「銀さん…土方さんと別れて下さい」
「はっ?」

出勤前に銀時を訪ねて万事屋へやって来た妙は、玄関先で銀時の顔を見るなり言った。

「用件はそれだけです。じゃあ…」
「ちょちょちょっと待て!」

踵を返そうとした妙を銀時が引き止める。

「何ですか?私、これから仕事なんです」
「いやいやいや…はっ?いきなり来て意味分かんねェよ」
「だから、土方さんと別れて下さいと言ってるんです」
「何でお前にンなこと言われなきゃなんねェんだよ」
「嫌なんですか?」
「嫌っつーか…」
「土方さんのことが好きすぎて離れられませんか?」
「なっ!…そ、そんなことねーよ!むしろアイツがどうしてもって言うから付き合ってる感じだし…」
「じゃあ問題ないですね。それじゃあ、よろしくお願いします」
「で、でもさァ…」
「いい加減にして下さい。私、これから仕事だって言ってるでしょう?」
「いやだから、もうちょい詳しい事情をだな…」
「それならお店で話しましょう」
「そんな金は…」
「お妙さんを指名するのはこの俺だァァァ!」
「黙れゴリラ!!」
「ぐはぁっ!」

何処からともなく現れた近藤の顔面に、妙の拳が炸裂した。



坂田銀時VS志村妙



仕事に行くという妙を何とか説得して事務所へ上げ、銀時は改めて事情を聞く。

「それでえっと…何で俺と土方が別れなきゃなんねェんだ?」
「理由を説明しなきゃいけないんですか?」
「…お前が土方のことを好きだから、とか?」
「誰があんな日テレ顔…「本当ですかお妙さんんん!?トシがいいんですかァァァ!?」
「失せろっつってんだろーがァァァ!!」
「ぐほぉっ!!」

妙に殴られた近藤は、万事屋の玄関扉を突き破って外まで飛んでいった。

「えっと…もしかして、原因はあのゴリラ?」
「当然です」
「ゴリラが俺達のこと何か言ってた?」
「ゴリラの言葉なんか私が理解できるわけないでしょう」
「じゃあ何で…」
「最近、やたらとしつこいんですよ」
「それは最初からだろ?」
「それでも今思えばまだマシだったんです。…飼育係がいましたから」
「…土方のこと?」
「当然です」

銀時は大きく息を吐いて背凭れに寄り掛かった。

「アイツなら今でもゴリラの世話してんだろ?俺といる時だって何度も呼びだされてるし…」
「以前は連絡しなくても来てたんです。脱走を未然に防ぐことだってありました」
「脱走?」
「ゴリラは檻から逃げ出して、私のところへ来ているのでしょう」
「ああ…。でもよ…別にそれと俺とは関係ないと思うぜ」
「関係あります。あなたと土方さんが付き合うようになってから、明らかにゴリラの出現回数が増えました。
特に神楽ちゃんがウチに遊びに来る時はほぼ毎回…。その日は万事屋であなたと土方さんが夜通し…」
「あーーー!!分かったからそれ以上言うな!」
「分かってくれましたか?それじゃあ出来るだけ早く別れて下さいね」

長イスから立ち上がろうとした妙を銀時が止める。

「待て!お前の事情は分かったが、そっちを了承したわけじゃねェ」
「何なんですか?銀さんは別に土方さんのことなんか何とも思ってないんでしょう?」
「いや、そこまでは言ってないだろ…」
「じゃあ好きなんですか?」
「まあ、それなりに…。って、何この状況?何で俺が辱められる感じになってんの?」
「とにかく、別れる気があるんですか?ないんですか?」
「別れる気は……ない

小声で、しかし迷いなく銀時は言った。

「分かりました。それなら次を当たります」
「お、おい…次って…」
「決まってるでしょう?飼育係本人です」
「いや、でもアイツは仕事で忙しいと思うな…」
「邪魔するぜ」
「!!」

その時、玄関の扉が開く音と銀時にとっては聞きなれた男の声が聞こえた。
出迎えがないにもかかわらず、男は玄関を上がり、まっすぐに事務所へ向かってくる。

「よう。…あっ」
「ハァー…」

銀時はやって来た男―土方十四郎―の顔を見るなり、盛大に溜息を吐いた。
それとは対照的に、妙の瞳は輝いた。

「あら、ちょうどいいところに…」
「…出直してくる」

妙の表情から何やら不穏なものを感じ取った土方はすぐさま帰ろうとするが、それを許すような妙じゃない。

「アナタの上司に迷惑掛けられているか弱い女性を、置き去りにするんですか?」
「…銀時と話してたんだろ?邪魔しちゃ悪いと思ってよ…」
「邪魔なんてとんでもない。むしろ、銀さんじゃ話にならないので土方さんとお話したいと思ってたところです」
「俺と?」
「ええ。…土方さん、アナタ銀さんと別れて下さいな」
「はぁ!?おい銀時テメー、これは一体どういうことだ!?」

語気を荒げた土方に、銀時は慌てて弁明する。

「お前、なんか勘違いしてんだろ。違うからね?俺とコイツは何の関係もないからね!」
「じゃあ何でいきなり別れろなんて言われなきゃなんねーんだよ!」
「だからそれは…」
「アナタがゴリラをきちんと檻に閉じ込めておかないからです」

銀時の言葉を遮って妙が言った。

「ゴリ…近藤さん?」
「そうです。アナタが銀さんと乳繰り合ってる間に、ゴリラが檻から逃げ出しているんですよ。
それで私が迷惑しているから、別れてくれと言ってるんです。先程、銀さんにも同じ話をしましたけれど
銀さんはアナタのことが好きでどうしても別れたくないと…」
「おいっ…そんなこと言ってねェだろ!」

銀時は即座に妙の言葉を否定したが、土方はニヤニヤと至極楽しそうな表情を浮かべている。

「そうか、そうか…。コイツがそんなことをねぇ…」
「違うって言ってんだろ!何ニヤケてやがる!」
「俺ァかなり愛されてたんだな…」
「だから違う!俺はそんなこと言ってねェ!」
「照れるなよ銀時…」
「ちょっと!私の話を聞きなさい!」
「あー…悪かった。近藤さんのことは他の隊士達にも言って見張らせるから、コイツと別れるのだけは勘弁してくれ」
「…アナタ達がそんなに愛し合ってるのなら、仕方ないですね」
「おい、ふざけんなよ!」

真っ赤になって食ってかかる銀時を無視して、土方と妙はどんどんと話を進めていく。

「俺達の愛、分かってくれたか…」
「ええ。…ただの爛れた関係だと思ってましたけど、かなり深く愛し合っているのですね」
「まあな。…それと、いつもチャイナを預かってもらって悪ィな。今後はなるべく外で会うようにするからよ」
「神楽ちゃんならいつでも大歓迎なので構いませんよ」
「そうか?」
「では私、これから仕事ですので…」
「おう」
「ゴリラはともかく、土方さんはたまにお店に来て下さいな。女の子達、喜びますから」
「いや…すまねェが、俺にはコイツがいるからな」
「そうでしたね。それでは失礼いたします」

妙は笑顔で土方に頭を下げて万事屋を後にした。
後に残ったのは満ち足りた表情の土方と、納得がいかない様子の銀時。
土方は銀時の肩を抱き寄せた。

「なぁ銀時…夕メシはどうする?外に行くか?」
「…作ってある」

普段より穏やかな声の土方に対し、銀時はボソボソと言葉を紡ぐ。

「そうか。ありがとな…」
「べ、別にオメーのために作ったわけじゃねぇよ。たまたま買い溜めしてた食料の賞味期限が近かったから…」
「分かってる。…オメーがそれほど俺に執着してねェってことも、な」
「えっ…」
「あの女は何か勘違いしてんだろ?俺にとっちゃあ、そっちの方が都合がいいから合わせてたがな」
「そうなんだ…」
「どうした?テメーが気にすることはねェよ。俺ァ、好きでお前といるんだ。金ヅルでも何でも
お前に少しでも必要とされてるならそれでいい」
「………」

銀時はどう反応すべきか思案していた。本音を言えば「そんなことない。俺も土方が好きだ」と思っている。
しかし、そんなことは恥ずかしくて言いたくない。だからといって土方の言葉を全面的に肯定する気にもなれない。
銀時は様子を窺うように土方の顔を見て、そして一気に表情が険しくなった。

「どうした銀時?怖い顔して…」
「るせェ!土方テメー、わざとだな?わざと金ヅルなんて言いやがったなコノヤロー!」
「何のことだ?お前が俺をそう思ってるのは事実だろ?」
「どのツラ下げてそんなことを…。そのニヤケたツラをやめろ!」
「俺はもとからこういう顔だろ?」
「違ェ!今のテメーは、自分が金ヅルなんて殊勝なことを思ってるヤツの顔じゃねぇ!分かっててやってんだろ!」
「分かる?何を分かるってんだ?」
「そっそれは…」
「それは?」
「〜〜〜っ!それも分かってんだろ!」

銀時は真っ赤になってそっぽを向いた。

「フッ…まあな。テメーが俺にベタ惚れで、素直になれねェってのは分かってる」
「るせェ!テメーなんかただの金ヅルだ!もう、俺はメシの支度すっから、テメーはその辺で酒でも買って来い!」
「はいはい…。酒と…あとはプリンでいいか?」
「…アイスも」
「フッ…分かった。じゃあ行って来るな」
「おう」
「銀時…」
「な、何だよ…っ!」

土方は銀時の唇に自身のそれを合わせた。
唇が離れると銀時は赤い顔を更に赤くさせ、口をパクパクさせた。土方は銀時の顔を覗き込む。

「どうした?顔、真っ赤だぞ」
「うううるせェ!いきなりなにすんだよ!」
「いってきますのチュウ?」
「なんだそれ!とっとと買いに行けよ!」
「銀時…」
「何だよ」
「いってらっしゃいのチュウは?」
「ンなもんあるか!早く行け!」
「分かった分かった。…なあ、銀時…」
「何だよ!」
「愛してるぜ」
「なっ!!」
「…じゃあ行って来る」

今度こそ土方は買い物に出た。
銀時はトントンと遠ざかる足音を聞きながら、何となく土方の通った玄関を見ていた。


『愛してるぜ』
「―っ!」

ふと、先程の土方の言葉が想起され、銀時の落ち着きかけていた鼓動が尚早を打つ。


「うるせぇよ、ばーか…」


銀時は壁に凭れてしゃがみ込んだ。


…俺もですよ、コノヤロー


そう呟くと銀時は膝を抱え、その腕の上に額を乗せた。誰にも聞かれていないとはいえ
普段言えない愛の言葉を紡いだことで居たたまれなくなってしまったのだ。


暫く後、土方の帰って来た足音を聞き、急いで台所へ向かう銀時の姿があった。


(10.09.23)


他のVSシリーズ(?)と違って、恋愛絡みじゃない対決を書きたかったのですが、終わってみたら恥ずかしい感じになってしまいました^^; 何でこんなことに…

素直になれないツンデレ銀さんがたまに見せる「デレ」で、調子に乗る土方さんを書くのは楽しかったです^^ せっかく「VS」ってタイトルなのにお妙さんが意外と

あっさり引き下がってしまいました。後半のいちゃいちゃ土銀が早く書きたくて(笑)。でも、お妙さんには誰も勝てないと思ってます。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 

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