※「純情な二人が耳を澄ませば」の続きです。
純情な二人と秋の夜
これは秋の力が起こした奇跡の物語。
非番前夜、土方はいつものように恋人の銀時と会う約束をした。 近頃は相手の家で晩酌することが続いている。久しぶりに外で飲むのはどうだろう。日が落ちれば肌寒さを感じ始めたこの時季に「おでん初め」なんていいかもしれない。心臓を高鳴らせ、声を幾分震わせて発した誘い文句は、もちろんすんなり受け入れられる。
こうして今宵は河原の屋台で逢瀬となった。
「おっお疲れさまー」 「お疲れ、さま……」 先に着いていたのは土方で、屋台の長椅子の中央に、背筋を伸ばして座っていた。その前には水の入ったグラスのみ。 愛する人の到着に頬を染めつつ少し左に寄れば、体半分の距離を空けて銀時も腰を下ろした。 「食べててくれて良かったのに」 「今来たところだから」 「じゃあ、とっ十四郎……注文どうぞ」 「あ、えっと……ぎん、ときが、先でいいよ」 漸く呼べるようになった下の名前を嬉し恥ずかしがりながら呼び合う二人は交際五年。 もうこの事態に慣れてしまった店主は適当に見繕ったおでんを二皿、やれやれと出してやった。 「今日のおすすめだ。酒は温めでいいな?」 「あ、ああ」 「おう」 それからこの日の出来事などをぽつりぽつりと、時々相手の横顔を見遣り話して箸を進める。相変わらず視線の一つも合わないデートだが、店主から野暮なことは言われない。初めの頃こそ驚いたものの、当人同士がとても幸せそうなのでよしとしたのだ。
「銀さんが三千五百円で、副長さんが三千九百円ね」 程よく腹も膨れ勘定を頼めば、何も言わずとも各々の飲食代が提示された。 これも店主の粋な計らい。 他の客と同様に二人分を合算すると、どちらがより多く出すかの気遣い合戦が始まるから。だからいつしか別々に計算することになっていた。 「ごちそーさん」 「また来る」 「毎度ありー」 席を立つと二人は万事屋に向け、川縁を歩いていく。夜こそ賑わうかぶき町の通りを避けるのは密かに手を繋ぐため。 当然のことながら、屋台の店主にも見えない位置まで達してからのことではあるが。
町の喧騒がどこか遠くに聞こえる小石道。土方の左手の甲が坂田の右のそれにコツンと当たる。それを合図に十本の指は確りと絡み合った。 静かに幸福を噛み締めて、ゆっくりゆっくり足を運ぶ。こんなところを誰かに見られたら死ぬ程照れ臭い。けれどこの緊張感を二人で共有することも嫌いではなかった。
ふと、水面に揺れる明かりを見付け、銀時が空を仰ぎ見る。そこには流れる群雲に見え隠れする満月があった。 「月が綺麗だな」 「えっ!」 不意に呟かれた台詞で土方の足が止まる。愛しい人の顔などまじまじとは見られない銀時は、土方も月を見上げているものと思い込んでいた。 「あああの、おお俺も……じゃなくて、その……あ!」 だが件の男は俯きながら必死で勇気を振り絞っている。 「しっ死んでもい――」 「流石は中秋の名月……え?」 「あ……」 まさに死力を尽くした土方の言葉は、残念ながら空振りに終わった。 突然どうしたというのか、この時ばかりはさしもの銀時も片割れの方へ目を向ける。 「あの、死ぬって……何かあったのか?」 「ちちち違うんだ!何でもない!ちゅーしゅーの名月な!月見団子、買って行こうぜ!」 「団子なら昼間作ったのがあるけど……」 「そっそうか!なら早く帰ろう!」 恋人の手を引き、大股で歩きだす土方。その後ろ姿を見詰めながら銀時は、今の会話を頭の中で反芻してみた。 「あー!!」 「なっ!」 そして理解する。 銀時の大声で土方も立ち止まった。 相変わらず人々の賑やかな声が土手の上から振ってくる。すうと深呼吸して銀時は、最愛の人の爪先を見詰めながら言った。 「つつっ月が綺麗ですね!」 「――っ!」 先刻と同じだけれど全く異なる重い台詞。涙を堪えて土方は、 「死んでもいいっ」 先刻と全く同じ重みの台詞を絞り出した。
月が綺麗ですね。 私、死んでもいい。
異国の愛の言葉を、我が国の文豪達はそう翻訳したとか。 純情過ぎる二人にとっては心臓が張り裂けそうで滅多に言えない言葉。名月の力を借りて奇跡的に成し遂げられたのだった。
(16.09.15)
一年以上ぶりの純情シリーズでした。何とか中秋の名月の日に間に合ってよかった……。 以前、通常の二人で月が綺麗ですねネタを書きましたが、純情な二人では大分異なる展開となりました。 とにかく滅多に言えないI love youが言えて、また少〜し進展した二人でした。
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