後編


「銀さーん、電話ですよー」
「……誰?」
「土方さんです」
「いないって言って」
「もういるって言っちゃいましたから」
「あー!今すっげーうんこしてえ!悪ィ!電話出られねーや」
「ちょっと銀さん!……すいません、あの……聞こえました?ええはい、本当にすみません」

逃げるように厠へ駆け込んだ銀時に代わり謝罪して、新八は受話器を置いた。

銀時が土方を避けて一ヶ月。理由を聞いても答えないどころか「避けてない」とはぐらかされる
始末だが、電話が来てもあからさまに居留守を使い、街でばったり出会せば声を掛けられる
前に逆走し、避けているようにしか見えない。

「土方さんと何かあったんですか?」
「別に……」

これまでに幾度となく繰り返してきたやりとりを新八は辛抱強くまた繰り返す。

「じゃあ何で電話に出ないんですか?」
「急にうんこしたくなったんだから仕方ないだろ」
「それなら今から土方さんに電話しましょうよ」
「そのうちまた掛かってくるって」
「そんなこと言ってずーっと避けてるじゃないですか」
「避けてねーし」

新八には言えないが勿論避けているし、その理由は当然あの時のキスである。

あの時土方は驚いたような顔をしていた。だがその後の反応を見ずに逃げてきてしまった。
友達だと思っていた、しかも男からキスなどされれば誰でも驚くだろう。
問題はその後なのだ。土方の気持ちが現れるのは。純粋に驚きだけであったのか、
嫌悪や侮蔑も混じっていたのか……それを確認せずに逃げてしまった。

それから数日は土方に会ったら何を話そうか、様々なパターンを想定して策を練っていた。
けれど元々週に一回会えばいいくらいの間柄。更にはあんなことがあった気不味さもあるのか、
忙しかったのかは分からないが、土方から連絡がきたのは十日が経過した後だった。

そこまで空くと主に悪い方向での想定が繰り返され、今度は話すのが怖くなっていた。
流石にキスを喜んでいるなどという自惚れはないにしても、軽い冗談として捉えてくれた
のなら、もっと早くに連絡がきてもいい。もしかしたら酷く怒っているのではないか。
次に口を聞いたら「もう二度と俺の前に現れるな」と絶縁状を叩きつけられるのではないか。
悪い想像ばかりが先に立ち、動けなくなってしまったのだ。

実際のところ、土方が気不味くて連絡を絶っていたのは数日で、その後は単に忙しくなった
だけなのだが、電話にも出ない銀時にそれを知る術はない。そして事が事だけに第三者を
介して話すことも躊躇われ、土方もこうして仕事の合間に電話を掛けるくらいしかできないでいた。


*  *  *  *  *


それから更に一週間。遂に土方が万事屋へ乗り込んできた。それでも何やかやと理由を付けて
会おうとしない銀時を新八と神楽で強制的に送り出し、二人は久々に居酒屋を訪れた。

二人用の小さな個室に向かい合い、まずは一杯と土方がビールを注いだものの銀時は口を付けず
深々と頭を下げた。

「すいまっせーん!!」
「……何が?」
「何がって、あの……」
「キスしたことか?それとも、俺を避けてたことか?」
「えっと……り、両方……です」
「……謝って済むなら警察はいらねぇって知ってるか?」
「本当にすいませーん」

思いのほか土方の表情は穏やかで、絶縁状だ何だというのは取り越し苦労だと思われた。
もう一度ぺこりと頭を下げてから銀時はグラスに口を付ける。安堵のためか飲み慣れたビールが
やけに美味しく感じられた。
けれど、

「……で、何であんなことしたんだ?」
「…………」

その美味いビールを吐き出しそうになる問いが土方から発せられた。
少し考えればそれは当然のことで、銀時のしたことがなかったことにされたわけではない。
真顔で見つめられて銀時は耐え切れずに目を逸らした。

「……何とか言えよ、銀時」
「ち、ちょっと、待って……」
「……一ヶ月以上待ったんだが?」
「ううっ……」

土方の言い分は尤もなのだが、銀時は銀時で、拒絶されるのが怖くて避けていたのだ。
どう言い訳するかなど決まっていない。

土方はチッと舌打つと独り言のようにぼそりと言った。

「覚悟決めてたんじゃねーのかよ……」
「あ、の……」
「もういい」
「え!ま、待って!行かな……え?」

仁王立ちで銀時を睨み下ろしてから、土方は銀時の真横に腰を下ろす。
そして両手を使いほぼ強制的にこちらを向かせると、その唇に口付けた。

銀時にとってそれはあまりに突然のことだった。

見限られたと思ったら近付かれて、こともあろうにキスされた。
しかもそれが殊のほか優しく、丁寧になされたことも輪を掛けて銀時を混乱させた。
口付けを終えて離れていく土方の顔を呆然と眺めることしかできない。
なぜ土方はこんなことを……

その答えは即座に判明した。

「俺はテメーに惚れてるからキスした」
「えっ、は、ふぇ?」
「テメーのことが好きだ、つってんだよ。何とか言えコラ」
「あっああ、そうなんだ……」
「バカにしてんのかテメー……」
「いやいやいやあの……えっ?」

再びチッと舌打って、土方は銀時の両肩を確りと掴んだ。
想像だにしない愛の告白を受けて混乱状態を極める銀時はされるがまま。

「俺と付き合ってくれ、銀時!」
「は、はいっ!…………え?」

漸く認めたか手間かけさせやがって……満足げに泡の消えたビールを啜る土方とは裏腹に、
銀時は勢いだけで返事をし、暫くしてから事態の重大さに気付いた。

「ちょちょちょちょちょ待っ……えっ、はい?」
「……せめて単語で話せ」
「き……きす、すき……」
「そうだよ。テメーが好きでキスした。……何度も言わせんな」

こういうものは勢いが大事だ。改めて確認されればこっちだって恥ずかしい。
土方にしてみれば先程の「はい」で決着しているのだ。つまり、あとはもう仲良く飲むだけ。

なのに銀時は未だ混乱の渦から抜け出ていない。

「俺に、キス、付き合……」
「だからそうだよ。……付き合ってくれんだろ?」
「え、あ、う……」
「……イエスかノーで答えろ」
「いっ……いえ、す?」
「何で疑問形なんだよ!」

どう考えても二人の気持ちは同じ――自分はとっくにそう確信できているのに銀時はまだ。
土方は大きく息を吐いた。

「とりあえず飲め。……テメーが落ち着くまで待っててやる」
「……どうも」

素直に甘えて銀時はこれまでのことを自分の中でゆっくり思い返してみる。
土方はその間、黙って煙草を吹かしていた。



「えーと土方くん……」

時間にすればほんの数分といったところ。ゴホンと咳払い一つして、やたらと畏まりつつ
銀時は言葉を紡ぎ始めた。

「やっとか……。これからもよろしくな」
「まあまあ待ちなさいな、土方くん」
「何だよ」
「キミはまだ、銀さんのことをよく知らないだろ?それなのに簡単に好きなんて言っちゃァ
いけないよ」
「テメーは俺の何を知ってるんだよ」

少し前までは碌に話せなかったくせに、復活した途端に腹の立つ口上を並べ立てる。
惚れた相手でなければ殴り飛ばしてやりたいと土方は思っていた。

「何をって説明は難しいけど、俺はずっと前から土方くんのこと知ってたからね」
「……テメーもストーカーか?」
「違ェよ!」

遠回しに土方の記憶を刺激する作戦は失敗。こうなったら……銀時は奥の手を使うことにした。

「俺は……白夜叉だ」

土方の目がカッと見開かれる。

「白夜叉?」
「そうだ」
「……だから?」
「へっ?」
「過去の呼び名なんて関係ねェ」
「あのな、白夜叉ってのは攘夷戦争で……」
「それくらい知ってる」

まさか白夜叉そのものの記憶から喪失しているのかと思えばそれはないらしい。

「だったら……」
「お前が白夜叉やってたのは過去のことだろ?何の問題もねーよ」
「でもさ……」
「だいたい、戦争の参加は罪じゃねェ。今現在攘夷活動に関わってなきゃいいんだよ」
「そうだけど……」
「銀時、俺とは付き合えねェか?」
「っ……そんなこと、ねぇよ」

付き合いたくないわけじゃない。この感情が実を結ぶのなら結ばせたい。
けれども記憶のない土方のためを思って渋っているのに……

「だったら付き合おうぜ。そりゃ、世間から歓迎される関係ではないかもしれねェが……」
「そんなこと気にしてねェよ」

ここまで自分を思ってくれる土方の手を、このまま取らないのは惜しいと思った。
記憶が戻れば確実に終わる関係。けれど今、ここにいる土方の気持ちが偽物なわけではない。
自分と同じく、本気の思い。

銀時は覚悟を決めた。

「どうぞ、よろしくお願いします」
「銀時……」

二人は初めて、互いに目を閉じて唇を重ねた。


*  *  *  *  *


「……で、いきなりここかよ」
「入ってから文句言わない」

居酒屋を出た銀時と土方は夜の街に佇む「休憩所」に来ていた。
付き合うと決めるまであれほど悩んでいたのにと呆れる土方も、もちろんここで過ごすのが
嫌なわけではない。
一服してから行くと先に銀時を浴室へ向かわせて、どっかとソファーに腰を下ろした。

銀時を吸い込んだ浴室の扉を眺めながら煙草を咥えて思う。

坂田銀時――やつは一体何者なのか。
土方のことを以前から知っていると言った。確かに、真選組の鬼副長の名は一般市民でも
知っている。けれどそれとは違う……気がする。初めて二人で飲みに行った時、銀時は自分が
吸うわけでもないのに喫煙席を選んだ。新八や神楽から聞いて知ったのとも違う……気がする。
そもそも何で自分は、新八と神楽のことは以前から知っているのに銀時を知らなかったのか。
本当に知らなかったのか……

坂田銀時――この響きをどこかで聞いた気がする。

「坂田銀時……」

自分の声に乗せてみてもしっくりこないが、それでも知っている気がするのはなぜだ。
やつが白夜叉だったと知っても、それが過去のことだと確信できたのはなぜだ。
本来なら山崎でも使って身辺調査すべきではないのか。惚れた弱みではない。
調べる意味がないと、銀時が攘夷活動に関わっていないと分かっている……気がする。

「まーだー?」
「今行く!」

浴室から呼ばれて考えることを止めた。分からないものは分からない。
けれど銀時の正体が明らかになった時、この思いは揺るぎないものになるような気がした。


*  *  *  *  *


二人用ベッドの上で向かい合う銀時と土方。二人とも衣服は身に付けていない。


「ん、くっ!ハァ……」
「ハァ〜……」


相手のモノを逆手に握り扱いていけば、高ぶる気持ちと共に精が放出された。
手を止めずに銀時は言う。


「もう一回……」
「ああ」


空いている腕で銀時を引き寄せてキスをして、土方もそれに応えた。
二人は、互いのモノを二本重ねて握り直す。


「んっ、んんっ……」
「っ……んぅ……」


間もなく土方は一物から手を引いて口付けに専念した。
両腕を銀時へ回し、自由奔放に跳ねる銀髪を指に絡ませながら口内を舌で刺激する。


「んぅっ……ぁ……んっ……」


二人のモノは少し前に吐き出した精液と再び漏れだした先走りとで濡れ、上からも下からも
響く湿った音が二人の耳を犯していった。


「んんっ!ん、んんっ!」
「ハッ……んむ!」


土方が腕に力を込め、吐精の近いことを無言で訴えれば、一物を扱く手が速くなる。


「んんんんっ!!」
「んーっ!!」


銀時の手が二人分の精液で汚れた。
土方が口付けを解くと、銀時は土方をベッドへ押し倒してその上に覆い被さった。


「ぎん……」
「もう一回……」
「ちょっと、休ませ……」
「ごめん。むりっ……」
「んんっ!」


一物で一物を押し潰すように密着させて、銀時は唇を合わせる。

銀時には確信があった。これで土方の記憶が戻ってくると。
だからその前に、この関係が終わる前に、一秒でも長く土方と――



*  *  *  *  *



翌朝。

「おい、起きろ万事屋」
「ん〜……」

土方は既に帰り仕度を整えたというのに銀時は未だ全裸で布団の中。

「いまなんじ〜……?」
「六時半だ」
「……あと五時間」
「長ェよ!」

掛け布団を頭まで被る銀時に土方のツッコミが入る。けれどそれで起きてくる気配はない。

「チッ……俺は仕事だから行くぞ。宿代、ここに置いとくからな」
「いってらっしゃいのチュウ……」

顔だけ布団から出して、それでも目は殆ど閉じている銀時の唇へ、「いってらっしゃい」の
キスならお前からしろよとツッコミつつ、土方は口付けた。

「いってらっしゃ〜い……」
「……いってきます」

扉の閉まる音と同時に夢の世界へ戻った銀時が、土方の変化に気付くまで……あと五時間?

(12.11.01)


リクエストは「男前な土方さんに強引に迫られて(または口説かれて)、最初は戸惑うけど結局メロメロになっちゃう銀さん」でした。

銀さんの戸惑う理由が記憶喪失で、口説かれる前からメロメロなんですけど……むしろこの後、完全体(?)土方さんと正式にお付き合いが始まって

メロメロになるような気がしますけど……これで終わります!リクエスト下さったMOTCH様、ほぼ日参なんて本当にありがとうございます!

リクエストに沿っているようで沿っていないような感じですが、MOTCH様のみお持ち帰り可ですのでよろしければどうぞ。もしサイトをお持ちで

載せてやってもいいよという時は拍手からでもお知らせください。  それでは、ここまでお読み下さった全ての皆様、ありがとうございました!

 

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