後編


乗るはずだった船が小さくなるのを見上げて途方に暮れる土方。眼前で揺れる銀色の髪が朝の光を浴びて煌めくのに、また一つ溜息が漏れる。
「何考えてんだアイツ……」
今後の身の振り方を考え佇んでいると、背後からぺたぺたという足音が聞こえた。振り返れば予想通り、エリザベスが立っている。[探しましたよ]と書かれたプラカードを掲げて。
[行きましょう]
「何処に?」
プラカードとの対話が続く。
[桂さんのところです]
「……分かった」
銀時がこの後どうするつもりであったのか、想像するしかないけれど、おそらくは周囲にも多くは語っていまい。であれば今は最良と思う行動を取っておくのが得策。他の万事屋メンバーもそこにいるのだろう。

連れて来られたのは地下都市アキバ。以前、監察に潜入捜査させた際と程近い場所に再びアジトを構えたのかと、その図太さに感心する。
「足りない物があれば言ってくれ」
「ああ」
どうやら銀時は匿われる身らしい。将軍を殴り、奈落との因縁もあるようなので当然のことか。何より今の体は借り物なのだ。傷一つも付けるわけにはいかない土方としても有り難い。
桂に平屋の一室を与えられ、外には出るなと釘を刺されるまでもなく、そこで大人しくしている土方であった。

*  *  *  *  *

攘夷派潜伏先での生活も数日が経過し、過剰とも思える警備隊に銀時姿の土方も辟易し始めていた。外見に合わせてタバコとマヨネーズを断つのも限界。密かに摂取しようにも鮨詰め状態の部屋では困難を極める。土方は外出を願い出ることにした。
「かつ……ヅラ、話がある」
「ヅラじゃない桂だ」
「あ、ああ」
このやりとりが土方には理解できない。相手が一々訂正する呼び名をなぜ使い続けるのか。
定型文のごとき返事の後に漸く普通の会話となる。
「話とは何だ?」
「外に出させてくれ」
「それはダメだ。攘夷志士の要たるお前を危険に晒すわけにはいかん」
「ならせめて一人の時間をくれ。少しでいいから」
「そのくらいなら……お、何だ?」
隠れ家の扉がそっと開き、失礼しますと入って来た同志が桂に何やら耳打ちした。
「なに?こんど……あ、いや何でもないぞ銀時」
伝達役に窘められて言い淀む桂。そのうえ、今から自由時間にしてやろうと部屋に取り残されれば怪訝に思うのは当然のことであろう。嗜好品の摂取を後回しに、こっそり桂を追うことにした。

着いたのは「銀時」を匿っているのと似た作りの平屋。ここもアジトの一つなのだろう。十畳程の広さの居間には複数の卓袱台とノートパソコン。さながら通信室といったところか。
桂は一台のパソコンに向かい「変わりはないか」と話し掛けていた。別の場所にいる仲間からの連絡が入っているようだ。
『順調に仲間が増えている。いつでも幕府を血祭りに上げられるぜ!』
「うむ」
随分と柄の悪い輩が傘下にいるものだ。仲間が多いのは心強いけれど……ここで土方はパソコン越しに聞こえた声に懐かしさを覚えた。けれどその口調が信じられず、何とか画面が見られないかと試みるも、桂らに隠れながらでは高が知れている。その時、
「その意気だ近藤」
『ヒャッハー!』
「おいぃぃぃぃっ!!」
決定的な一言で鼓膜が揺らされ、反射的に襖を開けていた。敵襲かと腰の刀に手をやる者、固まって動けぬ者、桂は画面を闖入者へ見せぬよう慌てて仁王立ち。
「つけてきたのか銀時」
「真選組から連絡か?」
「……最早隠し立ては不可能だな」
そうだと認めて体をずらせば、映る大将の姿。だが頬にハートマークを描き、ノースリーブに棘付き肩パッドの装備では、世紀末を生きる野盗のごとき。こちらが敢えて大人しく「銀時として」過ごしてきたというのに、自ら真選組の中へ飛び込んだヤツは、またしても勝手な真似をして組織の色を塗り替えたらしい。
「銀時……」
土間から見上げる眼光の鋭さは呼び掛けた桂が怯んでしまう程。桂はそれを隠し事の怒りと誤解した。
「お、お前と土方の関係は知っているが話せば会いたくなると思ってな……すまん」
「そんなことはどうでもいい」
「少し話すか?おそらくヤツも近くに……」
「いい、つってんだろ」
懐に隠し持っていたタバコに火を点け、久方ぶりに肺を煙で満たす。それから前髪を掻き上げてキッと桂を睨みつけた。
「ヅラ……いや、桂!」
「桂じゃな……ん?」
「拡大した勢力をまとめるには、規律が必要だな?」
そっちがその気ならこっちも好きにやらせてもらう。勢いよく紫煙を吹き出して、土方は己を律する法度の作成に取り掛かるのだった。

*  *  *  *  *

年月は流れ、中身が土方のまま「銀時」は、諸般の事情により快援隊の船で宇宙へと旅立つ。
非常事態ゆえか他人を気にする余裕もないのか、入れ替わりの件はここまで誰にも気付かれずにきた。寧ろ皆が進んで段だら模様の羽織を着、悪即斬を唱えて世直しに邁進していた。
さて、この男には怪しまれるだろうかと慎重に、だが自分らしく振る舞ってみる。
「坂本、俺と行動を共にする以上は『万事屋法度攘夷スペシャル』に従ってもらうぞ」
「ハハハ……ちぃと見んうちに雰囲気が変わったのう。イメチェンか?」
細かいことにこだわらない質の坂本は、旧友の変化も笑い飛ばして終了。新八や桂の着ている羽織にも珍しがって袖を通すのだった。


こうして宇宙を旅すること幾日か。一行は経由地としてハメック星に降り立った。
「農地が増えたな」
「来たことあるんがか?」
「さあな」
坂本の問いは適当に濁しておく。かつてこの地を訪れたのはタバコを欲していた土方自身。今とは外見が大きく異なっている。荒れ果てた土地が耕され、順調に進む復興を心中だけで喜んでおいた。
だが実際にこの星の商店を訪ねると、食料も燃料も売れるものはないと言う。聞けば、少し前に地球から来た一行に全てを提供したとのことだった。
「タバコは?」
「ああ、それならあります」
「これで買えるだけもらおう」
「ありがとうございます!」
銀時の格好でタバコを買い付けることに抵抗がないわけではない。けれど、ハメック星を助けるという大義名分も掲げられることだしと財布の中身をタバコに替えた。そして住民の優しさに付け込んで大量に食料などを手に入れた者達へ、曲がりなりにもハメック星の平和に寄与した者として、土方は腹立たしさを覚える。
「ここの食料を持って行ったヤツら、何処へ行ったか分かるか?」
「まだこの星にいます」
「何?」
ならば少々懲らしめてやろうと彼らの船着き場を尋ねるも、恩人だから手荒な真似はしないでほしいと懇願された。
「その方は悪の帝王ブリーザを倒し、ズルズルボールで私を生き返らせてくれたのです。……あれっ、ヌルヌルボールだったかな?」
「ヌメヌメボールだ」
「え?」
「デルデ、つったか?息子は元気か?」
「はっはい。あなたは一体……」
「土方十四郎の関係者だ」
「そうでしたか!」
桂も坂本も新八にも話は全く見えていない。しかし離れ離れになって初めて「銀時」が恋人の名を口にしたのだ。只事ではないと静観していた。

デルデの父の案内で「恩人」の乗る船へと辿り着いた土方。丁重に礼を述べてから船へと呼び掛けた。
「真選組ィ!いるのは分かってる。応答しろ!」
「ん〜……うるせぇな……まだおねむの時間って……え?」
眠気眼を擦りながら土方姿の銀時が顔を出せば、そこには懐かしい自分の顔。
「お前、何でここに?」
「とりあえず上げてくれ」
「あ、ああ」
逸る気持ちを押し込めて銀時は乗船口を開けてやる。
江戸に残してきた土方が何故……まさか自分の体を追ってこんな辺境の惑星まで来たのだろうか。だとしたらもっと近くにいたうちにできただろう。近藤と桂は連絡を取り合っていたし、そもそも最初の目的地くらいなら土方も知っていたはず。
訝しみつつも銀時は自分の部屋に土方を通すのだった。

「で、何でいんの?」
「それより、奪った食料と燃料を返してやれ」
「は?」
変則的な形ではあるが久しぶりに会えた恋人同士。にもかかわらず会いに来た側の横柄な態度は銀時を頑なにした。
「元警察の俺らが強盗なんかするわけねぇだろ」
「なら金を払って買ったんだな?」
「この星の連中が勝手にくれたんですぅ。俺、宇宙を救ったスーパー地球人だから」
「それは俺のことだ」
「今の俺はお前だから俺がスーパー地球人でいいんだよ」
禁煙令に端を発した宇宙の旅について以前、土方から聞いていた。だからハメック星ならば休息場とできるのではないかと訪れた次第。
「それで『万事屋さん』は代金を徴収しに来たんですか?」
「テメーの体を取り戻しに来た」
「へ?」
「この近くに、七つ揃えばどんな願いも叶えてくれる球があるんだよ」
「でもそれ使うとヌメヌメになるんだろ?元には戻りてぇけどそれは……」
「ヌメヌメは洗えば落ちる。デルデの親父さんがそうだった」
「誰それ?」
ここまで言ってもやる気を出さない銀時に溜息を吐き、土方は自身が宇宙にいる理由を説いてやった。それは銀時にとって、師と友と仲間に関わる重大案件。
「先生と高杉と神楽が……あー、そうきたか……」
「だからここから先はテメー自身で進め」
「うー……」
これでも煮え切らない銀時へ最後の一押し。
「『実家』を人質に取らねぇでも、俺は必ず帰ってくる」
「土方……」
「だからテメーも、テメーの体でケリ付けて帰ってこい」
「……分かった」
それから二人はハメック星人の助けも借りてヌメヌメボールを集め、無事、元の体に戻っていく。それから様変わりした仲間に苦言を呈しながらも、今度こそそれぞれの道を歩むのだった。

(15.09.28)


本誌のさらば真選組篇が終わってから、毎週毎週土方さんが出てこない寂しさに打ちひしがれています。
現在の展開もハラハラドキドキですし、離れていても心は繋がっている銀さんと土方さんですが、やっぱり二人一緒のところを見られないのは寂しい〜。
ヌメヌメ龍、二人を会わせて!! ここまでお読み下さりありがとうございました。


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