三百円の誠意を見せて


「三億円あったら何に使う?」
微睡みかけた布団の中、ふいに銀時から投げ掛けられた問いに土方は、眉を潜めながらも謝った。
銀時の購入した宝くじを、そうとは知らず土方が譲り受けてしまい騒動となったのは半年前。保険や補償制度を用いて何とか事態は収束したというのに、今更蒸し返されるとは思わなかった。
「違う違う」
そんなこともあったなと目を細め、銀時は頬に唇を寄せる。
「こういうのは想像してる時が一番楽しいと思わねぇ?」
「ハッ、違いねぇ」
労せずして大金が転がり込む事態は寧ろ地獄のようであった。土方はぼんやりと天井を仰ぎつつ、マヨネーズ御殿を脳裏に描いていく。
「お前は何に使うんだ?」
「俺?うーん……真選組から土方くんを買っちゃおうかなァ」
「アホか」
遊郭じゃあるまいし、身請けなどできないと鼻で笑う土方は、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
「結納金三億も詰んだら嫁いで来てくれるだろ?」
「俺ァ男だから嫁げねぇよ」
「……じゃあ婿入り?」
結婚してくれる気はありそうな物言いに、架空の話とはいえつい身を乗り出してしまう。現在愛されている実感はあるものの、こんな自堕落な自分と生涯を共にするつもりはないだろうと何処かで諦めてもいたから。
そんな銀時の不安を理解したのか、土方はふっと顔を綻ばせた。
「それなら三億もいらねぇよ」
「えっ?いくらくらい?」
「……三百円もありゃ充分だろ」
「マジでか!」
がばりと起き上がれば掛け布団が土方側まで捲れ、寒いと腕をはたかれる。銀時は鼻の下を伸ばし、愛しい人を抱き締めた。
「あ、明日……ご挨拶に伺ってもいいかな?」
「いいんじゃねぇの」
「ありがとう!あの……俺、土方くんのこと、大事にするから!」
「ああ」
「浮気とか、絶対しないから!」
「ああ。俺もしねぇよ」
「愛してるよ土方くんんんんん!」
「……俺も」
土方も銀時の背に確りと腕を回す。もう離さないとでも言うかのように。
「通いだからな?」
「分かってる」
万事屋で同居までは銀時とて最初から求めていない。法律上の婚姻関係は結べぬ自分達。住まいも世間一般に合わせる必要などないではないか。
銀時の気遣いと愛情が骨身に沁みて、土方はうっとりと目を閉じた。
しかし己を抱く手が体をまさぐり始めたことで、相手をぐいと押し退ける。
「もうヤらねーぞ」
「せっかくの初夜なのに?」
「初夜は明日じゃねーか」
窘めながらも揺らぐことのない結婚への道。生きていて良かったと大袈裟でなく銀時は思った。
そしてこんな時は、照れ隠しから下ネタへ走りたくなってしまうもの。
「初夜はどんなプレイにしようか土方くん?」
「どぎついSMプレイ」
「え……」
思いもよらぬ答えに硬直した銀時。悪戯っ子のごとく笑う恋人は、その唇に自身のそれを軽く重ねて言った。
「ご所望とあらば何なりと」
「おまっ……本気にするぞ!?いいんだな!?」
「テメーのいいようにされんのも、嫌いじゃねぇんだ」
「本当にいいんだな!?」
「ああ。でもお前、言う程ドSじゃねぇだろ?」
これまでの経験から、銀時の望むことが土方の範疇を超えるとは思えない。だから安心して煽るような台詞が出せるのだ。
「土方くんに合わせて抑えてるんですぅ」
「なら明日は好きなだけシてくれ」
「上等だコラ。泣いても止めてやらねーからな」
「楽しみにしてるぜ」
恋人達は幸福のうちに誓いの口付けを交わすのだった。

翌朝。
二人でまったり食事を済ませ、揃って屯所へ向かおうという段になり、銀時は己の懐事情を呪った。
制服に着替えて準備万端の土方の袖を引く。
「土方くん、いや土方様……結納金二百五十円に負からないですかねぇ?」
「三百円もねぇのかよ!」
「たまたま手持ちが……あっ、通帳もマイナスだった。土方伯爵!」
「びた一文負けるか」
「じゃあどぎついSMプレイは……」
「それもなしだな」
「で、ですよねぇ……」
一人すたすたと屯所へ戻る後ろ姿を涙ながらに見送りつつ、破談にならなかっただけ儲け物と自分を励ます銀時であった。

(16.03.10)


晴祭りで宝くじ篇の生アフレコ聞いて、滾りました^^
もう何度「早く結婚しろ」と思ったか分からない二人ですが、実際にはとっくに結婚してる感じですよね。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。



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