星に誓いを


深夜の万事屋。隣で寝入る恋人の黒髪をふわりと撫で、銀時は密かに布団を抜け出した。できる限り音を立てぬよう、寝巻から普段着へ着替える銀時。階下より微かに酔っ払いの笑い声が聞こえてきた。
台所から酒瓶と猪口を二つ。物干し場へ出て床に並べた。今夜は晴れ。目映い星達が冷たい空気を幾分和らげてくれている。
二人分の「酒」を注ぎ、銀時はその一つを空へ掲げて口を付けた。
「ごめんな」
天を仰ぎ、一言目は謝罪の言葉。しかしその表情は穏やかなもの。
「ちょっと見ない間に窶れちまった。仕事が忙しいみてェでよ……明日の朝飯はたらふく食わせるから勘弁してくれ」
また一口飲み、上を見る。
「大丈夫。アンタの元にゃ、ジジィになるまで行かせねぇよ。そういう約束だっただろ?ちゃんと覚えてる」
顔を合わせたことはないけれど、その名の刻まれた石に向かい一方的に誓いをたてた。
「アイツは威勢が良過ぎるところがあるからなァ……昔からそうだったのか?まあ、それが長所なんだけど……危なっかしいから、俺もジジィになるまで見届けねぇとな」
ぐいと猪口を空にして自嘲気味に笑う銀時。
「それまで捨てられなきゃいいけど」
頑張ってはみると膝を立てた銀時の鼻腔へ漂う煙草の匂い。まさかと振り返れば、窓の向こうに見慣れた人影。暗い室内に小さな火が揺れていた。
何時からいたのだろうか。何処まで聞かれたのだろうか――
未だこちらへ来る気配のない影に目を細め、そして、これまでより声を張って宣言した。
「弟さんは必ず幸せにします!」
ガタと窓枠が音をたてたものだから、あたかもそれで気付いたように装って振り返ってみる。そこには案の定、頬を染めながらも恋人を睨みつける土方が、煙草を咥えて立っていた。
「今の聞いてた?」
「ンなデカい声で叫べばな」
近所迷惑を考えろと窘めるのは照れ隠しから。土方も外へ出て銀時の横で胡座をかく。
視界を遮る物は物干し竿二本のみ。広い空へ向けて紫煙を細く吹き出した。
「誰と話してた?」
相手の見えぬ盃は星となった者のため。先までの「会話」の内容からそれが予測できたものの敢えて聞いてみた。なのに、
「誰だと思う?」
しらばくれるつもりもない癖に質問を質問で返される。だが今宵は不思議と苛立ちを覚えなかった。
「よく知ってたな」
「ん?」
答えをもらえた体で話を続けていく。
「兄貴の命日」
「あー……うん。鉄くんとお墓参りに行った時に、ね」
「そうか」
小姓が攘夷浪士に捕らえられ、見廻組まで加わって土方が大怪我を負った事件。入院中に鉄之助が銀時に依頼し、土方の兄の眠る地へ赴いたとは聞いている。
その際、墓碑に刻まれた日付を銀時は記憶していたのだ。大切な人にとって大切な日に違いない、延いては自身にとっても大切な日になるのだと。
着物の裾も揺らせぬ程の弱い風が、酌み置かれた盃に波紋を作った。
「それから毎年?」
「……そんくれぇやんねーと、認めてもらえないだろ」
「どうだかな」
妾の子である自分の面倒まで見てくれた兄のこと、妙な偏見や先入観とは無縁である。また銀時も、その人となりを知れば誰にでも認められるだけの力を有していると信じている。
そんなことは照れ臭くて決して口にできないけれど。
「このために俺の意識飛ばすまでヤる野郎じゃあな……」
「それは、溜まっていたからで……」
ほんの三日ぶりにも関わらず、土方の制止を無視して何度も求めてしまった。土方なら何時でも幾らでも抱きたい。だが未来の義兄と向き合う時間を作るため、というのも理由の一つだった。
一方の土方は、あるべき温もりが隣になくなっているのを感じて目覚めていた。探しに来てみれば故人と対話しているのが見てとれて、声を掛けて良いものか考えていたところ、相手が自分の兄らしいと判明したのである。
「兄貴に俺のこと、告げ口してたんだろ」
残念だったなと勝ち誇る土方に悪意は微塵も感じられない。この状況を楽しんでいるのだ。
銀時の脇にある空の猪口を取り無言で突き出せば、僅かな逡巡の後、銀時から一升瓶の中身が注がれる。それを口に含んだ土方は飲み込まずに吹き出した。
「酒じゃねーのかよ!」
「ハハハ……」
日本酒と思われたそれは、空き瓶に水道水を入れたもの。仄かに酒の香りが混じっただけの液体。酒だと信じて疑わなかった土方は、正体不明のそれを嚥下することができなかった。
「今月ちょっと苦しくて、水割りにしてみたんだ。どう?」
「割れてねーよ。殆ど水じゃねーか」
「あっ」
おかしな物を供えるなとばかりに、兄の盃の中身をその場に撒き散らす。咥え煙草を携帯灰皿に投げ入れて、新たに火を点した煙草を空になった盃の中へ立て掛けた。
微風に乗って紫煙は空の彼方へ上っていく。
「本当にテメーは碌でもねェな」
「ここで言うなよー。大丈夫ですお義兄さん。いつもはもっとラブラブです!」
「おいっ」
土方の肩を抱き、その頬へ向けて「んー」と唇を突き出す銀時。体の間に肘を入れて拒むも大きく距離を取る気はないらしい。だから銀時も調子に乗って、
「誓いのチュー」
家族の前で将来の確約を試みる。予想通り、ふざけるなと躱されてしまうのだけれど。
「早く身を固めてお義兄さんを安心させてあげよう」
「酒も買えねぇ野郎と一緒になっても心配させるだけだな」
「十四郎くんは三々九度派かァ」
「なっ!」
閨でもごく稀にしか呼ばれぬ名に土方は言葉を失い真っ赤になった。
しかし銀時も驚いていた。義兄がいるから呼んだだけ。また減らず口で返されるのだと思っていたから、その可愛らしい反応に無防備な心は鷲掴み。すっくと立ち上がり愛しい人の腕を引いた。
「これから弟さんと愛し合うので失礼します」
「はぁ!?」
酒瓶の水で煙草の火を消すと、事態についていけぬ土方を姫抱きにして室内へ戻っていく。寝室までも遥か遠い。手近な床に下ろして覆い被さる銀時の、鳩尾に土方の拳が減り込んだ。
「うぐぉぉぉぉぉ!!」
「ヤるかアホ」
意識を失う程に抱かれたばかりで未だ下半身が重い。腹を抱えて蹲る恋人を尻目に土方は、楽しくやれているからと空を仰ぎ、寝床へ向かうのだった。

(15.05.29)


色々と辛い別れを体験している彼らですが、こうして「会う」のを前向きに楽しんでくれたらいいなと妄想。
それから銀さんはたまに自分を犠牲にしてでも他人を護ろうとするので、土方さんと共に長生きする誓いをたててもらいました^^
ここまでお読み下さりありがとうございました。



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