初恋の人達
窓辺で胡座をかいて木枠に肘を付き、暗い空を見上げて煙を吹き出す――微睡みから浮上したての視野に映る土方の横顔は、妙に幼く見えた。 畳と布団に阻まれながらも、賑やかな階下の音が微かに漏れ聞こえる。ババァのスナックは相変わらず繁盛しているようだ。この分なら先月の家賃、まだ払わなくて平気そうだな。 「悪ィ。起こしちまったか?」 「最初から寝てないしィ」 お前に掘られたくらいで眠りこけるほど疲れるわけないだろうと、すぐにバレる強がりを言って俺は、掛け布団を巻き込み俯せになった。背中も尻も丸見えの俺に息と煙を同時に吐き出して、風邪を引くぞと煙草臭い着流しを掛けて寄越してくる。自分はちゃっかり洗濯済みの浴衣を着ていた。 それ洗ったの、銀さんなんだからな。 コイツはウチに来る度に浴衣とか帯とかパンツとかシャンプーとかを「忘れて」いくから、箪笥の一段が土方くん専用の落とし物箱になっちまった。まあ、シャンプーはウチのが切れた時に使わせてもらったけど。 「月見?」 違うのは分かっているが聞いてみた。いつもは俺の横で、布団の中で一服してる土方が、窓を開けてまで空に思いを馳せる理由に何となく興味を引かれたから。 「今日は新月だ」 「じゃあ、マヨネーズ座でも発見した?」 「違ぇよ」 土方はまた空に向けて煙を吹く。時計の針は零時をとうに過ぎていて、日付が変わったことを示していた。ああ、そうか。今日はあの子の―― 「それなら、激辛せんべい座かな?」 「げほっ!」 大切な人達に看取られて逝った、儚くも幸せな女性の命日だ。 「当たり?」 「…………」 眉間に皺を刻み目を細め、こちらを見詰めて黙る土方。俺の腹が読めなくて言葉が出ないといったところか。 「いいんじゃね?初恋の君に『線香』やるくれぇ」 「…………」 寛大な恋人の態度にもかかわらず、不満げな表情の馬鹿に思わず笑いが込み上げた。ヤツの着物に袖を通し、怠い身体を引きずって、その背に凭れて座る。 「初恋じゃねぇか。お前は、『大きくなったら母上と結婚するぅ』とか言うガキだったと見た」 「……悪ィか」 「ぶはっ……マジでか!」 背中合わせでも土方が真っ赤になっているのは容易に想像できる。俺に遠慮をしてか単に気恥ずかしいだけか、コイツは過去のことを――特に家族のことを――自ら話そうとはしない。話すとしても、こうやって俺と目を合わせずにぼそぼそっと。 だから知らねェんだ。俺に会う前のお前を知る時に、今のお前を知るのと同じくらい楽しませてもらってるってことを。 「なあ、お母さんの命日っていつ?」 「それ知ってどうすんだよ」 「空に向けて線香立てる」 「ンでテメーが……」 身体の向きを変え、土方の背中に抱き着いた。そろそろ銀ちゃんも危ないヨ――加齢臭対策だとかで神楽が選んだ消臭効果の高い洗剤。おかげで浴衣に鼻先擦り付けてもヤニ臭さは感じられない。 次からは水洗いにしよう。 「初恋の相手が二人もいてずりィ。一人貸せよ」 「意味分かんねェ……」 「いいじゃねーか。俺が初恋の人に線香やれんの、まだ何十年も先なんだぜ?」 「……一生できねェよ」 「お前しぶとそうだもんなァ」 「まあな」 コイツの過去を知るのは楽しいけれど、未来を共有できるのはもっと楽しい……ってことも知られるわけにゃいかねェな。 ぽ、と僅かな破裂音とともに土方は煙の輪を作り、暗い空へと飛ばした。短くなった「線香」を灰皿へ入れて俺の髪をモフる。 「今度……」 「んー?」 「俺の田舎に来るか?」 「実家に挨拶ってヤツ?何それ重ーい」 「おい……」 銀髪に差し込まれた指が引っこ抜く勢いで毛に掴み掛かった。口より先に手が出る癖はいつまで経っても治らねぇ。 「痛ぇな」 「テメーが訳分かんねーからだ」 「ミステリアスな所が銀さんの魅力なんですー」 「何がミステリアスだ」 ケッと吐き捨てて新しい煙草を咥え……ようとしたが箱に戻した。何もこのタイミングであの子を弔ってるなんて思わねぇのに律義なヤツ。これじゃあ今日ウチ出るまで禁煙しなきゃなんねーよ?そんな長時間我慢できんの? 「土方くん」 「あ?」 俺にからかわれた上にヤニ切れで、大層ドスの利いた声で振り返る。こんなこと、初恋の人達にはできないだろうとちょっぴり優越感を覚えた。 「目ェ冴えちまったし、二回戦シませんか?」 「……三回戦だろ」 「そういや風呂場で一回ヤったな」 二回でも三回でも取るに足らないこと。これまでとこれから、土方と合体する数に比べたらな。 口寂しげなアイツの唇の端に己のそれを当てた瞬間、視界が反転した。一回戦は風呂場で二回戦は布団で、三回戦は畳の上か……悪くないなと目を閉じて、初恋の人からの口付けを待つ。暗い空で輝く星々を瞼の裏に浮かべながら。
(15.05.13)
前にもどこかで書きましたが、銀さんの初恋が土方さんだったら萌えるなぁと常々思っています*^^* それと、鏡の中のさっちゃん編(?)で、ツバキ派の万事屋に、真選組御用達のヴィダルが置いてあった件について妄想してみました。 ここまでお読み下さりありがとうございました。
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