彼着物


万事屋の朝は遅い。仕事のない寒い冬の朝は特に。温かい布団に包まれて微睡むのが至福の時。今朝の銀時はそれに加えて自分専用の「行火」もあるから更に温か……くはなかった。布団の中には己だけ。
ふんわりと意識が浮上すれば台所からコトコトと音が聞こえるではないか。一気に覚醒した銀時は慌ててそちらへ駆けていった。
「マヨネーズ入れんなよォォォ……あり?」
おはようございます銀さん――厨房に立っていたのは予想に反して新八。土方さんでなくてすみませんなどと苦笑いで謝られ、マヨ塗れ朝食でなくてせいせいしたと強がる銀時の顔は赤い。
「いつ来た?」
「少し前に」
「あっそ。ふーん、別にいいけどね……」
今この家にいるのは自分と新八のみのようだ。昨夜泊まりに来た土方はいない。けれどヤツの衣類は当然として、布団の周りに脱ぎ散らかしたはずの銀時の服までなくなっていたから、洗濯はしていったらしい。だが挨拶もなしに帰りやがって……別に良くなどないのは明らかなのに、素直になれない銀時にこっそり笑みを漏らし、新八は真実を伝えてやる。
「土方さん、神楽ちゃんと買い物行ってますよ」
「……は?」
「味噌が切れてたみたいで。だからこれも途中まで土方さんが作ったんです」
「そうか……帰ったんじゃなかったのか。……べっ別にいいけどね!」
「はいはい」
もう隠すこともせずクスクス笑って、土方から引き継いだ食事の支度を続ける新八。火照りを冷やすかのように、銀時は冷たい水でバシャバシャと顔を洗い、布団の中で丸まっていた黒の上下に着替えるのだった。
洗濯するなら全部やれと誰にも聞こえぬ文句を言いながら。


「ただいまヨー」
「てめっ、何て格好で出歩いてんだ!」
神楽と帰ってきた土方は、こともあろうに銀時の着流しを纏っていた。真相を知った銀時は怒りと羞恥にわなわなと震える。
周囲に二人の関係を隠しているわけではないものの、あからさまなことはしたくない。熱々だのラブラブだの果てはバカップルだのとからかわれるのは真っ平御免。
土方にもそれは伝えていたはずなのに、時折こうして銀時を困らせることを仕出かすのだ。
「起きたのか。体は大丈夫か?」
「るせェ!」
後半は未成年に聞こえぬよう銀時の耳元で。ボッと頬を染めた銀時は土方の胸倉を掴み、
「脱げ!あ……」
衿を開いてすぐに戻した。前夜に己が印した紅い痕が目に入ったから。
「あ、あっちで着替えて来い」
「俺の服、洗濯しちまったから乾くまで貸してくれ」
「……仕方ねェな」
自分自身から出たモノが土方の着物を汚した記憶を呼び起こされ、銀時はみるみるトーンダウン。土方を解放して一人居間へ引き返していった。
それから四人と一匹で遅めの朝食となる。さして変わらぬ光景ながら、銀時だけは隣の男が気になりソワソワと落ち着かなかった。


食事を終えても銀時の気はそぞろ。土方の服装が原因であることは分かっているから、早く洗濯物が乾かないかと窓の外を見ては溜め息。
だがふと、土方の服が一着こちらに置いてあったと思い出す。いつぞやも同様のことがあり、その時は土方に時間がなく、洗濯物として着物を預かり銀時の服を貸して帰した。それから洗い終えた着物を外に出しておくわけにもいかず、次に土方が来るまでと箪笥にしまって互いに忘れて今に至る。
そうだ、あれがあった。今こそあれの出番だと銀時は黒緑色の着流しを引っ張り出し、土方へ投げ付けた。
「ほらよ」
「ああ、そういや預けたんだったな」
「とっとと着替えて俺の服返せ!」
「はいはい」
くすりと笑って土方は襖の向こうへ。意味不明なこの胸の高鳴りも普段の服になれば治まるはず――もう少しの辛抱だと自らを奮い立たせる銀時であった。

「ありがとよ」
「うひゃ!」
暫くすれば銀時の希望通りに着物は返却された。自身のものではない温もりの残るそれを後ろから肩へ引っ掛けられて、心臓が飛び出るかと思うほど。鼓動は鎮まるどころか益々早くなっていった。
「着ねぇのか?」
「きっ着るよー。着ますとも。……お前より完璧に着こなしてやるから見てろ!」
自分でもよく分からない宣言をしてその場で袖を通し、土方が手にしていた帯とベルトを奪い取るようにして締め、右袖を抜く。
「〜〜〜〜っ!!」
そこでぶわりと体温が上がるのを感じ、銀時は有無を言わせず土方を外へ引き摺っていった。唖然とする万事屋メンバーに言い訳する余裕もなく。

*  *  *  *  *

「テメーにゃ二度と服貸さねェェェ!」
「はいはい」
マウントポジションを取られ、空を切る拳が耳を掠めても土方はニヤつくのを止められない。それが更に銀時を苛立たせることになっていても。
「いいのか、それ?」
「良くねぇよバカヤロォォォォォ!」
顎で銀時の体を指してやれば両の拳が同時に振り下ろされた。
ここは二人の行き着けの宿で、衝動を抑え切れなくなった銀時が連れ込んだ形。昨晩も充分に致したというのに、「その気」になってしまった原因は土方が勝手に借りた着物。己の物を土方と共有しているかのような気恥ずかしさと、それが返ってきた時の残り香に何とも言えぬ高揚感を覚え、体の一部が反応してしまったのだ。
土方に怒りをぶつけたところで熱は引かず、原因を作ったのは土方だがこの状態から救い出せるのも土方しかいない。酷く悔しそうに銀時は横になった。
「ヤれよ」
「騎乗位じゃねぇのか?」
そう言いながら体を起こした男は、俎上の魚のごとき恋人の服を一枚一枚剥いでいく。両手で顔を覆う銀時は泣いているようにも見えた。
「もう、好きに俺の体を蹂躙すればいい……」
「そういう趣味はねぇし、昨日ヤったばっかでそんな体力もねぇし……」
優しくするから安心しろと言ったつもりであったのだけれど、
「どうせ俺は、昨日の今日でも欲情しまくる淫乱ですよー」
「ンなこと言ってねぇよ」
やさぐれた銀時には通用せず。会話を続けるほど投げやりになるのを感じて土方は、裸に剥いた銀時を俯せの姿勢にした。顔を見なければ少しは大人しくなると踏んで。
「……お前も全部脱げよ?」
「分かってる」
着衣厳禁と念を押し、銀時は四つん這いになる。背後で聞こえる衣擦れに涎を垂らす愚息に舌打ちをして。
「ハァ……あ、んうっ!」
ずぶずぶと奥深くまで侵入してくる感触に体の震えが止まらない。この程度のことで乱れていては後が辛くなると理解していても、気持ち良いのだからどうしようもない。
「一回イクか?」
張り詰めた陰茎をそっと握られて銀時は頭を振った。恐らくその手が数回上下すれば出てしまう。けれどそこからもう一度、内部の刺激と共に達するだけの余力は持ち合わせていなかった。
昨晩の疲れが残っているのは銀時も同様。
「あ、うぅん……あっ!」
なるべく性感を刺激せぬよう、逸る心を必死で抑えながら土方は腰を進めていく。
気持ち良くなることには積極的で、自ら受け入れる側を希望した銀時。その清々しさも好ましい所であったけれど、時折見せる初々しさは土方の欲望を大いに引き出してくれていた。
今回も然り。
着物を借りただけで、そこからキスマークが覗いただけで、あんなに可愛い反応を返してくれるとは。子ども達がいなければあの場で抱き着いていても……いや、押し倒していてもおかしくはなかった。
そんな状況でホテルへ連れて来られて粛々とことを進められるわけがない。
「あ、待っ……そこやめっっっ!」
「すまん」
ついつい激しくなりがちで制御が困難。その度にビクビクと痙攣する姿にまた煽られてしまった。
「ハッ……あん、ひぅっ!」
自分と共に達せるように、先に感じ過ぎないようにと耐える恋人のいじらしさ。こういう姿を見せられると、普段はない悪戯心が出て来てしまうから不思議だ。
土方は先刻脱いだばかりの己の着流しを静かに手繰り寄せ、腰を揺らしつつそれを銀時の背中へばさり。
「っ――ああぁっ!!」
一気に絶頂へ突き上げられ、濃い色の着物に包まったまま脱力していく銀時。横向きに倒れて繋がりが外れれば、潤滑剤に塗れた土方の先走りが服の上にぽたりと零れた。
「ハァ、ハァ、てめー……」
「あー……すまん」
潤んだ瞳に睨まれて欲が擡げたものの、これ以上は銀時がもたないだろう。何より余計なことをした自分の責任。
土方は再び謝罪した後、自己処理をすべく厠へ向かおうとした。
「待てコラバカマヨラー」
だが銀時に呼び止められる。振り返ればそこに、羽織らされた着物のせいで発情を余儀なくされた恋人がいた。
「テメーだけで気持ち良くイクなんざ許さねェぞ」
「銀時……」
「そっとだぞ!?こう見えて目茶苦茶ダルいんだからな!?」
「ああ」
銀時と布団に挟まれた服を床へ落とし、土方は唇に唇を重ねる。
こうして今度こそ、互いの体のみで存分に愛し合うのだった。

(15.12.08)


彼着物といえば受けが攻めの服を着ることだと途中で気付き、最後に銀さんに羽織ってもらいました^^;
ヤることはヤってるのに、ちょっとしたことで照れる銀さんは可愛いと思います。 ここまでお読み下さりありがとうございました。



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