「旦那、こっちです」
「……おう」

タダ酒という言葉に釣られ、沖田の指定した居酒屋へ足を運んだ銀時。日頃世話になってる旦那に
ボーナスでご馳走なんぞと言われたが、それを素直に信じたわけではない。
ドSの申し子は銀時に対しても遺憾無くその気質を発揮するから、何か裏があるに違いないと、
その裏が読めるまでは飲むまいと心に決めてやって来た。

「ささっ、どうぞ中へ」

店内奥の個室へと銀時を案内する沖田。襖の向こうには何人かいるようだ。
鬼が出るか蛇が出るか……銀時は密かに唾を飲み込んでスパンとそれを開けた。
と同時に「裏」を悟った。

「あん?何でテメーが……」
「どうも」

四畳半ほどの座敷には五、六人の男達。おそらく真選組の隊士であろう。何処かで見たことのある
顔だ。その中で唯一顔も名前も知っているのが、襖を開けた瞬間からこちらを睨み付けている男
―土方十四郎―であった。

銀時を土方の隣に座らせ、沖田はその向かいに腰を下ろす。

「今日は土方さんが部下に日頃の感謝を伝える宴でしてね……」

十中八九、感謝を伝えさせられているのだろうが、一先ず沖田の話を聞いておいた。

「きっと旦那にも日頃の感謝を伝えたいだろうと思って呼んだまでです」
「ああそう……」

銀時は気のない返事をする。表向きの理由などどうでも良かった。要は土方への嫌がらせの一環で
呼ばれたということだ。奢るのは沖田でなく土方。ならばタダ酒の代償として後々面倒なことに
巻き込まれる心配はない。あったとしても多少嫌みを言われる程度だろう。

銀時は店員を呼んだ。

「焼酎のいちご牛乳割り……えっ、牛乳割りしかない?じゃあ……カルピスハイをガムシロップ
付きで。あと刺身を舟盛りでよろしく」
「かしこまりました」

座卓の上には碌なツマミが乗っていない。沖田以外では遠慮して注文できなかったのだろう。
ここぞとばかりに値の張る料理を頼む銀時に、さすが旦那と沖田は満足顔。隣の土方は勝手に
しやがれと我関せず煙草を咥えた。



三周年記念リクエスト作品:恋愛は口付けに始まり口付けに終わる



数時間後。

「いよ〜土方くん……飲んでるぅ?」

泥酔状態の銀時は隣の土方に絡んでいた。右手でグラスを呷りつつ、左手でバシバシと土方の
背を叩いてひゃっひゃと笑う。

「飲み過ぎだテメー……」
「タダ酒って美味いね〜。土方くんはなに飲んでんの〜?」
「あっ」

土方のグラスを奪い一気にそれを空にした。

「ぷは〜っ!……あれ?これ、ウーロン茶?」
「そうだよ」

今夜は酔った部下達の面倒を見なければならないため、始めからアルコールは控えていた。

「ウーロンハイと間違えられちゃったの?よしっ、銀さんのを分けてあげよ〜」
「いらねェよ」
「遠慮すんなって」
「分かった分かった……そこ置いとけ」
「アイアイサ〜」

銀時は土方の前に自分のグラス―コーヒー牛乳割り―を置いた。因みにこれ、元々メニューに
あった牛乳割りにアイスコーヒーを少々混ぜ、ガムシロップを鬼のように加えたものである。
土方の前にコーヒー牛乳割りが置かれて数秒。

「まだ飲まねーの?しょーがねーなー……」
「あ?」

銀時はグラスを掴むと自分の口の中へ流し込んだ。
結局自分で飲むのか……そもそもコーヒー牛乳割りなど酒の飲める日でも飲みたくはないと
土方がそんなことを考えていると、銀時の両手にガッと顔を挟まれてそちらを向かされた。

「ん〜っ……」
「おっおい、やめっ……」

頬を膨らませたまま目を閉じて唇を突き出し近付いてくる銀時。その思惑を察知した土方は何とか
逃れようとするが酔っ払いの力は意外に強く、しかもいつの間にか背後を沖田に取られていた。

「総悟てめー!」
「敵前逃亡は士道不覚悟で切腹ですぜィ」

だったら戦わせろ、腕を放せ……そんな土方の叫びは沖田に届かなかった。なぜなら、

「ん〜っ……」
「――っ!」

その口は銀時に塞がれ、甘ほろ苦いコーヒー牛乳割りが咥内に流れ込んできたから。

一瞬、思考停止した土方であったが、至近距離から聞こえたシャッター音で我に返る。
証拠写真撮影のため沖田の縛りが解けたことにより両腕が自由になった。そこで銀時の胸を
どんと突き飛ばし強引に剥がす。

「いってぇ〜……何すんのさ土方くん……」
「るせェ!」
「あれぇ〜……土方くん、顔真っ赤。もう酔っちゃった?」
「旦那に酔ったんですよねィ?」
「黙れ!今日はもう終いだ!」

怒りに任せて座敷を飛び出しても律儀に支払いだけは済ませ、土方は一人帰っていった。



*  *  *  *  *



それから一週間ほどが過ぎたある日の午後。
万事屋では銀時が一人、コタツに入って寝転がっていた。新八も神楽も定春の姿も見えない。
何処かへ出掛けているのだろう。けれど自分だけが家にいるからといって寂しさはない。
むしろ一人の時間を思う存分楽しんでいた。

『いやーん、やめてぇ〜』
「ハァッ……」

未成年には見せられない映像を見つつコタツの中で猛るモノを扱く。

「ハァ、ハァ……くっ!」

直前にティッシュで先端を包みその中に精を放った。

「ハァ〜……」

何となくスッキリしない。例えて言うなら残尿感のような……けれどもう一発という気にもならず、
銀時は映像を止め、丸めたティッシュを屑籠へ投げてチャックを引き上げた。

こういう時は大抵「他人の手」が必要な時だ。
かといって風俗店に行く金はなく、銀時は横になったまま天井を眺める。新八か神楽か、せめて
定春でもいれば気が紛れるものを生憎この家には自分一人。
サラリーマンはいいよな、ボーナスがあって……この前のタダ酒もボーナスだったな……あれだけの
人数の飲み代、払えるくらい貰ってんのか……そういやあん時、久々にキスしたっけ……

積極的に口付けたい相手では勿論なかったが、特段どうということもなかった。所詮は口と口が
くっついただけ。誰としても大差ない行為。けれど、久しぶりのキスだった。
溜まったものを出すだけなら不要だから、自他ともに認める爛れた大人だから、口付けの記憶など
遥か彼方に思える。

「……うん、やめよう」

未だ燻る股間に伸びかかった手は途中で止めた。ここで手を動かすと、良からぬ想像でヌくことに
なりかねないと感じたから。
甘いものでも食べようとツケのきく店を頭の中に描きつつ、銀時は外に出ていった。


*  *  *  *  *


天気は快晴。温かな日差しと冷たい空気が同居する江戸の冬。まだまだ雪は降りそうもないなと
空を見上げて目を細める銀時。
こんな天気のいい寒い日には、白玉餡蜜がよく似合う……川向こうの甘味処に目的地を定め、
てれてれと歩を進めていった。



「あ……」
「チッ……」

あと数分も行けば甘味処という所、銀時と目が合った瞬間、土方は舌打ちをした。その態度は
何だと文句の一つでも言ってやりたい銀時であったが、この後の展開を考えてぐっと堪えた。

「やあボーナスくん久しぶり」
「……まさかそれは俺のことか、たかり屋」
「もっちろん」
「そうか、じゃあな」
「まあまあ待ちなさいって」

ここで土方を逃せば堪えたのが無駄になる。今の土方は着物姿であるから、非番にちがいない。

「そっちに白玉餡蜜の美味い店があるんだ」
「そうか、じゃあな」
「まあまあ待ちなさいって」

同じことを言って去ろうとする土方を同じことを言って引き止める。

「今、すっげぇ餡蜜食いたい気分なんだよ」
「そうか、じゃあな」
「まあまあ待ちなさいって」

とにかく銀時に関わりたくない様子の土方。
一々引き止めるのも面倒になった銀時は、土方の手首をがしっと掴んだ。

「おいっ」
「餡蜜、食いたいな〜」
「離せ」
「奢ってくんない?」
「離せ」
「奢っ……」
「離せ。離せ。離せ」
「おいぃぃぃぃっ!お前、離せしか言ってねーよ!少しは俺の台詞に答えろやァァァァァァ!」
「誰が奢るか!離せクソ天パ!」

こうして言い合っていても埒が明かない。銀時は強行手段を取ることにした。手首を掴んだまま
ずいと土方に近付くと、

「ここでキスされたくなけりゃ奢れ」
「はぁっ!?」

それこそ唇が触れ合いそうな距離で言ってやった。
引いたら負けだとでも思っているのか土方から離れる気はないらしい。
どちらも引かぬまま、至近距離で睨みつける土方と不敵な笑みを浮かべる銀時。

「いいの?やっちゃうよ?」
「テメーそういう趣味が……」
「いや。できれば餡蜜の方がいいんだけど」
「……絶対ェ奢らねー」
「あ、そう」
「――っ!」

ほんの一瞬の出来事だった。銀時の唇が土方のそれに押し当てられたのだ。
背丈の同じ二人が向かい合っていて、そこから口付けに移行するなど実に容易いこと。屈んだり
背伸びをしたり相手をこちらに向かせたりといった労力は何もいらず、僅かに顔を前へ出すだけ。
だから土方に避ける時間はなかった。

「じゃあ今度は奢ってね〜」
「…………」

本当に奢られる代わりにキスをして甘味処へ向かっていく銀時の、その上機嫌とも思える後ろ姿を
土方は呆然と見ていた。


ここが人通りもそれなりにある開けた場所だということに、二人はまだ気付いていない。

(12.12.24)


3周年記念リク、3つ目は藤葉さまのリクエストです。リクエスト内容は物語の後半で。続きは少々お待ち下さい。

追記:続きはこちら(18禁なので注意書きに飛びます)