酔って愚痴を言う銀さん

 

 

「ちょいと銀時、辛気臭いツラして店来んのやめてくれないかね…他の客に迷惑だ」

「るせェ…俺だって客だぞ。ババァ、酒!」

「ったく…飲み過ぎだよアンタ。キャサリン、水持って来ておくれ」

「分カリマシタ、オ登勢サン」

 

ここはスナックお登勢。フラッと二階から一人で下りてきた銀時は、カウンターに座り酒を呷り出したのだ。

もともとそれ程酒に強くない銀時が速いペースで飲み続けたため、来て三十分も経っていないというのに泥酔状態だった。

キャサリンが運んできた水をグイと飲み干すと再び「ババァ、酒!」と叫んだ。

 

「はいはい…何かあったのかィ?」

 

普段より薄めに作ったお湯割りとツマミを出しながら、お登勢は銀時に聞く。

 

「何でもねェよ…男にゃ、何も考えず飲みたい時があンだよ」

「あ〜ら、女にだってあるわよォ」

「あん?」

 

銀時の右隣に座っていた女性―歳はお登勢より少し若いくらいだろう―が銀時に話しかけた。

 

「そうよね〜。女だって飲みたい時もあるわよねぇ〜」

 

その奥に座っていた先程の女性の友人も話に加わった。

 

「ちょいとアンタたち、酔っ払いに絡まないどくれよ」

「あら、お登勢さん…このコ上の銀ちゃんでしょ?」

「銀ちゃん、何があったのよ。オバサンたちに話してごらん」

「るせェ…ババァ共に話したって俺の気は晴れねェよ!」

「あらあら…じゃあ先にオバサンの話、聞いてもらおうかしら」

「ああ?さっき言ってた『女だって飲みたい時もある』ってヤツか?

聞いてやろーじゃねェか…俺ァ万事屋だから何でもやるよ?…金さえもらえればね」

「じゃあ肉じゃが奢ってあげるわ」

 

女性はカウンターの中にいるお登勢に肉じゃがを注文した。

 

「それでね…話ってのはウチの旦那のことなのよ。

あの人、いっつも遅くまで飲んで来て…『これも仕事のうちだ』なんて言うのよ?」

「ウチの旦那もよ!こないだなんか香水の匂いぷんぷんさせて帰って来たと思ったら

背広のポケットにキャバ嬢の名刺が…」

「あらっ、名刺くらいならいーじゃない!ウチなんて口紅がYシャツに…」

「それを言ったらウチなんか、こーんなに顔近付けて携帯で写真撮って…」

「結婚して三十年も経つとこんなモンなのかしら?」

「ねぇ銀ちゃん、どう思う?」

「あん?」

 

出された肉じゃがをつつきながら、ぼんやりと女性たちの愚痴を聞いていた銀時が顔を上げた。

 

「三十年も連れ添ってんだから、少しくらい放っとかれたっていいじゃねェか…」

「そんなこと言ったって…ねぇ?」

「そうよー。いつまで経っても愛されてるって実感したいものよ?」

「でも、こうして旦那の愚痴を肴に一杯やれる仲間がいるじゃねェか」

「それは、まあ…」

「俺なんか……一人だぞ、チクショー!」

 

銀時はバンッとカウンターを叩いた。

 

「せっかく神楽も新八んトコ行かせて俺一人で待っててやったのに…仕事って何だよ!」

「あらあら、銀ちゃんのお相手もお仕事忙しいの?」

「絶対ェ忙しくねーよ。だってアイツの上司なんか、しょっちゅうキャバクラいってんだぜ?」

「そうそう、ウチの旦那も上司に誘われたって言ってはよく飲みに行ってるわよ」

「そんなに飲みてェなら俺も連れてけってんだ!」

「そうよねー。私もドンペリとか飲んでみたいわ〜」

「しかもアイツ公僕だぜ?人様の税金でメシ食ってるくせによー…」

「あら〜、銀ちゃん随分いい方とお付き合いしてるのねぇ」

「いい方じゃねェよ!アイツはダメ方でアホ方でマヨ方で…くそー、それなのに何が仕事だ!ふざけやがって…」

「仕事って言えば何でも許されると思ってるのよね〜」

「そう!そーなんだよ!いや〜、分かってるねオバチャン」

 

いつの間にか、銀時はすっかり女性二人と意気投合していた。

 

「そりゃあそうよ〜。何てったって三十年以上、仕事人間と一緒に暮らしてるんだからね」

「いや〜、尊敬するよ」

「同じ境遇の友だちと慰め合ってきたからね…ヘソクリ使って。ふふふっ」

「ヘソクリか…それいいな!よしっ、これからはアイツの財布から少しずつ抜いてヘソクリしよう!」

「アンタ、それヘソクリじゃなくてただのドロボーだろ?」

 

黙って成り行きを見守っていたお登勢が口を挟む。

 

「いいんだよ!俺を放っておいた罰だ!」

「そうよ〜。銀ちゃんに寂しい思いさせてるんだから、そのくらい当然よね?」

「その通り!それにアイツは高給取りなんだから構わねェって」

「へぇ〜、結構稼いでる人なの?」

「そりゃそーだよ。何つったって組織のNo.2だよ?」

「「あら、すご〜い」」

「でも俺は社長だからもっとすげェけどなっ!」

「だったら早く家賃払いな」

「ババァ…今はそんなコト言う時じゃねェだろ?」

「そうよ〜。銀ちゃん、待ちぼうけさせられて可哀相なんだから優しくしてあげなきゃ」

「今は銀ちゃんの薄情な恋人をどうするか考えるのが先よね〜」

「そう!全くもってその通り!いや〜、本当オバチャンたち分かってるよ!

こんなイイ女を放っておく旦那の気がしれないね!」

「嬉しいこと言ってくれるじゃな〜い。お登勢さん、銀さんにお酒追加!」

「いや〜、悪いね…」

「いいのよ〜。今夜はトコトン飲みましょう!」

「サンキュー。…もうアイツのことなんか知らねェ!」

「そうそう、その意気よっ!」

「そんなに仕事が好きなら、仕事と付き合えってんだ、土方のバカヤロー!!」

 

パチパチと女性たちから拍手が上がる。

 

「決めた!私、今夜は主人を家に入れてあげない!」

「私もそうするわ!鍵かけて寝ちゃおうかしら」

「いいねェ、それ。じゃあ俺も家に上げてやらねェ!」

「アンタの相手は別に住む所があるだろ?」

「るせェよババァ…空気読め!今は家に入れないのが流行ってんだよ。

へっ…ザマーみろ。一人寂しく屯所に帰れってんだ!」

「それは困るな」

「えっ!」

 

銀時の背後から聞き慣れた低音が響いてきた。そろそろと後ろを振り返るとやはり着流し姿の土方が立っていた。

 

「ひじ…かた?」

「えっ、この人が銀ちゃんのお相手?」

「まあ〜、いい男じゃないっ!」

「なっ何でココにいんだよ。オメー仕事なんだろ?」

「だから、その仕事を速攻で終わらせて来たんじゃねェか。それなのに玄関は閉まってるし、電話にも出ねェし…

とりあえず暫く扉の前でタバコ吸ってたら下から『土方のバカヤロー』ってデカイ声が聞こえて…」

「そんで、ココに来たのかよ」

「ああ…。つーわけで、出るぞ」

「はぁ!?俺ァまだ飲んで…」

「充分飲んだんだろーが…。ほら、立てるか?」

 

土方は銀時の腕を掴んで上に引っ張り立ち上がらせようとする。

 

「ちょっ…待てって!」

「ったく、まともに立てなくなるまで飲みやがって…強くもねェのに」

「お前よりは強ェよ、バーカ」

「ああ、分かった分かった。…いくらだ?」

「いいよ。後で本人に家賃と一緒に払わせるから。それより早くそいつ連れてっておくれ」

「あ、ああ…」

 

お登勢は土方の支払いを断り、銀時に帰るよう促す。

 

「何だよ…ババァは土方の味方かよ。そんなに言うなら帰ってやらァ…でもオメーは家に入れてやんねェからな!」

「ああ、そうかよ」

 

銀時は土方に引きずられるようにしてスナックお登勢を後にした。

 

 

 

「あっ、おい!どこ行くんだよ!」

 

店を出た土方は、万事屋への階段とは逆方向に歩きだした。

 

「あん?俺は家に入れてくれないんだろ?」

「そう、だけど…」

「だったら宿に行くしかねェじゃねーか」

「あっ、待て!だったら俺を家に置いてけ」

「何言ってやがる…テメーに会いに来たってのに、何でテメー置いて一人で宿泊まんなきゃなんねェんだよ」

「…るせェ。俺は家に帰んだよ!」

「じゃあ俺も入れてくれるか?」

「そっそれは、ダメだ」

「じゃあ宿に連れてくしかねェな」

「あっ、ちょっ……分かったよ!家に入れればいーんだろ!」

「そうか…入れてくれんのか」

「ちっ…ムカつく」

 

銀時は土方に支えられながら自宅の階段を上っていく。

 

「銀時…」

「な、何だよ…」

「寂しい思いさせちまって悪かったな」

「べっ別に、寂しくなんか…」

「こんなになるまで飲む程だったんだろ?本当に悪かったな」

「さ、寂しくなんかねェけど…悪いと思ったんなら、今度パフェ奢れ」

「ああ…明日は午後まで時間あるから、好きなモン奢ってやるよ」

「じゃあ…午後まで俺とウチにいろ。新八たち、明日は夕方まで来ねェから」

「…分かった」

 

 

階段を上りきったところで土方が銀時を強く抱き締めると、銀時もギュッと土方にしがみついた。

 

二人は暫くの間そこで抱き合っていたのだった。

 

 

(09.12.07)

photo by 素材屋angelo 

おば様方と気の合う銀さんを書きたかったんです。仕事が忙しい恋人を持つ銀さんは、きっと夫の帰りを待つ主婦に感覚が近いに違いないと…。でも結局最後はラブラブなんですよ。

土方さんだって、銀さんのこと大好きだから必死になって仕事終わらせてきたんだと思います。 ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

 

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