同居か否かは気分次第
国内は平穏を取り戻し、真選組が江戸への帰還を果たした時、そこに万事屋は存在していなかった。土方と銀時の関係を慮り、桂から得ていた情報を敢えて秘匿していた近藤。帰りの船の中で宇宙へ行ったようだと告げた際の、落ち着き払った様子には、もっと早く話していても良かったと思ったものだ。 「今更何処に行こうが驚かねぇよ」 元より己の想像できる範疇に収まる男ではないと語る土方の面立ちは何処か誇らしげで、帰って来たら、江戸を護ってないじゃないかと文句を言ってやると冗談を言う余裕まである。
それから土方はかぶき町へ赴いた。万事屋の現状を確認するため一人で。 表札こそ「坂田銀時」のままだが看板は外されている。尤も、彼らが国賊扱いを受けていた際に取り去られた可能性もあるけれど。 しかし、一階のスナックが記憶のままであるのは頼もしいところ。古びた引き戸をガラリと開けた。 「いらっしゃい……おや、暫くだね」 「ああ」 日の沈み始めた時分はまだ客も疎ら。土方は軽く挨拶をしてカウンターへ腰を下ろす。 酒と肴を適当に注文し、自分たちの関係も知っている女将へ本題を切り出した。 「上は店仕舞いか?」 「長期休暇で旅行中さ。いい身分だろ?」 勘違いして訪れる客が来ないよう、看板は家の中へ入れたのだとか。 留守中の家賃もきっちり請求してやると言う大家の顔にも心配の色は皆無。恐らくは家財全てが住んでいた頃と同じ状態なのであろう。 「旅行から戻るまで、良かったら俺に貸しちゃくれないか?」 家主のいない部屋は傷みが早い。できる限り元通りを保ちたくて申し出てみた。上京したてで宿なしなのだと茶化しながら。 真選組の復権とともに屯所の機能も復活している。しかし全国の警察組織の中心となった彼らの住居兼執務室とするには手狭で、可能な限り外に住まうことになっていた。 「構わないよ。『前の住人』の私物は好きに処分しとくれ」 「ああ」 そんなことをするわけがないと、するつもりもないと分かっている。家賃もいらないとの提案はきっぱり断って土方は、かぶき町に暮らす警察官として江戸を護りつつ、愛する人の帰りを待つことに決まった。
「ごちそーさん」 「ちょいと待ちな」 よい具合に腹を満たして席を立つ土方をお登勢が呼び止めた。店はもう見慣れた賑わいを見せている。 「まだ家の鍵を渡してなかっただろ」 「持ってる」 「おや、そうかい」 何年も前に銀時から合鍵を受け取っていた。といっても万事屋が空になることは滅多になく、わざわざ留守宅を訪問する理由もないので持っていただけ。まさかそれが自宅の鍵になろうとは。 よろしくね――見送る女将の表情は以前に銀時らへ向けられていたそれとそっくりで、自分が彼の家族になったようなむず痒さと喜びを覚える土方であった。
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一週間もすればかなりの勘を取り戻せる上、以前との違いにも慣れてくる。今朝も土方は早めに家を出て、歩いて職場へ向かった。 前夜に降った雨でぬかるむ道に革靴の跡を付けながら進む土方。目にする人通りは乏しいが、地面の靴跡は、歩いたそばからどれが己の物か判別できなくなる程に混雑していた。
「おはようございます土方さん」 「おう」 屯所に到着すると寝巻き姿の沖田が顔を洗いに行くところであった。ギリギリまで寝ていられるという理由でここに暮らす彼は、幹部の中で数少ない「屯所組」である。もうじき局長も恒道館からやって来る。早く身支度をしろと小言をやれば、 「アンタらと違って世話を焼いてくれる人もいないんでねぇ」 などと独り身の悲哀と皮肉を滲ませられた。 「何言ってんだお前?」 近藤はともかく自分は恋人の家を借りているだけである。 「女を連れ込んでるって噂ですぜ?よりによって旦那の家に……モテるお方は違ぇや」 「その噂流したのお前だろ」 永遠の愛を誓うなどというロマンチックな代物ではないが、今更他の相手を探そうとは思わないし、相手もそうだと確信があった。くだらないことを話していないで仕事をしろと言い置いて、土方は副長室へと歩いていく。 「おはようございます副長!」 「おう」 部屋に着くと鉄之助が掃除をしている最中であった。 「申し訳ありません!すぐ終わらせるっス!」 「いい、いい」 早く出勤し過ぎたようだ。一服しようと喫煙所へ踵を返した。
ブーッブーッブーッ―― 土方の携帯電話が着信を知らせて震えたのは、一本目を吸い終えた頃合いであった。相手表示を見て舌打ちしながら応答する。 「何だ?……あ?マヨネーズの特売!?買うに決まってんだろ!……金?ンなもん立て替えて……あ?払う払う。……いや、その時間は無理だ。……ああ、ああ……分かってる」 じゃあなと言い終わらないうちに通話を切った土方を、締まりのない笑みで眺める沖田がいた。 「……何だよ?」 「連れ込んだ女からですかィ?」 「そんなんじゃねぇよ」 短くなった吸い殻を灰皿へ投げ入れて新しいものに点火する。 「甲斐甲斐しく安売りマヨネーズを買いに行ってくれるんでしょう?」 「代行業みたいなもんだ」 電話の相手が女性であったことは、微かに漏れ聞こえた声で判別可能。買った物を家まで届けられる存在らしいので、階下のスナックの誰かとも考えられる。しかも土方の口調は気心知れた相手に対するそれだから、かなり年上の大家ではなさそうだ。だが動揺の欠片も見えず、元より土方の性格からしても、本当に隠し立てするような間柄ではないのであろう。 とはいえ土方は、易々と交友関係を広げられるタイプでもない。 屯所の外での暮らしぶりが気になった沖田は、隙を見て尾行してやろうと決めたのだった。
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真選組から遅れること半年余り。本日遂に万事屋一行が帰京することとなった。 桂から近藤を経由して数日前にその知らせを受けた土方。信じていたとはいえやはり再会は快然たる思いがあり、昨夜は碌に眠れず、今も仕事中だというのに気も漫ろ。やれやれと溜め息を吐きつつ沖田が吐き捨てた。 「今の生活を知ったらどう思うでしょうねェ」 「問題ねェよ」 自分が万事屋で生活していたことには多少驚くかもしれないがと返す男に、そうではないと呆れ顔。 「あの女のことですぜ?」 「まだ連れ込むだ何だ、つってるのか?俺ァ一人暮らしだ」 「でも一緒に出迎えに行くんでしょう?」 「行かねぇよ。……勝手について来るだろうがな」 「そうですか」 結果的に行動を共にしているではないかと思ったものの、この半年間でツッコミ疲れた沖田は、後のことを銀時へ投げ、仕事へ戻るのだった。
夕方のターミナル。万事屋の三人と一匹を出迎えるため、彼ら縁の人・十数人が集合した。 スナックお登勢のメンバーは営業中だと遠慮し、真選組からは局長と副長が代表として。一団を見付けて真っ直ぐ土方へ駆け寄る銀時の上から、女性が降ってきた。 「会いたかったわ銀さんんんんん!!」 「はいはい……」 すっかり傷も癒えた様子のストーカー忍者を懐かしみつつも緩やかに躱し、最愛の人を抱き締める。 「会いたかったよ土方くんんんんん!!」 「テメーも同じじゃねーか!」 皆が見ていると腕から逃れていく耳元へ、二人きりなら良いのかと囁けば、「まあな」と慈しみに満ちた瞳で応えてくれた。 「俺達はこれにて失礼します」 積もる話はコイツらに聞いてくれと新八達を見遣り、銀時は恋人の肩を抱く。それもするりと抜けられたけれど、触れる距離にいられることが嬉しくて仕方がなかった。 「ちょっとアナタ!」 しかし、そんな土方の態度に異を唱える者が一人。猿飛あやめその人である。 「雌豚一号のくせにご主人様を拒むんじゃないわよ!」 「公衆の面前でベタベタできるかっ!」 加えて自分は雌ではないし銀時も主人ではないと尤もな反論をしたにもかかわらず、彼女の方が一枚上手。そもそも聞く耳を持っていなかった。 「私は二号でいいの!見せ付けられるのも興奮するわ!でもね、肝心のアナタがそんなんじゃ、SMにならないじゃない!」 「SMなんぞするかァァァァァ!!」 「初心を気取って銀さん煽っているのね?やるじゃない」 「違ぇよ!」 「…………」 言い争う二人の間で主役は置き去り。その肩を、近藤がぽんと叩いた。 「お帰り」 「あ、おう……」 「トシの住まいのことは聞いたか?」 「ああ。お前もお妙とよろしくやってるそうじゃねーか」 「なっ!俺とお妙さんは爛れた関係じゃないぞ!」 「近藤さん?変なことを叫ばないでもらえます?」 「あ、すいません」 新八・神楽と再会を喜び合っていた妙が割って入り、近藤はぴしっと背筋を伸ばして頭を下げる。それから銀時へ向き直り、新八の留守を守っていただけだと付け加えた。 「まだデキてなかったのかよ」 「ハハハハハ……」 「おい」 口喧嘩が一段落していたようで、土方に腕を引かれる銀時。久しぶりの時を穏やかに懐かしむ気分は何処へやら。恋敵との言い合いで、すっかり尊大な態度が復活している。 「では帰りますか。今日は休み?」 「ああ」 それはそれで長期の別離の寂しさを感じなくてよい。次に繋いだ手は振り払われなかった。 「じゃあ俺達、朝までしっぽりやるんで」 「アホか。ゆっくり休め」 手を振り「挨拶」をする銀時の後ろ頭を土方がはたく。本当にいつも通りだと周りの者は目頭を熱くして恋人達を送り出した。 唯一人、猿飛あやめを除いて。 「銀さんんん!私なら朝まででも昼まででもオッケーよ!」 彼女は銀時に飛び付き、邪険にされてもめげずについていくのだった。
(16.06.19)
以前も書きましたが、恋愛要素は別にして、土方さんとさっちゃんの組み合わせが好きなんです。 続きはしばらくお待ちください。
追記:続きはこちら→★
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