※「純情な二人と秋の夜」の続きです。
純情な二人と致さなければ出られない部屋
銀時が目を覚ますとそこは真っ白な空間だった。地に足の着いている感触はあるものの、床や壁を視認することは不可能。何処までも広がっているようでいて、すぐそこに果てがあるようでもある不可思議な感覚。 だが今、彼の関心を最も引き付けているのは、この場所の謎ではなかった。 「十四郎、十四郎っ!」 寝巻き姿で転がる最愛の人。 呼吸は安定しており眠っているようにも見えるものの、異様な状況下ゆえ楽観視はできない。何らかの攻撃を受けている可能性も充分にある。 「んっ……銀、とき?」 だから、普通に目を開けて普通に名前を呼び、普通に起き上がってくれただけで大いに安堵した。 「怪我はない?」 「あ、ああ。……ここは?」 「分かんない」 少し先に目覚めたに過ぎず、何一つ分からないと頭を下げる。 「謝らなくていい」 「ありがと」 気を取り直して先ずは情報の整理から。横並びに胡座をかき、今に至るまでの記憶を呼び起こす。 何処かに他人の目があるかもしれないので、一度は繋ごうとしたけれど、手は繋がずに。
本日、土方は非番のため、前日の業務を終えてから万事屋に泊まっていた。土方が到着した時にはもう銀時しかおらず、二人で軽く酒を酌み交わしつつ夕飯をとる。それから当然のように別々に入浴を済ませ、ダブルサイズの布団に入り、決して寝巻きを乱すことなく、僅かばかりの触れ合いをして眠りに就いた。
「――やっぱり、うちで寝てただけだよな?」 「ああ。服もそのままだしな」 互いの記憶を突き合わせたところで成果なし。服以外に身に付けている物もないので今がいつなのかも不明。 言い知れぬ不安が二人を包み、どちらからともなく手が繋がれた。しっかりと指を絡ませて。
ぽよ〜〜ん。
間の抜けた、しかし明らかに自分達のものではない音を聞き、二人は反射的に立ち上がり、背中合わせに臨戦体勢をとった。 「おはようございます」 宙に浮くモニター画面に映ったのは沖田の姿。見知った顔に警戒を解きつつ、先ずは銀時が疑問を投げる。 「何なのここ?」 「ここは、セッ××しないと出られない部屋です」 「……はい?」 肝心な箇所が聞き取れなかった。というより、聞きたくなくて無意識に耳を閉ざしたのかもしれない。隣は既に凍りついていた。 「ですから、ヤることヤらねーと出られない部屋でさァ」 「はあああああっ?」 「どっどういうことだ総悟!」 息を吹き替えした土方ががなりながら説明を求めれば、万事屋への依頼だと言う。天人の技術か機械(からくり)技士の発明か、詳細は明かされぬものの、とにかく条件を満たすとこの部屋から出られるのかを調べてほしいらしい。 「いやァ、旦那にお相手がいて本当に良かった」 「ふざけるな!」 「土方さん、旦那の仕事を減らす気ですかィ?」 「そっそれは……」 「土方さんの『恋人』ともなれば俺の兄貴みたいなもんでしょう。だからこうして協力してるんじゃないですか」 善意を装いながらも面白半分でやっているのは明白。だが仕事の一環と言われてしまえば、一笑に付すことも躊躇われた。 「最近そんなに困ってねェからこの依頼、断るよ」 「何言ってるネ!」 画面に神楽が割って入る。いつ金に困るか分からないのだから、依頼は極力受けるべきだと正論を述べた。 「ホテル代が浮く上に依頼料までもらえて、いいことしかないアル」 「いつものようにヤるだけで生活が潤うなんて羨ましいですねィ」 交際開始から七年。なんやかんやと外野からつつかれるのが面倒で、とうに体の関係まで至ったことにしていたのが仇となる。 無論、モニターの向こう側はその嘘を看破しているのだけれど。 「あっあのな総悟、俺達実はまだ……」 「ああ、準備がまだだったら風呂も厠もありますんで」 「は?」 沖田がパチンと指を鳴らせば、どういう仕組みか、部屋の中に扉が二つ出現した。 「ついでに布団その他、必要な道具も揃ってます」 「でも見られながらってのはちょっと……ねぇ?」 「そうだな!」 銀時の意見に土方が力強く頷くも、その程度の抵抗は想定の範囲内。通信を切ればこちらに中の様子は分からないと、あっさり空中モニターは消失してしまった。 そこからは幾ら喚いても外部と繋がらず、一縷の望みを持って開けた扉の中も壁に囲われていた。
何もない空間改め、体を重ねるためだけの空間に置き去りにされた恋人同士。
いつも以上に目を合わせられない状況で、銀時は渇いた口を開く。 「ごめん。俺のせいで」 「お前は悪くない。総悟の嫌がらせだ」 寧ろ巻き込まれたのは銀時の方だと主張する土方に、依頼料ももらえない土方こそ被害者だと譲らない銀時。視線がばちりと合って慌てて逸らした。 布団を背に腰を下ろして膝を抱える二人。どうしようどうしようヤるしかないのかと堂々巡り。俄には信じがたいことだけれど、出口が見えないのも事実。ドクドクと鳴る心臓が時を刻んだ。 「銀時」 「はいっ!」 呼び掛けられただけにもかかわらず、弾かれるように立ち上がり背筋を伸ばす。呼んだ側は驚かせてしまったことを陳謝して、再び座るよう促した。 「今、何時なんだろうな」 「四日ではあると思うけど……」 寝起きの感覚からして、睡眠時間は通常の範囲内であったと思われる。それには土方も同意した。 「明日は仕事だよね?」 「……朝一で重要な会議がある」 苦々しい顔で絞り出した恋人の姿に銀時は腹を決める。 「ふっ風呂、入ってくる!」 「えっ!」 高らかに宣言すると、決して後ろを振り返らずに浴室へと消えていくのだった。
(18.03.01)
前話から1年半も空いてしまった。純情シリーズ最終話です! 後編はこちら→★ |