2015年クリスマス記念作品:恋人もサンタクロース


冷たい空気が朝の目覚めを妨げる季節。それは十歳の少年とて例外ではなく、銀時は今朝も父に布団を剥がれ渋々起きていた。
「眠ぃ……寒ぃ……」
「早く準備しないと十四郎くんが迎えに来るぞ」
「分かってる」
同じマンションに住む、幼馴染み兼恋人の名前を出されて情けないことは言っていられない。銀時は気を引き締めて身支度を済ませ、朝食をとった。
家を出るのは父が先。一人になった少年はテレビを見ながら髪を梳かす。銀髪天然パーマが少しでも真っ直ぐになるように。

程なくして呼び鈴が鳴った。
「はいはーい」
ランドセルを掴み、バタバタと玄関へ走る銀時。スニーカーを履きながら最後の悪あがき――両手で髪を撫で付けてドアを開けた。
「おはよう十四郎」
「おはよう」
いつでもピッタリヘアーの羨ましい存在。だが今日は寝坊したのか、左側の髪が一束ぴょこんと跳ねていた。
「寝癖ついてる」
「知ってる」
水で濡らしたけれど戻らなかったのだとはにかむ様に、銀時も自然と笑顔になる。
「ちょっとピョンピョンしてるくらいが可愛いよ」
「お前はかなりピョンピョンしてて可愛いな」
「俺のは寝癖じゃねーし!」
慰めてやったというのに……むくれた銀時の手を引いて十四郎はエレベーターへ向かうのだった。
エレベーターに乗り込む頃にはすっかり機嫌も直り、繋いだ手をぶんぶん振りながらいつものように仲良く登校していく。クリスマスムードに彩られた商店街は、まだ多くが開店前だというのに賑やかだ。
「サンタクロースに何もらうか決めた?」
「……まだ」
銀時のあどけない質問にやや間を空けて答える十四郎。そちらはもう決めたのかと問えば、待ってましたとばかりに瞳が煌めいた。
「3DSP!十四郎とおそろいのブルーにするんだ。あと、妖怪時計3」
「へぇ……」
携帯ゲーム機(スリーディーステーションポータブル)と、もうじき発売される人気シリーズの最新ソフトが希望らしい。因みにゲーム機の方は十月の誕生日にもねだったのだが、今持っている旧型機で充分だと買ってもらえなかったもの。
「あ、このこと父さんには内緒な」
「何でだ?」
大事なことを言い忘れたと唇の前で人差し指を立てる姿に十四郎は首を傾げた。すると銀時はクラスメイトと賭けをしているのだと説明してくれる。
「高杉のヤツが、サンタクロースは親だっつーんだ」
「そ、そうなんだ……」
「ンなわけねぇよ」
銀時は自身の父がいかにサンタクロースから遠い存在かを話して聞かせた。
先のゲーム機しかり、父から直接もらう誕生日プレゼントは、学用品や洋服など、いらなくはないが悉く期待外れのもの。一方、クリスマスプレゼントは玩具のような、本当に銀時の欲する物が枕元に置かれていた。
ゆえに父親がサンタクロースであることなど絶対に有り得ないと力説したものの、向こうも決して譲らない。
「そしたら高杉が、父さんに欲しい物言わなくてもプレゼントもらえるか賭けようって」
「な、何を賭けるんだ?」
「給食のプリン。勝った方が二個食えるんだ」
「…………」
銀時にとって大大大好物でも高杉にはそうでもないプリン。万が一負けたとしても失う物の少ない不公平な賭けに十四郎は怒りを覚えた。
「……銀時が勝ったら、ヤクルコもらえよ」
「プリンの方がいいって」
「じゃあプリンとヤクルコ!」
高杉も好物を賭けなくては意味がない――土方の迫力に圧され、銀時は意味も分からず賭けの対象を増やす約束を取り付けることにした。

かくしてクリスマスの翌朝、銀時少年は見事に目当てのプレゼントを手に入れ、後の給食でプリンとヤクルコも得るのであった。

*  *  *  *  *

あれから六年。高校生になった銀時はもう、サンタクロースの絡繰りを理解していた。父との夕食時、今年のプレゼントの希望を堂々と告げる。
「斜向かいのペドロ、ブルーレイ限定版で」
「は?誕生日に買ってやっただろ」
その気になれば自身の望む物を買い与えてくれると知ってからは、誕生日も諦めずにねだるようになっていた。今年の十月にもアニメ映画のブルーレイディスクを買ってもらったのだが、
「あれは隣のペドロ!」
同じシリーズの別物である。けれど父にとって同じような物であることには変わりなく、他にないのかと呆れ顔。そこで銀時は、最後の手段に打って出ることにした。
「今回のブルーレイにも、十四郎の好きそうなフィギュアが付いてくるんだよ」
「十四郎くんか……」
「前のおまけも、すっげぇ喜んでたなァ」
ペドロファンの十四郎。おまけは全て未開封のまま保管してある。本編ディスクさえあればいい銀時は、開封して飾れるようにと特典のみを十四郎へあげていた。
分かった――息子の恋人に弱い父親は、この手にいつも陥落してしまう。
「向かいのペドロだな?」
「斜向かい!つーか予約はこっちでしとくから支払いだけよろしく」
「情緒も何もねぇな……」
サンタクロースを信じていた頃は可愛かったとしみじみ茶を啜る父。けれども息子は息子で、信じていたために損をした気分になっていると主張する。
父が玩具も買ってくれる人だともっと早くに知っていれば、誕生日プレゼントのレベルアップが望めたものを。
「親父とサンタのギャップがあり過ぎんだよ」
「子どもに夢を与えたいっつー親心だな」
それに誕生日だってケーキだけは銀時の希望通りの物を用意していた。何よりも甘い物が好きな息子のために。
おかげで中学生まで夢が見られただろうと得意げな父と、実は小学生のうちから気付いていたと言い張る息子。実際のところは中学二年のクリスマス直前、流石に真相を知るべき時だと思った恋人から教わったのだけれど。
「小四のアレがなけりゃなァ」
「ああ、あの時か」
現実を見始めた友人との賭けに負けていればそこで悟ったこと。どうして欲しい物が分かったのだという問いには、「親だから」と尤もらしい、しかし非常に嘘臭い答え。いくら子どものことを理解している親であっても、欲しがっている物を何のヒントもなしに当てるのは不可能であろう。
「十四郎に聞いたんだろ?」
あの時、正解を知っていたのは賭けの相手と恋人のみ。消去法を使うまでもなく、情報源は容易に推測できた。
「十四郎っつーか、十四郎の母さんだろ?」
当時から良い雰囲気に見えた互いの親。再婚しないのかと揶揄すれば、大人をからかうなとピシャリ。
「お前らの付き添いで一緒にいるだけだよ。それに、あの時のアレは十四郎くん本人からだ」
「マジでか」
「あの時はな――」
父はかつての体験と、後に本人から聞いて知った新事実を交えて昔話をしてくれた。
漸く明らかにされた真実。それは、銀時がうっすらと想像していたよりも壮大な物語であった。
話し終えた父は諭す。
「十四郎くんを大事にしろよ」
「最初から大事にしてるっつーの」
言い返しながらも息子が、恋人と生涯を共にするしかないと改めて決意した冬の夜。

*  *  *  *  *

六年前。
十四郎は既にサンタクロースの現実を知っていた。その上で純粋な銀時の夢を護るため、そして、不平等な賭けを持ち掛けた友人に一泡吹かせるため、銀時の父とコンタクトを取ろうと考える。

勿論、恋人に気取られぬよう秘密裏に。

しかし、幼い頃から幾度も会ったことのある人とはいえ、所詮は恋人の保護者。直接の知り合いではない。自宅の住所と電話番号は分かるが、そこには当然銀時がいる。父が一人で家にいる時間など分からない。
自分の母に聞けば分かるかもしれないが、母は存外おしゃべりなのだ。十四郎が隠しておきたい失敗談など、何度バラされて恥ずかしい思いをしたことか。だから母も頼れない。自分自身でどうにかしなくてはならないと十四郎少年は考えた。

携帯電話に掛けたらよいということは比較的すぐに思い付いた。だが十四郎は銀時の父の番号を知らない。母ならば分かると踏んで、入浴している隙に携帯電話を盗み見ることに決めた。
自分の携帯電話をまだ持っていなかった十四郎。操作方法が分からず、一度目は手に取っただけで終わってしまう。
そこで、携帯電話を所有する友人に使い方を教えてもらい二度目の挑戦。辛うじて電話帳は開けたものの、目的の番号を探し当てる前に母が浴室から出て来てしまい断念。
三度目で遂に待望の十一桁入手に成功。
最初の挑戦から実に一週間が経過していた。

連絡先が判明してからも十四郎の苦労は堪えない。
父が自宅に帰り着く前に話をしたいけれど、何せ放課後はたいてい銀時と過ごしていたのだ。こっそり電話をかける時間を作るのも大仕事。しかも家の電話を使えば親にバレかねない。僅かな時間の合間を縫って、十四郎は公衆電話へ走っていた。
十円硬貨を投入しボタンを押す。十コールほど鳴った後に留守番電話のアナウンスが流れた。帰宅前ということは仕事中。当然、いつでも電話に出られるわけではない。

また一週間が経過し、十四郎の電話は十回に達していた。
それでもめげることなく公衆電話に向かう少年。鳴り続けるコール音に今回もダメかと諦めかけたその時、彼の一途な思いが通じた。
『もしもし?』
「!」
受話器の向こうの声に涙が出そうになる。
「あっあの、えっと……」
気持ちが先行して上手く口が回らない。
『どちらさん?』
「ひっ土方十四郎です!」
『……十四郎くん?』
「はいっ!」
『最近、よく公衆電話からかかってきてたけど、全部十四郎くん?』
「あの……ごめんなさい」
迷惑だったかと、電話ボックスの中で俯く十四郎。その耳元で大丈夫だよと優しい声が聞こえる。
『ちょっとビックリしただけ。何のご用ですかー?』
「えっと、銀時のクリスマスが――」
無情にもぷつんと回線が途切れた。時間切れ。話すことに精一杯で、表示盤の残り時間を見る余裕がなかった。
急いでかけ直さなくてはと財布から十円玉を取り出して、すっかり記憶した番号を押す。
今度はすぐに繋がった。
『はいはーい、十四郎くん?』
「はい。すみません。えっと……」
同じ過ちを繰り返すまいとパネルを見ながら話す十四郎。だが逆に時間が気になってしまい上手く話せない。
『銀時がどうかした?』
「あ、はい」
あちらから穏やかに切り出してくれたことで、十四郎も徐々に落ち着きを取り戻していく。
それからは通話時間を確認してコインを足しつつ、銀時とクラスメイトの賭けのこと、用意してほしいプレゼントのことをきちんと話すことができたのだった。

今後も末永く幸せに過ごす二人の、温かな思い出の一つ。

(15.12.24)


たまにはイチャイチャしないクリスマスもいいかな、そこそこ大きくなるまでサンタクロースの存在を信じていたら可愛いなと思いまして。
原作で厳しい幼少時代を過ごしている分、パラレルでは穏やかに過ごしてもらいたくなります。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。



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