バカップルの身支度


「う〜む……」

ある日の早朝、真選組屯所内にある自室で土方は悩んでいた。
通りがかった近藤は何事かと部屋の中へ。

「どうしたトシ?今日は非番だってのに随分早起きじゃないか。」
「ああ近藤さん。実は今日、銀時と会うんでその準備をな……」
「おお、そうだったか!」
「それでな?どの着物で行こうかと……」

土方は畳の上に広げた着物を見回し、また「う〜む」と首を捻る。そんな土方の様子を近藤は
微笑ましげに見ていた。

「トシもそういうことに気を遣うようになったんだなァ……」
「当たり前だろ。銀時を幻滅させたくないからな。」
「うんうん……恋愛とはそういうものだ。」
「近藤さんはどれがいいと思う?」

一人で悩んでいても結論が出ないと思ったのか、土方は近藤に意見を求めた。

「そうさなァ……トシは男前だからなに着ても似合うぞ。安心しろ!」
「もう少し具体的なアドバイスがほしいんだが……じゃあ、これかこれだったら、
どっちがいいと思う?」

土方は広げた着物の中から、藍色のものと紺色のものを手にして近藤に見せる。

「う〜む……どっちも「いいはナシな。」

先程と同じ答えは早々に却下され、近藤は腕組みをして唸る。

「……すまんトシ。俺にはそんな重大な決断はできん。」
「近藤さん……」
「だがな、トシ……お前ならどちらであっても完璧に着こなせるし、万事屋はそんなお前を
愛しているんだ。自分の選択に自信を持て!」
「そうだな……。なら、これで行くことにする。ありがとな。」
「おう。」

第三者からすればあまり中身のない会話をしているように聞こえるかもしれないが、二人は
とても満ち足りた表情をしている。土方は紺色の着物を選び、それを衣文掛けに通す。

「ん?それを着て行くんじゃないのか?」
「着て行くぜ。だが、その前にちょっと風に当てとこうと思ってな。」

残りの着物を畳んで片付けながら土方は続ける。

「それに、これから朝メシだから汚さねェようにな。」
「それもそうだな。いや〜、流石トシだ。抜け目がない!」
「そうか?」
「俺なんか制服のままお妙さんに会いに行くこともあるからな……。そうか、そういう所が
ダメだったのかァ……」
「だがそれはそれで『着替える間も惜しんで来てくれた』と思われるんじゃねェか?」
「そうかなァ……。俺も早くトシ達みたいにラブラブになりてェな。」
「きっともうすぐだぜ、近藤さん。……まあ、その頃にゃ、俺と銀時はもっとラブラブだけどな。」
「この〜、負けないぞ!」
「ハハハッ……」

着物を片付け終えた土方は近藤と共に食堂へ向かった。

*  *  *  *  *

朝食を終え、部下達にその日の仕事の指示を出してから土方は本格的に出掛ける準備に
取りかかった。
といっても、食事前に選んだ着物に着替えれば済むことなのだが、態々シャワーを浴び、
身を清めてから袖を通した。

そうして着物を羽織ったところで土方の手が止まる。軽く前を合わせて手で押さえながら
箪笥の前でうむむと呻る。その時ふと、中庭でバドミントンラケットを素振りしている山崎が
目に入り、土方は部屋に呼んだ。

「あの、俺、今日は夕方から勤務なんですけど……」

急に呼ばれた山崎はビクビクしながら副長室へ入る。

「仕事関連で呼んだんじゃねーよ。ちょっとお前の意見が聞きたくてな……」
「はあ……とりあえず、帯締めたらどうです?」
「その帯をどれにするかで迷ってんだよ。」
「へ?」

山崎はぽかんと口を開けて立ち尽くしてしまう。

「おい、聞いてんのか?帯はどれがいいかって言ってんだよ。」
「え?あ、ああ……どれでもいいんじゃないですか?」
「テメーはそんなテキトーな格好で銀時に会えっつーのか?あ!?」
「えぇっ!な、何で俺、怒られてるんですか!?ていうか、旦那?」
「そう。これから銀時と会うに当たり、最高のコーディネートにしたいんだ。」
「いやでも……どれも同じじゃないですか。全面ベタの濃い色の着物に淡い色の帯で……」
「ふざけるなっ!」

土方は開いている方の手で山崎の頭を殴り付けた。

「いったァァァァ!!酷い!本当のこと言っただけなのに……」
「漫画じゃ白黒で同じに見えるかもしれねェが、実際は色々あんだよ!!」
「はいはい……。じゃあ、これでどうですか?」

殴られた所をさすりながら、山崎が箪笥から一本の帯を取り出したところ、土方は別の帯を
取り出し広げた。

「よしっ、これにするか。」
「ちょっ……俺の意見は!?自分で決められるなら、最初から聞かないで下さいよ!」
「あ?」

自分で選んだ帯を巻きながら、土方は山崎を睨み付ける。

「テメーが選ばねェもんを選んどきゃ間違いないだろうと思ってな。もう行っていいぞ。」
「ええええ……そりゃないでしょう!?」
「チェリーはチェリーなりの使い方があんだよ。」
「ちちちち違いますよ!なななななに勝手に決め付けてんですか!」
「はいはい。……じゃあ行って来る。」

未だ納得できない山崎を残し、土方は上機嫌で玄関に向かった。

*  *  *  *  *

「う〜む……」

玄関で土方はまたまた悩む。自分の草履を持ち上げては日に当てたり裏返したりして元に戻し、
履いては脱いでまた持ち上げる。不審に思った門番の隊士が声を掛けた。

「副長、草履がどうかしたんですか?」
「いやな、ちょっと汚れてるような気がして……」
「それ、下ろしたてじゃないんですか?」
「そうなんだが少し……」

ドッカーン!!

「なっ、なっ、な!?」
「いい加減にしろィ。」

いきなりの爆音と舞い上がる砂煙の中、バズーカを肩に担いだ沖田が現れた。

「何しやがる総悟!」

犯人が割れた途端、声を荒げる土方ととばっちりを避けて逃げる門番。
沖田は眉一つ動かさず土方の顔面にバズーカを突き付けた。

「朝も早くからず〜〜っと下らねェことで悩んでるみてェなんで、悩む必要なくしてやろうと
思いやして……」
「ふざけんな!だいたい、何で知ってやがる!」
「うんうん呻ってんのが五月蝿かったんでねィ。……つーことで死ね土方!!」
「うおっ!!」

至近距離で放たれたバズーカを土方は間一髪でかわす。

「やめろ総悟!ったく、着物に埃が付いちまったじゃねーか……」

土方は両手で着物をはたく。

「こんな軟弱野郎が副長なんて、俺ァ認めませんぜ。」
「あ?俺の何処が軟弱だコラァ!!」
「着物一つでウジウジ悩んでるところでィ。」
「誰がウジウジだ!愛する者の前でよりよくいたいのは当然だろーが!」
「それが軟弱だって言ってるんでィ!」
「ああっ!もうこんな時間じゃねーか!!」
「おい……」

沖田の言葉はもう耳に入っていないのか、壁に掛った時計を確認した土方は慌てて草履を履く。

「完璧な身なりとはほど遠いが、遅刻するわけにはいかねェ!大丈夫!銀時は人を見た目で
判断するような愚か者ではない!むしろ、いつもと違う一面にトキメクなんてことも……まあ、
今の時点で充分愛されてはいるんだがな。ハッハッハ……」

誰も聞いていないのに惚気話をしながら土方は屯所を出ていった。
後に残ったのは完全にその存在を忘れ去られた沖田ただ一人。帰ったらまたバズーカだと心に
決めて沖田は昼寝をしようと縁側へ歩を進めた。



*  *  *  *  *



「銀時!すまない!」

全速力で銀時との「愛の巣」まで駆けていった土方は、出迎えた銀時を抱き締めて謝る。

「ギリギリセーフだよ。走って来てくれたの?」
「当然だろ。お前を待たせるわけにはいかねェ!」
「ありがと。……でも、折角の一張羅が台無しじゃん。まあ、そういう所も可愛くて好きだけど。」

走って来た土方の着物は、裾も胸元も乱れ、汗に塗れていた。

「それに、何だか火薬臭くね?捕り物でもあったの?大変だね……」
「ああ、悪ィ。出掛けに総悟がバズーカ撃ちやがってよ……」
「ふぅん……」

土方はいったん銀時から離れ、玄関先で着物をはたいてから草履を脱いだ。そうして銀時の肩を
抱いて室内へと入っていく。その間、銀時は土方にピタリとくっつきながら一言も話さなかった。


「……銀時?」

二人掛けのソファに並んで座っても銀時は顔を背けたままで……急に態度の変わったことを
訝しんだ土方は銀時の名を呼んだ。

「怒っているのか?」
「別に……」
「俺が悪いんだろう?なあ、何がいけなかったんだ?」
「いけないとかじゃねェけど……ただ、沖田くんと遊んでて遅くなったんだなって思っただけ。」
「あっ……」

自らの失態に気付いた土方は銀時を抱き寄せる。

「ごめんな銀時。」
「……一応、ギリギリで間に合ったんだから、それまで何してようと十四郎の勝手だし、
別に怒ってねェし……」
「本当にごめんな。……俺が愛してるのは、銀時だけだ。」
「それは分かってるよ。」

そうは言っても銀時はむくれたまま。土方は銀時を抱く腕に力を込め、肩口に顎を乗せて
体をより密着させる。

「なあ銀時……どうしたら許してくれる?」
「……どうしても許してほしい?」
「ああ。」
「じゃあ……十回キスしたら許してやる。」
「分かった!銀時、ごめんな……」
「んっ。」

銀時にこちらを向かせ、土方はその唇に自分のそれをそっと触れ合せる。そして片腕を銀時の
腰に、もう片方を後頭部に回し、触れるだけであった唇を確りと重ね合わせた。

「んっ……」

舌を出して銀時の唇を撫で、薄く開いたところで歯列をなぞり更に奥へ。

「んっ、ハァッ……」


二人の唇が離れる頃、銀時は焦点の定まらない瞳を潤ませ、土方の腕に支えられていなければ
姿勢を保つのも難しい状態になっていた。

「あと九回だな……」
「やんっ……もう、ベッドに。」
「許してもらう前にンなことできねェよ。」
「もう、許してあげるから。」

土方に抱き付き、銀時は胸元に額を擦り付ける。
柔らかな銀髪が土方の肌蹴た胸元を擽った。

「銀時、ありがとな。」
「うん。」

土方は銀時を姫抱きにしてベッドへと連れていく。


幸せな恋人達は今日もこうして肌を重ねるのであった。


(11.09.16)



前作をアップした際、このバカップルに対して「沖田ならとっくにバズーカ撃ち込んでそう」というコメントをいただきまして、撃ち込んでもらいました(笑)。

それから、いつか使ってやろうと思っていたラブチョリスの「十回キス」ネタ、漸く使うことができて満足です^^ 可愛く(?)ヤキモチを妬く銀さんと

一回目から本気キスで銀さんをメロメロにする土方さんの相変わらずなラブラブバカップルっぷりを楽しんでいただけましたら幸いです。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

 

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