後編
十二月二十日夕方。
「銀さん、プレゼントは持ちました?」
「ああ……」
「お財布は持ったアルか?」
「持ったって……」
もうじきクリスマスデートの時間だと本人以上に張り切る二人に、銀時はうんざりした様子で応える。
「プレゼントを渡す時の台詞、ちゃんと覚えてます?」
「は?台詞?」
「もしかして考えてないアルか!?」
「あー……メリークリスマス土方くん?」
とりあえずそれらしいことを言ってみたものの子ども達を納得させる台詞ではなかったらしく、
二人に大きな溜息を吐かせてしまった。
「考えてなかったんですね。」
「そんなんじゃ、クリスマスプレゼントだと思われちゃうヨ。」
「いや、クリスマスプレゼントだし……」
「「ハァー……」」
またしても二人に溜息を吐かれ、銀時の米神にピキリと筋が立った。
「何なんだよテメーら!言う通りに高いプレゼント買っていい感じの宿もとって、何が不満なんだ!!」
「そのプレゼントを台無しにしそうだから呆れてるんじゃないですか。」
「台無しってなんだよ!メリークリスマスつって渡すのがそんなに悪いのか!?」
「それだけじゃ、ただのクリスマスプレゼントだと思われるって言ってるネ。」
「あ!?クリスマスプレゼントをクリスマスプレゼントだと思われて何か問題でも!?」
「「ハァー……」」
「だーかーらァ!腹立つんだよ、その態度が!!」
地団駄を踏んでイラつきを露わにする銀時へ、新八は言い聞かせるように話す。
「銀さん……そのプレゼントには銀さんの、土方さんへの熱い思いが込められてますよね?」
「熱いっつー程じゃ……」
「照れなくてもいいネ。それがどういう意味を持つかくらい分かってるアル。」
「いや別に、そういう大袈裟なもんじゃなくて、お前らが形に残るもんを買えって言うからだな……」
「それで決心がついたんでしょう?でも、メリークリスマスだけだと土方さんには伝わらないかも
しれませんよ。」
「あー、はいはい……お前らの言いたいことはよーく分かった。」
「やっと分かったアルか。それで、何て言うネ?」
「んー……まっ、そん時の雰囲気でテキトーに考えるわ。」
「そんなんじゃダメですよ!」
「一生に一度の大勝負アル!」
「わーったよ……。もう、シンプルにそのまんまでいいだろ……」
「ちょっとここで練習してみるアル。」
「いーよ。……待ち合わせに遅れるから行くぜ。」
これ以上この場にいたらどんな恥ずかしい目に遭わされるか……銀時はデートの時間を理由に
我が家から逃げ出すことにした。
* * * * *
「よ、よお……」
「お、おう……」
約束の時間より少し早く待ち合わせ場所の川原へ到着した銀時は、見慣れた濃い色の着物を
見付けいつも通りに声を掛けた。……つもりだったのだが、妙にたどたどしい感じになってしまい、
つられて土方も吃りながら返事をすることになった。
二人の間に何ともいえぬ緊張感が漂い始める。
「えっと……メシ、行く?」
「あ、そうだな。行くか。」
沈黙を破ったのは銀時の方で、二人は碌に目も合わせられぬまま常よりやや距離を開けて
それでも一応は並んで歩いていく。
行き付けの居酒屋へ入ってからもほとんど会話らしい会話もできずに、飲み食いだけして店を出た。
(ヤバイ……何だこの張り詰めた空気。土方、緊張してる?……ンなわけねェよな。初めての
クリスマスってわけでもねェし。……ってことは俺が緊張してんのか?これのせいで?)
銀時は懐に手を入れ、忍ばせているプレゼントの小箱を握った。
(いやいやいや……そんなことねェよ。だってこれはそーゆーことじゃねェから。緊張して渡す
ようなもんじゃなくて、ただ、新八と神楽を納得させるためのもんだから。土方からの返事に
ドキドキするなんて……返事って何だよ!プレゼント!これは純然たるクリスマスプレゼント!!)
緊張を払拭し、自身に喝を入れるため銀時が首をブンブン振っている傍らで土方は、その様子を
訝しんでいるのかと思いきや、上の空であった。
(ヤバイ……何だこの張り詰めた空気。コイツ、緊張してんのか?……ンなわけねェよな。
初めてのクリスマスってわけでもねェし。……ってことは俺が緊張してんのか?これのせいで?)
土方も懐に手を入れ、忍ばせているプレゼントの小箱を握った。
(いやいやいや……そんなことねェよ。だってこれはそういうことじゃねェから。緊張して渡す
ようなもんじゃなくて、ただ、メガネとチャイナに合わせただけのもんだから。コイツからの返事に
ドキドキするなんて……返事って何だよ!プレゼント!これは純然たるクリスマスプレゼント!!)
タバコを逆さまに咥えているのに気付かず火を点けて、上手く着火しないことに苛立って
路上にタバコを投げ捨てた。
「ここか?」
「あー、うん。」
ホテルに着く頃には二人とも、緊張するのに疲れたのか少しずつ会話ができるようになっていた。
チェックイン手続きは予約をとった銀時が行い、ホテル側の案内を断わってカードキーだけ受取り
二人でエレベーターに乗り込む。
土方が銀時に尋ねた。
「……どんな部屋なんだ?」
「クリスマス限定ルーム、らしい。」
「らしいって、お前が予約したんだろ?」
「いんや。新八と神楽が勝手に決めた。」
「そうか……」
「アイツら、『恋人のクリスマス』に夢見過ぎなんだよな。」
「まあ、そういう年頃だろ?」
「まあなー。」
やれやれと呆れたように顔を見合わせ、子ども達の選んだ部屋に入っていく二人。
高層階に位置するその部屋は、眼下に江戸の夜景が美しい、まさに恋人同士がロマンチックな
夜を過ごすための一室。
平均的な日本人男性よりも体格のいい二人が寝ても充分な大きさのダブルベッドと、こちらは二人が
座るとやや窮屈そうな革張りのソファ。その横にはシンプルな飾り付けのクリスマスツリーがあり、
ローテーブルの中央には赤と緑を基調としたフラワーアレンジメントが置かれていた。
「いかにも『クリスマス限定』だな。」
「そうだね。」
土方が正直に部屋の感想を述べると、銀時もそれに同意した。
「とりあえず、座ろっか。」
「おう。」
小さめのソファにくっ付いて座る気にはなれず、二人はベッドの縁に並んで腰かけた。
それから銀時は大きく深呼吸して、けれどもやはり目を合わせるのは気が引けて、正面を向いたまま
横にいる土方の前へ、懐の小箱を差し出した。
「これ、やる。」
「お、う……」
目の前に出てきたリボン付きの小箱に土方は面食らったが、銀時にその表情は見えない。
土方はリボンの結び目を摘まんで箱を手に取った。
「もしかしてこれ……指輪か?」
「まあ、ね。」
「…………」
「やっその、別に、深い意味はなくてだな……新八達に文句言われないようにっつーか、店の前を
通りかかったら店員のおねーさんにセール中だからって言われて何となく……」
「…………」
実のところ土方はただ驚いて言葉を失っているのだが、銀時は困らせてしまったのだと思い、
必死で言い訳を続けていく。
「あのなっ、マジでそんな大それた感じじゃなくて……こんなもんでお前の一生を縛ろうとか
思ってねェし。……いや、だからって軽い気持ちで付き合ってるわけじゃねェよ?ただまあ、
そこまで重いわけではないというか……あっ、お前さえよければ俺は別にそういうのもいいと
思うんだけど、お前はあんまそういうの、好きそうじゃないかなァと思っただけで、その……」
「ん。」
「あ……」
目の前に先程渡した小箱と同じものが差し出され、銀時は心臓にズキリと痛みが走るのを
感じながら、何とかそれを受け取った。
「だっだよねー……うん。幾らなんでも、これはナイよねー……ハハッ……」
「なに勘違いしてやがる。テメーがくれたのはこっちだ。」
「……へっ?」
銀時が顔を上げると、そこには突き返されたはずの小箱を持ち、耳まで赤くして視線を彷徨わせる
土方の姿。すぐには状況が理解できず、銀時は手元の小箱と土方の持つ小箱を何度も見比べていた。
「ぶっ分身の、術……?」
「ンなわけあるかっ。」
「だって……なにこれ?何で同じもんが二つもあんの?」
「そういうことだから、だろ?」
「そーゆーことだから、か……」
「ああ。」
「そっか……」
もらった小箱へ視線を落とし、改めて事態を把握した二人は、全身がカッと熱くなるのを感じた。
「ちょっ、おまっ……なに恥ずかしいことしてくれてんの!?どーすんのこれ!?明日帰ったら
絶対ェ新八達に聞かれんだけど!どー言やぁいいんだよ!!」
「あ!?テメーだって同じじゃねーか!今後メガネかチャイナに出くわした時、着けてなかったら
絶対ェ何か言われるだろーが!どーすりゃいいんだよ!!」
「ンなもん着けときゃいいだけの話じゃねーか!何なら俺がはめてやろうか!?あぁ!?」
「上等だコラ!テメーのは俺がはめてやるから寄越しやがれ!!」
「おう!!」
「おら!!」
「…………」
「…………」
もう一度手元に自分の買った物が戻って来て、そこで漸く二人は冷静さを取り戻した。
……いや、取り戻してしまったのだ。
(えっ……なにこれ?何で俺、プレゼント取り返してんの?しかも、はめてやるとか言わなかった?
何をはめるの?何処にはめるの?…………これを?土方の指に?)
(えっ……なんだこれ?何で俺、プレゼント取り返してんだ?しかも、はめてやるとか言わなかった?
何をはめるの?何処にはめるの?…………これを?コイツの指に?)
((無理無理無理無理無理無理無理無理無……!!))
心の中では頭を抱えてのた打ち回りながらも、二人の手はリボンに掛る。
「あああ開けていい?」
「いいいいんじゃねぇ?おっ俺も開けるよ?」
「どどどどうぞ。」
やめろ、開けるな、それは身に着けるものじゃない、箱ごと部屋に飾るインテリアだ……
よく分からない心の叫びを聞いてもなお、二人の手はリボンを解き、箱を開け、中から一回り小さな
ベルベット調の箱を取り出し、それも開け、銀色に輝くリングを右手で摘まみ出した。
「いいいいんだな、土方。こここ後悔するんじゃねェぞ?」
「ててててめーこそ、男に二言はねェだろうな?」
「ああああ当たり前だコラ!さっさと手ェ出しやがれ!」
「てってめーも出しやがれ!」
土方はバッと指を開いて掌を下にして銀時の前に左手を出した。
「ななななに左手とか出してんの!?気合い入れ過ぎなんですけど!」
「ちちち違ぇよ!利き手に何か着いてたら邪魔だからだ!!」
「あー、そう!そういうこと言うんなら、一番使わなそうな薬指にはめてやるよ!!」
「俺もはめてやるから早く手ェ出せや!」
「おらァ!」
同じように銀時も土方の前に左手を出した。
二人の右手が小刻みに震えながら相手の左手の薬指を目指す。
「ひっ土方くん?どーしたのかな?手ェ震えてんじゃねーか……」
「おおお前の方こそ、震えてるじゃねーか……」
「おっ俺はただ、照準を定めてるだけだし!」
「おお俺だってそうだ!」
左手の薬指の前、指先にリングが触れそうな位置でぷるぷると震える二人の右手。
「いっいい加減定まっただろ?さっさとはめたら?」
「おおお前の方こそ、怖気付いたんじゃねェだろーな?」
「あ?ンなわけあるかよ。いくぞ?絶対ェ、いくからな?」
「おー、こっちだっていってやらァ!」
「「おりゃァァァ!!」」
「「いっっっってェェェェェ!!」」
全力で指輪をはめられた二人は、左手の薬指の根元を押さえてベッドの上を転げ回った。
「いってぇよこの馬鹿力野郎!」
「俺の方が痛ェよ、馬鹿力野郎!」
「つーかコレ、俺が買ったヤツと同じじゃね?真似すんな!」
「真似したのはそっちだろ!俺はただ、銀の付くヤツには銀がいいかと思っただけだ!」
「俺だってなァ、銀にしとけば銀さんからもらったって嫌でも分かるだろうと思っただけだ!」
「ケッ……自己主張の激しい野郎だ。」
「ンだとコラァ……」
「やんのかコラァ……」
ベッドの上で胸倉を掴み合った二人の手に光るのは、偶然にもお揃いとなったシルバーリング。
二人は恥ずかしくなって視線を逸らした。
「つーかさァ……何で銀さんの指のサイズ知ってんの?」
「知らねェよ。俺と同じくらいだろうと思ってだな……」
「うわぁ……そこまで同じなのかよ……」
「ってことは、テメーもテメーのサイズで買ったのか?」
「まあ、そんな感じ……」
「そうか……」
「あの……今更だけど、メリークリスマス。」
「……メリークリスマス。」
どちらからともなく掴んでいた襟を引き寄せ、後頭部に手を移して二人は確りと唇を重ねた。
当日より少し早いクリスマスデート。
けれど今日は二人にとって、とてもとても大切な記念日となった。
(11.12.14)
105105HITキリリクより「クリスマスに指輪をプレゼントしてプロポーズ」でした。どこがプロポーズ?と思われるかもしれませんが「これ、やる。」ってのも
二人らしくていいかなと。結婚してとか生涯を共になんて言葉がなくても、充分伝わってるんじゃないかと思います。土方さんに至っては「ん。」ですけど(笑)
有り難いことに「受け攻めは書き易い方で」ということでしたので、どうとでも取れる感じにしました。この話、ここで終わりじゃありません。おまけの18禁が
あります。「砂を吐くぐらい甘甘で激しいH有り」というリクエストでしたから。激しいHにできるかどうかは分かりませんが、おまけは完全リバな予定です。
リバNGの方はここまでお読みくださりありがとうございました。リバOKの方、なるべく早くアップしたいと思いますので、少々お待ち下さいませ。
追記:続きを書きました。注意書きに飛びます。→★