやつ」
「なるほどね…」

銀時は土方の言葉を思い返しながら改めて桜を眺めてみる。
あれだけ満開に拘っていた銀時であったが、そう思って見るとこの時季の桜も悪くはないと思えた。
けれど、それを素直に土方に伝えられるような銀時ではない。

「土方、お前…色がどうとか、結構恥ずかしいこと考えてんのな」
「なっ!オメー、人がせっかく…」
「分かってるって。慰めてくれたんだろ?ありがと。…こういう花見もたまにはいいかもって思った」
「そうか…。来年は満開の時に来ような」
「うん。来年こそは…」
「まあ来年がダメでも再来年があるし、その次だって…」
「ナニ?土方くんはいつまで俺と一緒にいるつもり?」
「…そういうお前こそどうなんだ?」
「そうだなァ…じゃあ『桜の花が咲かなくなるまで』なんてのはどうよ?」
「上等だこら」


不敵な笑みを浮かべて見つめ合う二人の間を、ひらりと小さな桜色が通り過ぎた。



*  *  *  *  *



数日後、銀時は土方の「三色揃うことは滅多にない」という言葉が真実であることを理解する。
あの日は土方が仕事に戻って少しすると、夕刻が近付いたことで空は青くなくなった。
翌日は晴れていたものの、前日のような快晴とまではいかず、空は白っぽかった。
次に空が青く晴れた日には、桜も大分散って葉も大きくなっていた。

(確かに…ただの満開なんかより狙うのは難しそうだな…)

散りゆく桜を万事屋の窓から眺めながら、銀時はこの時季の楽しみが一つ増えたと思った。


(10.04.17)

photo by 素材屋angelo 


 今年(2010年)東京では桜の季節に真冬の気温を記録するぐらい寒かったので、せめて小説の中だけでも、と思い二人でお花見をしてもらいました。

…ゆっくり花見できていませんが^^; イベント事でネックになるのは大抵土方さんの仕事なので、たまには銀さんに仕事を入れてみました。

それから、作中で土方さんが言っている桜の見方(?)は完全に管理人の趣味です(笑)。今年花見ができなかった管理人の魂が土方さんに憑依しました^^;

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 

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