子ども達の評価が気になる土方さん
草木も眠る丑三つ時。真選組の副長室からはボソボソと何やら声が聞こえてくる。
声の主はもちろん部屋の主、土方十四郎。
「初めまして…じゃねェな。こんにちは、土方十四郎です。…いや、違うな。俺の名前なんかとっくの昔に
知ってるだろ。今更名乗るのは変だ。えー…俺は今、真選組の副長をして…って、これも知ってんな。
ああああ…一体何て言えばいいんだ!アイツだけなら『よう』で済むが、家族がいるとなるとそういうわけにも
…」
「誰の家族でィ」
「うひょわっ!」
独り言にイキナリ返事が返され、土方は飛び上がって驚く。
いつの間にか沖田が部屋に入ってきていたのだ。
「そそそ総悟、何でここに!?」
「こんな時間にブツクサうるせェ奴がいるんで、永遠に口が聞けないようにしてやろうと思いましてねィ」
「テメーは、そんな理由で人から言葉を奪うのかよ!」
「夜中に騒いだヤツは安眠妨害で切腹でさァ」
「んな決まりねェよ!だいたい、ちょっと独り言を言ってただけで騒いでねェよ」
「それで?何をブツブツ言ってたんで?」
「…何でもいいだろ」
「人の睡眠を妨げておいてそれはないんじゃありませんかィ?家族がどうとか聞こえましたが…」
「お前には、関係のないことだ」
「もしかして…旦那関係ですかィ?」
「なっ!」
沖田の口から恋人の話題が出て、土方は目を見開いて硬直する。
これでは何も答えなくとも「そうだ」と言っているようなものである。
「なるほどねィ…旦那との関係でお悩みですかィ」
「別に、悩んでなんか…」
沖田の言う旦那―つまり万事屋銀ちゃんこと坂田銀時と、土方は数か月前に付き合い始めた。
銀時の猛烈なアタックに土方が絆される形で始まった関係であったが、今では土方自身も
悪くないと思えるほどの関係になっていた。
「それで?旦那とのことで悩んでないアンタがこんな時間に何をしてるんでィ」
沖田は土方の隣に腰を下ろし、本気で居座るつもりのようだ。
土方はもう一度「お前には関係ない」と言ったが、自室に戻る様子はない。
「俺に関係なくても、土方さん一人じゃ解決できないんでしょう?」
「そっそれは…」
「ほら、話してみなせェ」
ほらほらと沖田に促され、土方は渋々口に開いた。
「…今度の、休みに…万事屋に行くことになったんだ」
「そんなのいつものことじゃねェですか」
「いつもは、メシ食った後、とかで…でも、今度はアイツが昼メシ作るって…」
「旦那なら料理もウマそうだ。きっと、犬のエサに馴染んだアンタの舌も満足させてくれますよ。
安心していいですぜィ」
「そういう心配をしてるんじゃねェ。…まあ、自分のマヨくらいは持って行くつもりだがな」
「そうですか…じゃあ一体何が?」
「その……メガネとチャイナに、何て挨拶すればいいかと…」
「はぁ?」
遂に悩みのタネを白状した土方だったが、沖田には悩む意味が分からなかった。
「だから、万事屋に行った時、メガネとチャイナに何て挨拶したらいいか、分からねェんだよ」
「……そもそも、何で挨拶が必要なんで?」
「俺とアイツが…そういう関係だから」
沖田はハァーとわざとらしく溜息を吐いた。
「これだからクソ真面目なヤツは…。確かにアンタと旦那は付き合ってますが
あの二人とだって既に知り合いでしょ?だったら今更改めて挨拶する方が不自然ってモンですぜィ」
「…そういうもんか?俺達がこういう関係になってから初めて会うんだぞ?」
「それでも挨拶なんていりやせんって。
それより、手土産の一つでも持って行った方が喜ばれるんじゃないですかィ?」
「あっそうか!招待されたのに手ぶらはマズイな」
「招待ってほど大袈裟なモンじゃないと思いますがねィ」
「手土産っつーと…菓子か?」
「いいんじゃねーですかィ」
「…何の菓子がいいかな?」
今度は何を持って行くかが土方の悩みのタネになる。
何処までも生真面目な土方に、沖田は呆れつつ答えた。
「何でもいいでしょう?」
「何でもいいって言われてもよー…」
「じゃあ…季節柄、桜餅なんてどうです?」
「桜餅か…いいかもな。…あっ、俺は道明寺の方が好きだが、どう思う?」
「じゃあそれでいいでしょう」
「いや、俺の好みじゃなくてアイツらの…そうだ。オメー、チャイナと仲良かったよな?
桜餅が好きかどうか分からねェか?」
「別に仲良くなんか…つーか、あの女なら何でも食うでしょ」
「食う食わねェじゃなく、俺は好きか嫌いかを…」
「…何でも好きなんじゃねェですかィ」
「じゃあ…メガネはどうだ?オメー、メガネと歳近いから分からねェか?」
「歳が近いくらいで分かるわけないでしょう」
「そうか…。じゃあ、山崎にでも聞けば分かるか?似たタイプだし…」
「勝手にして下せェ」
これ以上付き合っても睡眠時間が減るだけだと判断し、沖田は副長室を出て行った。
翌朝、山崎に新八が桜餅を好きか否か聞いたところ「分からないので本人に聞いてみましょうか?」と返ってきた。
手土産に何がいいかを本人に確かめられては堪らないと、それは全力で阻止した。
結局、明確な答えが見出せないまま万事屋訪問の日になった。
* * * * *
万事屋への道のりを土方は未だ悩みながら歩いている。手には和菓子屋の包み。
(道明寺にしちまったが…これで大丈夫か?やはり江戸っ子なら長命寺だったか?
いやでも、江戸っ子だからこそ敢えて道明寺ってことも…。ていうか、買っちまったんだから今更
どうこうできねェよ。これでいくしかねェ!)
よしっ!と自身に気合を入れ直し、土方は歩みを進める。しかし…
(九個で足りるか?せめてキリよく十個の方が良かったか?…だが、チャイナだけ多く食うんじゃなくて
アイツら三人で等分する場合も考えると、三で割り切れた方がいいよな…。
それに、多すぎて食い切れなかったら悪いし…。あっ!もっと日持ちするモンの方が良かったんじゃねェか?
どうする?コレは隊士にでもやって他のモンを買うか?…いや、そんな時間はねェな。)
ゆっくりと前に進みながら土方は、ああでもないこうでもないと頭を悩ませている。
そうこうしているうちに万事屋の前に到着してしまった。
土方は懐から携帯電話を取り出し時刻を確認する。
ちなみにこの電話、何度も時報を聞いて秒単位で正確な時刻に合わせている。
(十分前か…。招待された時間より早く行くのはマナー違反だよな。
準備がまだ終わってないかもしれねェし…。時間が来るまでその辺で待っていよう…)
近くの路地に身を隠し、携帯電話の時刻表示を睨みながら土方は時が来るのを待った。
約束の時刻の一分前。土方はゆっくりと路地を出た。
三十秒前。土方は万事屋の玄関へ向かう階段を上り始めた。
十秒前。土方は玄関扉の前に着き、もう一度時計を確認した。
五・四・三・二・一…ピンポーン
約束の時刻ぴったりに土方は万事屋の呼び鈴を押した。
パタパタと玄関に向かって歩く音がする。
(ドアを開けるのはメガネだよな?開いたら招いてくれた礼を言って…)
「土方くん、いらっしゃい!」
「…あ?」
土方の予想に反して出迎えたのは満面の笑みを湛えた銀時。
「何だテメーか…」
「えっ、ナニその残念そうな顔!ここ銀さんのウチだよ?」
「あーはいはい…邪魔するぜ」
玄関には銀時しかいない。出鼻を挫かれた形になったが、銀時のおかげで中に入るのは楽になったと
感じていた。土方はいつものように靴を脱いで上がる。
そして、未だに扉を開けたまま「土方くん酷い…」と項垂れている銀時に土方が声を掛けた。
「おい、いつまでグチグチ言ってやがる」
「だってさ…お前がウチでメシ食うの初めてだから頑張って準備したのに…」
「悪かったって。てっきりメガネが出て来るのかと思ってたからつい…」
「えっ?俺、新八に負けたワケ?」
「勝ち負けの問題じゃねーよ」
「あんな地味メガネのどこがいいんだよ!サラサラヘアーか?ストレートがいいのか!?」
「アホか…。んなこと言ってねーだろ」
「じゃあ銀さんの方が好き?だったら今ここで『銀時、愛してる』って言って?」
銀時は土方の両肩を掴んで壁際に追い詰める。
「何ワケ分かんねェこと言って…」
「言えないの?やっぱり銀さんのこと嫌い?天パは嫌?」
「…誰もンなこと言ってねェよ」
「じゃあ今ここで『銀時、愛してる』って言って誓いのチューを…」
「おいっ!さっきよりハードル上がってんじゃねェか!」
「そういうのは僕らがいない時にして下さい」
「っ!?」
「うごっ!!」
銀時のペースに乗せられ、子ども達がいることを失念していつもの調子で言い合いをしてしまった。
新八の一言で我に返った土方は、勝手に誓いのキスをしようとしていた銀時の胸を思い切り押した。
「いってぇ〜」
「あー…っと、お邪魔します。見苦しいモンを見せちまって申し訳ない」
反対側の壁に頭を打ちつけ痛がる銀時を無視して、土方は新八に頭を下げる。
思いの外丁寧に謝られて、新八の方も恐縮する。
「あ、いえ、なかなか玄関からこっちに来ないから様子を見に来ただけで、そんな…」
「本当にすまなかった。あっ、これ、良かったら食ってくれ」
頭を抱えて蹲ったままの銀時をそのままに、土方は居間の入口に立っている新八に手土産を渡す。
食べ物の気配を感じ取り、神楽も顔を出した。新八が受け取った包みを奪い取り、勝手に中を覗く。
「桜餅ネ!美味しそうアル!」
「神楽ちゃん、いきなり開けるなんて失礼でしょ?…土方さん、すみません」
「いや…気に入ってくれたみたいで安心した」
きゃっほ〜と喜ぶ神楽に、土方は胸を撫で下ろす。
「九個も入ってるネ!お前ら二個ずつで私だけ三個食べるアル!」
「ちょっと待てェェェ!俺が三個に決まってんだろー!」
頭の痛みと土方に冷たくされたショックで沈んでいた自称糖分王が、桜餅と聞いて復活した。
「何言ってるネ!私がいつも一番多く食べると決まってるネ」
「違いますぅ。全ての糖分は俺のものですぅ…あっ、新八。お前一個でいいよな?」
「それがいいネ。私四個。銀ちゃんとマヨラー二個ずつで、新八は一個ネ」
「おいおい何でオメーが更に増えてんだよ。俺と神楽が三個ずつ。土方くんが二個で新八が一個だろ?」
「ちょっとー!勝手に僕の分、減らさないで下さいよ!」
「あの…」
桜餅争奪戦を始めた万事屋三人は、土方の一言で動きを止めた。
「そうだ!土方くんがくれたんだから土方くんに決めてもらおう!なっ?
銀さんが多く食べられるようにしてくれたんだろ?」
「あ、いや…」
「違うネ!育ち盛りの私のためアル!」
「あの…三人で、三個ずつ分ければ…」
「…それもそうだな。俺と土方くんと神楽で三個ずつでちょうどか」
「仕方ないアル。それで手を打つネ」
「ちょっとー!僕の分は!?土方さん、本当に僕の分ないんですか?」
「いやだから、オメーら三人で分けられるようにと…」
「「「えっ?」」」
土方の発言に三人は動きを止めた。
その様子に、何かマズイことを言ってしまったのかと土方は不安になる。
「俺達三人って…土方くんの分は?ないの?」
「ああ」
「何でないネ」
「何でって…これは今日、招待してくれた礼に…」
「招待って、そんな大それたものじゃないですよ」
「そうネ。お前が来るから銀ちゃん頑張って働こうとしたけど仕事が全然なくて
パチンコで稼ごうとしたけど失敗して、結局値切った食材使って豪華っぽく見せただけの料理しかないアルよ」
「おいぃぃぃっ!余計なこと言うんじゃねーよ!」
「じゃあこうしましょう。僕のを半分、土方さんにあげます」
「いや、そんな…」
「新八だけズルイアル。私も一個あげるネ!」
「じゃあ、僕と神楽ちゃんから一個ずつ土方さんにあげるってのでどう?これで三人とも二個ずつになるし」
「それでいいネ」
「…気を遣わせちまって悪かったな」
「えっ、ちょっ、じゃあ俺も一個土方くんに…」
「そんなにいらねェ」
銀時からの桜餅は瞬時に断り、漸く桜餅の配分が決まった。
最初の希望通り一人だけ多く桜餅をもらえた銀時であったが、虚しい気持ちでいっぱいであった。
* * * * *
「銀さんよりも子どもの方が好きだなんて知りませんでした!」
「あぁ?ナニ言ってんだ、お前」
食事を終え、土方の持ってきた桜餅を食べながらテレビを見たり、トランプをしたりした後
新八と神楽と定春は夕方頃に志村家へ行った。
二人きりになった途端、今日これまでの不満を漏らした銀時。
それを軽くかわして煙草(子ども達の前では遠慮していた)を吹かす土方。
「だってそうだろ?キスしようとしたら突き飛ばすし…」
「ガキがいる家でしようとしたテメーが悪い」
「桜餅まで買ってきて…」
「お前の分もちゃんとあっただろ?」
「新八と神楽からは桜餅もらったのに俺からは…」
「持ってきた俺が一番たくさん食うワケにはいかねェだろ」
「でもさ、でもさ…メシ食ってる時もその後も、新八と神楽の方ばっか見てるし…」
「それはっ…アイツらが、俺を…認めてくれてんのか、気になって…」
「認める?」
土方の真意が分からず銀時は首を傾げる。
「アイツらは…お前の家族だから…認めてもらいたくて…」
「土方…」
「そりゃあ、俺らはいい大人だし…例え家族に反対されても、別れる気はねェが…」
「そうだね。認めてもらって付き合えるんなら、それに越したことはないよな」
「ああ」
銀時が思っている以上に土方が二人の交際を真剣に考えており
他の万事屋メンバーのことまで大事に思っていると分かると、自然に口元が緩んでくるのを感じた。
それを土方が見咎める。
「なにニヤケてやがる」
「だって嬉しいんだもん」
「…さっきまでイジけてたヤツが」
「えへへ…土方、だーい好き」
「……お、俺もだ」
「えっ!!」
抱き付いて肩口に乗っている銀時の顔を正面に移動させ、土方は昼間に出来なかった「誓いのキス」をした。
(10.03.29)
前半の沖田が優しくなってしまいました。土方さんが本気で悩んでいると沖田もからかうことが出来なくなると思います。
今回は「子ども達に認めてもらうこと」が土方さんの最重要課題でしたので、銀さんのことは後回しになってます。二人きりになって漸く銀さんを見る余裕ができました^^
まあ、土方さんが何もしなかったとしても、子ども達は既に土方さんのことを認めていると思うので問題なかったんでしょうけれど。 ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
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