2016年銀誕記念作品:付録と無料のラブレター


三連休の最終日、五年振りに十月十日となった体育の日。秋の行楽に相応しい快晴の朝、高校三年生の坂田銀時は意気揚々と土方家を訪れた。すっかり通い慣れた幼馴染み兼恋人の自宅。でも今日は畏まり、ブレザーの制服をきっちり着込んでやって来た。
緊張で乾く喉を唾液で潤しインターホンを押せば、グレーのパーカーにジーンズ姿の十四郎に出迎えられる。これからのことを思い描いたからか、何だか一段と輝いて見えた。
惚けた顔の訪問者を、十四郎は優しく招き入れてやる。休日にわざわざ正装して来た理由に思い当たる節はあった。似通う自分達の思考に頬を緩ませて。

「一人?」
「ああ」
十四郎の唯一の家族である母は仕事に行っているとのこと。リビングに通された銀時は肩透かしを食らった気分になりつつも、キッチンへ引っ込む恋人を制止した。
「ケーキ取ってくる」
「サンキュー! でもその前にちょっと来て」
今日は恋人の誕生日。祝う準備は万端だというのに、手ぶらでダイニングテーブルへ着かされてしまう。
向かいに座った本日の主役は、白地にピンク色で印字された紙をいそいそと広げて見せた。
左上には婚姻届の文字。ご丁寧にピンクのペンで「妻」を「夫」に書き換えて、銀時の署名捺印済みである。
「お前……」
常より開き気味の瞳孔をカッと開かせ言葉に詰まった十四郎。手放しで喜んでもらえるとばかり思っていた銀時としても予想外であった。
「あの俺、十八になったから……結婚できる歳だなぁって……それだけで、本当に出すつもりはないから……」
プレゼント替わりに名前を書いてくれればと伺いを立ててみる。けれども夫候補は眉間に皺を寄せていた。
「何でテメーがこっちなんだよ」
「へ?」
十四郎の不満は、どうやら本来女性が記入する側に相手の名があることのようで。だけど銀時には何故それがダメなのか釈然としない。
「女役は嫌かなって」
「誕生日プレゼントだろ。だったらお前が男の方に……」
「どっちでも良くね?ていうか、どっちも『夫』にしたし」
「だったら最初から夫の方にお前が書けよ」
婚姻届そのものに不満があるわけではないらしい。
ならば細かいことに拘るな。さくっと書きやがれコノヤロー……今日の主役は俺なのにと苛立ちを感じ始めた。
「もう書いちまったんだから十四郎がこっちな!」
「あ?」
バン、とテーブルを叩き立ち上がった銀時。つられる形で十四郎も勢いづいてしまう。
「何でテメーの誕生日に譲られなきゃなんねぇんだ!」
「いいから書け!」
「ざけんな! 書き直しだ!」
「じゃあゼク〇ィ買って来い! 先月号な!」
「無理に決まってんだろ! つーかこれゼ〇シィの付録かよ! 馬鹿か!」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんだよバーカ!」
「テメーも馬鹿って言ってんじゃねーかァァァァァ!」
売り言葉に買い言葉。こうなるともう収拾は不可能で、
「帰る!」
「帰れ!」
銀時は桃色の届出用紙をぐちゃぐちゃに丸め、それを投げ付けてやった。顔面で受けた十四郎も、恋人の帰宅を止める気すら起きない。
窓の向こうでは、夏の名残を感じさせる日差しが煌々と照っていた。


静まり返った部屋の中、床に転がる婚姻届を見下ろして、十四郎は独り溜め息を吐く。
喧嘩なんて日常茶飯事。時には殴り合いに発展する自分達――何でもないことと割り切ろうとするも、思いの外「誕生日」の枷は重かった。
気持ちを落ち着かせようと好物のマヨネーズを求めて冷蔵庫を開ける。

正面の、一番目立つ場所にケーキの箱。

ケーキには詳しくないけれど、銀時が美味いと話していた店なら間違いないだろうと、半年前から予約を始めたもの。
最初はイチゴのショートケーキ。しかしチョコレートパフェが好きだったと思い出し、チョコレートケーキに変更。しかししかし、去年がチョコレートタルトだったからチーズケーキに再変更。その後も変更を繰り返し、店長から「ウチはすぐ売り切るような店じゃないから、当日来ても大丈夫だよ」と言われる始末。
それでも足繁く訪れて、漸く選んだプレゼントだった。

それから……

右のポケットへ手を突っ込んで溜め息をもう一つ。
やはり謝りに行こうと決意して、十四郎はケーキの箱を取り出した。

銀時の家までは歩いて二十分ほど。普段は自転車で行くけれど、ケーキを崩すわけにはいかない。
微かな期待を抱きやや遠回りをして本屋に寄ってみたけれど、婚姻届付きの結婚情報誌は売っていなかった。

*  *  *  *  *

「あれっ、十四郎くん?」坂田家に着いた男を出迎えたのは銀時の父。土下座でも何でもする覚悟でやって来た十四郎であったものの、家族の存在をすぽんと失念していた。
「そっちで誕生日会って出て行ったけど……来なかった?」
「その……来たには来たんですけど……」
二人の仲は家族公認。ばつの悪そうな物言いで、父は即座に察しがついた。
「また喧嘩?」
「あ、いや……いやっていうか……えっと……」
「ハハハハハ……分かった分かった」
幼い頃より彼らを見守ってきた人生の先輩にとって、未熟なカップルの諍いなど可愛いもの。軽く笑い飛ばし、十四郎へ手を差し延べる。
「それ、プレゼントだろ? 銀時に渡しておくよ」
「す、すいません」
怖ず怖ずと差し出された紙袋は、温かな笑みとともに受け取られた。
「いつもありがとうね」
「いえ、あの……すいません」
「気にしなくていいよ」
お家で待ってて――天の邪鬼な息子を向かわせるからと暗に告げられ、十四郎は深々と頭を下げる。自分達はまだまだだと痛感しながら。


『ダーリンからプレゼントが届いたぞ』
携帯電話に届いた父からのメッセージ。己の誕生会が始まる前に終了したなんて知られたくはなくて、ゲームセンターで時間を潰していたところ。
慌てて帰るはめになった。

「クソ親父ィィィ!」
「キューピッドに向かって何だ」
「うるせぇ!」
照れ隠しと余計な追及を逃れるため、父親に食ってかかる息子。テーブルに置かれたケーキ屋の袋を手に、冷やしておかないなんて気が利かないと文句を垂れつつ自室へ待避するのだった。
恋人が家で待っているとの情報を背中でしっかり聞いて。

ドアを背にして侵入経路を絶ち、お気に入りのケーキ箱を恭く取り出す手は震えている。リボンを解こうとした時に、折り畳まれた紙がまだ袋の中にあると気付いた。
お詫びの手紙でも書いたのだろうか。それにしては封筒にも入れずぞんざいな……
「――っ!」
もう一つのプレゼントの正体を、と同時に十四郎が苛立っていた本当の訳を知り、銀時は息が止まるほど。ケーキの箱が転がるのも気にせず机へ走り、逸る気持ちを鎮めながら紙を開いた。

妻の欄に十四郎の署名捺印済みの婚姻届。

銀時が用意したものと異なる、役所で発行されたもの。
どんな顔してもらいに行ったのか。自分はジャンプと一緒に本屋のレジに置いただけ。けれどもあちらは窓口で、婚姻届をくれと口に出さねばならぬはず。
「やっぱりお前の方が馬鹿だな……」
こんな碌でもない奴が十八歳になるのを心待ちにしていたなんて。
一文字一文字丁寧に、夫の欄を埋めていく銀時。鼻の奥がつんとした。


その頃土方家では、皺を伸ばした婚姻届へ、制服姿で十四郎が署名捺印をしていた。タダで手に入れた己と違い、お金を出して特別な用紙を買ってくれた誠意に応えたい。

すっきりと晴れた秋の日、若い恋人達は間もなく、婚姻届のラブレターを交わすこととなる。

(16.10.08)


今年の銀誕はDKSだ、高校生だと一人はしゃいで書き始めたところに本誌(605訓)がきまして、原作設定にすればよかったと後悔したのもいい思い出です^^;
でもでも若い二人もいいものです。……いや、原作の二人も若いですけれどね! それ以上に若いってことですよ!
この二人も後々きっと、原作の二人のような熟練カップルになってくれることでしょう。
それでは、ここまでお読みくださりありがとうございました。銀さん生まれてきてくれてありがとう! 土方さんとお幸せに!



ブラウザを閉じてお戻りください