対テロ特別武装警察真選組屯所内副長室。ここでは今日も、この部屋の主―土方十四郎が書類と睨み合いを続けていた。
万事屋が屯所でお仕事することになりました
ったく、今期も予算が足りねーな。といっても、武器の整備にかかる費用や隊士たちの給料を削るわけにはいかねェ。危険な仕事だからこそ、
それなりに生活保障がないとな。武器だって予算を気にしてちまちま使ってたら捕まえられるもんまで逃がしちまう。…まあ、総悟は明らかに
やりすぎだから多少控えてもいいとは思うぞ。だいたい、俺にまでバズーカ向けやがるから余計に金がかかるんじゃねーのか?
…総悟には後で注意しとくとして、とりあえず今をどうするか、だ。
節約できるところっつったら…大きいとこだと、やっぱ屯所の補修だろうな。大所帯で生活してるからか、床や畳の傷みも早いが、
とりあえずそれは後回しにするしかねェか。…屋根の補修はしないワケにはいかねェよな。もうすぐ台風の季節だし、この間の梅雨も雨漏りが酷かった。
けどよ、どうして「幕府御用達」っつー店はあんなに高ェんだ?幕府関係の修繕を一手に取り仕切ってるっつーから、いつも任せてはいるが…
市場平均の倍くらいは取るんじゃねェか?かといって…俺たちのすぐ傍でするような仕事を、素性も分からんヤツらに任せるワケにはいかねー。
修理工が攘夷浪士で、修理の合間に真選組の情報を持っていかれたなんてことになったら…。あー、だけど、ここでこの出費は痛いよなー。
そんなことを考えながら、土方が算盤を弾いているところに近藤がやってきた。
「よう、トシ!どうした?そんな難しい顔をして」
「ああ、近藤さん。実は…」
土方は一旦手を止め、近藤に向き直って答える。
「台風の季節が来る前に、屯所の屋根の補修をしとこうと思うんだが…」
「おお!それは重要だな!よしっ、頼む!」
「いや、頼むじゃなくて…」
「ん?何か問題でもあるのか?」
「予算が…ちょっと、な」
「足りないのか?」
「いつもの業者だと…」
「ああ…確かに、あそこは修理代が高いだけじゃなく、昼メシは俺らと同じものは嫌だと言ったり、
休憩中に出す茶菓子に文句つけたり、色々大変だからな」
「そうなんだが…だからといって、全く知らないヤツに頼むわけにもいかないだろ?」
「そうだな。…よしっ!俺が信頼できる業者を探してこよう!」
「はっ!?い、いいのか?」
「もちろんだ!トシにはいつも俺の分まで書類仕事を任せてるからな!これくらいは俺がやろう!」
「…じゃあ、よろしく頼む。特別安くなくても大丈夫だからな。市場平均くらいなら問題ねェ」
「分かった。任せてくれ!」
そう言って近藤は副長室を後にした。
* * * * *
翌日。
「もう、業者が見つかったって!?」
「ああ。総悟にも協力してもらって、コイツらしかいないと思った!」
「あ?総悟?大丈夫なのかよ…」
「大丈夫だ!よく知ってるヤツだし、例え機密事項を知ったとしても外に漏らすようなことはしない。それに昨日連絡したら、
今日から来てくれるっていうし、報酬も市場平均の半額くらいでいいそうだ」
「本当か?…でも、安すぎると逆に心配じゃねーか?」
「報酬が安い代わりに、朝昼夕のメシと三時のおやつがあればいいってよ。もちろん、メシは俺たちと同じものでいいそうだ!」
「そうか…近藤さんが信頼できるヤツなら、メシくらい構わねェか。よし、じゃあソイツらに頼むとするか」
「おお、そうか!トシも賛成してくれると思って、実はもう呼んであるんだ。」
「どこにいるんだ?」
「食堂でさっそくメシを食ってる。俺らも行こう」
「そうだな」
修理工の顔も見ずに賛成したことを、この後土方は後悔することになる。
「な、何でお前がここに…」
食堂に入った途端見慣れた銀色を見て土方は驚愕に目を見開いた。
「あっ、土方さん。おはようございます」
「おはおーあう(おはよーアル)」
「メガネとチャイナまで…なん、で」
食堂にいたのはお馴染みの万事屋三人組。真選組の隊士たちに混じって食事をしていた。
「なんでって…近藤さんから聞いてないんですか?」
入り口で固まったままの土方に新八が尋ねる。
「聞いてって…何を?」
「僕ら、ここの屋根の修理を依頼されたんです」
「はあ!?」
「そうだぞトシ。万事屋なら顔馴染みだし、何か知ったところで俺たちの不利になるようなことはしない。どうだ、完璧だろ?
いやー、総悟もいい提案をしてくれたもんだ!」
「あ、ああ…」
近藤にここまで言われては、いまさら反対できない。いや、すでに一度賛成しているのだから、近藤の言葉の前であっても
反対はしにくい状況だった。それでも僅かな抵抗とばかりに、土方は近藤にこのことを提案したという沖田を睨まずにはいられなかった。
土方が食堂に現れてからずっと黙って食事をしている万事屋の主―坂田銀時と土方は秘密の恋人同士といった関係である。
秘密とは言っても、銀時がたびたび土方を万事屋に連れ込むので、新八と神楽は二人の関係を知っている。そして真選組内では、
勘の鋭い沖田と山崎だけが知っている…と土方は思っているのだが、実は近藤を除くほとんどの隊士に知られている。とういのも、
銀時を前にした土方の態度が明らかに違うからだ。ソワソワしながらかぶき町を巡回し、銀時に会えば嬉々としてケンカをしにいき、
銀時にからかわれては真っ赤になる…こんな姿を見せられては、気付かない方がどうかしてる。そんなわけで、全てを知ってる沖田と
何も知らない近藤によって、土方は暫くの間、恋人の近くで仕事をすることになった。
* * * * *
「ねーねー副長さん、おやつまだ?」
「……」
「今日のおやつは何ですかー?」
「……」
「いちご牛乳飲みたいなー」
「……」
「…土方、あいして―」
「うるせェェェ!!そして、何とんでもねーこと言おうとしてんだァァァ!!」
「えっ、だから、あいし…」
「言うんじゃねェェェェ!!…てめー何考えてやがる!俺らのことがバレちまうだろーがっ!」
「あー、はいはい。すいませんねー」
「チッ…」
「で?おやつは?」
土方が仕事に戻ろうとしたところへ銀時が話を続ける。
「うるせーよ。…時間になったら隊士の誰かが持ってくるから、それまでちゃんと働けや」
「えー、銀さんは土方に持って来て欲しいのにー。…あっ、できれば食べさせて…」
「だーかーら、余計なこと言わずに…」
「あ、はいはい、仕事しまーす」
土方が愛刀に手をかけたところで銀時は構うのを止め、屋根の上に戻った。
こうして、万事屋の三人は毎日朝食前に屯所へやって来て、夕食後に帰るという生活を繰り返した。その間、銀時が何かとちょっかいを出すせいで、
土方はイライラしながら仕事をしていた。あと少し…屋根の補修が終わるまでの辛抱だ…自分にそう言い聞かせて土方は今日も仕事にとりかかっていた。
「明日で終わり?」
「ああ、もう大方完了して、明日最後の仕上げをすればいいだけだそうだ。な、万事屋!」
「まあね」
万事屋が仕事を始めて今日で5日になる。その間、何度も食堂で一緒になったが、土方は銀時と一言も言葉を交わさない。
今日も土方が作業の進み具合を近藤に尋ね、近藤がそれを銀時に聞き、銀時が近藤に答え…と伝言ゲームのようなおかしな
会話がなされていた。ここまで不自然だと逆に二人になにかあると勘繰られてしまうなどと、土方は思いもしていないようだった。
実際、唯一何も知らない近藤は「お前ら、いい加減もっと仲良くしろよ」と言って二人の間で豪快に笑っている。
「明日で終わりか…」
そう呟いた土方の、あからさまにホッとしたという様子に、銀時はこのまま終わらせてなるものかと決意した。
* * * * *
「おい、何でてめーがここにいる」
入浴を済ませ自室に戻った土方の目の前に銀時がいた。
「よーお疲れさん」
「質問に答えろ」
「5日も通ってきてんのに、つれないままの恋人と…」
「おまっ、だからそういうことを言うなって!」
恋人という単語が発せられた瞬間、土方は慌てて銀時の口を塞ぐ。
「今は周りに誰もいねーんだからいいだろ?」
「そうはいっても…」
「なあ、土方…」
向こうから近付いてきたのをいいことに、銀時は土方の腰に腕を回す。すると土方はまたも慌てて距離をとる。
「だ、だから、そういうことを…」
「あー、はいはい。ごめんなさいねー」
「…で?何でてめーだけ残ってんだよ。メガネとチャイナと帰ったんじゃなかったのか?」
「あー、二人を送ってってまた戻ってきた」
「何で?」
「だからお前に会いに」
「…っ!」
「どうした?顔、赤いよ?」
「う、うるせー!…ま、まさか、そのことを他のヤツらに言ったんじゃ…」
「大丈夫だって!ゴリラに『この機会に副長さんと仲良くなりたい』っつったら、『明日トシは非番だからコレでも飲むといい』っつって酒をくれたぜ?
ついでに泊まってってもいいってさ。いやー、ゴリラのくせに意外といい奴だな」
「マジでか…」
疑うことを知らない近藤の性格を、土方が今日ほど疎ましく思ったことはなかった。
「せっかくもらったけど…今日は飲むのやめとこうな」
「はっ?」
「おめー、今日も仕事忙しかったみたいだし…飲んだらすぐ寝ちまいそうだもんな」
「あ、ああ」
確かに今日も仕事が次々舞い込んで来て、夕食後もずっと文机に向かっていた。じゃあ銀時は何のために…と考えているうちに
銀時の顔が間近に迫り、チュッと軽く口付けられた。
(09.08.16)
photo by 素材屋angelo
銀さんは多分、隊士たちに関係を知られていると分かっていると思います。でも、土方さんがワタワタするのを面白がってやってるんじゃないかな?
後編は18禁になります。今回もそんなにエロくはないですが、一応。18歳以上の方のみどうぞ→後編