節分パーティーの翌朝、先に目を覚ましたのは土方であった。
土方は上半身だけを起こし、汚れた両手と隣で眠る男を交互に見やって溜息を吐く。

(何で万事屋なんかと…別に溜まってたワケでもねーのに。酔った勢いにしたってこれはないだろ…)

昨夜は確かに酔っていて、宴会の終盤から自室に戻るまでの記憶は曖昧である。
しかし、銀時と抱き合ったことも、それが存外心地よく、マズイと思いつつ止まらなかったことも
ハッキリ覚えていた。

(酔って忘れたことにするか?…ていうか、万事屋が起き出す前にここを出りゃ、なかったことに
できるんじゃねェか?どうせ、こいつだってロクに覚えてねェんだろうし…。よしっ!)

土方は銀時を起こさぬよう、細心の注意を払って布団から出て部屋を後にした。

*  *  *  *  *

「おはようございます。」
「お、おう。」

土方が共同の洗面台で手を洗っていると、後ろから沖田に声を掛けられた。
沖田はよく晴れた朝に相応しく爽やかな笑顔をしているが、土方には何かを企んでいる顔にしか見えない。
付け込まれることのないよう、土方は心の準備をする。

「何してるんで?」
「顔洗ってるに決まってんだろ。」
「俺には手を洗ってるようにしか見えませんが?」
「…ちょっと寝惚けてただけだ。…今から洗う。」

土方は石鹸の泡と共に昨夜の汚れを洗い流し、バシャバシャと顔に水をかけてタオルで拭う。

「そういや土方さん、昨夜は随分とお楽しみだったようで…」
「あ?何のことだ?」
「万事屋の旦那と意気投合してたじゃねェですか。」
「は?ンなわけねーだろ。」

沖田が何を知っているのか分からないが、少なくともキスをした(と気付いた)時、
部屋には自分達以外に誰もいなかった。そう思い至った土方はとぼけることに決めた。

「覚えてないんで?」
「ああ。気付いたら朝になってたな…」
「…でも、旦那が隣で寝てたでしょう?」
「は?知らねェよ。起きたら一人で仕事場の机に突っ伏してた。」
「あらら〜…じゃあ、途中でケンカでもしたんですか?」
「だから知らねェって言ってんだろ。」
「それは残念…。お二人が仲良くなったと近藤さんも喜んでやしたが…」
「こ、近藤さん!?」

尊敬する上司の名を出され、土方に動揺が走る。
沖田は瞬時にそれを感じ取り、いそいそと携帯電話を取り出した。

「アンタ方が仲良くなったと思ったんで、さっき近藤さん達にこれを見せたんでさァ…」
「なっ!?」

携帯電話の画面を見せられた土方は、元より開き気味の瞳孔を更に開かせて硬直した。
そこに写っていたのは自分と銀時。場所は宴会場のようだが、足の上でうつ伏せている銀時の頭の上に
右手を乗せ、左手はピースサインをしている。
全く身に覚えのない画像に土方は言葉を失った。

「…どうやらマジで覚えてないようですね。」
「………」
「するってェと、こっちも覚えてませんかねィ?」
「はあっ!?」

携帯電話を捜査して沖田が次に表示させたのは、土方と銀時が一つの布団に入り、
抱き合って口付けをしている画像。行為自体に覚えはあるものの、沖田に見られていた覚えはなかった。

「昨夜はこ〜んなに仲良しだったんですぜィ?覚えてないなんて本当に残念でさァ。」
「お、前…これを見せたのか?近藤さんに?」
「ええ。」
「…そういやぁ、近藤さん『達』つったな?他にも見せたヤツがいんのか?」
「ええ。近藤さんはじめ他の隊士達にも、ちょっくら昨日の報告がてら…」
「仕事と無関係の報告すんじゃねーよ!」
「少しは楽しい報告があってもいいでしょう?皆、アンタがぐーすか寝てるうちに働いてるんだ。」
「俺は非番だ!ゆっくり寝てて何が悪い!」
「はいはい…そうやってすぐ屁理屈捏ねるのはアンタの悪い癖ですぜィ?」
「どこが屁理屈!?」
「自分の悪いトコもちゃんと認めてねェと、旦那との付き合いも長続きしませんよ。」
「ヒトの話、聞いてるか?万事屋なんかと付き合うわけねーだろ!」
「え〜?こんなコトまでしてんのに?」

沖田は再び携帯電話を開いて、二人のキスシーンを見せつける。
土方が思わず半歩下がると、沖田は前に出て携帯電話を土方に翳す。

「さあ、どうなんですかィ?土方さんは赤の他人と、こーんな熱いキスかますんで?」
「…るせェ!酒の席のことだろ…」
「いやいや…土方さんの部屋での出来事ですぜ?」
「場所が何処だろうと互いに酔ってたんだよ!俺ァ身に覚えがねェしな!」

これ以上ここにいても埒が明かない。土方はまだ何か言いたそうな沖田を無視して局長室へ向かった。



「近藤さん!」

仕事中に申し訳ないと思いながらも、どうしても誤解を解いておきたくて土方は局長室の襖を開けた。
すると近藤はなぜか畳の上に羽織袴を広げているところだった。

「ようトシ…式は何処でやるんだ?」
「…式って何のことだ?」
「お前と万事屋の結婚式に決まってるだろ。だから今、袴を手入れして…」
「待ってくれ…。総悟に何を言われたか知らねェが、俺と万事屋は式なんか挙げねェから。」
「それはよくないぞ。古い考え方かも知れんが、式は挙げるべきだ!」
「いや、そうじゃなくて…」

すっかり自分達の仲を信じ切っている近藤を前に、土方は挫けそうになる自分を奮い立たせて話を続ける。

「俺と万事屋はそもそも恋人とか、そういう関係じゃないんだ。」
「もう隠さなくていいんだぞ、トシ。総悟に聞いた時は驚きもしたが、あんなに仲睦まじい所を
見せられたら、応援したくなるってもんだ。」
「だからあん時は互いに酔ってて…」
「つい、いつもの癖が出たんだろ?…俺達の前ではケンカしかしないお前らが、実はあんなに
ラブラブだったとは…羨ましいな!俺もいつかお妙さんと…」
「いや、だからな…」
「そうだ!お妙さんは式に来るのか?トシと合同結婚式なんてできたら最高だなァ…」
「来るとか来ないとかじゃなくて、俺と万事屋は付き合ってねェんだ!」
「またまたぁ〜…トシは照れ屋だなぁ。」
「だから違うって…」
「土方さ〜ん、旦那が呼んでますぜ?」
「あ!?」

近藤の誤解が解けないうちに、沖田が銀時を連れてやって来た。
これでますます誤解を解くのが困難になったと、土方の表情は曇る。

「トシ、そんな怖い顔してないで側に行ってやれ。」
「そうでさァ…。あっ、俺は近藤さんに用があるんで、後はお二人でどうぞ。」
「あっ、おい!」

結局、誤解されたまま土方は局長室を出されてしまった。
訳も分からず黙って突っ立っている銀時を土方はジロリと睨み付ける。

「何しに来た。」
「いや…お前に一言挨拶してから帰ろうと思って…」
「ンなもんいいから黙って帰れよ…」
「そうもいかねェだろ?一応、泊めてもらったんだし…」
「知るかっ。…俺ァ、何も覚えてねェよ。」
「…そっか。何で俺がここにいんのか聞こうと思ったんだけど、お前も覚えてねェのか。」
「…テメーも覚えてねェのか?」
「まあね。…気付いたら布団で寝てた。」
「そうか…」
「そういうことなら帰るわ。…じゃあな。」
「おう。」

銀時は土方に背を向けてひらりと片手を上げた。

互いに覚えていないということは、何もなかったと同じこと。
一番いい結果に落ち着いたのだと無理矢理安心してみても、なぜか二人の心は晴れなかった。

*  *  *  *  *

「あ〜、くそっ…こんな雪じゃ何もできねェじゃねーか…」

そう言って銀時は地面の土が混ざった雪を蹴り上げる。
昨夜雪を降らせた雲は消え去り、今日は雲ひとつない晴天。

「どうせ降るなら雪合戦できるくらい降れよ…。中途半端なことしやがって、歩きにくいじゃねーか…」

自分でもよく分からないイライラを天気にぶつけ、銀時は万事屋への道を歩いていった。


(11.02.24)


まだ自覚しません。自覚してませんが、ここまでが第一部「切欠編」です。この後、第二部「自覚編」、第三部「交際編」と続く予定です。

が、固定CPの更新が止まっているので、先にそちらを更新してからリバに戻ってきます。なので、続きは暫くお待ち下さいませ。

それでは、ここまでお読みくださりありがとうございました。

追記:続き書きました。かな〜り温いのですが一応18禁です。