似た者同士が喧嘩をすれば
微かに感じる冬の名残がかえってスッキリと心地好い晴れた朝。いつものように新八が万事屋へ着けば、銀時と神楽は黙々と食事をしていた。今日は土方が休みだからと昨夜遅く、デートに出掛けたはずの銀時がなぜ……率直に疑問を投げ掛けた新八は、
「俺の家で俺がメシ食っちゃ悪いのか?」 「いえ……」 荒んだ反応で悟った。
また、くだらないことで喧嘩したのだ。
二人が交際を始めてから何年も経ち、それなりに上手くいっている様子もあるのだが、こうして偶に諍いを起こす。原因は様々。
胸元が開き過ぎ、足が臭い、小豆とマヨネーズはどちらが強いか……共通しているのは、どれも取るに足らない事柄ということ。
だから数日もすればケロリとして次の約束を取り付けていた。加えて最初の頃と比べれば頻度も減ってきているから、周囲も一々気に留めない。当人にとってそのことは、少し寂しいことなのだけれど。
「食後のジャンプ最高!」
恋人と過ごすために空けておいた時間が無駄になり、愛読誌片手に転寝する銀時。強がっているのは明らかで、すぐに仲直りするのだと信じて疑わないのは周りと異なり、本人は至って深刻に落ち込んでいた。 今回の喧嘩は本物なのだろうか……新八と神楽も漸く僅かばかり心配になってくる。
「銀ちゃん、元気出すネ」 「なっ何が?俺はすこぶる元気ですけどォ?」 「土方さんと喧嘩したんですよね?」
「べべっ別にィ」 「はいはい」 この期に及んで取り繕おうとする銀時は相手にせず、二人で話を進めていった。
「謝るのが一番だと思いますけどね」 「それができたら苦労しないアル」 「全部忘れたフリして会いに行くのは?」
「それでいいアル。ほら、銀ちゃん、行くネ」 「はァァァ?」
いい加減に思える仲裁案。そんなものは到底受理できぬと銀時は拒否をする。色恋沙汰ゆえ詳しくは話せないけれど、今回の非は向こうにあるのだ。こちらから訪ねて行くことすら承服できなかった。 そのうち気遣われるのも心苦しくなり、
「あ〜、眠ぃ……」 起きたばかりにもかかわらず、雑誌をアイマスクに寝たふりを決め込むのだった。
* * * * *
その頃片割れは、苛立ちを竹刀に乗せ、屯所の道場で素振りを行っていた。
休日まで汗に塗れる副長。障らぬ神に何とやら――旧知の沖田ですら、朝食時に「いたんですか」と言った以外は声を掛けない。他の部下達はなおさら。遠巻きに日課を熟し、そそくさと道場を後にするのだった。
格子窓から差す日は春の名に相応しく麗らかで、偶には一人で出掛けてみるかと土方も竹刀を置く。恋人ができてからというもの、自分だけの時間など有名無実と化していた。だから今日は、大いに羽を伸ばしてやるぞと妙な気合いを入れて。
「…………」
心地好い空気の中を当てもなく歩くこと十分。空虚さに耐え切れず土方は懐から煙草を取り出し咥えた。
その瞬間、周囲の鋭い視線に晒されて、横を見れば「路上喫煙禁止」の立て看板。どいつもこいつも俺を悪者にしやがって――昨晩の怒れる恋人を重ねて土方は、忌ま忌ましげに煙草を仕舞った。
本当なら今頃は甘味処で小憩といったところだろうか。店先に立つ朱色の傘に導かれ、土方は団子屋へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ……あ、もう見えていますよ」 「え?」
店主の娘に案内された先には銀髪男の背中。今最も会いたくない男の姿は、土方の眉間に前髪でも覆い隠せない皺を刻ませた。
背後の気配で誰かを察知した銀時もまた、敢えて食べかけの団子をくちゃくちゃと咀嚼しながら振り返る。
「マヨネーズの持ち込みは禁止ですけどォ」 「…………」
顰めっ面で見下ろして、しかし一言も発せず土方は踵を返した。うろたえる店員にフォローを入れる余裕もない。
それは残された銀時も同様であった。
ひたすら無言で団子を平らげ、湯呑みを空にしていく。好物のはずなのに、少しも美味しさを感じなかった。憎たらしい顔を見たせいにしてみたが、実のところ、自宅で食べた朝飯も全く美味くはなかったのだけれど。
一方、禁煙地帯へ戻ってしまった土方は、ずかずかと踏み荒らしながら一服できる場所を探していた。路地裏などなら幾らでもあるが、団子屋の近くではまたヤツに会いかねない。だが野郎のことで骨を折るのも癪だ。 結局、五分も行かない所で紫煙を燻らせる土方であった。
体内にニコチンを摂取すれば幾許か気分は晴れる。今日は偶の休日なのだ。のんびり過ごすと決めたではないか。少し早いが、店が混み合う前に昼飯にしようと、行きつけの定食屋を目的地に設定した。
「は?」 「チッ」
目当ての場所まであと数歩。見知った流線模様の着流しに舌打ちしつつ土方が店の入口へ体を向ければ、銀時も負けじと扉へ手を伸ばした。目標が同じとなればもう無視はできない。 「テメーさっき団子食っただろーが」 言外にここは譲れと睨みつけた。
だが付き合いの長い銀時は、この程度で怯みはしない。 「オメーはおやつとご飯の違いも分からないんですかァ?」
「飯に小豆かけて食うなら団子でも一緒だろ」 「何でもマヨネーズ塗れにするヤツに言われたくありませんー」
ぐぬぬと暫し睨み合い、殆ど同時に背を向けて、逆方向へと歩みを進めた二人。さして空腹ではなかったはずなのに、食事が遠退くと理解した途端、腹がぐうと鳴った。 そういえばこの裏に蕎麦屋ができたのだったな……評判は不明だが今なら何を食っても同じだと自嘲して、路地を曲がっていく。
と、またしても同じ顔に出会した。 「何なのお前?銀さんのストーカー?」
「そりゃこっちの台詞だ。行く先々で現れやがって」 「定食屋、譲ってやったのにこれだ……」
「譲られた覚えなんざねーよ」 自らの意志でここへ来たと主張する男に、銀時は大袈裟に溜め息を吐いて見せる。昨夜の不満も乗せて。
「お前は悉く俺の善意を裏切るな」 「俺がいつ裏切ったってんだ?」 「いつもじゃねーか」 「ああそうかよ」
ならばここは譲ってやろうと嫌味たっぷりに言い捨てて、土方は元来た道を引き返していった。
川向こうにファミリーレストランがあるものの、下手に入れば再びあの天然パーマと鉢合わせするかもしれない。天気も悪くないことだし、弁当でも買って公園で食うか……
「「あ……」」 弁当屋の手前、四度目の遭遇で最早憤る気力さえ失った。 自分達は似た者同士。何があっても離れられない運命らしいと、柄にもなく甘ったるい言葉が浮かぶ。思考回路が似ているから、相手の脳裏にもそんな文字が踊るのだろうかと想像したら可笑しくなった。 「ぷっ……」 先に吹き出したのは銀時。釣られて土方もふふと笑う。 気付けば二人、弁当屋を通り過ぎ、人気のない袋小路へと身を隠していた。 「昨日は、悪かった」 「ん」 土方が銀時の腰を抱き寄せると銀時は土方の首に腕を回して目を閉じる。間もなく唇が重ねられた。 「すまなかった」 微かに離れてまた口付ける。 「申し訳ない」 合間合間になされる謝罪。 「次からは気を付ける」 「うん」 銀時はうっとりと耳を傾けていた。 「ごめんな……ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん」 「ふふっ」 大人しく贖罪のキスを受け入れていた男が笑い出し、土方はむっと唇を尖らせた。 それを宥めるように鼻の頭へ口付けた銀時は、穏やかな表情をしていた。 「一回多い」 「あ……」 愛しい人から己のミスを指摘され、照れ隠しに土方は「おまけ」と称して深く深く唇を重ねる。
休日デート再開。
* * * * *
昨夜、仕事の関係で土方は待ち合わせに遅刻した。 「遅い!」 「悪かった」 「土方くん、誠意って言葉知ってる?」 「分かった分かった。チョコレートパフェ奢ってやるよ」 「金で解決するんだ……ふーん」 「何が望みだ?」 「そうだなァ……俺に詫びながらキスしろ。十回」 「はあ!?ンな恥ずかしい真似ができるか!」 「ああそう!お前の愛ってそんなもんだったんだ!」 「ハッ……そんなくだらねぇことで愛情が計れてたまるか!」 「帰る!!」 「勝手にしろ!!」 こうして二人は落ち合ってすぐに帰路へついたのだ。
交際を始めてから何年も経ち、それなりに上手くいっている様子もあるのだが、こうして偶に諍いを起こす。原因は様々。 共通しているのは、どれも取るに足らない事柄ということ。
(16.05.25)
ラブちょりす篇の「十回キス」にドキドキしていた銀さんって可愛いですよね〜^^ ケンカップルでバカップルの土銀サイコーです!! ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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