<後編>


ふわりと意識が浮上して、消え行く夢の記憶。昨日は久方ぶりに酒の入らぬ夜だった。遅くまで抱き合っていたわりに目覚めはまずまず。バスローブ一枚羽織ったトシーニョは窓に向かった。
カーテンをシャッと軽やかに滑らせて、差し込む朝日に目を細める。眼下は既に開園待ちの人達でごった返していた。
その背後では眠気眼の金時がベッドを這い、テレビに手を伸ばしている。しかし横着していてはリモコンにギリギリ届かない。ベッドから下りるか携帯電話のワンセグで我慢するかテレビを見ないか……起き抜けの頭で考えるには、かなりの難題に直面していた。
「ほらよ」
それをいとも簡単に解決したのはトシーニョ。喉から手が出るほど、しかしベッドからは出たくない程度に欲していた物が、恋人の力によってもたらされたのだ。
「サンキュー」
だが、目当てのチャンネルをつけると任務完了とばかりに伏せてしまう。見ないのかとの問いに見ると答えるその瞼は重い。
結局、五分と経たずに夢の世界へ戻っていった。

金時の目的など分かっている。その時が来たら起こしてやろう。
トシーニョは窓辺のソファーに深く座り、テレビの音に耳を傾けながら携帯電話を操作するのだった。


「おい、起きろ」
「んあ?」
昨日から今朝にかけてのニュースが終わり、待望の特集コーナーの始まり。花野アナの登場に、恋人を急いで現へ引き上げてやった。気の抜けた瞼に口付けを落として。
並んでベッドに腰掛けテレビを見る元プリンス&プリンセス。画面の中ではパーク内の印象そのままに、アナウンサーが弾ける笑顔を見せていた。
――日替わりで各地のハロウィンの様子をお届けしている今週、今日はネズミーランドの仮装特集です――

*  *  *  *  *

「今日はトシ子ちゃんとデートの予定だったのに……」
文句たらたら浮かない顔でホテルをチェックアウトした、派手なスーツ姿の金時。似たような服装の相方にまた溜め息を吐く。いつでも来られると宥めるトシーニョもまた、残念だと思っていた。

二人はこれから職場に向かう。

前夜にそれぞれブログを更新した彼ら。パーク内の城をバックに、ダンスでもしているかのように抱き合った写真とともに、今朝放送のテレビ番組の取材を受けたことを書いた。ついでに金時はトシデレラの美貌自慢も。
それはホストクラブのホームページに繋がるブログ、つまりは仕事の一環。二人の交際は互いの客に周知の事実で、こうしたデートの記事は特に人気がある。
しかも今回はテレビに出るかもしれないなんてネタ付き。となれば、何としても昨日のうちに宣伝しておきたかったのだ。

こうして今朝を迎え、プリンセスの性別も含めて二人のシーンはほぼノーカットでの放送となり、その反響は予想を遥かに超える。
 【検索】おめざめテレビ プリンセス 女装
放送直後からインターネット上で、テレビの中の女装プリンセスを写した画像が拡散した。すると瞬く間に本人のブログが、芋づる式に職場と恋人が特定される。ナンバーワンホスト同士という物珍しさも手伝って、二人は一躍時の人。このチャンスを逃すまいとする店側から金時が呼び出され、土方も店にマスコミから連絡が入ったと知り、戻らざるをえない状況になってしまったのだ。

「土産、買ってくか?」
「……行く」
折角だから少しでも良い気分で帰りたい。トシーニョが入場口の手前にあるショップへ誘えば、相手も観念したように笑い手を握ってくれた。
今だってまだまだデート中。いじけていてはつまらない。それほど混雑していない店内は、じっくり見て回るには最適だった。
「チョコかなぁ、クッキーかなぁ……バウムクーヘンもいいなぁ」
土産というよりは自分好みの菓子を選んでいるらしい金時。目移りする様子を微笑ましく見守る男はもう、買うものが決まっていた。
小さな煎餅の詰め合わせ。
四種類の味が楽しめるそれには、塩、海苔、海老、そしてマヨネーズの味付けが施されている。ざっとみたところ、マヨネーズ関連の商品はこれだけ。極度のマヨラーにとっては一択しかないのだ。
「あああどれも美味そう!」
「全部買やぁいいじゃねーか」
高級取りの彼らに予算の心配は無用。ついでに車で帰るから、荷物が増えても問題ない。
しかし金時は今日の思い出に残る一品を探していた。
「でもなぁ……あ、あれ! あれにしよう」
目に留まったのは缶入りクッキー。城の前でプリンスとプリンセスがダンスをしている姿が描かれていた。
まさに今回のデートに相応しいと自画自賛しながら、カゴをクッキー缶で満たしていく。その横でトシーニョは、同じ柄のポストカードを一枚、自身のカゴに入れていた。

それからカボチャの馬車ではなくタクシーに乗り込み、夢の国へ別れを告げる恋人達。自宅に到着するまでの間、各々のブログに送られたメッセージへ返信を打ち続けるのだった。

*  *  *  *  *

都内にあるトシーニョ……いや、土方トシがオーナーを務めるアパレル店。店内は平日の昼間とは思えぬ賑わいで、外には数組のマスコミらしき人達がいる。
土方は裏手にタクシーをつけ、バックヤードに入ると、
「お楽しみのところすみませんでしたァァァ!」
店長の山崎から深々と頭を下げられた。デート中であることを承知の上で、連絡を入れたのは彼。
「構わねーよ。……仕掛けたのは父さんと母さんだ」
迷惑を掛けたのは寧ろこちらだと店長を労い、速やかに奥へ。

離れて暮らす我が子を思い、土方の両親(アパレルブランドの社長とデザイナー)はトシーニョのブログを小まめにチェックしていた。
そして今朝、例の記事へそれぞれがそれぞれのアカウントを使ってコメントしたものだから、「プリンセス」の両親は容易に判明。ここへ取材依頼が殺到したのだ。
息子はそれを故意だと確信している。

「どうぞ」
「ん」
事務机に着いた土方へ缶コーヒーが差し出された。冷たいそれを一口流し込み、店舗のホームページに責任者として言葉を綴る。
私生活で騒がせてしまったことと、多くの問い合わせに対応しきれていないことへの謝罪、そして今後もこれまで同様、たくさんの方から愛されるブランドを目指していく決意を。
ぴしっと伸びた背中に向かい、店長が遠慮がちに声を掛ける。
「匿名の書き込みなんか、気にする必要ないですよ」
「俺は平気だ」
電脳空間の内に閉じ籠り、彼の趣味について罵詈雑言を浴びせる心ない輩もいた。
だが幼少期よりこの趣向を持ち合わせているため、悲しいかなそのようなことにはすっかり慣れっこ。家族や親しい友人らの支えもあり、言いたい奴には言わせておけ、の精神なのだ。ゆえに心を痛めるのは寧ろ、仲間にまで影響が及ぶことであった。
けれども、
「外、一緒に行ってもいいですか?」
「一人で充分だ」
「いや、俺もテレビに出てみたいなぁ……なんて」
「ハハッ」
ミーハーな店長は、気にしていないどころか喜んでいるようで。
「あっ、タダで宣伝してもらえるチャンスなんで!」
慌てて仕事の顔を作る始末。
「じゃあ一緒に来てくれ」
「はいっ!」
空になったコーヒーの缶、ことりと軽い音を立ててデスクに残る。店内は常より目映く見えた。
*  *  *  *  *
その頃、開店前のホストクラブでは、オーナーの新八監視のもと、金時が取材を受けていた。
「完成度高かったでしょ、あのプリンセス! 俺の見立て通り!」
「プリンスは普通でしたね」
「チッチッチッ……あれはプリンセスを引き立てるために敢えて。分かってねぇな、ぱっつぁんよー」
「はいはい。でもこの間のコスプレDAYは良かったですよ。写真、見ます?」
「……えっ、いつから付き合ってるかって? 前前前世のそのまた前世から」
「二年くらい前に共通の知人を通じて知り合ったんでしょ。あ、その知人というのもうちのホストでして……」
隙あらば店を売り込む気概のオーナーと他店のナンバーワンにベタ惚れのナンバーワン、それなりに面白がられてこの日から、僅かに客足が伸びたとか。

こうして、また少し絆を強めた恋人達であった。

(17.10.30)


トシーニョにプリンセス仮装させたくて書きました。
これから毎年恒例で仮装するようになってもいいし、今回だけの特別な思い出にしてもいいと思います。
何にせよ、二人は末永くラブラブです。
ここまでお読みくださりありがとうございました。


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