無いものは無いままで


梅の香がほのかに漂う穏やかな昼下がり。野良猫達は日向に丸まりくわぁと欠伸をひとつ。
こんな日にはテロリストだって昼寝中だと気を抜きつつも、山崎を伴い定期巡回に出た土方。
そこへ、女性と思しき人物が駆け寄ってきた。

「おまわりさん!助けて下さいっ!」
「えっ……」

山崎もいるというのに真っすぐ土方の元へ来て、豊かな胸を押し付けんばかりにその腕へ縋り付く
一人の「女性」。

「悪いヤツらに追われてるんですぅ!」
「…………」

彼女の言う通りであるならば警官として力になるべきことではあるけれど、土方には――隣にいる
山崎にも――とてもそうは思えなかった。
というのも彼女が、

「何やってんだ、万事屋?」

危機に瀕した一般「女性」には見えなかったから。
薄桃色の花模様の着物を着て、背は山崎よりも低く声は高い。何処からどう見ても「女性」だが、
その肩より少し長い髪は銀色の天然パーマで、土方の恋人である坂田銀時そのもの。何でもできる
証らしい二つの胸の膨らみを、縋る腕に押し当て続けているのも怪しむポイントだった。
しかし彼女はあくまでも追われているか弱い市民を装う。

「本当に困ってるんですぅ。助けて下さぁい」
「いや……お前、万事屋だろ?どうしたんだその格好……」
「何のことですかぁ?私は単なる通りすがりの美女ですけどぉ」
「…………」

単なる美女は自分のことを「美女」などと言うわけがない。大方、天人の薬か何かなのだろうし、
態度からするに進んでこの姿となったのだろう――事件性はないと判断して土方が巡回に戻ろうと
思ったところで、こちらへ向かう犬の鳴き声が聞こえた。
人が乗れるほど大きくて白い犬。そしてメガネの少年とチャイナ服の少女――やはり万事屋では
ないかと、土方は「彼女」の手首を掴んだ。

「あの……離していただけます?」
「追われてるんだろ?なら警官の傍を離れない方がいい」
「でっでは、その辺でお茶でも飲みながら……」
「おお、ちょうどいいところに万事屋が」

わざとらしく前方を見て土方は言う。

「アイツらは民間人だが頼りになるぞ」
「ちょっ……土方くんごめんなさい。銀さんです。アイツらから逃げてるんで離して下さい」

そんなことは認めなくとも分かっていることで、土方は二人と一匹が到着するまでその手を
離さなかった。



「ありがとうございます土方さん」

追い付いた新八達に気にするなと言って銀時を引き渡す。

「で、何をやらかしたんだ?」
「パチンコで負けて逃げたアル」
「……は?」

二人の話によると――
いつものように家賃を払えず溜め込んだ銀時。そんなところに願ってもない依頼が舞い込んだにも
関わらず、銀時はその全てをパチンコに費やしてしまったらしい。家賃どころか当面の生活費まで
使い果たした銀時に今日こそ灸を据えてやろうと、お登勢を連れて来たところ、「彼女」がいた。
彼女は通りすがりの依頼人だと言い張り、社長の不在を理由に逃走したのだった。

「新八におっぱいちらつかせて、怯んだ隙に逃げたネ」
「何のことかしらァ?」
「お前は……」

自らの罪をごまかすためにここまでやるかと呆れてものも言えない。こんなことで取り繕っても
逃げ切れるわけもないのに……

「折角そんな形(なり)になったんだ、メガネの姉貴の店ででも働いたらどうだ?」
「土方くん酷いわっ!彼女を夜の店に売るなんてっ!」
「誰が彼女だ」

ツッコミを入れただけで「ドメスティックバイオレンス」と騒ぎ立てる――非常にうざい。

「じゃあ俺はこれで」

空気と化していた山崎に行くぞと言ってその場を去ろうとした土方に、銀時ががしりと
抱き着いた。

「私を捨てないでぇ!」
「いい加減にしろ……俺は仕事中なんだよ」
「仕事と私、どっちが大事なのっ!」
「仕事。つーかお前も俺に構ってないで働け」
「土方くん、あのね…………」

耳貸して、と言われて仕方なく屈んでやると、土方にとって衝撃の事実が耳打ちされた。

「はあああああああああ!?ふざけんなよテメー!!」
「なっちまったもんは仕方ねーよ。協力してくれるでしょ?」

小首を傾げてウインクする銀時に土方は頭を抱えた。

「副長になに言ったんですか?」
「そんなこと……私の口からはとても……」

ポッと頬を染めて見せる銀時。もうとっくに素性はバレているというのにどこまで女性を
装う気なのだろうか……というか、自分で言っておいて「私の口からは」とはどういうことだ。
副長はよくこんな旦那と付き合っていられるな。短気ですぐキレる副長が……これも愛のひとつ
なのだろうと、口に出したら土方に怒鳴られるので心の中に留め、山崎は続きの巡回を一人で
行うと告げた。

「なんだか旦那が大変そうですし、副長はそっちが片付いてからでいいですよ」
「いや……」
「そう?悪いわね、ジミーくん」
「おいっ!」

土方の了承を待たず、銀時はその腕を引いて何処かへ。新八達も土方が一緒ならと万事屋へ
引き返していった。


*  *  *  *  *


銀時に連れられて土方はラブホテルの一室に来ていた。制服姿で昼間から……局中法度に照らせば
切腹ものの大失態だと思う。しかしこの時の土方は「女性と」ホテルに入ったという事実を受け
入れるのに精一杯であった。

『セックスしたら元に戻るよ』

先程、銀時が土方に耳打ちしたこと。
それはつまり、己が銀時を抱くということを意味する。銀時と恋仲になってからというもの、
抱かれることしかなかった己が……

「土方くん、は・や・くぅ」
「ちょっ……」

どういうわけかノリノリでベッドへ上がり衿元を開いて胸の谷間を露わにさせる銀時。
土方は慌てて銀時の元へ行き、着崩した着物を直してやった。

「土方くんは全部自分で脱がせたい派?」
「そんなんじゃねーよ。……つーか本当にヤるのか?」
「……女の子のままがいい?」
「ンなわけあるか」

早くいつもの銀時に戻ってほしいとは思う。けれどそのためには……

「お前は、平気なのか?」
「元に戻るためだし、それに、土方くんなら……」

いいよ――そう言って帯を外そうとする銀時を土方が止める。

「脱がなくていい」
「何で?」
「何でって……」

偽物の身体をいじくる気にはなれなかった。女性になりたいと心から望んで今の身体を手にした
のなら認められたとも思うが、単なる面白半分で変わった身体。それを銀時だと認識するのは
難しく、見たり触れたりすれば余計に別人と交わっているような気分になる。着衣のままなら
「パー子」だと思い込めなくもない……そんな土方とは対照的に銀時はいたって暢気だ。

「折角だからおっぱい揉んどけって。銀さん、結構巨乳よ?」
「大きさの問題じゃねーよ。……ヤるだけなら、下脱いで乗っかればいいだろ」
「……女の子相手でも責められるのが好きなの?」
「女とか男とかじゃなくて、お前とヤる時はいつも……」
「土方……」

こんな姿になっても土方は自分を自分と扱ってくれる。「借金取り」から逃れるのが一つ、
それともう一つ、土方との関係で思うところがあって飲んでみた天人製の薬。こんなものに
頼った自分が恥ずかしい。素の自分のままきちんと土方と向き合わなくては!

「ごめんね」
「あ?おっおい……」

面食らう土方の前でバッと胸元を開き、その谷間から薄青色の液体入りの小瓶を取り出し、
銀時はそれを一気に飲み干した。
う、と眉間に皺を寄せる銀時。胸の辺りを押さえつつ、手早く帯を解いていく。その様を土方は
ただ黙って見ていることしかできなかった。そして程なくして、

「ふぃ〜っ……」

ただいま、とよく分からない挨拶をして銀時は土方のよく知る姿に戻った。
着物で隠れて見えなかったが、下にはいつものトランクスを履いていたようだ。

「お、前……」
「これね、解毒剤」

自分が飲み干した小瓶を土方の顔の前で軽く振って見せる。

「だっ騙したのかコノヤロー!」
「違う違う。セックスしたら戻るのは本当。けど、これ飲んでも効果が無くなるの」
「……じゃあ何でこんな所に連れてきたんだよ」
「土方くんも……たまには突っ込みたいかなァと思って」
「はあ?」

居住まいを正して銀時は事の次第を説明した。
女性になれるという薬とその効力を消す薬は以前、とある依頼主から依頼料代わりにもらった物。
新八達から逃げる方法を模索していた際に薬のことを思い出して飲んでみたところ、本当に女性の
姿に変身した。これ幸いと解毒剤を持って家を出て、土方を探していたのだ。

「女になっちまえば、突っ込まれても仕方ないって思えるかなと」
「……俺、突っ込みたいと言ったことあったか?」
「ないけど……でも、俺が突っ込むばかりじゃ不公平だし……でも、ちょっと怖ェし……
でも、俺が女だったら土方くんが突っ込むしかなくなるだろ?そうやって一度ヤっちまえば、
男に戻ってもヤれる気がして……」
「俺は……お前に抱かれるの、嫌いじゃねーよ」
「うん。ごめんね」

肩に手を置き、引き寄せようとした土方の体が急に立ち上がり、銀時はバランスを崩してベッドへ
倒れ込んだ。

「仕事中だ」
「えっ……これから男らしい銀さんに抱かれて土方くんがあんあん言う展開じゃねーの!?」
「ねーよ」

じゃあなと肩越しに手を上げて、土方は部屋を出ていってしまう。

残された銀時は一文無し。

新たな借金を抱え、花柄の着物姿の銀時は家路に着くのだった。

(13.03.15)


基本的に銀さんの方が積極的だと思っているのですが、たまには積極的に受ける土方さんもいいなと思いまして^^
けれどやっぱり土方さんは土方さんで、あまり積極的にはできなかった^^; 「嫌いじゃない」と言うので精一杯。でも本当は「好き」なんですよ。
銀さんにはその辺も伝わっているので、今後は余計な気を回すことはないと思います。 ここまでお読み下さり、ありがとうございました。



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