真選組副長室では、部屋の主・土方十四郎が携帯電話を眺めて溜息を吐いていた。
(ラブホテルと連れ込み宿はカップル専用で…カップルしかできないことをする場所で…カップルしかできない
ことってのが…せっくす?これが何だか分かんねェんだよな…。せっくすには上と下って役割があって
銀さんは上がいいって最初に言ってたな…。つーことは、俺は下の役割を覚えればいいのか?でも、それが
何なのか分かんねェ…。今、銀さんとホテルでしてることがせっくすに繋がるのか?)
土方が見ているのは携帯電話のスケジュール管理画面。土方はその機能を使って今後の予定を確認するだけでなく
予定が無事に完了したか、もっと効率的に進める方法はなかったか等を打ち込んで日記のようにも使用していた。
これまで主に仕事のことしか記されていなかった土方のこの「日記」に変化を齎したのは銀時であった。
銀時と恋人同士になってから、土方は銀時から学んだことをメモするようになっていた。
交際初日の欄に打ち込まれた「せっくす」の四文字を見て、土方は溜息を吐く。
(多分これが分かったら、銀さんと対等な恋人同士になれるんだよな?今は俺が教わるばっかりで、銀さんは
俺の先生みたいな感じだし…。近藤さんも知ってるみたいだが、恋人に教わるのが一番だって言われたし…
インターネットとかでも調べない方がいいってことだよな?でも、早く銀さんと並びたい…)
何とかせっくすの謎が明らかにならないかと、土方は真剣にこれまでのデート記録を読み返す。
(そういえば総悟と山崎に尾行された日、銀さんは「ラブホテルに入るとエッチなことすると思われる」って
言ってたな。…やっぱり、ああいうコトがせっくすに繋がるのか?ってことは、せっくすって今やってること
以上にエッチなこと、とか?)
土方はせっくすが何なのか想像しようとしてみたが、そもそも何も知らないから銀時に教わっているのだ。
これまで教わったことだって土方の想像を遥かに超えている。その先に何があるかなど考えてみたところで
分かるはずもないと、土方は早々に考えることを止めた。
(やっぱり、銀さんに教わらなきゃ分かんないよな…。お世辞かもしれないけど、ちょっとずつ成長してる
って言ってくれてるし、きっとそのうち教えてもらえるはず。早く教えてもらうためにも、教わったことを
ちゃんと復習しておかなきゃな…)
土方はもう一度デート記録を読み返しながら、その時にあったことを思い出していた。
銀さん教えてレッスン8
「こんにちは〜。十四郎くんいますか〜?」
本日土方は非番であり、銀時とデートの約束をしている。しかし、いつものように人目を忍んで待ち合わせる
ことはせず、銀時は土方に屯所まで迎えに行くと言っておいたのだった。
銀時の屯所訪問に、沖田を始めとした土方に懸想している隊士達が玄関に集結する。
「旦那ァ…堂々と正面からやって来るとはいい度胸ですねィ。」
「度胸って?俺はただ恋人を迎えに来ただけだけど?」
「俺らがそう簡単に中へ入れるとでも?」
「んー…その辺はおたくらの大将に話通してあるから大丈夫だと思うんだけどなァ…」
「えっ…」
「おぉ、銀時…時間通りだな。」
沖田達の表情に翳りが見えたその時、銀時の言った大将―近藤が中から顔を覗かせた。
「こ、近藤さん…」
「何だお前達…随分盛大な出迎えだな。」
「俺達は、偶々居合わせただけで…」
「そうか?…あっ、待ってろよ。今トシを呼んでくるからな。」
「よろしく〜。」
奥へ引っ込む近藤に銀時は満面の笑みで手を振る。そして近藤の姿が見えなくなったのを確認してから
沖田達に向かってフフンと勝ち誇った笑みを浮かべた。
「つーわけで、今日この時間に十四郎とデートするってのはちゃ〜んと許可もらってるから。安心した?」
「………」
ぐうの音も出ない沖田達に銀時は益々調子に乗って話を続ける。
「明日の十四郎の仕事、午後からなんだって?だから近藤が、今日はお泊まりオッケーって言ってたよ。」
「旦那…アンタまさか土方さんを騙してよからぬ事をするつもりじゃないでしょうねィ?」
「十四郎を騙して酷いことしてたのはお前らの方だろ…」
「っ…」
何も知らない土方に「ご褒美」と称してキスや抱擁をしていたことを引き合いに出され、沖田は言葉に詰まる。
「俺はお前らと違って正式にお付き合いしてるんだから、十四郎に酷いことなんかできねーよ。」
「…じゃあ泊まりでも、旦那に大した利点はないと思いやすが?」
「これだから爛れたヤツらは困るなぁ…。」
「旦那に爛れてるとか言われたくありませんねィ…」
そうだそうだと、周りの隊士達も沖田に加勢する。けれど銀時に全く堪えた様子はない。
「俺と十四郎は深〜い絆で繋がってんの。…まあ、キミ達には難しいかもしれないね。俺達は俺達のペースで
ゆっくり進んでいくつもりだから、沖田くん達はそこで指咥えて温かく見守ってくれてればいいよ。」
「っ〜〜!!」
ギリギリと歯噛みする沖田達を尻目に、銀時は鼻歌交じりに「十四郎まだかな〜」などと言う。
「銀さん、待たせたな。」
「ううん…全然待ってないよ〜。」
土方が出てくると、銀時は見せつけるようにその肩を抱く。隊士達は一斉に銀時へ呪いの念を送った。
隊士達の祈りが通じたのか、土方はするりと銀時の腕を抜けて距離を置く。
「とっ、十四郎?」
「部下の前で、こういうのはちょっと…」
「あっ、ごめんなさい…」
銀時が土方に窘められたことで、隊士達は心の中でガッツポーズをした。
空かさず、調子を取り戻した沖田が土方に言う。
「土方さん…付き合う相手は慎重に選んだ方がいいですぜィ?恥知らずな野郎と付き合ってると
アンタの人間性まで疑われて、部下が付いてこなくなりやす。」
「分かってる。…今後はここで会わねェよ。近藤さんにも言っておいた。今回の件は近藤さんが
許可しちまったらしいからな。…銀さん、行こう。」
「あ、うん…」
土方は銀時のことを悪くは言わなかったが、沖田の言葉も否定はしなかった。
(沖田くんが言うように、俺のこと恥知らずだとか思ってんのかな…)
心に蟠りを抱えたまま、けれどこれ以上屯所で話すわけにもいかず、銀時は土方の後をついて行った。
* * * * *
「あの…今日は本当にごめんね。ちょっと、いつもと違うことをしてみたかっただけで、十四郎を
困らせるつもりはなかったんだ。…本当にごめん。」
いつものように宿に入り、二人きりになると銀時は改めて謝罪の言葉を述べた。
二人はベッドの縁にならんで腰掛けている。
「そんなに謝んなくていい。俺も、言い方がキツかったよな?すまない。部下の前だとつい…」
「十四郎は悪くないよ。十四郎の立場も考えず、職場に押し掛けた俺が悪いんだし…」
「俺の立場とかはどうでもいいけど、敵に知られるとマズイから…」
「そうだったね。俺、十四郎とのお付き合いが楽しくて忘れてた。…これからは気を付けるよ。」
「…こんな、隠れて会うしかできねェのに…楽しいのか?」
「楽しいよ。…十四郎は楽しくない?」
「俺は…銀さんと会えれば、それだけで…」
頬を染めてはにかむように笑う土方を、銀時はそっと抱き寄せる。
「十四郎、ありがとう…」
「俺の方こそ、ありがとう。」
「…何で?」
「だって俺、まだ、付き合うってよく分かんねェのに…でも、銀さんは楽しいって…」
「十四郎は難しく考えすぎなんだよ。俺達、ちゃんとお付き合いできてるから安心して。」
「まだ『せっくす』してないのに、ちゃんと付き合ってるって言えるのか?」
「………えっ?」
銀時は土方の言葉を理解するのに少し時間を要した。理解して尚、なぜ無垢な土方がこんなことを
言うのか理解できなかった。
「十四郎…なに、言って…」
「俺、何か間違ったのか?」
「間違いっつーか…その…セックスなんて、どこで覚えたの?」
「どこでって…銀さんが言ったんじゃねェか。…恋人同士はせっくすするんだって。」
「はぁ!?」
土方に爛れた知識を与えた不届き者を、如何にして葬ろうかと考え始めていた銀時に告げられたのは
他でもない、自分の名であった。
「えっ…俺?いつ!?」
「○月×日。」
「それって、付き合い始めた日だよね?俺…何て?」
「ラブホテルはカップル専用で、カップルしかできないことをする場所だって。…そんで、俺が
『カップルしかできないことって何だ』って聞いたら、銀さんが『せっくす』だって言ったんだぞ。」
「………」
確かにそんなような会話をした記憶はある。だが、あの時(今もだが)土方はセックスが何なのか
分かっていないどころか、それ以前の知識も不足していたため、今に至っている。でも、まさか…
「あの時ちょろっと言っただけなのに、よく覚えてたね。」
「銀さんから教わったことは、忘れないようにメモしてるからな。」
「メモぉ!?ちょっ…どんなこと書いてんの?見せて!」
「だ、ダメだ!仕事のことも一緒に書いてあるから…」
土方は携帯電話を銀時から隠すように抱え込んだ。
「仕事と一緒って…まさか、他の人に見せてないよね!?」
「見せてねェよ。これは俺のためのメモなんだから…」
「そっか…十四郎は勉強熱心だね。」
「仕事は上手くいった方がいいに決まってるし、それに…早く銀さんと対等な関係になりてェから。」
「十四郎…」
銀時は恋人同士になる前―会えば何かにつけて張り合っていた頃―の土方を思い出していた。
(そうだよな…。十四郎からすれば、今の状況は本意じゃねェよな…)
「あの…銀さん?」
「へっ?あ、ああ、ごめん。えっと…何の話だっけ?」
「せっくす無くても本当の恋人同士なのかってこと…」
「ああ、そうだったね。…うん。俺達は立派な恋人同士だよ。セックスなんてなくても…ていうか、
俺達が今までしてたことだって、セックスの一部と言えなくもないし…」
「そうなのか!?」
土方は喜びに瞳を輝かせて銀時へ詰め寄る。銀時はにっこり笑って土方の髪を撫でた。
「そうだよー。狭い意味でのセックスはもうちょい先の話だけど…」
「うあっ…」
銀時は土方を後ろから抱き締め、頬に口付けを落とした。
(11.01.07)
中途半端ですが長くなったので一旦ここで切ります。冒頭の土方さんの復習シーンは拍手コメントでいただいた案を採用しました。ありがとうございました。
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