夜明け前の逢瀬
馴染みの定食屋。相手も行き着けなのは知っていて、何度か出会したこともあって、それでもこの日は初めて待ち合わせをして訪れた。
「珍しいこと。雨が降るはずだわ」
いつものでいいかと微笑む女将に頷いて、銀時と土方はカウンター席に並んで腰掛ける。今や共通の知人となった長髪の革命家のことなどを話題にしつつ、間もなく出て来た丼を交換して掻き込んだ。直後は驚いた顔をした店主であったが、程なくして慈愛の表情に変わる。 彼女に自分達の関係を告げたことはない。
先代店主は何となく気付いていたようだったが、聞かれなかったので説明もしなかった。おそらくそれは現在まで継承されているのだろう。
「マズイ」 空にした丼を殆ど同時に置いて、決して忘れられないトラウマ級の味だと互いを嘲り笑い合えば、いつしか女将も笑っていた。ここにいてもコイツなら大丈夫――それは分かりきっていたことではないか。 グラスを空にして土方が席を立つと当然のように連れも続く。雨はもう上がっていた。
月明かりが頼りの仄暗い裏道。雨水を含んだ土壌に、草履とブーツの足跡が同じ歩幅で静かに刻まれていく。ブーツの型の傍らには不規則に揺れる細い線――役目を果たした傘の先――も添えられて。 ブーツが止まれば草履も止まり、やがて二つはひっそりと佇む建物の中へ吸い込まれていった。
* * * * *
愛する者達のための宿。畳に腰を下ろした銀時は木枠に右肘を付き、開け放った窓から空を見上げている。その右手から紫煙を燻らせて、心地好い夜風で風呂上がりの火照りを鎮めながら。
愛しい人の気配がしたのは、煙の元を唇へと近付けようとした時だった。左の手元に置いた灰皿へ、灰を落とそうと装い振り返れば、己と揃いの、宿名入りの浴衣を纏った土方の姿。ほっこりと上気した肌が月明かりに照らされ、何とも煽情的だ。それは、静寂な雰囲気をぶち壊して襲い掛かりたくなるほどに。 実は相手も似たようなことを考えているなど知るよしもなく、銀時は思い止まり、この場に相応しい言葉を捻り出す。 「月が綺麗だよ」 「今夜は満月だったか」 「そういうわけじゃねぇけど」 窓枠に左肘を付き、半ば向かい合う形で胡座をかいた土方。暗い空にはあと数日で満ちる月が浮かんでいた。 暫く黙ってそれを眺めていた土方であったが、ふいに「あ」と小さく漏らす。薄明かりにぼんやり光る銀髪へ視線を移して咳払いを一つ。 「月が綺麗だな」 「……そういうわけでもなかったんだけど」 どこぞのお偉い先生が、異国の愛の言葉をそう翻訳したとか。その思いがないわけではないからいいかと月の話はこれまでにして、銀時はイチゴ模様の小箱を隣人へ差し出した。 我が物顔で開封し、土方は中にある薄赤色のチョコレート菓子を一粒摘む。懐に忍ばせていたせいでやや柔らかくなったそれ。口に放り込み、指についたものも舐め取った。 「美味いだろ?」 「マズイ」 そう言いながら新たなイチゴ味を足していく。今度は手を汚さぬよう、口を開けた所へ直接箱を傾けて。 口内に広がるイチゴの香りに気持ちが逸る。まだ早いだろうか……いや、思考が似通っているのは既知のこと。自分がその気になりつつあるということは、相手だって同様だろうと踏んで片眉を上げた。 「そっちは美味いだろ?」 「マズイに決まってんだろ」 「そうか。この機会に、ちったぁマシな味覚を身に付けておけよ」 「それはこっちの台詞」 「…………」 「…………」 これからを意識して、柄にもなくしんみりした空気が漂ってしまう。物理的に離れるだけ。目に見えないところでは確実に繋がっているのだから、何も悲しむことはないというのに。 湿っぽいのは似合わない。恋人の味がする煙を吸い込んで、 「次のデートはどんな土方くんに会えるかなァ」 茶化しつつも未来の希望を口にしてみた。 「今と変わんねーよ」 「そうかなァ」 人は変わるもの。生活環境を異にすれば尚更のこと。 だがその変化すら自分にとって悪くないもののはずだと銀時は確信していた。 「折角だから変わってこいよ」 「どんな折角だ……」 ふっと綻んだ口元。己の活力源たる菓子がその中へ再び注がれたのを目にして、銀時の調子は完全に上向く。 「二年くらいしたら、仏のような笑顔の土方くんに会えたりして。あ、十五郎なんぞ拵えてきたらチ〇コ引っこ抜くからな」 「はいはい」 「で、五年したらデコ出しな」 「そん時テメーがどこぞのウイルスに感染してやがったら承知しねーぞ」 「はいはーい」 十年後はどうなってっかな――短くなった煙草を灰皿で揉み消し、銀時は晴れて自由の身。カラカラと菓子箱を振り空を見渡す土方を、勢いよく畳へ沈めた。 虚をつかれて倒れた男の手からチョコレート菓子が散らばる。周囲の甘い匂いと甘い物を食したばかりの恋人、甘党の男にとって極上のご馳走が労せず出来上がった。 「せめて布団に押し倒せ」 「次からはそうする」 「テメーの脳みそじゃ次まで覚えてらんねぇだろ」 「忘れてたらお前が布団に押し倒せよ」 喋りながらも互いの手は互いの帯を解いていく。布越しに伝わる銀時の熱い体。布団は目と鼻の先だけれど、土方もここから動くつもりはなかった。 「何でパンツ履いてんだ?」 手間が掛かると文句を垂れる銀時は、浴衣一枚剥かれて既に生まれたままの状態。露わにした土方の胸板に己のそれを合わせる姿勢は変えず、腕も指も限界まで伸ばして何とか足の付け根まで下着をずらした。 「んっ、ハァ……」 「横着すんな」 肝心な箇所のみ露出させ、これで良しとばかりに銀時は自身を重ね付ける。着ていた浴衣を敷布団にされて、それでも自分を追うように高ぶってくれる理想的な反応。我慢ができないのだと腰を押し当て態度で示す。すると、仕方のないヤツだとでも言いたげに短く息を吐きつつも、己を落とさぬ程度に足技を駆使して自ら脱いでくれるのにまた興奮した。 「ん、んっ……」 「ハァッ……」 勃ち上がりきった二人のモノ。上に乗る男がほんの僅かな距離を行きつ戻りつしながら、緩やかでたゆたうような刺激を分かち合っている。銀時の腕は土方の脇の下を通って肩に縋り、土方の腕は銀時の背中に確りと回されていた。 体の奥よりじくじくと沸き起こる疼きは互いに無視をして、相手を抱き締めることに全力を注ぐ。 ふと顔を上げれば、物足りなげでいて満ち足りた瞳と搗ち合い、引き込まれるように唇を重ねた。 「んっ……」 「んっ……」 ぴくりぴくりと時折微かに体を強張らせながら、触れるだけの口付け、抱き合うだけの体勢を崩そうとはしない。限界を超えて高揚した体は勝手に痙攣を繰り返す。寧ろそれで充分過ぎると銀時も動くのをやめていた。 張り付いているだけにもかかわらず、二人はこれまで経験したことのない一体感を覚えている。
柔らかな月明かりが、愛し合う者達を窓の形に照らしていた。
(15.08.01)
551訓の二人の深い絆には衝撃を受け、日記でも萌え吐きまして、これで終わりにするつもりでした。 それが、ありがたいことにリクエストをいただきましたのでこのような形にすることにしました。 ただ、リクエストは「熱い夜」だったんですよね……抱き合ってるだけですみません^^; カップリングはお任せいただいたので、どうとでも取れる感じで。 ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
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