後編


布団の上、正座で向かい合う二人。勿論、向かい合うのは体だけで視線は自分の膝に向かっているのだが。
「よっ、よろしくお願いします」
「こっ、こちらこそ」
沈黙に耐えきれず銀時が深々と頭を下げれば、当然土方も同様に。そしてまたそこから暫く動けなくなった。
シーツに擦り付けんばかりの額に汗が滲む。こうしている間にも時は流れてしまうのだから。
「ふっ布団に、入ろう」
「っ…………ああ」
至極当たり前な提案を土方が断腸の思いで受け入れ、二人は布団の中に並んで横になった。久方ぶりに、銀時の右手が土方の左手にギリギリ触れない距離を保ち、顔は外側に倒す。それでも相手に近い側からビリビリと熱が伝わってきて、二人とも思わず目を瞑った。

強張る首を無理矢理回して視界を天井まで戻し、銀時が土方の手を握ると、それはいつも通りに握り返される。
「どうぞっ」
「えっ!」
絞り出された台詞に、土方の視界は天井を通過し恋人の元へ。
「お前が、上じゃないのか?」
「とっ十四郎が……だだっ、抱いてよ」
最後の方は高鳴る心音にかき消されるほどで、真意でないことは容易に推察できた。己の仕事のせいで急かしてしまったのだ。好きにしていいと土方が言えば、今はこちらの仕事に付き合わせているのだからと銀時が譲る。

そうして続く埒の明かない押し問答を断ち切ったのは土方。
肺の中の空気を全て吐き出すように息をして、きっと目をつり上げ己に気合いを入れた。
「じっ実は、上に、なれないんだ」
「あ、そうか……俺なんかじゃ、無理だよね」
「違う!」
あらぬ誤解は即刻訂正。
「ぎっ銀時は、その……問題ない、というか……」
その後が格好付かないのもお愛嬌。しどろもどろになりながら、銀時は悪くない、寧ろ魅力的過ぎて緊張するのだと何とか伝えられた。
それを聞いて平気でいられるわけがない。
「とっ十四郎の方が、いい、男だし……」
自分なんぞと付き合ってくれる最高の恋人に、思いくらいは返さなければと。それから、使い物にならないのはこちらの方だと伝えた。
繋いでいる手に力が込められ、右を向いた銀時の頬に最愛の人の右手が触れる。次の行為を予感して銀時は静かに目を閉じた。

愛を告げた場所同士が重なり合う。

それを終えてなお、前髪を絡ませ俯いて、互いの背に回した腕は離れなかった。
「もう一つ、言っていい?」
銀時の呟きには短く「ああ」と肯定が示される。ごめん、と謝罪から始まった。
「本当は、こんな形で、ヤるの嫌だ。……ごめんね。早く、出なきゃなんねェのに」
「…………」
土方に抱き寄せられて額がこつんと当たる。静けさが二人を包み込んだ。
「探そう」
「え?」
銀時が疑問を呈すれば、腕を引かれて起き上がらせてくれる。引き上げた男の瞳は慈愛に満ちていた。
「何処かに出口があるかもしれねェ」
「でも……」
「総悟にゃ何度も騙されてるからな」
かつて、屯所爆破を仄めかす地愚蔵という男に、沖田とともに首輪で拘束されたことがある。丸二日監禁された挙げ句、単なるイタズラで幕を閉じたのだった。
「それに……俺だって、こんな形で、結ばれんのは……」
いずれはすることと思っているが、それは互いに求めた結果であるべきだ。他人に急き立てられることではない。
こんな分かりきったことすら見えなくなっていた己を土方は恥じていた。それと同時に恋人へ感謝する。取り返しのつかぬ事態になる前に、気付かせてくれたことを。

二人は手を取り合い一歩を踏み出した。銀時には土方の横顔がとても頼もしく見える。人智を超えた部屋に入れられてなお、覚悟が決まらぬ己のため、道なき道を切り開かんとする土方が。
まずは厠の中を調べよう――としたころで何の前触れもなく引き戸が出現。それは万事屋の、居間と廊下の境にある扉に酷似していた。
視線で合図を送り、呼吸を合わせ、一気に扉を開けてみる。

視界に飛び込んできたのは見慣れたソファーセットに事務机、テレビ、箪笥、「糖分」の書……万事屋そのものの光景に後ろを振り返れば、玄関へと続く廊下が延びていた。
「戻った、のか……」
質問とも感想とも取れる土方の囁きには、うん、とだけ返される。二人は手を繋いだまま、冷えた足で敷居を跨いでみた。

何も起こらない。

ただ、居間に足を踏み入れただけ。部屋の置時計は昼過ぎを指しており、微かに外の音も聞こえた。致さなければ出られない部屋とやらから、致さずに出られたのであろうか。
寝室の襖を開ければ、二人用の布団が昨夜使用したままの状態で放置されていた。
「着替えようか?」
「そうだな」
危機を脱したか否かは外出してみれば分かる。銀時は和洋折衷のいつもの服を持って居間へ。寝室に残った土方が襖を閉め、それぞれの更衣室を作った。

着替えが済んだらブーツや草履を履き、いよいよ玄関扉を開けてみる。眼下にはありふれた日常が広がってた。これまでのことは悪い夢だったのではないか……湯冷めした体だけが現実を物語っていた。
そんな時、ぐう、と土方の腹が鳴る。張りつめていた空気が霧散してぷっと吹き出す恋人達。
「メシ、食いに行くか」
「ああ」
一瞬、間があったものの手を繋いだまま階段を下りていった。見事に難局を打開した自分達。その固い絆を誇りたい。
「よっお熱いねぇ、お二人さん」
「ま、まあな……」
だがしかし、通りすがりの知人に軽く冷やかされた程度で羞恥心は爆発寸前。馴染みの定食屋へ向かうはずが、いつしか足は人通りの少ない方へ少ない方へと動いていく。

やや離れた所には、彼らを見張る四つの影。その一つ、今回モニター越しに対峙した男は言う。
「何もヤらずに時間切れたァ、とんでもねぇ野郎だぜ」
「お酒でも飲ませておけば良かったですかね」
「あの様子じゃ媚薬仕込んでもどうだかな」
「これはあと十年くらいかかりそうですね……」
「その頃には枯れてるアル」
最年長、男の部下の諦めに似た台詞には、最年少の少女が応えた。縁側でのんびり茶を啜る二人の姿は容易に想像でき、実年齢はともかく、さもありなんと男三人は息を吐く。


数多の通行人が踏み固めた道を視界に映し、恋人達は江戸の町を歩いていく。その土を踏むのは寄り添う四本の小さくはない足。

お手て繋いで野道を行けば晴れたみ空に靴が鳴る。



純情な二人の物語 完

(18.03.01)


というわけで致さずに完結です。
当初はリバになる予定で書いていて、途中で、この二人は「同時」以外無理そうだと思い、抜き合いをゴールにするつもりでした。

前話を書いた頃はまだその予定でした。
しかし流行りの(?)部屋にこの二人を入れたい衝動に駆られ、R18タイムなしで終了もこの二人らしくていいのではという結論に達しました。
第一話からお付き合いいただいた方々も、何故かこの話から読み始めた方々も、ここまでお読みいただきありがとうございました。

そしてお知らせです。この話が本になります!

なります、というか、します。
2018年5月4日開催のスパコミにサークル参加の申し込みをしました。本にする作業を現在行っておりまして、200ページくらいになります。
初参加サークルのそんなボリュームの同人誌、誰が買うのだろう……と自嘲しつつも、これまで書いた中で一つ選ぶとしたら、このシリーズしかないと思いました。
二次創作を始めて間もなくからの連載物で、攻受非固定なので。
固定も好きで書きますし読みますが、人生で一度きり(かもしれない)のサークル参加で出す本は、リバにすると決めておりました。
純情シリーズの他に、原作設定リバエロ本を出す予定です。そちらはこれから書きます。
詳細が決まりましたらお知らせに上がりますので、その時にはまたよろしくお願いいたします。


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