後編


全く身に覚えのない理由で閉じ込められてしまった銀時。その上、苦境を共にする相手は眠らされている。
ベッドに横たえた土方の、その簀の子に帯のごとく巻き付く鎖から目が離せない。このままでは苦しそうだから外してやろうか。だがもしも途中で覚醒したら、脱がせたなどという汚名を着せられかねない。かといってこの状態で目覚めてしまい、自分がやったとか沖田の共犯だとか見なされるのも心外だ。
とりあえず銀時は簀の子の上から体を軽く揺すってみた。呼び掛けた声は何故かか細くて、起こしたいのか寝ていてほしいのか自身でも分からない。

何度か試してみたが土方からの反応はなかった。

ちょっとやそっとでは起きないと踏み、意を決して鎖を掴む銀時。
「ったく、沖田くんには参るよなァ」
先程よりもハッキリと。聞き手はいないが犯人は俺じゃないと主張しつつ鎖を解いていく。体を転がされても土方の瞼は閉じたままであった。

「おーい……」
簀巻きにされながらすやすやと眠る土方の頬を軽く叩いてみるも、やはり返事はない。鎖はなくしてやったものの、こんな窮屈な「服」では寝苦しいだろうに。

――安心して下せェ、穿いてません。

沖田の台詞が脳内で反芻され、銀時は唾液を飲み込んだ。
爪先から顎の下まで、すっぽり覆われた現状では確認のしようもないけれど、ここまで抱えてきた感触からいえば「穿いていない」どころか「着ていない」ではなかろうか。
「…………」
別に銀さんは土方くんをそういう目で見たことはないからね。例えこの下がすっぽんぽんだとしても、体が冷えて可哀相だなと思うくらいだからね。……知り合いとして心配するのは当然だろ。今は大事な時期だってのに、仲間の悪ふざけで風邪でもひいたらね。うん、それだけだから。

己自身に言い訳をして簀の子の端を摘めば、心臓が痛いほどに収縮した。
「くっ包まるなら、布団の方がいいぞォ……」
どくどくと血の巡りが活性化し、喉は渇いていく。自分の呼吸音がやけに煩く思えた。
バサッ――思い切って簀の子を開いた銀時の目に映るのは、真っ白な右半身。
「着てんのかよォォォォォ!!」
してやられた。サディスティック星のプリンスの、どす黒い笑みが容易く思い浮かぶようだ。
裸でなくて安心したような拍子抜けしたような……ぼすぼすと布団に当たってみても正体不明の靄は晴れない。ばさりと逆側も開いてやれば、確かに「穿いていない」のだけは本当だったと分かる。
露出しているのは首から上と両手のみ。全身タイツらしき薄手の白衣は眠りこける男の身体をぴたりと包んでいて、そこに余分な布など介在しないことは明らかであった。
「全裸よりエロくね?」
ぽろっと出た言葉に本人が驚く。
エロいとは何だ。己とほとんど変わらぬ、何の変哲もない男の肉体ではないか。そもそも土方の裸なら、サウナや銭湯で直に見たことだってあるのだ。珍しくもない。
今ほんの少し脈が早いのは、ラブホテルという場所のせい。ここはイイコトをする所だから、気分がちょっぴり盛り上がってるだけ。土方と一緒だからではない。誰といてもソワソワ落ち着かなくなるに決まってる。

だから股間センサーは正常。

この反応は土方個人に対するものではなく、場の雰囲気に当てられただけのもの。そうに違いない……様々な弁明を組み立ててみるも、視線は白い体に吸い付いて離れなかった。

「うわっ!」
受付からの電話の音。飛び上がらんばかりの銀時は肩で息をしつつ受話器を取った。
「は、はい……」
『失礼いたします。土方様でいらっしゃいますか?』
「……はい」
幕府側に居場所が知れたのか――声を低く応答し、ちらりと後ろの土方を伺う。こんな所でこんな格好でお縄になるなど不名誉極まりない。
どうにかして回避しなくてはという銀時の思いは杞憂に終わる。
『沖田様よりお電話なのですが、お繋ぎしてもよろしいでしょうか?』
「ああはい」
何のことはない。元凶からの連絡であったから。
もしもし土方さん?などといけしゃあしゃあ話し出す沖田へ、まだ眠ったままだとぶっきらぼうに告げてやった。
「全然起きる気配ないんだけど、これ本当に大丈夫なんだろうな?」
『土方さんが心配ですかィ?』
「大事な副長さんだろーが」
『またまたァ……旦那の大事な人でしょう?』
「そのネタはもういいって。で、どうしたら起きんの?」
『もう一度確認しますが、土方さんはまだ寝てるんですよねィ?』
「ぐっすりだよ!」
含みのある物言いに苛立ちを覚えながらも、哀れな知人を助けるのだという正義感で辛うじて通話を続ける。
『おかしいですねィ……とっくに目覚めてるとばかり』
「おいおい、ヤバイんじゃねェの?」
『旦那、何もしてませんか?』
「な、何って何だよ!俺が土方に何かするとでも!?」
裸の可能性があったにもかかわらず簀の子を剥いでしまった。焦りの様相を呈する銀時に、受話器の向こうはしたり顔。
『まだ寝てるんじゃ、大したことはしてないんでしょうね。がっかりでさァ』
「あ?」
『古来から、眠りを覚ますのは王子様のキスってのが相場でしょう』
「はあ!?」
『つーわけで、早いとこ目覚めさせて下せェ』
追われている身だなどと尤もらしいことを言えるふてぶてしさに、むしろ感服に近いものすら感じる。
「……本当は他の方法があるんだろ?」
『信じなくても構いませんぜ。まあ、このまま永眠してくれた方が世の中のためですかねィ』
「おい」
『でも旦那にとって必要なら、ぶちゅっとかまして起こして下せェ。では』
「待て待て待て!」
言いたいことだけ言って会話を打ち切ろうとする沖田を慌てて止めた。すると、打って変わって真剣な声音が耳に届く。
『本気で無理なら今すぐ引き取りに行きますが?』
「無理というかさァ……」
つまりは沖田が土方に口付けるということだろうか――厄介事から解放される、願ってもない機会であるのに銀時の態度は煮え切らない。
『旦那、どうしやした?』
「……いいよ」
『何がいいんで?』
「…………」
『旦那?』
「……来なくていい」
『そうですか』
ツー、ツーと電子音しかしなくなった受話器を握り締め、銀時は腹の底から息を吐き出した。
「ああ、くそっ!」
乱暴に受話器を戻すと土方の横に腰を下ろし、寝ている左頬に右手を添える。
「お前も、気付いてないだけなのか?」
返答のない寝顔に向かい語りかける音は、とても柔らかだった。
「俺は、たった今気付いちまったよ。ごめんな。お前の気持ち、確かめる前に。ごめん……」
祈るような心地で目を閉じて、銀時はゆっくりと顔を近付けていく。寝息のかかるほど近くに来て喉が鳴った。
「万事屋?」
「っ――!?」
突如聞こえた声に飛び退いてベッドから転げ落ちる銀時。一方、久しぶりに目を開けた男は眩しそうに辺りを見回しつつ上体を起こした。
どうやら一定の時間経過で目覚める仕組みであったらしい。
「何処だここ?つーか何だよこの服……」
「俺じゃねーよ!?」
「あ?……ああ、そうか」
眠る前の記憶を辿り一人納得した様子の土方。けれども銀時は気が気じゃない。
寝込みを襲ったと誤解されたのではないか――自覚したばかりの思いに胸が締め付けられていた。
「お前は何でここに?」
「……寝てるお前を押し付けられた」
「何で?」
「それは……」
尋問のような問い掛けに、いつの間にか銀時は正座している。胡座をかいた土方の下腹部へ、自然と向いてしまう目線を彷徨わせて。
「俺がテメーに惚れてるからか?」
「えっ!」
弾かれたように顔を上げ、土方と目が合った瞬間、頬がカッと熱くなった。
土方はベッドから下り、銀時の前で跪くと右手を左頬にそっと当てる。
「あ、あの……」
「前から俺のことを、ってわけじゃねーよな?」
「でも、えっと……土方は?」
「おそらく、ずっと前からだ」
「っ――!」
土方の瞳に吸い込まれ、銀時はまた熱が上がるのを感じた。
「おっ俺も!多分だけど……」
「フッ……多分かよ」
「仕方ねーだろ!ついさっき気付いたんだよ」
「俺もだ」
真選組の潜伏先で銀時と交際していないのかと問い詰められた挙げ句、思い知らせてやるという沖田の不穏な台詞で意識が途切れた。
そして仄かに浮上していく中で聞こえた柔らかな声。己は確かにそれを欲していたと自覚した刹那、一気に覚醒したのだった。
「万事屋……」
「……キスはしねぇぞ」
「あ?」
「最初はもっと、カッコイイ土方くんとチュウしたいな」
土方も似たような状況なのだと判り、漸く戯ける余裕が生まれる。全身タイツの間抜けさを笑ってやれば、それに欲情して襲おうとしたのは誰だと反撃された。
「襲ってねーよ!あれは、沖田くんがキスしたら起きるっつーから……」
「お伽話かよ。お前、意外と騙されやすいんだな」
「そうは言うけどお前、揺すっても叩いても起きねぇし……もしかしたらと思うじゃん」
「思うかァ?」
「思うね!ていうか俺からしたら、眠り姫ならぬ眠り王子になった土方くんの方がダメダメだから」
「お前、俺のこと王子とか思ってんのか?うわぁ……」
「単なる言葉の綾だから!むしろキスで起こそうとした銀さんが王子だろ」
「天パ王国の王子か?」
「オメーだって天パ馬鹿にできるほどストレートじゃねーよ。そこそこ跳ねてるからね!」
「お前はかなり跳ねてるな」
「うるせータイツ王子」
「ハハハッ」

新たな思いを通わせた二人の初めての夜は、これまでと何ら変わらず賑やかに更けていった。
二度目の夜は、もう少し彼らの周りが平和になってから。

(15.12.30)


当初の予定では、騙された銀さんがハァハァちゅっちゅしている最中に土方さんが目覚めて(しかも簀の子の下は全裸)ヌき合うという筋書きだったのですが、
いざ書き始めたら、土方さん服着てて銀さんキスできない感じになってしまいました。前編の後書きで「後編は温めの18禁」と言ったのもすっかり忘れてました。すみません。
というわけでこの二人はくっ付いてすぐに遠距離恋愛です。再会したらさぞ濃厚な初エッチをするんだろうと思います。
ここまでお読み下さりありがとうございました。これが年内最後の更新となります。来年もよろしくお願いいたします!



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