後編


この日もやっぱり空は晴れていて、けれど気温はこの冬一番の寒さを記録した。
こんな日は御汁粉で暖を取ろうと銀時は自販機前で立ち止まる。小銭を投入し、缶入り汁粉の
ボタンを押す直前、横から伸びてきた手がブラックコーヒー(つめた〜い)のボタンを押した。

「えっ……」
「今日は一段と冷えますねィ」
「ぎゃあぁぁぁぁ!!」

悪戯の主は沖田であった。
黒い制服に胸が高鳴り反応が遅れてしまい、缶コーヒー(つめた〜い)が首筋にひやり。

「俺の御汁粉〜!」
「まあ色は似たようなもんでしょ……」
「ふざけんな!今すぐ買って返せ!!」

と言いつつコーヒー(つめた〜い)は今度土方にあげようと袂へ。
沖田は意外にも素直に財布を取り出したと思ったら、缶汁粉を買って自分で飲み始めた。

「あ〜、やっぱり寒い日は汁粉に限りますねィ」
「マジで覚えてろよテメー……」

仕方なくもう一度金を入れて汁粉のボタンを押す。まったく……汁粉一つ買うのに金も時間も
労力も余計にかかってしまった。これだからドSは……
両手を缶で温めつつ中身を流し込めば、熱さと甘さで喉が焼けるようだ。だがこれがいい。
遠慮のない甘さで全身に糖分が行き渡る気がするから。

「ところで旦那……」
「あ!?」

糖分の幸せに浸れたからといって沖田を許したわけではない。無駄とは思いつつも威嚇するような
態度を取ってみた。そして案の定、沖田はしれっと話を続ける。

「いい人ができたんですってねィ」
「ああ、まあね」
「何処のどちらさんで?」
「秘密」
「俺の知ってる人ですかィ?」
「さあ?沖田くんは意外に交友関係広いみたいだから知ってるかもね」
「ていうか、土方さんでしょう?」

何か勘付いているとは思ったが、こうもさらりと名前を出してくるとは……一呼吸置いて銀時は
また「さあ?」と惚けた。

「旦那が土方さんを路地裏に連れ込んだって目撃情報があるんですけどねィ」
「ふーん、そうなんだ……」
「しらを切り通せるとでも?」
「まっ、土方くんだと思うなら本人に聞いてみれば?」

確実に否定されるだろうが。悲しいかな、ただの噂でしかないのが現状だ。

「聞いたら否定されたんですがね……」
「じゃあ違うんじゃない?」
「火のないところに何とやらと言いますから、旦那が口説いてる最中なんじゃないかと……」
「あっそ……」

こうして話していても認めるとは思えない。認めた体で沖田は本題に入ることに決めた。

「旦那、覚悟はできてるんでしょうね」
「覚悟ォ?」
「ほんの気まぐれなんかで手出ししていい相手じゃないってことでさァ」

もしや沖田は知っているのだろうか……土方の近藤に対する思いを。

「誰だって、気まぐれで手ェ出されたらいい気はしねェよな」
「旦那……」
「まっ、安心しなよ。本気だからさ……相手は秘密だけど」
「そうですかィ……」

ならいいですけどと言って沖田は引き返していった。

沖田に心配されるまでもなく疾うに覚悟は決まっている。険しい道程ではあるがやめる気なんて
さらさらない。土方の中での近藤は、ある種「神」のような存在だと思っている。自分の全てを
捧げられる唯一無二の存在。共にいられるだけで満足していると言えば純愛っぽく聞こえるが、
おそらく情欲の対象ではなく、憧れや尊敬といった感情の方が強いのだろう。

自分が割って入れるとしたらそこ。一方向の気持ちだけでは満たせないものを、カラダ張って
満たしてやろうじゃねーか。
決意も新たに見上げた空は、どこまでも青く澄んでいた。



*  *  *  *  *



今夜会えない?そう言った受話器越しの声がやけに儚げに聞こえて、土方は無理矢理仕事の
算段をつけて万事屋へ足を運ぶことにした。
この前の一件で銀時に携帯電話の番号を教えたが、今日まで一度としてかかって来たことはない。
もちろん土方からも万事屋にかけることはなかった。そんな二人が今夜、会うということは
また肌を重ねるということ。愛情で結ばれるのではない。僅かな時間、「何か」を忘れるために。

「待たせたな」
「いや……急に悪かったな」

寝巻姿で出迎えた銀時。土方が玄関へ上がると、その身をぎゅっと抱き締めた。

「好きだ」
「なっ……!」

驚きに目を見開いた土方に、体を離し、今度は正面から見詰めて言う。

「土方のことが、好きだ」
「よろず……」
「大丈夫。知ってるから」
「えっ……」
「土方のこと好きだから……見てたから、知ってる」

隠していたはずの気持ちを知られていた……居た堪れなくなって土方は視線を横に逸らした。

「今のままの土方で構わない。だから、来てくれる?」
「あ、ああ」



銀時の告白が衝撃的で、その後の会話はほとんど覚えていない。
とにもかくにも土方は銀時に手を引かれ、和室に敷いてあった布団の上に腰を下ろした。

「土方……」

銀時の唇が土方のそれに触れる。
これまで幾度も口付けをされてきたけれど、こんな風に名前を呼ばれたことなどなかった。
銀時は、他の誰でもない、「土方に」口付けているのだ。

土方の腕が銀時に回る。銀時が自分にそうしているように。

「んっ……」
「ハァッ……」

上顎を辿る銀時の舌の、その裏側を土方の舌が辿る。
土方を抱き締める腕に力が籠り、口付けをしたままゆっくりとその身体は布団に沈んだ。
触れ合う熱い塊……二人の手が互いの帯を解いていく。



「ふっ……」
「ん……」

生まれたままの姿になって抱き合い、唇を重ねる二人。
銀時が膝をついて腰を浮かせ、土方の内股を撫でると、土方は足を開いて迎え入れた。

「んっ……」
「痛くない?」

指先を僅かに入れて尋ねれば、平気だと答える代わりに引き寄せられて口付け。

「ん、ん……んぅっ!」

内部の感触で当たりを付け、そこを強めに押してみたところ、土方は銀時の首に縋って身体を
震わせた。銀時はそこを集中的に攻め立てる。

「んぅっ!んんっ!んーっ!!」
「ハァ、ハァ……」

口付けの比ではない感じように、銀時も煽られて限界寸前。挿入する指を増やしていく。
土方の腹は二人分の先走りでしとどに濡れていた。



「んんっ!ふっ……んんっ!」
「ハァッ……なあ……入れて、いい?」

土方が頷くのとほぼ同時に埋まっていた三本の指が抜かれ、銀時の熱が押し入ってくる。

「はっ……ぁ……」

もっと深いところで繋がっているとはいえ、なくなった温もりに唇から寒さを感じた。
けれどそれもあと少し。全て納まればまた……

「〜〜っ!……ひじかたっ、ごめん!」
「んぅっ!?」

挿入しきった直後、銀時は謝りながら土方に抱き付いてキスをした。
勢いが付き過ぎて折角の繋がりが外れる。急に外れたため、入口が無理に広げられて痛い。
何を考えているのだと文句の一つでも言ってやろうとした土方は、自分の尻から流れる生温い
感触に全てを悟り、大人しく口付けを受け、銀時の腹に自らを擦りつけて達した。


*  *  *  *  *


「あの……ごめん……」
「気にすんな」

土方が果てた後、裸で抱き合ったまま銀時は謝った。

「なんかこう、感極まったというか……」
「別に、早くてもいいじゃねーか」
「いつもこうじゃないからな!今日はたまたまだ、たまたま!」
「分かった分かった」
「本当にたまたまだぞ!?次!次こそは必ず!!」
「……そんなにキバってヤっても上手くいかねーぞ」
「上手くヤってみせる!だから……他のヤツのところになんか行くな!」
「は?」
「俺には土方だけなんだ!!」
「万事屋?」

土方に抱き付きながら必死で謝る銀時は、土方が戸惑っていることに気付かない。

「俺、頑張るから!お前の気持ちが俺に向いてくれるまでには……いや、近藤に向いたままの
お前でも満足させられるようにっ!?」

銀時の鳩尾に土方の膝が入った。

「帰る。……もう電話してくんな」
「え……」

素早く服を着て、土方は一度も振り返ることなく万事屋を後にした。


*  *  *  *  *


翌日。沖田は鉄之助を引き連れて万事屋へやって来た。

「何の用ネ?」
「オメーじゃねェ。旦那は?」
「だから何の用だと聞いてるネ」
「……いつも通りか?」
「…………」

息巻いていた神楽の表情が途端に曇る。

「やっぱりねィ……」
「お前、何か知ってるアルか?」
「まあな」
「……それなら、入っていいアル」
「おう」
「お邪魔します」



沖田達が事務所に入ると、銀時は白い着流し一枚羽織り、ソファで膝を抱えていた。

「銀ちゃん、朝来たら裸で布団の上にいたネ」
「僕らが話し掛けても何も喋らなくて……何とか着物羽織らせてここまで連れてきたんですけど」

神楽の様子で沖田達が助け舟だと踏み、新八も説明を付け加える。

「旦那……覚悟はできてるって言いましたよね?」

銀時の肩がぴくりと震えた。

「何があったか、話してくれますか?」

銀時の視線が新八と神楽に向かう。

「あっ、僕達は外に出てますね」
「銀ちゃんイジメたらただじゃ済まさないからな!」

新八と神楽が出て行き、残ったのは三人。沖田は銀時の向かいに腰を下ろし、鉄之助も沖田の
隣に座った。

「昨日、土方さんと会ったんでしょう?」
「……ああ」
「じゃあ本当にアナタが副長とお付き合いをしてるんですか?」
「…………」

鉄之助の質問には答えることができなかった。

「副長は、副長はっ……マヨネーズをかけずに食事するし、煙草は吸わないし、仕事は全部
一人でやって自分は何もしなくていいし、沖田隊長が寝てても怒らないし……」

涙ながらに語るわりにあまり悪いことではないように聞こえてしまうが、つまり「いつもと
様子が違う」ということが言いたいのだろう。

「まあそんなわけで小姓が暇してるのも気付かないんで、将来の副長たる俺が仕事を教えて
やってんですがね……」
「昨日……」

銀時は視線を床に落としたまま話し始めた。

「好きだって言った……」
「あらら……まだ言っててなかったんで?」
「だってアイツは近藤が……」
「近藤さんがどうかしたんですか?」
「だから……アイツは近藤のことが好きなんだろ?」
「はぁ?」
「えぇっ!?副長は万事屋さんと付き合っていながら局長のことが好きなんですか!?」
「落ち着け、鉄」

動揺のあまり立ち上がった鉄之助を沖田が宥めて座らせる。

「……で?旦那が好きだって言ったら、土方さんは近藤さんのことが好きだと?」
「いや……土方の気持ちは分かってるって言って、それでいいからって布団に……」
「布団!?」

鉄之助はきゅっと膝に力を入れて足を閉じた。

「たっ勃ってないっスよ」
「鉄……お前、もう黙ってろ。……で、やることやったんですか?」
「ああ」
「だったらそのまま朝まで過ごして『めでたしめでたし』じゃないですか」
「それが……ちょっと失敗して……」
「失敗?」
「いや……失敗そのものに関しては許してくれたんだけど……」

流石に早くイッてしまったとは言えない。

「まあでも、謝らないとと思って謝ってたら怒って、もう電話してくんなって……」
「……何て謝ったんですか?」
「次は頑張るからって……」
「それで怒るワケないでしょう?」
「俺に気持ちが向いてなくても、満足してもらえるように頑張るからって……」
「ハァー……」

溜め息を吐いた沖田に「仕方ないだろ」と銀時。

「そりゃ、忘れようとしてるヤツの話したのはマズかったと思うけど」
「旦那……アンタ、本当に土方さんのことが好きなんですか?」
「当たり前だろ!だからこんなに悩んでんじゃねーか!」
「土方さんのこと、誰彼構わずヤりまくる人間だとでも思ってんですか?」
「そんなわけねェだろ!……けど、アイツだって男なんだから、色々あるだろ」

年若い沖田にどこまで理解できるのか……探りながら銀時は話していく。

「その色々を解消するためなら自分のことを好きだと言ってくれる相手でも利用すると……
旦那は土方さんのこと、そういうヤツだと思ってるんですね?」
「そういう言い方は……そもそも、俺がそれでいいって言ったワケだし……」
「いいって言われたら『じゃあヤりましょう』ってなる男だと「だからー!」

土方を貶めるような言い方に銀時は語気を強めた。

「土方を悪く言うのはやめろ!」
「……旦那の言葉を繰り返しただけですが?」
「違ェよ!土方はどんなに辛くても快楽に逃げるようなヤツじゃねェ!
それでいてクソが付くほど真面目で、決して遊びで誰かと寝るような…………あれ?」

自分の発言の矛盾に銀時は漸く気付く。

「えっ?じゃあ何で昨日は俺に抱かれてくれたんでしょう……?」
「何でだと思います?」
「愛してるからに決まってるじゃないですか!」

銀時の脳内に湧出たぼんやりとした可能性は、鉄之助の言葉でクリアになった。

「土方が、俺を……?」
「もう何年も前からですよ」
「うそ……」
「かどうかは、本人に会って確かめたらどうです?」
「……沖田くん、新八と神楽が帰ってくるまで留守番してて!」

すぐさま土方の元へ向かおうとした銀時であったが、改めて自分の格好を見て箪笥に向かう。
全裸に着流し一枚ではふざけてるとしか思えない……いつもの服を下に着て、スクーターの
鍵を片手に銀時は玄関へ走った。

土方に会ったら謝って、謝って謝って謝って……そして告白しよう。昨日は「好きだ」しか
言えなかったからその続きを。


*  *  *  *  *


「土方好きだ!俺と付き合ってくれ!」
「なっ……」

今度こそちゃんと告白して返事も聞こう!そう決意して屯所に乗り込んだ銀時は、肝心の謝罪を
すっ飛ばしてしまった。

「その前に言うことはねぇーのか!」
「あ、昨日はごめん」
「軽っ!ふわっふわじゃねーか!!」
「返事は?オッケー?」
「まずはきちんと謝れや!」
「告白したんだから返事しやがれ!」
「返事はイエスだから早く謝れ!!」
「イエス?マジで?よっしゃァァァァァァ!!」

舞い上がった銀時は土方に抱き付き唇を突き出す。

「ん〜……」
「ちょっ……やめっ……」
「誓いのチュー……」
「なあトシ、何か騒がし……え?」
「こんんんっ……」

来訪者に気を取られている隙に、銀時は土方の唇を奪った。近藤の眼前で口付ける銀時と土方。
計らずも最大の障害だと思い込んでいた男が、誰よりも先に二人を祝福する人物となった。

(12.12.30)


リクエストは「近←土←銀と見せかけて土→←銀」でした。「見せかけて」というところが非常にツボでして、なので中編ラストの「俺に惚れちまえ」は二人の心の声だったりします。
「銀さんがぐるぐるして、ハッピーエンドで終わる話が読んでみたい」とのことだったのですが……ぐるぐるしてますかね^^; でもハッピーエンドは希望通りです!
というか、私はハッピーエンドしか書けないんですけどね。「エロの有無はお任せ」だったので、全編年齢制限にしてしまいました。それなのにデキてからのエロがない……
藤葉様、リクエストありがとうございました。こんなものでよろしければ藤葉様のみお持ち帰り可ですのでどうぞ。もしサイトをお持ちで「載せてやってもいいよ」って時には
拍手からでもご一報くださいませ。飛んでいきます。
それでは、ここまでお読み下さった全ての皆様ありがとうございました!



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