「降ってるみたいだな」
「ああ、土砂降り」
鶏鳴時の愛のホテル。明かりを差し込ませないため設置された二重障子のその奥の、窓を僅かに
開けた銀時は猛スピードで浸入してきた雨風に、即刻経路を経つ。
昨夜は恋人の土方とここで一夜を過ごした。かぶき町から電車に乗って、わざわざ海の近くの宿へ
来たというのに。
「花火大会は中止だな……」
「そうだな」
ならばまだ寝ていようと土方に手を引かれ、その腕を枕に目を閉じる。
今夜は大江戸湾花火大会の日。本日と明日、奇跡的に二連休の取れた土方に誘われて、打ち上げ
花火を間近で見るためやって来た。家の屋根に上がれば見えないこともないが、折角なら打ち上げ
場所の近くで鑑賞したい。だから前日、土方の仕事が終わるのを待って会場に程近いラブホテルに
泊まったのだ。折しも台風何号かが、江戸へ接近中であり、既に傘が拉げるような風が吹いていた。
土方の休みは明日まで。花火を見終わればまたここへ戻る予定であったが、このまま宿から出ずに
明日を迎えそうだ。
「新八と神楽も残念がるだろうなァ」
一月程前、階下の大家から、桟敷席の端になら座らせてやろうと声が掛かった。今年も屋根に上る
気満々であった万事屋三人は二つ返事でその申し出を受ける。しかしその後、土方の休みが取れた
ため銀時のみ別行動となったのだ。前夜から会場近くに泊まり、夜明けと共に場所取りをすれば、
桟敷席とまではいかずとも充分に迫力ある打ち上げ花火が見られるはず。
自分達より恋人を選んだなどとからかわれながら送り出された銀時であったが、
「お前が珍しく連休なんか取るからだぞ」
「はいはい」
その時の恥ずかしさを思い出し、元凶に悪態を吐いておく。
「俺ァお前と過ごせれば何でも良かったんだがな」
「るせっ……ちょっと休んだら、サービスしろよ」
「了解」
実を言うと土方となら、人混みの中を行くより二人で過ごす方が好きだなんて、口が裂けても
言えやしない。銀時は本格的に寝る体勢に入った。
町の天気も変わりやすい
翌昼過ぎ。帰宅した銀時を新八と神楽は興奮気味に出迎えた。
「昨日は凄かったネ!」
「凄かったですね!」
「え、何が?台風?」
そこまで酷かったのだろうか。二泊三日ホテルにいて、食事も出前、殆ど服も着ずに過ごして
しまった銀時は、外の様子を知る由もない。
「まあ、このボロ屋が壊れなくて良かったじゃねーか」
「何言ってるネ。花火のことアル」
「花火?何の?」
「昨日の花火に決まってるじゃないですか」
「き、昨日?」
「ドンドン、ドンドンって凄かったネ!」
「火の粉が降り掛かってくるようでした!」
「そ、そうなんだ……」
いい加減な相槌を打ちながら銀時は全力で考えを巡らせる。
昨日の花火とは、大江戸湾花火大会のことか?しかし昨日は朝から豪雨だった。日の出前に起きて
確認したのだ。間違いはない。もしやその雨は局地的なものでこの辺りは……いや、ここより宿の
方が花火会場に近い。ホテル周辺が大雨なら会場も同じに違いない。
「銀ちゃんどこにいたアルか?探したけど見付からなかったヨ」
「早朝から場所取りしたんですよね?お疲れ様でした」
「ああうん」
やはりあの花火大会の話らしい。だがどういうことだ?台風で中止になったのではないのか?
更なる事態把握のため銀時は話題を台風のことへ。
「台風はどうだったんだ?」
「寝てる間に通過したじゃないですか。花火大会に影響なくて良かったですね」
「どうせマヨラーといちゃついてて、台風が来たことも気付かなかったんでしょ」
「ハ、ハハハハハハ……」
乾いた笑いでごまかしつつも、ふわふわ銀髪で覆われた頭の中はフル回転。前夜の記憶の糸を
手繰り寄せていた。
窓を閉めていては確かに外の雨がいつ上がったかなんて分からない。けれどあの宿から打ち上げ
場所までは徒歩数分。いくらホテルの特性上、防音機能が高いとはいってもその距離で花火が
上がれば室内にも音が轟くはずだ。そうなれば急いで着物を着て表へ出るに違いない。
「まさか、いちゃついてて花火も見なかったアルか?」
「は、はぁ!?ななな何言ってんの?」
女の勘で銀時の異変を察知した神楽。銀時の額には暑さのせいだけではない汗が滲む。
「さすがにそれはないでしょ神楽ちゃん。花火を見るために前の晩から泊まり込んだんだから」
「徹夜でいちゃいちゃして、花火が始まる頃に寝ちゃったのかもしれないネ」
「でもあの爆音なら目を覚ますよ。ねぇ銀さん?」
「おっおう、勿論だ。つーか普通に起きて花火見てたからね」
新八は全面的に信じてくれたが神楽はまだ疑いの眼差しを向けている。昨日あったことを正確に
思い出さねば、目的も忘れて土方と抱き合っていたなどという汚名を着せられてしまう。それは
絶対に避けたい――
昨日、二度寝から目覚めた時には昼過ぎで、腹が減ったと出前のピザを取った。土方の金だからと
一番高いピザをLサイズで頼み、ついでにサイドメニューのデザートも全部付けたら二人では到底
食べ切れず、その日の夜と今朝で漸く消費した。
食事と食事の間は、子ども達に言えないようなコトを致していて、しかし周りの音が耳に入らない
ほど夢中になっていたわけではない……と思う。
そうだ。
途中、土方は煙草が切れて買いに出たではないか。あれは午後四時くらいだった。その時刻で
あれば見物客とも大勢すれ違い、花火大会が予定通り開催されることにも気付けたはずだ。つまり
土方が花火よりもホテルで過ごすことを選び、自分に伝えなかったのだ。
あの後、戻って来てからもヤった。きっと、キスするふりをして耳を塞ぐなど、姑息な手段を
使ったのだろう。
「オープニングの連続打ち上げから圧倒されちゃいましたよ」
「……実はさ、土方くんがグダグダ言ってて初めの方、見逃しちゃったんだよねー」
「やっぱりマヨラーといちゃついてて見られなかったアルか」
「ちょこっとだけだぞ。それに、俺は早く行こうって言ったのにエロ方のヤツが……」
ここで唐突に昨夜の記憶が鮮明に蘇ってきた。午後四時過ぎ、煙草のついでに缶ビールも携えて
土方はホテルへ戻ってきて――
* * * * *
「おけぇりー」
「おう」
全裸でベッドにうつ伏せていた銀時は、浴衣を布団代わりに腰へ掛けていた。ごろりと寝返りを
打ちこちらを向けば、あられもない姿が露わになる。
少しは隠せ――土方はコンビニ袋をソファーに置き、銀時の下半身にバスタオルを掛けてやった。
何故だか足元に移動していた枕を本来の位置に戻し、その横に腰を下ろして銀髪を指で梳く。
「起きれるか?」
「無理でーす」
「すまない」
上半身に散る紅い痕が幾度となく繰り返された情交を物語っていた。
「あのな銀時……」
「ビール買ってきた?」
「あ、ああ。飲むか?」
「飲ませてー」
何かを言いかけた土方であったが、銀時の望を優先させようと立ち上がる。プシュッと小気味良い
音を立てて缶を開け、ベッドの脇で一口含んだまま愛しい人の唇を目指した。
「んー……温い」
「だったら起きて自分で飲め」
「温いビールも結構美味いよー……お代わり」
「お、おう」
既に酔っているのではないかと思うような甘い台詞。二口目のビールも口移しで与えながら土方は
幸せを噛み締める。
「あー、うまーい……」
「なあ銀時、花火大会だがな……」
「…………」
「銀時?」
疲弊した身体にアルコールが染み渡り、銀時は再び夢の世界の住人となってしまった。
ギリギリまで寝かせてやろうと土方は、寝冷えしないようきちんと布団を掛けてやった。
「…………」
銀時が目を覚ましたのは、二時間以上経過してからのこと。シャワーの音が恋人の居場所を伝えて
くれている。その音を聞くとはなしに聞いていると、何だかムズムズソワソワ落ち着かない。
もっと分かりやすく言えばムラムラする。
ごろごろとベッドの縁まで転がって、銀時は何時間か振りに起き上がった。血流の変化が軽い
目眩を引き起こし、ふらつく足取りで浴室まで辿り着く。
「おはよー」
「起きたか。シャワー浴びたら出るぞ」
本能に従い行動していたこの時の銀時は、土方の発言を「早くシャワーを済ませてベッドへ
行こう」と解釈していた。イスに座り身体の泡をシャワーで流す土方のすぐ隣に跪き、その首に
腕を回す。
「思い切り汚れてからの方が洗い甲斐あるぜ?」
「あのな銀と……」
土方の口を自分のそれで塞ぎ、未だ泡の残る身体の中心を扱いていけば、そこはあっという間に
硬く勃ち上がった。
「ねぇ……いっぱい汚して」
股間の手はそのままに、反対の手で土方の手首を取り自身の足の間へ導く。上等だ――火の点った
黒い瞳に囚われて、銀時は満足げにその身を委ねた。
それから暫くの間、浴室の構造により反響した己の嬌声で鼓膜を揺らされ、外の「雑音」が銀時の
耳へ届くことはなかった――
* * * * *
「うあぁぁぁぁぁ……」
「ぎっ銀さん?」
「どうしたネ?」
全てを思い出した銀時は自らの失態に叫び、その場で頭を抱えて蹲った。
今になって考えれば土方は何度も外へ誘おうとしていたし、ドンドンと大きな音も数回だが
聞こえていた。しかし完全にそっちモードになっていた銀時は「お隣りさんも激しいな」程度に
しか感じず、最終的に土方を風呂場へ押し倒し、熱り立つモノの上に乗っかってしまった。
それ以降の記憶はほぼ皆無だから、おそらく出し切って意識を飛ばした自分を土方が洗い清め、
ベッドへ戻してくれたのだろう。
「き、昨日の酒が抜けてねェから、ちょっと寝てくる……」
「奢りだからって飲み過ぎたアルな」
「碌に花火も見ず飲んでたんですね」
やれやれと呆れ返る二人に言い返す気力もなかった。真実を胸の内にひた隠し、押し入れから
タオルケットを引っ張り出す。扇風機もない寝室を閉め切って畳の上で丸くなり、それに包まる
銀時であった。
もしもタイムマシンがあったなら、夕べの自分をぶん殴りたい。
(14.08.12)
先日、雨で某花火大会が中止になり思い付いた話です。土銀は誘い(襲い)受けと流され攻めが基本。
……基本なので違う土銀も書きますが。何にせよ春夏秋冬いちゃいちゃしてるのは確か!
ここまでお読み下さりありがとうございました。