※原作の五年後妄想です。
※劇場版(万事屋よ永遠なれ)ネタを少し含みます。



2016年土誕記念作品:五年越しの誕生日


新緑を揺らす風が心地好い、五月五日の朝のこと。制服姿の近藤と沖田は、河原で這い蹲う万事屋の三人と一匹を見掛けた。
「銀ちゃん、これにするネ」
「これもいいんじゃない?」
「わう!」
「なんか違うんだよなァ……」
探し者の依頼でも受けたのであろうか、足元の石を選り分けている。少しなら手伝う時間があると、二人も土手を下っていった。
「よう」
「来たな税金泥棒リターンズ」
「ハッハッハ」
政権交代や脱獄幇助により江戸から離れることを余儀なくされた真選組。五年の歳月を経て返り咲いた後は、全国の警察組織の中心的存在となっていた。
「何してるんで?」
「あ、髪切った?」
近藤はともかく、沖田にバレたら今後の計画まで台無しにされる可能性が高い。強引に話題を変える銀時であったが、
「野郎に会う準備ですかィ?」
後頭部で束ねた長い髪を手櫛で梳きつつ、図星を指すからやりにくい。加えて近藤もこの台詞で事情を察してしまう。
今日は、自分の大切な仲間であり、銀時の最愛の人でもある土方が休暇を過ごすため江戸に帰ってくる日。
今や国中に組織を広げた真選組。旧幹部達の幾人かは新たな役職を得て各地方に配置されている。副長の土方もその一人で、北国の治安維持を担っていた。
「誕生日に再会なんてロマンチックだな!」
「え?今日、五日?」
「分かった分かった」
空惚けた物言いは軽く受け流される。二人の絆はとうに理解しているから。
「覚悟はしておいて下せェよ」
「何?ついにマヨネーズが吹き出した?」
「体重は変わってないと思いますがね……」
「ハゲたとか?」
「おっと、これ以上は見てのお楽しみですね」
「ああ、そう」
勿体つける沖田もさらりと躱す。こんなやりとりも懐かしい。
銀時としても、他の真選組隊士との再会だって喜ばしいものであった。それに晴れて公務に復帰した今は堂々と手紙も出せるし会いにも行ける。しかし敢えてそれらをしない。
出立前にした「江戸で待つ」との約束のため。
幸いにも、かぶき町で万事屋の営業を再開できた。だから自分のすることは、言い付け通りに定食屋で土方のキープしていた美酒をちびちびやるだけ。そして昨夜、最後の一杯を飲み干した。
「トシによろしくな」
「お前らは迎えに行かねーの?」
酒が抜けるに伴い恋人との物理的距離が縮まるようで、今か今かと待ちながら一睡もしていない銀時。しかしそれはおくびにも出さず、渋々出迎えに行く体を装っている。
尤も、付き合いの長い彼らには易々と本音を見透かされているのであるが。
「俺達は明日会うさ。で、落とし物でもしたか?手伝うぞ」
「そういうんじゃねーよ」
帰ぇるぞ――近藤の善意は緩く断り、銀時の号令で万事屋はそそくさと撤収。
「だから近場でいいって言ったんだ」
「銀ちゃんが、たまには川もいいって言ったアル」
「わうっ」
「そうですよ」
見送る背中越しにそんな会話が聞こえたから、水を差してしまったかと近藤は、思い浮かべた友の顔へ密かに謝罪した。

*  *  *  *  *

午後四時ちょうど大江戸駅着の特急列車に土方は乗っている。普段は身につけない腕時計を頻繁に確認しながら、銀時は改札口前をうろついていた。その胸中は喜びより不安の方が大きい。
出会ってからというもの、これほど長期に渡り離れたことなどなかった。午前中、沖田の前では強がって見せたものの、実のところ会うのが怖い。
だって五年だよ?老けたとか思われねぇかな……。土方もオッサンになってるならいいけど、俺だけ変わっていたらどうしよう。俺としてはそんなに変化していないつもりでも、五年前と比べたら違うよな。俺は土方がデブでもハゲでも愛し続ける自信はあるけどね!
「よう」
「へ……ひひひひ土方ァ!?」
考えても仕方のないことで思い悩んでいるうちに、目的の人物が颯爽とご登場。何を慌てているのだなと僅かに弧を描く薄めの唇は同じだけれど、
「何で疑問形だコラ」
「髪型、変えたんだ……」
散々弄り倒したV字前髪がセンター分けへと消えていた。露わになった額と微かに年季を感じさる目頭の組み合わせが、落ち着いた大人の色気を醸している。
「変か?」
「いや。イケメンは得だねぇ……古傷まで着こなせちゃって」
「チッ」
よくよく見れば、額の上部中央に二センチ程度の傷があった。そこから髪が生えなくなって、分け目ができたのだろう。
しかしそれ以外は馴染みの姿。傷痕がバレたと舌打つ仕種も、低い声も開き気味の瞳孔も、黒地に白衿の着流しも、腰の刀だって銀時のよく見知ったものである。
「お前は全然変わってねーな」
「それが主人公っつーもんよ」
「そうかよ」
フッと片側の口角を上げる笑い方も懐かしい。本当の本当に土方が帰って来たのだと唐突に実感し、銀時の視野は瞬く間に霞んだ。
「泣くヤツがあるか」
「ああ欠伸を堪えたからだ!」
「俺に会えるのが楽しみで昨日は寝られなかったか」
「違ぇよ!」
実際のところ泣きそうになったのも眠れなかったのも事実だけれど、自分達は素直に寂しかったなどと認める間柄ではない。こんなふうに見栄を張るのも懐かしい心地がした。しかし、
「俺は寝られなかった」
「は?」
愛し合う二人を遠ざけた時間は、柄にもないことをしてしまうのにも充分であるらしい。土方は右手で恋人の左手を取るとそのまま歩き出したのだ。
手を繋いで道を行くなどするキャラではなかったのに。
「何?銀さんに会えなくて寂しかったの?」
「そりゃあな」
「っ!」
ドキリとして隣を見れば、黒髪から覗く耳が赤く色付いているではないか。
「土方くぅん、お耳が真っ赤だよ?」
「るせぇ」
やはり何も変わっていない。愛を語り合うよりも、子どもじみた言い合いをする方が自分達には似合いのようだ。
「こっち向いてよ筆頭〜」
「誰がレッツパーリィだ」
「だって奥州の筆頭になったんでしょ?」
「肩書は真選組副長のままだ」
「五年もあって昇進なしかよ」
「テメーだって似たようなもんだろ」
それから二人、ああだこうだと互いを罵りつつも、決して手は離れずに銀時の家へ向かうのだった。


かぶき町にある長屋の一室が今の銀時の城。真新しい座布団を勧められ、古びた丸卓袱台に土方は腰を落ち着ける。
「テキトーに寛いでて」
「ああ」
一間の家は台所に立つ恋人の姿も見詰め放題。なかなかいい部屋だと土方は呟いた。
年頃の神楽と二人暮らしというわけにもいかず、スナックお登勢の上は現在、万事屋の事務所兼彼女の家となっている。
「俺ァニコ中マヨラー野郎にしか勃たねぇつったのに、ハゲ親父とバカ兄貴がよー……」
「ハハッ」
そもそもあそこは俺の家だと主張する銀時の口調から、本気の不満は読み取れない。寧ろ、繁華街で一人暮らしをする娘が心配で堪らないようにすら思えた。おそらく、階下に住む大家が色々と気にかけてくれてはいるのだろうが。


「ごちそうさん」
「どーいたしまして」
普段よりも一品多い夕食が済み、メインのケーキの前にと銀時はプレゼントを手渡した。
巾着袋に入れただけの簡素なラッピング。片付けられた卓の上へ中身を出してみれば、石が六つ入っていた。最も大きいもので野球ボールほど、小さいものは碁石くらいの大きさ。
「これは……?」
食器を一先ず流しに重ね、向かいに座ってプレゼントを一列に並べ直す。土方から見て一番左に置いた石を指し、
「五年前の五月五日、烙陽っつー星で拾った」
石に視線を落としたままで産地を告げる銀時。先の展開が読めた土方は、体温が一気に上昇するのを感じた。
次の小さな石は四年前に宇宙船で見付けたという。その次はその翌年にアキバNEOで。
その地名は土方に、かつて監察を使い調べた攘夷浪士のアジトを想起させた。
二年前は志村邸の庭で、そして昨年の五月五日は――
「奥州で拾った」
「は?」
思い掛けぬ場所が飛び出し、咥えていた煙草を落としそうになる。確かに一年前にはもう、真選組の復活も土方の赴任先も決まってはいた。また銀時の人脈からしてそれを知るのは容易いことだろう。
だがしかし、その時点では決定していただけ。各地は真選組を配置する準備をしている最中であったし、土方もまだ奥州に入っていなかった。
そのような情報も得られたであろうに、わざわざ誕生日に合わせて出向いたというのか。これから土方が過ごす地を見に行ったというのか。
「銀時っ!」
五年分の贈り物を乗り越えて、土方は涙ながらに愛しい人を抱き締めた。
「えっと……最後のは今朝、その辺で拾いました」
説明を終えると銀時も、愛しい背中に腕を回す。
「おかえり十四郎」
「……ただいま」
そしてやっと、一番言いたかった、聞きたかった台詞に辿り着いたのだった。
明るい月の輝く空を、鯉のぼりが悠々と泳ぐ五月五日の夜のこと。

(16.05.01)


アニメでもさらば真選組してしまって寂しい限りですが、明るい未来を妄想し放題ということでもありますね!
今年も土方さんと銀さんが幸せでありますように!ここまでお読みくださりありがとうございました。



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